![]() * お見合い結婚 * <1> 「麻衣、お帰り」 麻衣が大学から帰ると珍しく父は先に帰って来ていて、リビングのソファーでくつろいでいた。 「ただいま、お父様。今日は早いのね」 「あぁ、出先から社には戻らずにそのまま帰ってきたからね。そうそう、今度の日曜日は空けておきなさい。いいね」 「日曜日?」 何かあるのかしら? まぁ、父のことだからいつものようにどこか食事にでも出掛けようとでもいうのだろう。 「わかったわ」 麻衣は特に気にも留めることなく、自分の部屋に着替えに入った。 ◇ 日曜日、麻衣はなぜかお手伝いさんの持ってきた振袖を着させられ、車が向かった先は広大な敷地の中にある和風家屋だった。 「お父様、今日はこれから何があるのかしら?こんな振袖なんか着たりして」 「まぁ、行けばわかるよ」 父は意味深な言い方をした後に微笑んだだけで、それ以上は教えてくれなかった。 仲居さんに案内されて、父と麻衣は奥の座敷に通された。 障子が開けられると中には父と同じくらいの年齢の紳士と若い男性がいた。 「すまんな、待たせて」 「あ~待ちくたびれて、もう帰ろうかと思ったところだ」 父と目の前の紳士はとても仲がいいのか、冗談を言いながら笑っている。 ───この人たちは父の知り合いなのだろうが、このシチュエーションはまるで見合い…。 まさか…見合い?! この時まで麻衣はまったく気付かなかったが、場所といい、メンバーといい、まさしくそれに違いない。 ───嘘でしょ?だって、私はまだ18歳なのに…。 なんて麻衣の声などとどくはずもなく、ことは勝手に進んでしまっていた。 紳士の名は田多井 宏章(たたい ひろあき)さんと言って、田多井建設の社長をしている。 父とは学生時代の親友だと言っていた。 そして隣にいるのは長男の文章(ふみあき)さん22歳。 ことし有名私大を卒業したばかりで、跡を継ぐために田多井建設に入社したそうだ。 「麻衣は大学に入ったばかりだし、結婚を考えるにはまだ早いかもしれないが、文章さんとお付き合いしてみてはどうだ?麻衣好みのいい男だと思うんだがな。母さんもそう言っていたし」 ───やっぱりそうだったのね…でも、お母様まで知っていたなんて、ちょっとひどくないかしら? 文章の方に視線を向けるとバッチリと目が合った。 彼はそれに答えるように麻衣にニッコリと微笑み返す。 遊んでいる風はまったくなく、爽やかで優しそう、そして何より父の言う麻衣好みの男性だった。 「麻衣ちゃんは可愛いから大学生ともなればすぐに彼氏ができてしまうだろう?だから早いと思ったんだけど、立花に頼んでこの席を設けてもらったんだよ」 父に続くように宏章が言葉を発した。 「あの…私はまだそういうことは、考えられませんので」 麻衣にはこう答えるしかなかった。 今時の子なら高校生で彼氏がいても別段驚くことではないだろうが、恋愛などというものにめっぽう疎い麻衣にとっては尚更だ。 「まぁ、そう言わずに文章と付き合ってみてはくれないかな?」 父の手前もあるし、宏章にこう言われてしまうと無下に断ることもできない。 それにいくら親の勧めた見合いとは言っても、文章だって麻衣のことを気に入るとは限らないのだ。 この場は両者を立てて、これ以上は言わないことにしよう。 麻衣は取り敢えず、はいと返事を返すと宏章も父もホッとした様子で文章と麻衣を見つめていた。 お決まりの後は若い二人でなどと言われ、宏章と父は先に帰ってしまった。 残された文章と麻衣の間には気まずい空気が流れる…。 「あの…文章さんから、このお見合い断っていただけませんか?」 麻衣は思い切って、文章に見合いを断るように頼んでみた。 こちらから断るよりも相手からの方が体裁もいいだろうし、父も諦めるだろうから。 「それはできません。なぜなら、僕はあなたを気に入ってしまいましたからね」 「え?」 まさかこんな返事が返ってくるとは思いもしなかった。 てっきり文章もこんな見合いなど、受け入れるつもりはないと思っていたのだが、どうやらそれは麻衣の思い違いだったようだ。 「麻衣さんは、僕のことが嫌いですか?」 いきなり嫌いかと問われても困るのだが…。 「いきなり、嫌いかという質問は唐突過ぎましたね。さっき会ったばかりなのに人を第一印象だけで判断するのは難しいと思いますが、人間、生理的に受け付けないというのもありますし、そういう面で僕はどうですか?」 「それはありません。さっき父も言っていましたように文章さんの顔は私好みですから」 こんなことを初対面の男性に言うのはなんだが、元来麻衣ははっきりものを言う性格である。 どうせ付き合うつもりは初めからないのだから、隠す必要もないわけだし。 「あはは、麻衣さんははっきり言いますね。そういうところ、益々僕のツボに嵌っているんですけどね」 断られるどころか反対に何やら相手の印象を良くしてしまっているようだ。 「だったら、僕達が付き合うことに何の障害もないように思いますが」 確かに文章の言うようにお互いの印象は悪くない、むしろ良いと言った方がいいくらいだろう。 結婚に至るかどうかはこれから先、付き合ってみなければ誰にもわからないのだから。 「そうですね、文章さんの言う通りだと思います。でも、私はまだ学生でこれからやりたいこともたくさんあります。だから結婚とかそういうことは、本当に考えられないんです」 「それは僕も同じです。お互いまだ若い、無理に結婚を意識する必要はないと思うんです。きっかけはともかくせっかくこうして出会えたのに、ここで絶ってしまうのはどうでしょうか?」 そうは言われても、根本的に麻衣には付き合うということすらよくわからないのである。 今は大学での勉強と友人、家族との時間を大切にしたいから、文章のことは二の次になってしまうだろう。 それでも、文章は麻衣と付き合いたいと言うのだろうか? 「今の私には、文章さんとの時間を作ることができないかもしれません、それでもいいんですか?」 「構いません」 はっきりとそう言い切られてしまうと、麻衣にはどうしようもない。 どうして、ここまでして文章は麻衣と付き合いたいというのだろうか…。 明確な理由がわからないまま、麻衣は文章の返事を受け入れざるを得なかった。 ※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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