お弁当


えーと、昨日は、食物繊維をとれって言われたよね。サツマイモ、煮ようかな。サツマイモなら、早く煮えるもんね。今からでも間に合うし。皮むいて、輪切りにして。水にさらして・・・。お鍋は、うーん。あいているの、小さいやつしかないな。いいや、そんなに量ないし、これ使っちゃおう。あ、真和さん、起きてきた・・・

「おはよう!」
「・・・おはよう。」
あれ、まだ、目が覚めきってないみたいだなぁ。あ!
「ね、見てみて! サツマイモ煮てたら、ほら。お芋がチョウチョみたいな形でおなべの中に並んじゃった」
「ああ。そうだな。蝶が水没している。可愛そうに」
「いや、そうじゃなくて・・・。まあ、いいや。あなたも、お弁当いる? 一人分だと、作っても余っちゃうから。」
「今日は、外出するから、外で食べるよ。」
その後、ボソッと、「それに、この前、包みあけたら、ひよこの絵のついたお弁当箱が出てきて、隣の席のやつに笑われたし・・・」と言われたのは、聞こえなかったことにしよう。だって、あれしかなかったんだもの。あなたの食欲を満たしてくれそうな大きさのお弁当箱は。

「そういえば、川松さん、今回の出張でこっちにくるらしいぞ。奥さんも来るんじゃないか?」
「うん。メールにそう書いてあった。今回は、ご主人も一緒だから、羽伸ばせない〜、って言ってたけど。」




 川松さんとは、彼の先輩。その奥様の愛海(まなみ)は、私の学生時代からの友人のでもある。世話好きで、面倒見が良くて。いわゆる姉御肌。たぶん、私自身より、私のことをわかっていると思うこともある。メールでもしょっちゅうやり取りをしているが、なんとなく、私が煮詰まっているな、と思っていると、さりげなく、食事やお茶に誘い出してくれるのだ。ご主人の都合で転勤になった今は、そうしょっちゅうは会えないんだけどね。

 勤めていた会社をやめた私は、愛海の紹介で、病院の窓口事務をしている。彼女がしていた仕事の後任。 愛海は、ご主人の転勤について引っ越していった。「何かあったら、いつでも、電話かメールで聞いて。」と笑いながら言って。急な転勤についていくことになり、たまたま、医療事務の資格を持っていて、決まった仕事についていない私に声がかかったのだ。

 そこは、小さな個人病院で。「おじいちゃん先生」、と子供たちに呼ばれている先生は、とても親切で、私の健康管理にまでよく口を挟んだ。手洗いうがいから、食事、睡眠のことについてまで。そして、3人の男の子のお母さんでもある看護婦さん。いつか別の看護婦さんが来てくれる日を夢見て、「婦長さん」と自分のことを呼ばせているそうだ。先生の娘さんでもある。お婿さんに当たるご主人は、もっと大きな病院に勤めていて、そこで知り合ったんだって。今は、病院をやめ、お父さんである先生の下、看護婦をしている。「病院勤務も色々大変なのよ。人間づきあいとかね。まあ、あの子達追っかけまわしてたら、人の言うことなんて気にならなくなっちゃったわ。」と言いながら、私の背中をぽんとたたいてくれた。愛海が私のことについて、話してたのかな。人付き合いがうまく行かなくなって、会社、辞めたから。「気にすることないわよ。人生、いろいろあるよねぇ」と豪快に笑いながら。

そして、3年前のこと。
「どう、最近は? おじいちゃん先生、元気?」
遊びに来た、といって病院へ顔を出した愛海に誘われ、久々の外食。何しろ、先生が、色々ご指導くださいますから。忙しくても、ちゃんと、栄養のバランスの取れた食事を作っているわけです。栄養のバランスだけはたぶん、完璧!、・・・に近いと思う。料理の腕は、愛海に比べると、天と地ほどの違いがあるけど。これで、貧血とか、睡眠不足が原因で倒れたら、きっと、先生に、毎日のメニューと睡眠時間を確認されちゃうわ。

おじいちゃん先生の話、婦長さんの話。そして、愛海の引越し先での出来事なんかを聞いていたら、食事も終わり、デザートが運ばれてきた。糖分取りすぎ? 先生に怒られちゃうかしら。たまにはいいわよね。なんていいながら、ケーキを堪能していたときのこと。

突然、隣の席から立ち上がった男性に声をかけられたのだった。

「川松さん。ご無沙汰しています。先輩は?」
「あら。お久しぶり。あの人?置いてきた。けんかして里帰り中よ!・・・なんて、冗談。元気だった?一緒にやってた案件、彼、向こうでもやってるみたい。」

「あ、知ってます。今朝、その件で電話が来て。でも、奥さんがこっちに来てるって聞いてなかったな。」
「ふふ。だって、急に出張って言うんだもん。何日かかかるみたいだったし、だったら、私も羽伸ばしちゃおうかなって。」

突然始まった会話についていけず、といっても、ご主人の会社の後輩なのかな?とは思った。よく、こっちにいるときも、ご主人、同僚を家につれて帰ってきたって言ってたもんね。うん。なかなか、いい感じの人だな。コーヒー片手に、彼を観察していると、

「あ、すみません。突然話しかけちゃって」と、私の視線に気付いた彼が謝ってきた。
「いいえ、お気になさらず。」
と返事。
「ごめんね。立ち話させちゃって。一緒に来てた方にも謝っておいて」
愛海のそのせりふを境に、彼は、一緒に来ていた男性と、帰って行った。

「彼、久保真和君。旦那と前、同じ仕事してて。よく家にも飲みにきたんだよね。」
やっぱりですか。愛海も好きだモンね、家に招待して、手料理振舞って。私にはできないぞ。
そして、何故か、その後始まった久保さんについての話に、私たちは、ハーブティーとコーヒーを追加注文することになる。彼は、仕事が恋人みたいな人で、大学時代も趣味や研究に没頭するとほかに目が行かないタイプだったらしい。そして、マイペース。愛海達と同じマンションに住んでいて、一人暮らし。よく愛海の家に行っていたわりには、簡単な料理なら自分でする。

「うん。彼、いい人なんだよねぇ」
何かほかに言いたげな顔をして、それでも、2度目のお冷のおかわり断ると、「そろそろ帰ろっか。」といって、お互い荷物を手に取った。

そして、そう。偶然だった。ある日、診察が終わる時間に、彼が飛び込んできたのだ。「すみません。ちょっと遅くなってしまったんですが、診て貰えませんか?」と、申し訳なさそうに。




「でね、出掛けにコンビニで買っていったサンドイッチとサラダ食べてたら、おじいちゃん先生に、これじゃ、栄養に偏りがあるって言われちゃったの。で、今は、朝、お弁当を作って持っていっているわけです。そして、毎日、先生のチェックが入るの〜。うううっ。お料理教室行っておいて、よかった! じゃないと、もっとお説教が長くなる。」

「なんだかんだいって、先生も、蓉花のことが心配なのよ。」
やっぱり病院へ手土産を持って寄ってくれた愛海と、いつものファミリーレストランでお食事。期間あけてくると、メニューが色々変わっていたりするから、楽しいの。

「ね、このシチューの中のブロッコリー、クリスマスツリーみたいな形してる。ホワイトクリスマスみたいだと思わない?」
「相変わらずね。そういうところ。なんか、楽しそう。」
「どうせ、変わってますよーだ。」
「ふふふ」
「真和さんがいたら、ビーフシチューじゃなくて良かったな、とか言われそう」
「でも、馬鹿にしたり、無視されたりはしてないんでしょ。」
「まあね。でも、呆れられている気がする。」
「でも、一緒にいて、居心地がいいんだよね。蓉花は。久保君には、距離を置いたり、変に気を使ったりって感じ、ないもんね。メールでも、なんとなくそんな感じが伝わってきてますよ。」

「あの時、本当は、久保君のこと、どう思う?」ってきいてみようと思ったんだ。
と、愛海に言われた。あ、それであんな顔してたわけね。

「本当だ。ここにいたね」
急に声をかけられ、びっくりして見上げると、そこには、川松さんと彼がいた。「会社に顔出して、仕事が終わって、いっぱいやろうかとも思ったんだけどね。さすがに、お前の実家に泊めてもらっているのに、酔っ払って帰るわけにも行かないかと思っていたら、こいつが、二人はここにいると思うというから、来てみたら、本当にいた。」と、川松さん。

「いつもすみません。色々送ってもらっちゃってるみたいで。お相伴に預かっています」真和さんも、愛海に挨拶する。
ファミリーレストランの4人席。向かい合って座っていた愛海と私の隣に、二人はそれぞれ座った。
「蓉花がね。そのブロッコリーが、クリスマスツリーみたいって」
「ああ、ホワイトクリスマスにこだわってましたからね。」
「どうせ、ビーフシチューじゃなくて良かったなとか、とか、言おうと思ってたんでしょ?」
「良くわかったな」

そんな二人のやり取りを、向かいの席で、先輩夫婦が、微笑ましく思いながら見ていた。「けっこう、似たもの同士? 息が合ってきてるよな。」なんていいながら。

遅れてきた二人も食事を終え、「そろそろお開きにしましょう」と、愛海が場を仕切ってくれた。会計を済ませ、二人と別れる。帰り道、

「なに?買い物したの?」
といって、彼は、私の荷物を持ってくれた。
そう。お昼休み、ちょっと外出して買って来たの。包みを開けても笑われたりしない、男性向けのお弁当箱を。あと、スプーンとフォークのついていない、ケースに入ったおはしもね。


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