「君に、あと3日、あげましょう。どうぞ好きなことをしてください」
・・・そんなことを言われたら、どう思うだろうか。そして、何ができるだろうか。
仕事でミスをした。これくらいのミス、俺だけのミスで会社が回らなくなるようなことじゃ、この会社の先はないだろう? ねちねちといやみを言ってくる上司に、そんな風に思いもしたが、顔に出さず、なんとかそのミスを挽回した。そして、次に任された大きな企画。今度はミスは繰り返さない。俺は週末も休まず仕事に没頭した。
仕事に追われ、毎日日付が変わってからの帰宅。たとえ部屋に明かりがついている時間に家に帰ってたとしても、疲れたからと言って、ただ流れてくるテレビの映像に目をやるだけ。そんな俺に、最初はその日の出来事なんか話しかけてきた君も、あきらめたようで、会話も減った。映ったテレビの映像について、君が何かコメントをしたとしても、かみ合わない相槌をうっただけだもんな。当然だ。寝室に入る時間もずれ、おやすみ、なんて、簡単な挨拶すら交わすことも減っていった。
寝室に準備されている服。あれは、明日着ていく服だろうか。いつもの君と雰囲気が違う。ちょっと気合が入っている、よそ行きの服? どこかへ行くなんて、そんな話聞いていない。・・・そうだよな。俺、話し聞いてなんていなかったもんな。 こんな俺に愛想をつかして・・・。それも仕方がないかもな・・・。
「ごほ、ごほ、ゴホンっ」
「あら、あなたも風邪?」
こんな会話にもなっていないやり取りが、久しぶりの会話なんて、な。
「ああ、ただいま。」
「おかえりなさい。・・・ゴホ、ゴホン・・・ごめんなさい。」
久々の早い上がり。仕事の目途もつき、同僚の誘いを断って帰宅した。そう、ひき始めの風邪を理由に。そして、久々に玄関で出迎えを受け、靴を脱いであがる。部屋の扉をあけると、とたんに、食欲をそそる、うまそうなにおいが広がってきた。
「じゃーん。すごいでしょ。あなた、毎日遅いし。元気もないし。何かおいしいものでも作って・・・なんて思っていたんだけど、私の料理の腕じゃ・・・、ね。実は、今、仕事、そんなにばたついていないから、仕事終わってから、お料理教室、通ってたんだ。今日は、その成果を披露してみようかとおもって。このメニューなら、遅くなっても、チンして食べれるかなって。」
「・・・ああ、ありがとう」久しぶりだな、その明るい声。楽しそうな雰囲気で話しかけてくる声を聞くのは。
「ほんとはねぇ。一緒にワインかお酒でも、なんて思ったんだけど。ご、ごほんっ。の咳でしょ。おじいちゃん先生に、処方箋、出してもらってきちゃった。お酒、控えてくださいって。いつもと違う薬でしょ? 聞いてみたら、最近この薬なんだって。どうせ、明日も時間ないでしょ。あなたも診てもらっている先生だし。・・・本当は、駄目かもしれないけど、飲んでみる?」
「いいのか?お前の、なくならないか?」
「うん。でも、私は、いつでも診てもらえるし。ただねぇ、この薬。強いのかなぁ。合わないのかな。薬飲んでから、なんか変な夢、見るんだよねぇ。」
「ふーん。・・・食べていいか?」
「ああ、うん。ごめんなさい。食べて、食べて」
「うん。うまいよ。」
「本当?!」
味よりも、何よりも、気持ちがうれしかった。相槌も打てないような俺のことを考えて・・・。久しぶりの炊き立てのご飯、出来立ての食事に、腹の中から気持ちまで温かくなっていく、そんなふうに思えた。久々に、疲れから解放された、そんな感じだった。
「君に、あと3日、あげましょう。どうぞ、好きなことをしてください」
光のようなもやのような、そんなぼんやりした視界の中、そんなことを言われた。
「3日?」
「ええ。3日。3日たつと、あなたの命はこの世から消えます。」
足元もはっきりしない、ふわふわしたような場所で、そんなことを言われた。
「あんたは、死神か?」
「まあ、そんなところですね」
そんな会話をしていたと思ったら、急に視界がはっきりした。そう。俺は、家に。自分の寝室にいた。隣にはまだぐっすり寝ている君。あと3日?あれは夢だろうか。
夢、じゃないとしたら・・・?3日、か。1日目は、そうだな。あと2日で何ができるか考えてみよう。2日目は。それをこなす。3日目・・・君と1日ゆっくり過ごしてみたい。そう・・・、付き合い始めた頃のように。そんなことを考えたからだろうか。急に、昔のことを思い出した。君をはじめて見かけたときのこと。初めての会話。デートを申し込んで、付き合い始めて・・・。
「おーい! 起きてよー! 朝ですよーー!!」
「・・・・」
「うーん、まだ寝ぼけてるなぁ。もしもーし。起きてますかー? 朝ごはん食べないと、遅れるよー。」
「・・・なんで、お前、いるの?」
「うん。今日は、健康診断。直行だから、遅れていいんだ。向こうでみんなと落ち合うの。だから、ちょっとゆっくり」
「・・・そうか」
「うん。コーヒー、入ってるよ。パン、焼いてくるね」
いつもはいないはずの君。なんだったっけ。何か言い忘れているような・・・。とにかく支度をして、食卓へ向かう。
「そうだ。週末。あの美術館へいかないか?」
「・・・え?」
「改装終わっているみたいだ。何とか展とかいうの、やっているみたいだぞ」
「・・・なんとか展・・・って。」
「・・・? 何か予定、入ってるのか?」
「ううん。そうじゃなくて。あなたから誘ってもらえたから、びっくり、と言うか。覚えてたんだねぇ」
「は?!」
「は?!って・・・。やっぱり違うのか。初めて“あの美術館”でデートしてから、明後日で3年?の記念かと思って。覚えてるのかと思ってびっくりした」
「ははは・・・」
「覚えてないよねぇ。うん。あ、でも行きたい。見たかったんだ、その、“なんとか展”!」
そして、週末。久々にのんびりと外出した。美術館へ行って、食事して。一緒にウィンドーショッピングなんて、ひさしぶり!と君もはしゃいでいた。街並みは少し変わったけれど、あの頃と変わらない君。これからはもう少し、なんて、柄にもなく考えたりした。
3日過ぎて、俺はどうなったかって? そう、天国に来たみたいだ。いや、極楽って言うのか。久々にのんびりとつかる温泉は。美術館から帰って、ついでにもらってきたパンフレットで、「今度は、初めての旅行記念日?!」とかはしゃぎながら、行き先を選ぶ君に、「お前のくれた薬のおかげで、こんな変な夢を見たぞ」と、言いながら、心の中で、これからもよろしく、とつぶやいた。
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