お砂糖一つ


 一緒に本屋さんへ行って、ランチを食べ、買い物をして帰った。真和さんも、私も、本は好きだから、一緒に図書館へ行くこともあるんだけど、家からちょっと遠いの。だから、読みたい雑誌とかあると、つい、本屋さんへ寄ってしまう。まだ、どこにどんな本がおいてあるかわからないけど、慣れない分、宝物探しみたいで楽しいな、って言うのは、また大げさかな。でも、面白そうな本が見つかると、うれしくなっちゃう。文庫を一冊手に持ってうろうろしていると、向こうから、真和さんがやってきた。

二人でレジに向かい、お会計。帰り道、この前通らなかった道を通ってみると、可愛い喫茶店を見つけた。
「かわいい! うーん、でも、この荷物じゃなぁ。」
二人の両手に、買い物袋。何しろ、引っ越してきたばかり。けっこうこまごま、必要なものがあったりしたんです。
「ケーキ、買ってったら? 本、持ってやるから。ケーキ、持てるだろ。あと、コーヒー豆も売ってるみたいだし、家の切れてたから、ついでに買っていこう。」

家に帰って、真和さんは、豆を挽き、コーヒーを入れる。そして、私は、お皿にケーキを乗せ、マグカップを食器棚から出した。そういえば、このマグカップを買ったのは・・・。




それは、付き合い始めてまもなく2年目になろうとしていた頃。
たまたま帰る時間が同じになった私たちは、待ち合わせて食事をして。あ、まだ、お店、開いてるかな。
「ね、マグカップ。買ってもいい? この前、真和さんの家のカップ、割っちゃったでしょ。だから。」
「気にしなくていいよ。でも、確かにあったほうが便利だな。」
そういって、立ち寄ったお気に入りの雑貨屋さんで、マグカップを選んでいると、
「可愛い!」
そこには、ひよこの絵のマグカップが飾られていた。3羽のひよこが並んでいる絵。マグの中側は、シンプルに赤、青、緑、黄色、と色だけがついている。これ、色違いで、真和さんと買っちゃおうかな。ひよこがついていると、つい、買っちゃいたくなるんだよね。

「俺は、これ。」そんな私の思惑には気付かずに、真和さんは、さっさと自分用のを選んでしまった。青い無地。・・・やっぱりですか。さすがに、真和さん、ひよこは嫌だよね。

「ちょっと大きめのがほしかったんだよ。」
「残念。おそろいにしようと思ったのに。」
「うーん。それだったら、こっち。」と、同じシリーズでちょっと大きめのマグを指差した。こっちは、ひよこが5羽。いいの?と思っていたら、真和さんは、さっさと、3羽、5羽、そして、青いカップを籠に入れ、レジへ向かってしまった。

「あ、せめて、自分の分は、私払う。 それに、あなた用の2つ買うの?」
「いいよ。これくらい。そのひよこは、蓉花の家においといて。これ、自分用にして、家にあるマグ、蓉花用のにしよう。」



家に帰って、食器棚に今日買ったひよこのマグカップを並べておいてみた。8羽のひよこの大行列。かわいいなぁ。でも、こうやって並べてあると、大きさが違っても、おそろいみたい。というより、大きさが違うから、夫婦茶碗みたい? って、私、何考えているんだろう。

 自分の考えに、ちょっとテレながら、パソコンを立ち上げた。あ、愛海からメールが届いてる。近所にある植物園の紅葉綺麗だって。 添付されている写真をみると、本当だ。真っ赤。川松さんも愛海も、もう、すっかり向こうの生活に慣れて楽しんでいるみたいね。植物園。行ってないなぁ。最近。今度、真和さん誘っていってみようかな。 写真を見て、近況報告を読みながら、そんなことを考えていると、メールの最後に愛海がこんなことを書いてきた。「久保君と、ファミレスで会った時、あ、蓉花が初めて久保君見かけたときね。うちの旦那、そっちで、久保君とやってた案件、こっちでも始めたって言ってたでしょ。最近、そっちの事務所と、こっちと、合同でやる案が出てるみたいよ。もし、久保君がこっちにくることあったら、一緒においでよ。色々連れて行きたいところ、あるし。」

そんな話しは、彼から聞いていなかった。真和さん、私にあまり会社の話しはしないし。でも。もし、転勤、ということになったら? 川松さんだって、転勤したんだもの。ありうるよね。そうなったら、私は? 私たち、どうなっちゃうんだろう。そんなことを考えて寝たせいか、久々に、夢でうなされた。

「え?転勤?」
「そう。急に決まって。蓉花、どうする? ついてくる? それとも、ここに残る?できれば、なるべく早く決めてほしい。」
そんなこと急にいわれたって・・・答えられないよ。それに、結婚もしてないのに、ついてくる?って言われても・・・。
そう思っていると、急に風景が変わる。知らない街並み。知らないお店。誰も知っている人はいなくて。お店に入っても、私が気に入っているメーカーとは違うものばかり。どこに何がおいてあるの?買いたいものがどこにおいてあるのかわからない。

花屋さんに寄ってみた。いつもなら、顔なじみのお姉さんとおしゃべりしたり、サービスしてくれたりするのに。淡々と、セロファンに包んで、金額を言われた。笑顔もないの?このお店。

目覚まし時計がなるまで、こんな夢をぐるぐると、見続けた。




なんとなく、体がだるい気がする。おなかも痛い。変な夢を見たから、目覚めも悪かったし。そっか。そろそろ・・・。土曜日の診察は半日。 今日は、終わったらすぐ帰ろう、と思っていたところへ、真和さんから、メールが届いた。

==そろそろ終わったか。用事がなかったら、うちにおいで。何も買ったり、持ってこなくていいから。==

今から行くね、と電話をし。エントランスで、部屋の番号を押す。開いた自動ドアから中に入り、エレベーターに乗り。玄関の前に立つと、すぐにドアが開いた。

「お疲れ」
「ありがとう。ゆっくり休めた?」
「ああ、少し寝坊したけどな。」

挨拶をし、手洗い、うがいを済ませ、中に入る。テーブルの上には、パスタとスープとサラダ。そして、昨日の帰りに買ったバケットも、軽くトーストされ、バターが塗られていた。

「え? 作ってくれたの?」
「ああ。昨日、なんとなく疲れてそうだったし。 簡単なものだけどな。」
「えー、十分だよ。ありがとう。いただきまーす。あ、美味しい!」

作ってくれたお礼に、食器は洗う、といったのに、俺は休みだったから、と彼も譲ってくれず、結局二人でお皿洗いを始めた。彼が洗剤で洗って、私が流す。

「そうだ、急なんだけどさ。月曜日から金曜日まで、川松さんのところへ、出張してくる。」
「え? 1週間?」
「ああ。ほら、川松さんも、向こうで同じ案件、はじめたって言ってただろ?あれ、こっちの事務所と、共同でやることになって。川松さん、こっちの様子は知ってるから、俺が向こうへ行って、向こうの様子も見ておこうということになった。」

「え、じゃあ、あなたも、転勤になる可能性があるの?」
「そうだな。まだどうなるかわからない・・・って、おい。どうした?」
あ、貧血だ・・・。
「ちょっと立ちくらみがしただけ。ごめん。ちょっと、今日、だるくて。お布団も干してきちゃったし、一度、家に戻るね。」
「なら、俺も行く。布団、取り込んでやるよ。顔色、よくないぞ。」

昨日の夢が、思い浮かぶ。なんだか、泣きそうな気分になった。
そして、玄関を開けると・・・。




「あら、おかえりなさい。お布団、取り込んどいたわよ。」
「え?! おかあさん!! 来てたの?」
「そう。あなたの顔も見に行こうかなって。」
「そんな、突然。留守だったら、どうするの? いつもは、連絡くれるのに。」
「鍵は持ってるし、住んでたことがある家だもの。何とかするわよ。ところで、そこにいる彼、いたたまれなさそうに立っているけど、放っておいていいの?」

「あああああ・・・あのね。彼、久保真和さん。えーと・・・」
「はじめまして。久保真和です。今、蓉花さんとお付き合いさせていただいています」
「はじめまして。いつも、蓉花がお世話になっているみたいで」
そう。付き合っている人がいるって言うことだけは、話してあったんだよね。お母さんには。 この家には、2年前まで、お父さんとお母さん、3人で住んでいた。でも、お父さんの転勤で、お母さんはついていったの。この年で単身赴任させるのもね、って言って。



お手洗いから戻ってくると、真和さんがお茶の準備をしてくれていた。
「お茶しまう場所、変えたでしょ。わからないって言ったら、久保さんがやってくれるって。 あなた、いつもやらせてるでしょ。彼、手際いいもの。 それに、今日のあなた、疲れてるみたいって、彼、言ってたけど。」

「ははは。色々お世話になってます。」
真和さんが出してくれたお茶を、「蓉花が入れるより美味しい」と、母がいい、私にもお茶を出してくれた真和さんが、「大丈夫か?」と聞いてきた。

「具合悪いの?」と母。
「うーん。・・・いつものことです。」彼の前では、言いにくいって。この話題。
「・・・。ああ、そうか。1週間前か。 昔から、大体、1ヶ月に1度、この子、元気がなくなるし、つまらないことで落ち込んだりするから、気にしないであげて。」

「は?」
「お、お、おかあさん!!何言ってるの!!」
「あ、言っちゃ駄目だった?」
「だーめーー!!」
「その、よくはわかりませんが。」
と、お母さんに前置きした後、真和さんは、私に語りかけた。
「たぶん、口の下に、ポツっと吹き出物みたいなの、できてるだろ。大体月1回くらいだったか。それができる頃は、元気ないな、と思っていたけど。なんとなくだるそうだし。」

気付いてたんだ。そんなことまで。見ててくれたんだ。なんだか、胃の辺りにある、
もやもやがなくなった気がした。そして、一口飲んだ紅茶。いつもより、ちょっと甘い? 
「あ、ミルクと砂糖ひとつ、入れてみた。疲れてるとき、いいだろう?」



結局、お母さんは、翌日かえって行った。お父さんは、引越し先が気に入り、定年後も、そこに住むことを計画しているらしい。土日は、小さな家庭菜園の世話やら、散歩やら。母と二人でけっこう楽しんでいるようだ。そして、今回、母から、私たちのことも報告されているはずだ。父には黙っていられない人だから。



1週間の出張のあと、結局、しばらくは、それぞれの事務所で、案件を進めていくことになったらしい。そして、それからさらに3年後、真和さんは転勤することになる。でも、その時。私は、迷わずについていくことになる。既に、彼と、結婚していたから。「一緒にいてくれると、ほっとするんだ。蓉花から、いつも元気をもらっている気がする。これからも、ずっと、一緒にいてほしい」これが、プロポーズの言葉。

仕事が忙しいとき、放っておかれることもあるけど、お仕事のこととか、今没頭している趣味のこととか、あまり言ってくれないかもしれないけど。私が本当に疲れていたり、落ち込んだりしていると、さりげなく、気を遣ってくれる彼。私も、あなたに、そんな心遣いができているかしら。少しでも、何かできていればいいんだけど。

夕食を作り終えて、一休みしていると、インターフォンがなった。
「お帰りなさい。」
「ただいま。ほら。」
お花? 珍しい。小さい花束。
「会社帰り、別の道を通って帰ってみたら、小さな花やさんを見つけてさ。感じ、良かったぞ。その日売れ残ったのを、そうやって花束にして、安く売ってるんだそうだ。鉢植えも売ってたし、今度の休み、一緒に行ってみよう。」

手を洗う彼についていくと、そんなことを言ってくれた。ふと見上げて鏡にうつる私の顔を見てみると、あ、口の下に、ポツッてできてるわね。鏡の中のあなたと目があう。

「食事終わったら、コーヒー、入れてやるよ。」
楽しみにしているわね。この時期だけ、お砂糖ひとつ入れてくれる、ちょっと甘い食後のコーヒーを。


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