a ray of light

0.

もし生きていたら  私はあの人に出会えなかった
天使だから  私はあの人に出会えた 人を愛することを知った
天使と人間は一緒にはなれない・・・だけど
神さま?あなたは何故私をあの人のところへ行かせたの?
あの人に会えないのなら いっそ・・・消えてしまったほうがいい
・・・心がなくなったように  私はもう笑えない
私はもう天使になれない


1.

  いつもと変わらない日曜日の朝なのに 何かがかけている

朝、娘のジュリアの髪を結いながらふと思う。

  いつからだろう?ジュリアの髪を結えるようになったのは
  ジュリアの出産で妻を亡くし、悲しみに暮れていた。
  はじめはジュリアを見ることも辛かった。
  時間がたつにつれ悲しみが癒され、ジュリアを愛しさを感じるようになった。
  片親で母親に支えられながら育ててきた。
  その母親も数ヶ月前になくなってしまった。

  マックは仕事が忙しい中、ジュリアと接する時間を惜しまなかったが心身ともに限界が来ていた。
  家政婦を雇うのだが、ジュリアがいやがり何回も変わった。
  ジュリアも父親にたまにしか遊んでもらえず、いつも側にいた祖母がいなくなったのでどんどん不安定になっていった。
  
  そう、あれは2ヶ月前だった。何人目かもう分からない家政婦が来たとき、俺たちは変わった。
  今までどこか不安定だった親子の絆が強く結ばれた。

  だが彼女は誰だ?

  彼女の居た時間は1カ月。いつも俺たち親子を隣りで見守っていた。
  ジュリアも安定し、素直で元気な子に戻っていた。

  だが彼女を思い出せない。
  そう、何かもやがかかっている。

「ねえ。パパ。帰ってきたらお絵描きしてもいい?」
マックは娘の声に現実に戻された。
鏡ごしに娘と目を合わせる。
「いいよ。今日も天使を描くのかい?」
「うん。」ジュリアは得意そうに笑う。
ジュリアは最近天使の絵ばかりを書く。それもなぜか黒髪に茶色の瞳なのだ。
「ジュリアの天使さんはどうして黒い髪に茶色の瞳なんだい?」
「ジュリアの天使さんだから。」
マックは不思議そうに首をかしげながら、仕上げのリボンを結び終えた。
「さあ。出来たよ。行こうか?」
ジュリアは自分の姿をみて満足すると、椅子からすべりおりた。
「パパ。ジュリアかわいい?」
マックの前で、テクテクと一回りする。マックも満足そうに笑顔をむける。
「ああ。とてもかわいいよ。あんなにも見せてから行こうか。」
ジュリアはこくんと頷くと、キッチンの方へかけていった。

  アンナは50歳代の未亡人で、住みこみで働いてくれている。
  そう、彼女のあとに来た。ジュリアもなついているので安心している。
  何かが足りない。娘のジュリアがいればもう何もないと考えているのに
  なぜだろう?心に埋まらない穴がある。

マックはため息をつくとキッチンへジュリアを呼びに行く。



牧師の教えを聞き、聖歌隊が歌うのをぼんやりと聴いていた。

  俺は何を忘れているのだろう?

  『マック、ジュリアがね―・・・。』

  『マック、ありがとう。・・・・ごめんなさい。』

  『マック。・・・愛してるわ。―さようなら。』

  誰かが俺を呼んでいる・・・。

突然、目の前が真っ白になる。
頭の中で、今まで消えていた記憶が早送りされて流れる。
「・・・・さくら?」
マックはシャツの胸元を握り締める。
胸が締め付けられるように苦しい。息をすることさえ忘れて呆然となる。

  さくら・・・。そう桜は家政婦だった。
  黒髪に茶色の瞳の天使。
  ジュリアが描く天使は桜だった。
  だが、もう彼女はいない。

マックは大きく息を吸い、嗚咽をこらえた。

  桜はもう行ってしまったのだ。記憶は戻っても彼女は戻らない。
  俺がふたたび愛した人はもういない。
  なぜ、別れてしまうのに人を愛する?
  神は何を想う?桜は今・・・・何を願う?


2.

記憶が戻り、桜がもういないという事実を受け入れるということは、自分の一部が死んでしまったようだ。

マックは苦しみつづけた。
昼間、ジュリアの前では何もないように笑っていたが、夜、ジュリアが眠ってしまった後は、孤独にさいなまれ眠ることが出来なかった。

桜が家政婦としていたのは一ヶ月ほどだった。
彼女がきてすべてが変わった。
生活が明るくなり、笑いの絶えない幸せな日々だった。
彼女が天使だと知ったのは、出張で日本へ家族で行き戻ってきたあと。
俺が彼女への気持ちに気づき、彼女が俺を避け始めたとき。

天から帰ってこいという命令が出たのだろう。
彼女が「辞める。」と言ったときは、まるで地獄に落とされた気分だった。
なぜ?俺がどんなに桜を愛しても、求めても、首を横に振るばかりだった。
彼女はせまる俺に涙を流して言った。
「私はもう生きていないの。・・・・天使なの。」
はじめは信じなかったが、あれは桜が去る三日ほど前のことだった。
裏庭で遊んでいるジュリアを見守る桜は半分透けて見えた。
呆然と見つめる俺に気づき、桜は振り向いて悲しそうに笑った。
「もうすぐね。・・・もう呼ばれているのだけど。もう少し。」
俺は桜を抱きしめた。桜は抗わず、二人は互いの肩に頬をよせた。
「あと少しだけ。・・・許されることではないのだけれど、もう触れることも出来なくなってまうから。」
背中にまわされた桜の手は震えていた。

それから三日三晩、眠ることも惜しんで二人は色々な話しをした。
桜は、生きて日本にいたこと、天使になってからのこと。
俺も、家族のこと、死んだ妻のこと。
そして、ジュリアのことを話し合った。
心では泣いていただろう、しかし、桜は笑顔を絶やさなかった。 
最後の晩、桜は言った。
「・・・もうお別れね。あなたとジュリアに会えたことは奇跡だったと思うの。
 たとえ、私が天使だとしても(人を愛することを知ったから)。」
「忘れないよ。桜、いつまでも愛してる。」
桜は苦しそうに顔をゆがめ、首を横に振った。
「いいえ。私がいなくなれば、あなた達は忘れるの。
 ・・・私のすべてを。本来存在しないはずなんですもの。」
「!!そんな。だが、君は覚えているのだろう?」
「ええ。忘れないわ。永遠に。」
桜の瞳から涙がこぼれた。
「それなら、俺も忘れるのはいやだ。君だけ苦しむことはさせない。
 愛してるんだ、君を。忘れたくなんか・・・。」
「いないものの記憶を残して、苦しめることなんてできないの。
 ・・・もう、眠って。」
胸が締めつけられて、息が出来ないかった。
「いやだ。目が覚めたら、君はいないのだろう?
 それなら、ずっと眠らない。」
桜は悲しそうに、そしてはっとするほど綺麗に笑った。
ゆっくりと手を伸ばして、俺の頬に触れた。
「おやすみなさい。」
抗おうとしたが、誘われるように俺は目を閉じた。
薄れゆく意識の中で、桜の声を聞いた。
「愛してるわ。いつまでも・・・・・・。」
そして、ずっと触れたかった柔らかい唇を、自分のそれに感じた。

最初で最後のキスだった。


3.

ジュリアはマックの膝の上に座って、今日あった一日を話している。
ジュリアの話しに耳をかたむけながらもマックは"隣りに桜がいてくれたら・・・”と考えていた。
「パパ?元気ない。」
簡単なあいづちしか打たないマックをじっと見つめ、今まで目を輝かせていたジュリアの顔が曇る。
マックはあわてて笑顔を向ける。
「そんなことないよ。ちょっとお仕事が大変だったからちょっと疲れてしまったんだ。
 でも、ジュリアの顔見たから、もう元気。」
ジュリアは納得したのか、気持ち良さそうにマックに髪を撫でられながら、話しを続ける。
マックは、気づかれないようにため息をつき、窓の外を眺める。

話しが途切れたとき、マックはジュリアにたずねた。
「ジュリア。もし・・・、もしパパが結婚したいと言ったらどうする?」
ジュリアが膝の上から見上げる。
「パパ結婚するの・・・・?」
ジュリアの目が潤む。マックはあわてて顔が向かい合うように抱き上げた。
「もしもだよ。・・・そう、ずっと先になるかもしれないし、ないかもしれない。」
マックの顔が悲しそうにゆがむ。
ジュリアは、ぎゅっと力いっぱい目をつむって涙をこらえようとした。
「パパがね。パパが・・・その人のこと好きならね、ジュリアと同じくらいならね、ジュリア応援するの。」
目を開けると、にこっと笑った。マックは驚いて目を見開いた。
「いやじゃないのかい?」
ジュリアはこくんと頷く。
「あのね。天使さんが言ったの。―


”『ねえ。ジュリア?もしパパが結婚したいと言ったらどうする?』
 『いや!パパはジュリアのなの!』
 ジュリアは目に涙を浮かべてじたばたする。桜は困ったように笑ってジュリアを抱き寄せた。
 大きな木の下のベンチに座って、ジュリアを膝の上にのせる。
 『そうね。でもパパね、時々寂しいの。誰かが側にいて愛して欲しいと思うの。』
 『ジュリアがいるもん。パパのこと大好きだもん。』
 桜は笑ってジュリアの髪を撫でながら頷いた。
 『パパもジュリアが大好きだよ。―でも、ジュリアは大きくなってお嫁さんにいっちゃうでしょう?
  おばあちゃんのように、隣りで一緒に喜び合える人が欲しいと思ってしうの。
  ・・・ジュリアは、新しいママ欲しくない?』
 ジュリアは考えた。ジュリアにはママもおばあちゃんももう死んでしまって会えないことは分かっているし、 いつも見てくれているよ、とおしえている。
 そして、小さな声でぼそっと答えた。
 『欲しい・・・・・。』
 ぱっと顔を上げて桜を見つめる。
 『でもね、新しいママがジュリアを嫌いだったら?パパばっかり好きで、パパもジュリアを忘れたら?』
 桜は一瞬目を見開いたが、すぐ安心させるようなやさしい笑顔を浮かべた。
 『大丈夫。パパが大好きな人だもの。ジュリアも大好きになるわ。
  でもね、本当にママになるのが嫌だと思ったら、ちゃんとパパに言うのよ。』
 ジュリアはこくんと頷く。桜も満足そうに頷く。
 『ジュリア。人を好きか嫌いかと考えるときは、じーっとその人の目を見るの。
  ジュリアには分かるわね。心もみんなきれいだもの。まちがったことはしない。』
 桜は約束するようにこつんと額を合わせて笑った。
 ジュリアも笑顔で頷く。                                             ”


―だからね、ジュリア、パパ応援するの。・・・・・・約束。」
ジュリアは話しつかれたのか、そのまま眠りに落ちていった。


ジュリアをベットに連れていったあと、マックはソファに戻って、ウィスキーを飲んでいた。
「桜。ジュリアは本当にきれいな心だね。
 君のおかげで、ジュリアと正直に向き合える。」
グラスを見つめながら、まるで話しかけるように呟く。
「でもね、俺が愛しているのは、桜だよ。結婚したいと思う人は君なんだ。
 もう、会えないのかい?忘れることなど出来ない。もう一度忘れることがあっても思い出せる。
 ―君を想うと夜も眠れない。夢を見るんだ。君に手を伸ばしても届かない。
 君は泣いていないかい?強情なくせして泣き虫だった。
 ・・・・なあ、戻ってきて。抱きしめて、キスを交わして愛し合おう。」
マックはソファにもたれかかり天井を見上げる。
『神よ。あなたは俺たち二人のために桜を出会わせてくれた。
 しかし、再び奪うのであれば何故・・・・・。
 もう、桜以外に愛せません。私はどうやって生きていけばよいのでしょう。
 ―神よ、どうか桜を・・・。』
閉じられたマックの目から一筋の涙が流れた。


4.

カーテンの隙間から朝の光りが入りこんでいた。
かすかに人の気配を感じて目を開けると、そこに桜がいた。
桜ははべッドのはしに腰を下ろしマックを見下ろしていた。

『夢だろうか…』

マックは信じられず、声を出すことが出来なかった。
桜は静かに微笑を浮かべていた。
ゆっくりと顔が近づき、マックの額にキスをおとした。
そして、ゆっくりとバルコニーの方へ出ていった。

しばらく呆然としていたが、我に返ると、あわててガウンをはおり外に出た。
しかし、桜はいない。がっくりと肩を落とし、部屋に戻りかけた。
ふと、庭を見下ろすと、大きな木の下のベンチが目に入った。

『いつも桜が昼寝をしていたな。』

と思い出しながら笑みを浮かべた。その瞬間、はっと息を飲む。
「・・・まさか。」
人がそのベンチに横になっているのが見えた。
確認せずにはいられず、マックはあわてて、階段を駆け降り、庭に出た。
ベンチに寝ていたのはまさしく桜だった。
いた頃のように、横になって両手は顔の横に置かれ、小さい子のように丸くなって眠っていた。
ただマックは、信じられず、今にも消えてしまいそうで、触れることもできずただ見つめていた。
人の気配に気づいたのであろうか、ゆっくりと桜は目を開いた。
何度か瞬きをし、マックを見上げた。
まるで、いつものことのように「おはよう。」と微笑んだ。
「桜なんだね?」
桜はゆっくりと頷く。
「夢ではないだろうね。・・・また消えてしまうのかい?」
今度は首を横に振った。
「いいえ。戻ってきたの。」
桜はゆっくりと起き上がり、マックに手を伸ばした。
「・・・あなたのところに。」
マックは恐る恐る手を震わせながら、伸ばされた手をきつく握りしめた。
「どうして、戻って来れるのだい?・・・君は。」
マックは桜が本当にいることが信じきれなかった。
もう一方の手を伸ばして、桜の頬を撫でる。桜は目を閉じてマックの手のひらのぬくもりを感じた。
「・・・・愛してるわ。私にとってそれが一番で、他のことなんてどうでもよくなっていた。
 マック。あなたに会えないでいることに耐えられなかった。
 もう会えないのなら、消えてしまいたいと願ったわ。」
桜は悲しそうに笑った。
「そうしたら、神様がね。泣いている天使はいらない。
 ・・・愛する人のところへ行きなさいって。言われたの。」
桜の目から涙がこぼれ落ちた。
マックは堪えきれずに低くうめくと、桜を抱きよせ唇を合わせた。
それは激しくそして優しいキスだった。
お互いの愛を確かめるように何度も繰り返され、もう離さないというようにきつく抱きしめ合った。

ゆっくりと唇が離れ、マックはじっと桜を見つめた。
「愛してるよ。もう二度と離さない。君がいないと生きていけない。」
桜は目に涙を浮かべ嬉しそうに笑った。
「愛してるわ。」
マックはほっとしたように笑うと、真剣な顔になった。
「結婚してくれるかい?生涯君を愛すると誓うよ。―神ではなく君に。・・・・返事は?」
こらえていた涙が溢れでて、声が出なかった。
「・・・ええ。」
掠れた声で答えたあと、マックの首に腕をまわして抱きついた。
「ええ。結婚するわ。あなたと。」
今度ははっきり耳元で答えた。少し顔を上げてマックと目を合わせる。
「なんのために、神様と別れてきたと思ってるの?」
桜はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
マックは一瞬唖然として、突然笑い出した。
笑いがおさまると、桜を抱き上げ家のほうへ歩き出した。
「そうだな。では、遠慮なく天使をいただきましょう。」
桜は突然の行動に驚いてマックを見つめる。
そんな桜を見つめながら、にやっと笑った。
「神様からの贈り物だし、祝福も得ているわけだから、じっくりと愛させてもらうよ。天使さま?」
ようやくマックの意図がわかったのか、桜の顔が瞬く間に赤くなる。
「でもっ!もう・・・・。」
言いかけた唇をマックに塞がれる。力が抜けてマックにもたれかかった桜の耳元にマックは囁いた。
「もう待てない。君が欲しい。」
逆らう気のなくし、これから起こることを考えて胸をどきどきさせながら桜は、ただ頷くと顔を見られないようにマックの首にうずめた。
それに満足したマックはにこっと笑うと、桜を大事そうにかかえて静かに寝室の扉を閉めた。


To be continued...


NEXT
BACK
INDEX
TOP


Copyright(c)2009-2013 睦月さあら様, All rights reserved.