二人で一緒に


 結婚したから当然なのかもしれないけれど、久保家の行事に呼ばれるようになった。来週末は、真和さんの弟の優輝君、茉莉ちゃんご夫妻のお祝い事。二人のお子さん、優野(ゆうや)君の「お食い初め」のお祝いの席に招待されたの。今回は、優輝君、茉莉ちゃん、お義父さん、お義母さん、の久保家だけの席だから、是非って。最初は遠慮したんだけど、茉莉ちゃんに、「今後の参考のために。」って言ってもらったから、参加させてもらうことにした。・・・まだ、その予定はないんだけどね。もちろん優野君にも会いたいし。可愛いんだもん。茉莉ちゃん、いっつもメールで写真送ってくれるけど、日に日に大きくなっていくなぁ。

  何かお祝いを、ということで、今日は、デパートに二人で来ている。
「ねえ、あなた。お食い初めのお祝いだから、持っていくの、食器とかかしら。」
「初孫だしな。おふくろ、張り切ってそろえてるんじゃないか?」
「そろそろ離乳食って考えてる時期だろうしね。うーん、お洋服? それとも、おもちゃ?」
「そうだな。優輝にでも聞いてみるか。」と、携帯を取り出す真和さん。
「八日だったよな。・・・」と聞かれて、和馬さんが、チラッとこちらを見た。
どうやら、同時に思い出したようだ。
それは、プロポーズされて、初めて、真和さんのお家に挨拶に行く計画を立てていたあたりの出来事。




 我が家の方は、既に母に会っていることもあって、電話してみたら、挨拶はあと回しでいいとのこと。お父さんの様子を聞いてみたら、「お父さん、なんだか、うれしそうだったわよ。『これで、やっと、男同士で酒を酌み交わせるのか〜』って言ってたしね。」、だって。本当は、真和さん、先に私の家の方に挨拶したそうだったけど、ちょっと遠いもんね。

今、真和さんが、お母さんに電話して、日程を聞いてくれている。えーと、お母さんは、学校の先生だったんだよね。言葉遣いとか、お作法とか、気をつけないと駄目かな。長男の嫁、ということで、厳しくチェックされたらどうしよう。 子供が生まれてお仕事やめられたって、真和さん、言ってたっけ。そういえば、私が小学生だった時、出産のために、先生が途中で変わったことあったなぁ。小学生か・・・。よく、名前で、男の子たちにからかわれたっけ。なんて、思い出に浸っていたら、

「蓉花、八日は?」
「いやー! それ言わないでー!」
彼の実家へ、それも、「会わせたい人がいる」と真和さん、お母さんに電話しているそばで、思わず叫んでしまった。
「ごめんなさい。八日・・・。大丈夫。」
はぁ。やっちゃった。お母さんにも聞こえてたよね。

「で、叫んだ理由は?」
電話を切った後。・・・やっぱり確認されました。
「小学生のころ、よくクラスの男の子たちにからかわれたの。先生が、「八日までに提出するように」って言ったのに、私のところに持ってきたの! 先生が、『ようか』に提出しろって言ってただろ」って言われて。」

その後も、黒板にその日の日付書くのに、八日じゃくて、「蓉花」って書かれるし。わたしが当番のときは、「*月蓉花 日直 『八日』」 って書きかえられているし! それ以来、小学校に通っている間は、ちょっとコンプレックスになっちゃったのよね。別に、この名前が嫌いって言うわけじゃないんだけれど。

「・・・なるほど。」
「ごめんなさい。お母さん、びっくりしてたよね」
「いや、そんなこと、気にしない人だから。」
はあ。失敗。第一印象、良くしたかったんだけどな。そうじゃなくても、これから、いっぱい、失敗しそうだし。おっちょこちょいなのは、自覚してるんだ。

 そんなやり取りがあって、いよいよ当日。玄関でインターフォンを鳴らすと。
「こんにちは! 初めまして! 蓉花さんですよね。お会いできるの、楽しみにしていました。」
出迎えてくれたのは・・・。多分、弟さんの奥さんの茉莉さん。
「茉莉ちゃん。久しぶり。優輝は?」おお、真和さん、ちゃん付けで呼んでる。ちょっとイメージと違うなぁ。
「お義父さんと、お義母さんと、お酒、選んでるよ。」
・・・ここでもですね。やっぱり、お父さん、息子と飲むのは、うれしいのかな。家でも、お父さん、張り切るだろうな。って・・・あれ?でも、まだ、お昼、だよね。お昼ごはんを一緒に・・・だったよね。

「あー、お義母さんたち、もう、夜ご飯の相談までしてましたよ。泊まってってもらおうか、って、言い出してたし。」
・・・、えーーーーー?!

「ちょっと、お邪魔するね。」
と、茉莉さんに断って、真和さんは、家に上がっていった。
「どうぞどうぞ。蓉花さんも、あがって〜」
「あ、はい。お邪魔します」
なんだか、あれだけシミュレーションしていた初対面のご挨拶と、思いっきり違っちゃったな。

 真和さんは、この家で育った。今住んでいるマンションとは、駅を挟んで反対側にあるけれど、バスを乗り継いで、1時間はかからない場所。「俺と違って、社交的だった」という弟の優輝くんと真和さんとは5歳離れている。 優輝君と奥さんの茉莉さんは、高校時代から付き合っていたらしい。同級生だったんだそうだ。 茉莉さんは、よくお家に遊びに行っていたらしいのに、真和さん、二人が結婚するまで、知らなかったんだって。「今度結婚することにした」って二人で話しに行ったら、「初めまして」と挨拶してしまい、「前に会ったことあるだろう」と、弟さんに怒られたらしい。二人が結婚して、同居することになり、真和さんは、家を出た、と、真和さんから聞いている。

 茉莉さんに案内されて、家に入ってみると、台所の方から、真和さんたちの声が聞こえてきた。茉莉さんには座っててっていわれたけど、この場合、挨拶に行ったほうがいい?

声が聞こえる方へ行ってみると・・・。

「え、でも、同棲してるんじゃないの?あなたたち。だから、いいかなって思って」
「してないから!」
「だって、夜のあんな時間に、電話が来て、一緒にいたじゃない。てっきりそうなのかな、って思うじゃない。」
「あんな時間って。10時前だったろ。家が近いから、一緒に夕食食べてただけだよ。それに、以前、もっと早い時間に電話したら、ドラマ見てるから邪魔するなってあっけなく電話、切っただろうが。」

「そんなことあったっけ。でも。なんだ、そうだったのね。じゃあ、お泊りは無理?」今度は、おかあさん、私に向かって聞いてきた。

「今日は、ちょっと。明日も予定があるので・・・。すみません。あ、あの。はじめましして。木下蓉花です。」

やっと挨拶、できました。

 もう準備はできているから、と、台所から追い出され。茉莉さんも、「女の子一人になっちゃうから、行って相手しててあげて」と、同じく追い出された。

そんなこんなで、緊張する間もなく、食事の席に着くことになった。
なんでも、茉莉さんのときも、「緊張のご挨拶」は、なかったらしい。付き合っているころから、しょっちゅうこの家へ出入りしていた茉莉さんだったから、「結婚するからね」「あら、そう。もうこのまま引っ越してくれば?」で終わってしまったとのこと。今回も、お母さんいわく、「この子、もしかしたら、結婚なんてしないんじゃないかと思ってからね。人を見る目は、昔からあったとおもうし。もともと反対する気はなかったのよ。」ということで、私は、来る前から、受け入れられていたようだ。

結局、今日は、お酒はなし。お母さんは、最後まで、出さなくていいの?と、気にしてくださっていたけれど、食事が始まってみれば、お母さんは、いろいろと話してくれた。

「テレビでドラマとか見てて、いいなぁ、って、感想とか言い合いたいじゃない? なのに、この子達やお父さんじゃ、相手してくれないし。まあ、私と「この切ない女心、わかる!」って語り合ってくれちゃっても困るけどね。でも、男3人の中で女一人。つまらなくって。おしゃれしたって、気付いてくれないし。茉莉ちゃんや、蓉花ちゃんが、家に来てくれてうれしいのよ。ファッションのこととか、お化粧の流行とか、やっぱり、若い人の情報にはかなわないもの。色々教えてね。」

と、お母さんが話してくれれば、
「お姉さんができる、って、ちょっと憧れていたんです。蓉花さんも、花の名前ですね。私も、ジャスミン、だから。」
と、茉莉ちゃんも話してくれる。
「ええ。そうなんです。両親が、芙蓉の花が好きで、名前につけたかったらしいです。」
「そうなんだ。うちの子は、お父さんの和輝から、一文字ずつ、取ったんだけど。まあくんの場合・・・」
「その呼び方、やめてくれ!!」
まあくん?・・・そう呼ばれてたんだ。

「久しぶりだな、兄貴がそう呼ばれるの。」
「だって、今やっているドラマの、主人公の名前が『まさかず』なんだもの。せっかく、うっとりしてみてても、名前呼ばれるたびに、息子の顔思い出してたら、嫌じゃない。せめて、呼び方くらい、変えたいわよ。」

「だからって、俺をそう呼ばなくてもいいだろうが!」
お母さん達の前だと、真和さん、こんな風になっちゃうのね。
「蓉花さんは、お義兄さんのこと、なんて呼んでいるんですか?」
「真和さんって、呼んでます」
「呼び捨てじゃないんだ。ドラマでは、呼び捨てよ。」お母さん、まだ、こだわりますか。
「ドラマは関係ないだろう!」まだ、根に持ってます? 真和さん。
「小学生のころ、まあ君って、友達の前でおふくろに呼ばれて、怒ってたもんな。」と、優輝君。火に油注いでませんか? これ以上、真和さんが怒り出さないうちに、と、私が口を挟んだ。

「あ、でも、お母さんの気持ちも、ちょっとわかります。私の場合、呼びたくないじゃなくて。 昔見たドラマで、ご主人のことを『あなた』って呼んでいるシーンがあったんです。女優さんのしゃべり方と雰囲気が素敵だったから、私も結婚したらそんな風に呼んでみたいな、って思っていて。」いざ、呼ぶとなったら照れるかもしれないけど、小さいころから憧れてたんだよね。愛海は、名前で呼んでほしいって言ってたけど。

「だってよ。兄貴。」
優輝君にからかわれてた真和さん。でも、さっきみたいに、やめろっていわなかったなぁ。

 結局、お昼ご飯を食べて、おしゃべりして、手土産に持って行ったケーキを一緒に食べて帰ってきた。帰り道、「お父さん、真和さんと、お酒飲みたかったんじゃない?」と聞いてみたら、

「いや、親父も飲むけど、飲みたかったの、お袋のほうだと思う」って。
「え? お酒、お好きなの?」
「好きだと思う。相当強いし。親父の方が、先に酔いが顔に出るな。」
私も、お酒、鍛えておかないと駄目かしら。飲むと、すぐ眠くなっちゃうの。でも、なんだか、楽しかったな。




二人とも、小学生のころに、名前の件で、ちょっとトラウマがあったってことね。と思い出していると、優輝君との電話を終えた真和さんが戻ってきた。

「よそ行きの服は、今のところいっぱいあるらしい。食器もそろってるって。バスタオルだったら、何枚あってもいいって言ってたけど。」

とりあえず、ベビー用品を売っているお店に向かってみる。バスタオル、確かにたくさん必要だろうけど、何かほかにもないかなぁ。

「あ、プレイマットは? これ、かわいいよ。もう持ってたとしてもベビーベットのある部屋と、お義父さんたちのお部屋の両方においてもいいかもしれないし。お客さんが来たときだけ、代えて使ったりしてもいいと思うし。」

「ああ、いいんじゃないか? じゃあ、今回は、これと、バスタオルにでもするか。」

お店の人に、お祝い用にリボンをかけてもらう。そしてせっかく来たから、と、食事をしていくことにした。
「これからも、なんだかんだと、呼ばれそうだな。」
「そうだね。でも、優野くん、可愛いし。それに、これから、いろんなことがあっても、お義母さんたちや、茉莉ちゃんたちから色々教えてもらえそうだから、なんか、安心。あとね、ついてきてくれてありがとう。せっかくの休みだし、あなたもゆっくりしてたかったでしょ。でも、一人で選ぶと迷っちゃって。一緒に来てくれて、うれしかった。」

「いや。こちらこそ、だな。お祝い、なんて、まったく考えてなかったからな。ありがとな。」

 結婚してできた、新しい家族。相変わらず、遊びに行けば、お母さんと茉莉ちゃんと話が弾む。おしゃべりも楽しいけど、やっぱりお義母さんは、人生の先輩だし、茉莉ちゃんからも、いろいろな面で、教わることも多いのよね。こっそり、真和さん達の子供のころの話を教えてもれえるのも楽しみだし。

お義母さんたちとは、夜、食事しながらお酒を飲むこともあるけれど、泊まってくることはほとんどない。今は、優野くんのお世話で茉莉ちゃん、疲れてるだろうな、って思うし。それに、真和さんが、「実家もいいけど、やっぱり、蓉花と二人、この家にいるほうがほっとする」って言ってくれるから。

 今までだって、二人で一緒にいて、得たものもあるし、失ったものもあるけれど、これから、もっともっといろいろなことがあるんだろうな。二人のこともそうだし、茉莉ちゃんのように子供を持ったり。大変なことも、まだまだあるんでしょうね。でも、そういう時、二人で乗り越えていければいいな。居心地のいい家庭を、一緒に作りましょう。そして、いつも忘れずにいたい。感謝の気持ちを。

「ねえ、あなた。」
一緒にいてくれて、ありがとう。そして、これからも、よろしくね。


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