* 女心。 * 逢いたい時にあなたは来ない <1> 今まで一切マスコミの取材に応じなかった千瑛(ちあき)が、積極的に表舞台に出るようになった理由は凛々(りり)との出逢いによって本来の自分に戻れたから。 男でありながら女として生きて行くと決心し、自分のデザインした服を着ることで世の女性達が少しでも幸せを感じてくれたなら。 そう願ってデザイナーという仕事を続けてきたのだが、微妙な女心を押さえつつも、凛々(りり)という一人の女性を想う男の視点から描くようになった彼の洋服はより一層洗練されて、幅広い年齢層の女性達を魅了した。 それはとても喜ばしいことだし、もちろん凛々(りり)だって…。 「あっ、千瑛(ちあき)ったら、ここにも出てる。最近はファッション誌で彼の顔を見ない時はないわね」 久し振りに凛々(りり)の家に遊びに来ていた知衣(ちえ)が、部屋にあった買ったばかりの雑誌を見て声を上げた。 知衣(ちえ)の言うように千瑛(ちあき)は、ファッション誌のみならず、テレビなどでも引っ張りだこの超売れっ子デザイナーなのだ。 あれだけの容姿の持ち主でありながら、なぜマスコミの前に出なかったのか。 今まで全く表舞台に姿を見せなかった千瑛(ちあき)がメディアで注目され始めれば、必然的に彼の過去に目を付け、根掘り葉掘りいらんことまで書き立てる不届き者もいるのは仕方がない。 それでも千瑛(ちあき)は自分を隠すことなく曝け出し、それが返って彼の人気を上げることになってしまったのも事実。 「なんだか遠い存在になっちゃったみたいで、寂しいのよね。それに、ただでさえ忙しいのに体も心配だし」 テレビで見る千瑛(ちあき)は自分の彼氏でありながら、ふと別人のように感じる時もある。 できれば、あまりそういうところに出て欲しくないと思う凛々(りり)だったが、彼がそういう場に出るのは、同じような境遇の人達に少しでも勇気と希望を与えたかったから。 「だったらほら、千瑛(ちあき)から合鍵もらったんでしょ?エプロン持って、あと歯ブラシも、マンションに行ったらいいじゃない」 いつも忙しい千瑛(ちあき)が、あの日渡してくれたマンションの合鍵。 つい、嬉しくて知衣(ちえ)に全部話してしまったけれど、せっかくもらったのに実はまだ使ったことがなかったのは、凛々(りり)が居ることで、ものすごく疲れているはずの千瑛(ちあき)が余計な気を回してしまうのではないか。 実はもう、可愛いフリルの付いたエプロンも用意していたし、ちゃあんとお揃いの歯ブラシも。 「そうなんだけど…」 彼も『これがあれば、いつでも凛々(りり)ちゃんが来られるでしょ?』と言ってくれて、知衣(ちえ)の言うように心配なら行って待っていればいい。 でも、なぜかなかなか実行に移せないのはやっぱり自分が行けば迷惑なんじゃないかと思ってしまって…。 「大丈夫よ。千瑛(ちあき)、凛々(りり)が来てくれないから寂しがってるわよ?きっと」 「そうかな」 「そうよ」と自信満々に言い切る知衣(ちえ)だったが、本当に千瑛(ちあき)はそう思ってくれているだろうか? ───会いたいって気持ちだけで、行ってもいいのかな…。 +++ 千瑛(ちあき)とはだいたいがメールのやり取りになってしまうけれど、それでも家に行くことは内緒にしていて驚かせようとこっそり彼のマンションへ。 鍵はいつも大事に持ち歩いていたが、いざ開けると緊張してしまう。 部屋の中は綺麗に片付いていて、凛々(りり)とは大違い。 これじゃあ、彼女はいらないんじゃないの?なんて余計なことを考えながらも、早速持参のエプロンを身に付けて夕食の準備に取り掛かる。 ───なんだか、奥さんみたい。 前に付き合っていた彼氏ともやはり合鍵をもらって、こんなふうに家で待つことはあった。 今みたいなワクワク、ドキドキするような気持ちももちろん感じたけれど、それも初めの一回だけだったのは彼がウザイって表情をチラっと見せた時かもしれない。 付き合いも長くなってくれば、そういうこともあるのはわかってる。 わかってるけど、その瞬間にあ~この人とは…みたいなものを思ってしまうといつまでもそれを引きずって、結果続かない。 ほんの些細なことが二人の間に小さな亀裂を生んで、どんどん大きくなって仕舞いには修復不可能なところまでいってしまうのだろう。 だから、千瑛(ちあき)にだけはそんなふうに思って欲しくない。 気を使って付き合うにも限界はあるが、彼の負担にだけはなりたくなかった。 あまり料理をしなかった凛々(りり)も千瑛(ちあき)と付き合うようになってからは、だいぶレパートリー増えたように思う。 今夜のメニューは、ネットで探して試しに作ってみたら美味しかったバジルスパゲッティとお豆腐とトマトにじゃこを散らしたサラダ。 パスタは彼が帰って来てから茹でるとして、サラダもすぐにできてしまうから冷蔵庫で冷やしておくことにする。 ───早く帰って来ないかな。 テレビを見たりして待っていたけど、一向に帰って来る気配がなくて、気が付けば段差のあるリビングでクッションに埋もれて転寝までしてしまっていた。 『あっ、寝ちゃった。今、何時?』 時計を見れば、終電の時間まであと少しと迫っていた。 金曜日を狙って来たわけではなかったが、このままここで待っているのはどうなんだろう。 ───こんなことなら、メールを入れておくんだったな。 後ろ髪を引かれる思いで凛々(りり)は、ひと言メモを残して、千瑛(ちあき)のマンションを後にした。 ※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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