1
―RRRRRRRRRRRR
…うわっまずい!もう7時?!
今日は大事な会議があって緊張して眠れなかったとはいえ、寝坊なんてシャレにならない!
飛び起きて冷たい水で顔を洗って鏡の前でメイク開始。こんなときでも手を抜けない自分が恨めしい。
いつも完璧な上條さんで通ってるからにはキチンとしなければ。
いつの間にか年月が流れ、入社してそこまで時間は流れていないと思っていたけど、5年の月日が経っていて、いつの間にか責任のある肩書きを背負うことになった。といってもまだまだこれからなのだけれど。
梅雨のじとじとした空気が身体にまとわりついてシャワーでも浴びたかったのに、そんな時間はない。むしろメイクに時間をかけすぎてしまって何も他のことが出来なくなってしまった。
冷蔵庫に常備してある●ィダーインゼリーを片手に一人住まいのアパートからそこまで離れていない駅まで急ぐ。
雨が降ってないだけマシかもね。
いやみなほど晴れた空を軽く睨みながら見えてきた駅にホっとため息をつく。時計をちらりと見れば、7時40分。
かなり急いだせいか、予定していた電車よりも1本早い快速に乗れた。急いだせいで少し息切れをおこしてる。私も若くなくなってるな、と自覚せずにはいられない。
ほどなくして会社に着けば完璧な上條美菜でいなければならないのだから、と自分の気持ちを引き締める。
別にそんな気はなかったのに何故か会社では完璧主義者と言われ、仕事ばかりが増えていき短大のときから付き合っていた大好きだった彼氏に仕事と俺とどっちを取るんだと言わせてしまった。
そんなこという男なんてと今は鼻で軽く笑える話だが当時の私は仕事のストレスが最高潮に達していて、あれだけ大好きだった彼氏なのになんで好きなのかも分らなくなってしまった。その恋がスグにダメになってしまったのはお伝えするまでもないが・・・
こうして忙しく毎日に追われてるとフと考えてしまう。あの時彼の手を離さなければもう結婚して子供もいたのかな…なんて。25歳という年はなんだか意外とシビアだ。周りはどんどん結婚し始め、あれだけ男がどーだこーだ愚痴ってた友達が晴れやかに笑って純白のウェディングドレスを着てたりする。
何が女の幸せかなんて今考える時代じゃないかもね。
チンとエレベーターの音で現実に引き戻される。
さあ、今日も1日頑張りますか。
「おはようございます。」
まだ誰もいないフロアには自分の声がよく通る。誰もいないのにクセで挨拶をした自分を鼻で笑い会議の準備を始める。
「おはよう。ずいぶん早いんだね」
準備に取り掛かろうとした瞬間に苦手なあの人の声が耳に入り、息をのむ。
「お、はようございます。課長もずいぶん早いご出勤ですね」
「いや、今日は大事な会議だろ?そわそわしちゃってね」
ふわりと笑う課長―神谷聡一郎―は同期や後輩、既婚者の先輩がうっとりとするとうな立ち振る舞いと声で話す。
神谷聡一郎27歳。歴代最年少課長(らしい)。
甘いマスクに甘いボイスでしかもエリート街道まっしぐらとあれば女が放っておくはずがなく常に誰かしらに声をかけられている。もちろん会社1、2位を争うヤリ手で仕事の面では、かなり、いや物凄く尊敬している。でも!でも私は課長が大の苦手なんです・・・。
「上條さん?大丈夫?」
「あ、すいません。なんでもないんです。課長もそわそわとかするんですね。」
あ、やばいと思ったころには遅く、課長は苦笑いをして、
「上條、俺も人間だから。」
いつもと違う声で話す。
そう、この方、私と同期で私を人間とも思っていない仮面野郎なんです!
「…失礼しました。えっと、私は会議準備しますのでこれで」
早々に逃げようとした私が面白くなかったのか奴は顔をゆがめる。
その顔を早くみんなに曝してしまえ!みんな外見と声に騙されてるんだよ!と強く思ってしまう。
「上條、今日の会議、楽しみにしてるからな」
ポンと肩に手をのせ、彼は颯爽と自分のデスクへと向かう。
一人残された私は肩にのせられたプレッシャーに耐えかねて会議室へと逃げる。
いっつもそうなんだ。神谷は私のことこうやって追い詰めていくんだ…!
会議室で私は誰にも言えない怒りを一生懸命消化していた。神谷課長がほそく笑んでいるとも知らず…。
2
あれだけプレッシャーをかけていた神谷課長だけれど、結局会議が始まれば課長の独壇場になる。それだけ彼が優秀ということなのだ。同期として鼻が高いやら劣等感やら・・・尊敬してるからこそ感じる感情に胸がグルグル回る。
会議は滞りなく終了し、結局私がしていた仕事は神谷課長の補佐的なものでしかなかったのだと思い知る。それが嫌とは言わないけど…なんだか切なくなった。
いつもそうだったなあ…
例えば新人研修のときから何故か奴と私は近くにいた気がする。ディスカッションにも何だって必ず奴が一緒にいた気がする。短大卒の人があまり居なくて、あたふたしていた私に自分の補佐的な役割をくれて最初の方はとても優しくし接してくれて凄い救われた。年上の人ばかりと対等に話していくのは何だか難しくて萎縮してたな・・・今では懐かしい若かりし思い出だ。あの時の奴は凄い紳士だったのになあ…周り付き合ってるの?とかよく言われたものだった。そのくらい一緒にいる時間が長かった。その時間がすっごい楽しくて奴と会うのが楽しみだった気がする。仕事に対する姿勢がとても似ていて共感できたし、そういうこと話せるのが奴しかいなかったんだ。だから、その当時付き合っていた彼氏に俺と仕事どっちが大事なの?と言われたあの質問の意味には奴との付き合いのことも指されていた気がする。
なのに!奴は私が彼氏と別れた途端に何故か冷たくなってきた。
話しかけてもいつもだったら笑顔で答えてくれたのに、なぜか不機嫌に俯かれ出来るだけ簡単にかつ簡潔に話すようになった。それまでと同じように接した私はあまりに驚いて、必要最低限しか話さないようにし始めた。神谷課長として自分の上司になるころには言葉もあまり交わすことはなくなり、奴の表面上の部分しかみないようになった。朝のようなことももちろんあるけど。早くみんな奴の仮面の下の素顔を知ればいいんだ!
あ〜なんか思い出したらムカムカしてきた。
「上條。なにしてんだ」
ボーっとしてると会議室には誰も居なくなってしまったらしい。広い広い会議室には私と課長しかいない。
「いえ、なんでもありません。もうでますね。」
スっと立ち上がると苦々しい顔をしてる課長を一瞬見た気がした、が。奴はいつものニヤリとした顔をうかべながらこっちへ近づいてくる。
「思い知ったろ?」
奴の言葉にムカムカしてた気持ちに拍車かかる。
「そうですね。」
「上條、今日い「課長、もう戻ってもいいですか?」
精一杯の強がりで奴に向かって冷静な声で対応する。
奴の表情なんてみない、見ないから!
完璧な上條さんはこんなとこで感情を出さないし、取り乱さないんだよ。
「・・・戻れ」
この言葉を期待してたはずなのに、なぜか胸のイライラは収まらない。それどころか増してイライラする。完璧な上條でいたいから、足早に奴の元を離れてデスクに戻る。
こんな関係じゃなかったのになあ…
あんな意地悪でもなかったし見下すようなこと言う人じゃなかったのに。何が変わったんだろう。
雨音がオフィスの中にも聞こえてくるほど強い雨が急に降り出したらしい。梅雨の天気は安定しない。まるで自分みたいだと鼻で笑い、家から持ってきた●ィダーを一気に飲み込んだ。
会議室の神谷課長は寂しく佇んでいるように見えた。
その日の雨は弱まることを知らず、帰る時間になっても強く降っていた。
「最悪だ…」
いやみなほど晴れていた空をにらみながら出社したんだ。もちろん傘なんてもっていない。雨足はピークを越したもののまだ少し強かった。
えぇい!仕方ない!
思い切って雨の中走って駅へと向かうがヒールではねる雨水にビチャビチャになる。気持ち悪いと思い一瞬前を向いたとき。
奴の車が前を横切り、私の目の前で止まった。
「上條、社会人なんだから自己管理ぐらい気をつけろ。」
「課長に言われなくとも!」
カッチーンと来た言葉に間髪いれず返事する。それだけのことなのにひどく懐かしく思えた。
「…相変わらずの減らず口だな。ともかく入れ、風邪ひくだろう。」
「課長の車を汚すわけにはいきませんので。」
くっと笑う課長にふんとずぶ濡れで睨みつける私。
というかこんなに濡れているのだからもう無意味だろうとも思える。
「もうこれだけ濡れてるし、電車にも乗れないだろうからタクシーでも拾います。おかまいなく。」
課長はニヤリと笑って
「上條、早く乗らないと明日の仕事「神谷課長って何て優しいんでしょう。乗らせていただけるなんて光栄でございます。よろしくお願いしたします。」
…あぁ!
悔しさがにじみ出てるであろうこの空気のまま後部座席に乗ろうとする私。
神谷課長がニヤリと悪魔の笑みを浮かべてるとも知らず・・・
To be continued...
NEXT
BACK
INDEX
TOP
Copyright(c)2009-2013 來嘉様, All rights reserved.