「アリスお嬢様、そろそろお支度をなさらないと舞踏会に遅れてしまいます」
侍女のリンが急かすように言うが、当のアリスはどうしてもその気にはなれないでいた。
「どうしても、行かないとダメ?」
窓越しに外の庭を眺めていたアリスは、振り返っていつになく可愛くリンにお願いしてみる。
「今晩は、国王主催の舞踏会ですからね。キャンベル家のお嬢様が、欠席というわけにはいきませんよ」
はぁ…。
アリスはもう一度窓の外に視線を移すと、大きく溜め息を吐いた。
―――舞踏会なんて、面倒臭いなぁ。
この国では貴族の家に生まれた子息と子女は、17歳の誕生日を迎えると舞踏会へ参加するのが慣わしとなっている。
と名目はこうだが、実際は年頃の子供を披露して、いい縁談を結ぶのが目的のようだ。
1ヶ月前に17歳の誕生日を迎えたばかりのアリスも例に漏れず、毎週のように行われる舞踏会に足を運んでいた。
それが、今晩は国王主催となれば尚更のことだ。
キャンベル家は、貴族の中でも特に王家とは縁の深い名門である。
年頃のアリスを狙っている家は多い。
はぁ…。
アリスはもう一度溜め息を吐くと、仕方なくリンに従って舞踏会に出掛ける準備を始めた。
+++
『さすが、国王主催の舞踏会は違うわね』
それが、アリスの感想だった。
今までに出席した舞踏会とは比較にならないくらい規模も大きく、これでもかというくらいの贅も尽くされている。
そして、今日はアリスが初めて国王に面会する日でもある。
「アリス、少し緊張しているようだね」
優しく声を掛けてくれたのは、アリスの父だった。
キャンベル家当主である父はとても厳格だが、末娘のアリスにだけは優しくて目に入れても痛くないほどの可愛がりようだ。
「はい、お父様。あまりに豪華なので」
「そんなに構える必要はないよ。アリスはいつものままでいいんだ」
「そうよ、アリスは誰よりも可愛らしくて、周りの男性達がさっきからあなたのことを見つめているわ」
父の言葉に続いたのは、母だった。
母は娘のアリスから見てもものすごく綺麗で、それでいてとても優しくて、憧れの女性だった。
「そんなこと…」
親の欲目からか、アリスに対して両親はこれ以上ない褒め言葉を口にするが、自分ではどう見てもそんなふうには思えない。
ここにいる女性達は皆とても大人で、17歳になったばかりのアリスがここにいること自体なんだか浮いているような気がしていた。
そんなことを考えていると舞踏会が始まり、父も母も知り合いの貴族達のところへ行ってしまって、一人残されたアリスはどうしていいかわからない。
「お嬢さん、僕と踊っていただけませんか?」
そんな時アリスに声を掛けてきたのは、長身でとても綺麗な顔立ちのつい見惚れてしまうような男性だった。
「あの…」
素敵な人だけど、いきなり踊って欲しいと言われても…。
この場にいるということはきっと相当いい家柄の人に違いないけれど、実を言うとアリスはまだ男性と踊ったことがない。
舞踏会には参加するものの、いつも隅に隠れて誰の誘いも受けなかったから。
もちろんダンスは習っていたし、きちんと踊ることはできると思うけれど…。
「そんなに警戒しないで下さい。僕の名前は、ブラッド。ブラッド・ハミルトンと言います」
「え?」
―――この人が?
ハミルトンという名を聞いて、まず知らない者はいない。
数ある貴族の中でも名門中の名門と言われ、それとは別に3人の息子が皆美形揃いというのでも有名だった。
特に長男のブラッドは、誰もが憧れる男性だとそういう話には疎いアリスでさえも風の噂で耳にしていたくらいである。
しかし、大の舞踏会嫌いで、父親がどんなに説得しても絶対に出席しないと聞いていた。
なのに目の前にいるなんて…。
「ごめん、アリス。取り敢えず、踊るフリだけしてもらえないかな」
「フリって…ちょっ」
ブラッドは、アリスの返事を待たずに片腕を掴むと腰に腕を回す。
今まで一度も舞踏会に出席したことがなかったブラッドに注がれる視線はアリスと同等のものがあったから、こうして相手がいれば周りも簡単には近づいて来ない。
「大丈夫、僕に任せて。そう、その調子で」
なんだかわからないが、彼の言う通りにするしかない。
それでも、実践では初めてのアリスが彼のリードのせいか、少しずつ自然に足が動いていく。
「ハミルトンさんは、私を知っているんですか?」
さっき、ブラッドはアリスと名前を呼んだ。
舞踏会に顔を出すようになったのはつい最近のことだし、彼には一度も逢ったことがなかったのに…。
「もちろん。今夜は君に逢うために嫌いな舞踏会に来たんだからね。まぁ、国王主催だから仕方がなかったんだけど」
―――逢う為って…。
まさか、そんな言葉が彼の口から発せられるとは思わなかった。
ただでさえ、密着していてどうしていいのかわからないのに…。
「アリスが17歳になるのをずっと待ってたんだよ」
「え…」
「本当はもっと早く君を捕まえるはずだった。他の男に取られるんじゃないかって、気が気じゃなかったんだ」
「ハミルトンさん?」
アリスは男性とまともに口をきくのも初めてなのに、これはある意味告白とも取れる言い方で…。
「ブラッドでいいよ」
「ブラッド?」
「そう。これでアリスは僕のモノだから、覚悟して」
「モノって…」
――― モノ?それに覚悟してって…。
たった今、逢ったばかりでこの展開は…。
だけど、全然嫌じゃない。
「私を捕まえた以上は、絶対離さないって約束してくれますか?」
自分でも、どうしてこんな大胆なことを言ってしまったのか…。
驚いた表情のブラッドは一瞬動きを止めたが、すぐに満面の笑みに変わる。
「もちろん、約束するよ」
「では、約束のキスをしていただけますか?」
返事は言葉ではなく、ブラッドはアリスの頬にそっと手を添えて唇を重ねた。
側で見ていた両親は、こんなに早く娘を取られてしまうとは…と寂しい気持ちもあったが、今まで見たことがないくらい幸せそうなアリスの表情に心から祝福するのだった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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