さくら


 天気予報が当たり、午前中は晴れていたものの、午後には雨が降り出した。
「さくら、散っちゃったね。」
「そうだな。あれだけの雨と風だったし。そうじゃなくても、もう散る時期だろう」
「そうだよね。まだ大丈夫と思ってベランダに洗濯干していたのに、掃除機かけている間に降ってくるんだもん。あんまりぬれてなくてよかったわ。でも、時間がたつのって早いわよね。年が明けて、あ、もう沈丁花の花の香りがする、なんて思ったら、梅が咲いてるし、そう思っていたはずが、気がつけばさくら、葉っぱが出てきてるし。」

「そろそろ、木の下歩くの、気をつけなきゃな。ほら、毛虫が・・・」
「え! いや〜! ・・・って、笑ってるし。もう。エイプリルフール、過ぎてるんだからね!」
「ははは。」

散歩をしながら、買い物をして、帰路についた。途中、花屋の前を通る。さくらの花が終わった、なんて話をしていたのに、店先には、もう、紫陽花が咲いていた。鉢植えではあるが。

少し店から離れたところで、蓉花が口を開く。
「紫陽花、綺麗だったけど・・・一鉢1300円。うーん。もうちょっと我慢すれば、神社あたり、綺麗だよね。きっと。でも、そうすると、梅雨か・・・。あのじめじめは、ちょっと苦手だなぁ。 でも、お花屋さんの前を通るだけで、いろいろなお花が見れるのは、楽しいね。」

 確かに、買って家にもって帰らなくても、毎日通る道。綺麗に管理された花を見ることはできるな。

家に帰ると、夕食の準備の前にちょっと、と、蓉花がパソコンと立ち上げた。メールを確認するらしい。
「けっこう迷惑メールも来ているなぁ。あ、まぁくんから、メールだ。・・・って、そんな目でにらまないでよ。あなたのことじゃないんだから。」

「わかってるよ。」
・・・おふくろ、頼むから、これ以上、蓉花に余計なことを言わないでくれ。

 今、まぁくん、と蓉花が言ったのは、こちらに引っ越してくる前に、蓉花が受付をしていた病院に通っている小学生の男の子だ。喘息を患っているということで、咳こんでは、病院にやってきていたらしい。それだけではなく、小さいころ、交通事故にあったという。その後遺症で、まだ少し、右足を引きずるように歩いていると、蓉花は言っていたが、それ以外は、元気な男の子だよ、とも言っていた。両親とも仕事をしているらしく、病院へも、いつも一人できているとのことだった。そんな彼を不憫に思ったのか、蓉花のほうから声をかけるようになり、よほど混んでいない限り、窓口の前の席を、彼は陣取るようになった。

「生意気にも、私に向かって、『誰も、よーかねぇちゃんのこと、嫁にもらってくれなかったら、しょーがないから、俺が引き取ってやるよ』なんていって、からかうのよ!」と蓉花は言っていたが、一緒に病院へ挨拶に行ったときに、たまたま会った彼に言われた。「同じ名前のよしみで、よーかねえちゃん、兄ちゃんに譲ってやるよ。」と。そのとき、足、けられたぞ。あれは、きっと本気だった。まあ、俺より、付き合いは長かったわけだが。 かなりなついていたようだしな。 そんなことを思いだしていると、突然、蓉花が大声を上げた。

「えー、まぁくん、海外に引っ越しちゃうの?!」



 海外に引っ越す前に会いたい、とメールで書いてきたまぁくんに会うため、週末を利用して、とりあえず、マンションへ向かう。真和さんと新幹線に乗るのは、久しぶり。せっかくだから、マンションの空気も入れ替えて、掃除もしたいし。

 結婚してしばらく二人で住んでいたそこは、もともとは、私と両親の3人で住んでいたマンションで、結婚を機に、お父さんたちから譲り受けた。両親は、お父さんが転勤で引っ越した先が気に入って、退職後、そこを終の棲家とする予定だ。休みになると、庭先に作った小さな家庭菜園の手入れを、着々と進めているらしい。残った私が一人住んでいたマンションに、当時、近所に住んでいた真和さんが、一人暮らしをしていたマンションを引き払って、引っ越してきた。今回の真和さんの転勤も、期限が決まっているので、またここへ戻ってくる予定。真和さんの実家もこっちだし、やはり、生まれ育った地。愛着もあるし。

 一通り、掃除を終え、窓を閉めて、待ち合わせ場所へ向かう。病院の近くの公園で待ち合わせをしていた。「お昼時だし、飯でも食わせてやるか、」と、真和さんは言っていたが、公園へ行ってみると、なんと、まぁくんのお母さんも一緒にいた。

「こんにちは。誠和がお世話になりまして。」
お母さんは、にっこり笑って挨拶してきた。そして、お引越し準備で急がしいだろう、と、お昼に誘うのを躊躇していた私たちに、「もし、このあと、ご都合がよろしければ、せっかくの機会ですので、お食事でも」と、声をかけてくれた。どうしよう・・・真和さんを見てみると、「それでは、よろしければ、ご一緒させてください」、と返事。まあ、まぁくんも、期待した目でこちらを見ていたし、ね。

「主人が、『誠和、初恋の女性に会いに行くのか?』なんていうもので、つい、ついてきてしまいました。」というセリフには、真っ赤になっていたまぁくん。でも、そのあとは、私たちが引っ越してからのことを、まぁくんは、話してくれた。メールでも色々聞いていたけど、元気みたいね。まあ、たいていは、読んだ本が面白かったとか、宿題でわからないところがあったりすると、メールで質問してきたり、とかだったけど。

「こんなに話す誠和、久々に見ました。」と、ちょっと驚いたようなお母さん。
「男の子だから、お友達は、サッカーしたり、野球したりして遊んでいて。さすがに、誠和は、それについていけなくて。ゲームは、私たちの方針で、まだ与えていませんし。家におばあちゃんがいるとはいえ、さびしい思いをさせていたと思うんです。それでも、あまりわがまま言ったり、困らせたりすることもなくて。逆に私、それが少し、さびしかったんですね。仕事は、若いうちしかできない。やりたいことをやれるうちにやっておきたい。なんて、焦っていたりして。自分が好きな仕事をしている負い目もあったんですが、蓉花さんのほうが、この子のこと、わかっているんじゃないかなって、ちょっとうらやましく思った時期もありました。 でも、誠和に、仕事している私のこと、嫌いじゃないよ、といって応援してもらったことがあって。うれしかったですね。」

そんな風に言うお母さんも、今回は、お父さんの転勤に、色々悩まれたみたいだけど、ついていくことにしたとのこと。
「仕事が一区切りついたこともあったんですが、空気がいいところみたいですし、誠和にとってはいいところかな、って。 これが一番の決め手だったかしら。」

と、笑顔で言うお母さんに、まぁくんも、うれしそうだった。
 食事も終わり、「向こうにいる間に、遊びに来いよ!」と言われて、二人と別れた。「よーかねえちゃん一人だけで来ると、迷いそうだから、ちゃんとつれて来い。」と、真和さんに余計なことをお願いして。




「あ、あそこに一本だけ、さくら、咲いてる。きれいだねぇ。」
「そうだな。」
帰りの新幹線、窓の外を見ながら、蓉花が言った。
「一本だけ早く咲き始めてるさくらは、もうすぐ春だって期待させてくれるけど、さくらの季節が終わっちゃったって残念に思っているところに、最後の一本を見つけるのも、なんだか、いいね。」と。

「本当はね。ずっと、まぁくんのお母さん、病気がちのまぁくんを一人にさせて、って、思ったことがあるの。ついていてあげればいいのにって。まぁくん、たまに、寂しそうだったし。それに、いじめ、じゃないけど、やっぱり、友達から、足のこととかで、嫌なことを言われたこともあったみたいだし。でも、今回話してみて、お母さんもお母さんなりに、まぁくんを大事に思っているんだな、ってわかって、ちょっとほっとしたかな。おせっかいだけどね。」

あのあと、蓉花は言っていた。
 確かに、そういうおせっかいを、要らぬお世話として嫌がる人もいるだろう。そういえば、結婚の挨拶に行ったとき、蓉花のお父さんが言っていた。昔、おせっかいをしては、友達から煙たがられたことがあって、それ以来、蓉花は、人付き合いを苦手とするようになっていた、と。

 世の中には、色々な家族がある。いや、家族だけじゃない。人間一人一人が、それぞれ違う生き方をしている。 同じような年代でも、同じような環境で育ったとしても、どういう人間になるかは、人それぞれだろう。人間は、工業製品みたいに作られたものではないんだから。花だって同じだ。他の花より早く咲く花もあれば、遅咲きのやつもある。そして、どの時期に咲いたとしても、それを喜ぶやつがいるんだ。

 あの親子が、蓉花を傷つける存在でなくてよかった、と思いながら、あの小生意気なやつとは、これからも付き合いが長くなるような気がするな、とも思う。案外、向こうになじんで、こっちのことは忘れてしまうかもしれないが。そのうち、ブロンドの髪の彼女の写真とか、送ってくるようになったりしてな。

「でも、きっと、これで、今年さくら見るのも最後だね。花の命は短くて。命短し・・・か。」
「恋せよ・・・ね。とりあえず、今は、俺だけにしておいてくれ。」
「えええええーーーー? あなたから、そんな言葉が聞けるとは! びっくり!」
と、蓉花は笑い出した。いいさ。たまには笑ってろ。いつも笑わせてもらってるからな。


NEXT
BACK
INDEX
TOP


Copyright(c)2009-2013 MJ様, All rights reserved.