誘惑の料理教室


「日当(ひなた)っ、頼みがあるんだけどぉ」
「お姉ちゃんの頼みは、耳にタコができるくらい聞きました。もうたくさんですっ!!」
「そこを何とか」
「ダメったら、ダメ!!ぜ〜ったい、きかないんだからっ」

腕を組んでプイッと明後日の方を向いてしまった大層ご立腹の妹を何とか宥めるために、姉は日当(ひなた)の食べたがっていたチョコレートケーキを献上品として差し出す。
これはただのチョコレートケーキなんかではなく、何と!!1カット1,500円もするという超高級品なのである。
それを妹のために姉は3個も自腹をはたいて(優しい妹のことだから、一個くらい姉にも分けてくれるのではないかという下心もちょっとあったりして)、買ってきたわけだが。

「これ、日当(ひなた)食べたいって言ってたでしょ?」
「そんなもので、釣られないんだから」
「そう言わないでぇ。せめて、話だけでも聞いてよ。ね?」

―――もうっ、ほんとお姉ちゃんには困っちゃうんだから。

姉の盟子(めいこ)が妹の部屋を訪ねるのは、決まって何かよからぬ頼みごとをする時と相場が決まっている。
大体、いっつもいっつも姉の厄介事に巻き込まれては、日当(ひなた)が悪者にならなければならない。
それでも今まで断りきれなかったのは、姉のことが好きだからという以外にはないのだが…。
しかし、今度は一体、何なんだろう?
ここまでくると大体、想像はつくけれど。

「話だけね」
「あのね。うちの会社の上司が、部長なんだけど。あたしに息子を誘惑してくれって言うの」

そう言って、ベッドの端に座っていた日当(ひなた)の隣に腰を下ろす姉だったが、一瞬何を言ったのかわからず、理解するまでに数秒を要した。

「はぁ?!ちょっと待って、誘惑って…どこの世界に自分の息子を誘惑してくれななんて親がいるのよ」

今度の厄介事はなんなのか、何を言われても驚かないつもりだったが、さすがにこれは開いた口がふさがらないというもの。

「それがね、部長の息子さん。全然、女性っ気がないんですって。でね、あたしみたいな美人が誘惑すれば、少しはその気になるんじゃないかと」

おおよその理由はわかったが、美人って…。
確かに姉は自他共に認める美人だったし、彼女に言い寄られてなびかない男など、いないのでは?とさえ言われているほど。
とはいっても、いくら息子が女っ気がないからといって、誘惑して欲しいなどと自分の部下に頼むものだろうか。
もしも、本気になってしまったらどうするの。
なんて日当(ひなた)の心配を他所に「部長いい人なのよ。だから、力になってあげたくって」と話す姉。
だったら、自分が誘惑すれば何の問題もないわけで、どうしてそれを妹の日当(ひなた)に頼もうとするのかが理解に苦しむというもの。

「部長の力になりたいんでしょ?だったら、お姉ちゃんが息子をちょちょっと誘惑しちゃえばいいじゃない」
「それができれば、日当(ひなた)に頼んだりしないわよ」
「なら、本当のことを言って部長さんに断ったらいいじゃない」
「だって、もう言っちゃったんだもん。任せて下さいって」

―――はぁ…。
ほんと、人がいいというか、そういう問題じゃないわね。
できないことを言ってどうするのよ。
仮にあたしが引き受けるとしたって、成功するとは限らないんだから。

「どうして、お姉ちゃんはそう、いい人なの?」
「自分でもわかってるのよ。いっつもできないことを引き受けて、日当(ひなた)に迷惑掛けてる。助けてもらって感謝してるの」

盟子(めいこ)は外見に似合わず真面目で人の頼みを断れない、なのに彼女のイメージが女王様のように映ってしまうところでギャップを生んでしまう。
そこへいくと、日当(ひなた)は姉とは全く正反対の性格で、思っていることをズバズバ言うし、それだけ見れば本物の女王様なのだが…。

「そういうふうに言えば、あたしが断れないってわかってるんでしょ」
「日当(ひなた)ぁ」
「あぁ、わかったわよ。こうなったらチョコレートケーキに免じて誘惑でも何でもするけど、失敗しても文句は言わないでね?」
「ほんと?ありがと。大丈夫、日当(ひなた)なら」

これじゃあ、どっちが姉だかわからなくなってくるが、やるからにはマジでいかないと。

「ところで、日当(ひなた)。彼氏は、まだできないの?」
「え?彼氏なんて別にいらないもん。お姉ちゃんと違って、利(とおる)さんみたいな素敵な人は現れないし」

利(とおる)さんというのは姉の彼氏で、これがお世辞にもち〜っとも素敵じゃないんだけど、世の中こういうところでバランスがとれているんだと思う。
決してお金持ちでもない、でも優しくて誰よりも姉のことを想っているそういう彼を好きになった姉を尊敬しているし、自分にもいつかそういう人が現れると信じたい…。

「どうして?あたしと同じ顔してるんだから、男の人には困らないでしょ?今のあなたじゃ、誰もそうは思わないかもしれないけど」

1歳しか違わない姉妹はまるで双子かと見間違うほど、背格好から何から瓜二つ。
それも高校生までの話であって、あまりに言い寄ってくる男が多かったために日当(ひなた)は大学入学と同時に地味な女に変身してしまったからだ。
今は姉の厄介事のためだけに元の自分に戻るだけ。
姉はこの容姿のために傷ついたこともあったし、それを日当(ひなた)が一番よくわかっているだけに自らはそうならないよう、いつしか鎧を纏ってしまっていたのかもしれない。

「このあたしを好きだと言ってくれる男性(ひと)が現れたら、考えるわ」

「ケーキ、美味しい紅茶を入れてお母さんと一緒に食べよ?」と日当(ひなた)は先に部屋を出て行った。

+++

誘惑しろといわれても、どこでどうやってその男性と接触を図ればいいのだろう?
美味しくケーキをいただいてしまった以上、後には引けないが、部長の話だと息子は日当(ひなた)より4歳年上の28歳。
どうせ演技なのだし、姉の盟子(めいこ)が行こうが、妹の日当(ひなた)が行こうが構いやしない。
見合いでもしてしまえば一番手っ取り早かったのだが、案の定息子が頑なに拒んでいるらしい。

「何で、あたしが料理教室になんぞ通わなきゃならないの」
「いいでしょ?日当(ひなた)ったら、24歳にもなって目玉焼き一つできないんだから」
「そういう問題じゃないでしょ。どうして、部長の息子を誘惑するのに料理教室なのよ」

姉に痛いところを突かれたが、それより部長の息子を誘惑するのに何で料理教室なんぞに通わなければならないのだろう?
ただでさえ、料理などしたことがない日当(ひなた)のことである、そんなところへ行った日にはどうなることか。

「料理教室こそが、誘惑のチャンスなんじゃない」
「え?」
「部長の息子、料理教室の先生なのよ。超イケメンの俊(すぐる)先生」
「俊(すぐる)先生?」

―――なんだそりゃ。

日当(ひなた)にしてみれば、反応はそんなところだが、ちまたではかなり有名な若くてイケメンの料理研究家らしい。
女でさえもできないというのに男が料理?とつい偏見をもってしまいそうになる、でも彼はそんな女性をもたちまち料理の達人にしてしまう魔法使いなのだ。
彼の料理教室の入会希望者は今や1年先とも2年先とも言われるほど人気なのだが、そこは父親の力で何とかしてもらえることになった。
何とかしてもらえない方が、日当(ひなた)には都合が良かったが…。

「とにかく、頑張って誘惑してきて」
「それより、その俊(すぐる)先生とやらは、イケメンなんでしょ?それこそ、言い寄ってくる女性は多いんじゃないの?」

料理教室に通う、お嬢様とか有閑マダムとかね。
もしかしたらその息子、誰にもなびかないってことはあっち系なんじゃないかしら?
だったら、いくら日当(ひなた)でも、そればっかりは無理。

「その辺の詳しいことはわからないんだけど、とにかく潜入して探ってきてちょうだい」
「こんなので、上手くいくのかな」
「いいじゃない。ただで、人気の料理教室に通えるんだから」
「それだけじゃないもん。ねぇ、今からでも断ろう?その息子、まだ28なんでしょ?いいじゃない女っ気がなくたって」
「親は心配なのよ。一人息子だって言ってたし、早く孫の顔が見たいんだって」
「はいはい。孫でも何でも好きにしてよ」

―――あたしにはそんなこと、どうだっていいのよ。
でも、部長さんはお姉ちゃんを息子の嫁にって言っているようにしか聞こえないんだけど…。
単なる誘惑では済まないような気がするのは、あたしだけ?!

+++

あぁ、嫌だなぁ料理教室なんて…。
それに久し振りに元の姿に戻ったからか、皮をかぶっているみたいで落ち着かない。
仕事にはいつもの地味な格好で行ったけれど、途中デパートのトイレで着替えて出たら、やたらに視線を浴びて気持ち悪いったらありゃしない。

―――うわぁっ、すごいぞ?

教室内に入っただけで、熱気にめまいがしそうだ。
中には男性の姿もちらほらあって、それだけが救いだったかもしれない。
エプロンなんてものをしたことがない日当(ひなた)は、どうにもこの場に慣れない雰囲気ではあったが、ここへ来た使命は俊(すぐる)先生を誘惑すること。
それを忘れてはいけなかった。

「みなさん、今日もよろしくお願いします」

そして、爽やかに登場した俊(すぐる)先生は、予想以上にイケメンだ。

―――この人が、俊(すぐる)先生?
女っ気がないって、本当なのかしら。

着痩せするタイプなのか、長身だけど細身で男っぽさをそんなに感じさせない、どちらかと言えば綺麗顔。
千差万別、生徒達の顔はまるで料理を習うというよりアイドルでも見ているようだったが、その気持ちもわからなくもない。
こういう楽しみがあれば、日々の生活にも少しは張りが出たりもするのだろう。

「今日は―――」

先生の手順を見ながら一生懸命メモを取るが、ヘビー級の初心者である日当(ひなた)にはさっぱりチンプンカンプン理解不能。

―――こりゃぁ、先生を誘惑してる場合じゃないわ。
割り当てられた人達とグループを組むが、迷惑を掛けたらどうしよう…。

「はじめまして、よろしくお願いします。先生は優しく丁寧に教えてくれるので、わからないことは何でも聞いた方がいいですよ?」

「そうです。早い者勝ちです」と声を掛けてくれたのは、マリさんと麻衣さんいう女子大生。
見るからにお嬢様という雰囲気漂う二人だったが、お高く留まっているわけでもなく、日当(ひなた)とは気が合いそう。

「こちらこそ、よろしくお願いします。包丁もロクに持ったことがない初心者なので、ご迷惑を掛けると思いますが」
「実は私もそうだったんです。でも、何とか彼氏にも褒めてもらえるようになりましたから」

「大丈夫ですよ」とマリさんは、彼氏のために料理教室に通い始めて随分と上達したと言っていたし、麻衣さんは若いのに婚約しているという彼のために、みんな道楽で習っているというより大切な人のために頑張っているんだと知って、日当(ひなた)はこんな自分が恥ずかしかった。



「あぁっ、あなた。そんな包丁の持ち方では、指どころか腕まで切ってしまいますよっ」

『わからないことは何でも聞いた方が』というより、聞く前から先生が日当(ひなた)のところへすっ飛んで来た。
ここまでの初心者がいるとは、彼とて思いもしなかったはず。
怪我人を出したとなれば大変だ。

「すみません」
「包丁はこう持って、左手は猫の手ですよ」

「そうです、その調子ですよ」と先生に優しく耳元で囁くように言われると変に緊張して、返って包丁が上手く使えない。
こんなに至近距離で男の人に話し掛けられたのは、かなり久し振りのこと。

「私、向いてないんです。こういうの」
「まだ、始めたばかりですから。慣れればすぐに上達しますよ。諦めるのは早過ぎですね。良かったら、後でもう少し練習しましょうか」

この微笑みは平等に向けられるもののはずなのに、つい錯覚してしまいそうになる。
熱心に料理を教える彼の顔は真剣そのもので、軽い気持ちで来た人も心を入れ替えなければいけないと気付かされるくらい。
だから、誘惑なんかされないのかもしれないし、いや、今の彼に果たしてそんなことをする必要があるのだろうか?
無意味なことのように思えて、日当(ひなた)はその場から消えてしまいたかった。


「お時間、大丈夫ですか?」
「はい。先生こそ、いいんですか?私だけ」

自分一人残って先生に個人的に教えてもらうのは、他の生徒の手前もあるし、やはり迷惑ではないだろうか?

「全然、僕のことは気になさらずに。どうか、料理を嫌いにならないで下さい。誰でもいいんです。自分でも、好きな人でも、思いを込めて作れば、それはきっと幸せな時間(とき)を運んでくれます」

「もちろん、僕に習えば味も保障付ですが」なんて言われたら、誰だってその場にノックアウトされるに違いない。
カッコつけているわけでも何でもない、彼は心から料理を愛しているのだろう。

―――彼の永遠の恋人は、料理なんだわ。

「みっちり教えて下さい。私、頑張って覚えますから」
「では、まず包丁の持ち方からもう一度」

これじゃあ、先が思いやられそうだが、料理が好きになりそうなそんな予感がする日当(ひなた)だった。



「日当(ひなた)、お帰り。随分遅かったわね。ところで、先生はどうだったの?例の件は、上手くいきそう?」

家に帰るなり、姉の盟子(めいこ)が早速、聞いてきたが、日当(ひなた)はそれどころじゃない。
特訓がかれこれ1時間以上続き、慣れないことをしたせいか、もうクタクタなのだ。

「お姉ちゃん、ただいま。あたし料理下手だから、今まで先生と居残り特訓してきた」
「そうなの?初めからいい感じじゃない。で、先生ってイケメン?」
「まぁね。でもさぁ、ほんとに誘惑しなきゃダメなの?あの先生、料理が恋人なのよ。だから、無理にこんなことしなくても。なんなら、あたしからお姉ちゃんの会社の部長さんに言ってあげてもいいわよ?」

先生と約束したから料理教室には自腹で通うことにして、部長さんには今の彼のことを話せばきとわかってくれるはず。
いい大人なんだから、親が心配しなくても彼なら自分で素敵な人を見つけるだろう。

「もう少しだけ、様子を見てからにして?部長、毎日うるさいのよ。妹が代わりに行ってるって、知らないから」

―――そうだった…。
これはこれでまた面倒、お姉ちゃんが会社で困るようなことになっては大変。

「もう少しだけね」

+++

料理教室に通うのは週一回だったが、知らず知らずのうちにその日を待ち望む自分がいたことに驚いた。
先生の言った通り、包丁使いもだいぶ慣れ、その中にはちょっぴり楽しさも加わって。

「盟子(めいこ)さん、随分上達したんですね」
「えっ?うっ、うん。先生の特訓のおかげ…かな」

不意に麻衣さんに話し掛けられて、自分は日当(ひなた)ではなく盟子(めいこ)なんだと意識していても、呼ばれるとつい変に反応してしまう。

「先生、熱心ですもん。盟子(めいこ)さんには特に」
「は?そんなことは。先生は平等よ。ほら、私の場合は包丁持たせると危ないし」

―――マリさん、何てことを言い出すの。
先生は生徒に対して平等に教えてるし、あたしの場合は危なくて見ていられなかっただけ。
その証拠にここのところ、居残りはしていない。

「そうかな。先生、必ず盟子(めいこ)さんに話し掛けるし」
「だから、気のせいだってば」

誤魔化したものの、周りの人達も実はそんなふうに思っているのだろうか…。
実際、日当(ひなた)自身、姉には悪いが誘惑なんてどうでも良くなっていたし、純粋に彼に料理を習って美味しく作れるようになりたい、それだけ。
相変わらず、姉には根掘り葉掘り聞かれてはいるものの、希望に応えるほどの進展ははっきり言ってない。
それなのに何度こんな馬鹿げたことはやめにしようと言っても、聞き入れてもらえなかった。

―――また、嫌なことを思い出しちゃった。

料理をしている時は本当に楽しかったのだが、これを考えると一気に憂鬱になる。
不順な動機で通い始めただけに、こんなことを引き受けてしまった後悔の念が頭を過るのだ。

「痛っ」

考え事をしていたせいか、慣れが災いしたのか、包丁で切ってしまった指からは赤いものが止まらない。
マリがすぐに先生を呼びに行ったが、思ったより状態から傷は深そうだ。

「どうしましたっ」

「先生、盟子(めいこ)さんが、指を切ってしまって」というマリより早く設置してあった救急箱を手に急いで駆け寄って来た先生が、痛みからか目をしかめながら指を押さえている盟子(めいこ)の手を取って水道の水で傷口を洗浄するとガーゼを当てて止血する。

「病院に行った方がいいですね。すみません、誰かタクシーを呼んでもらえますか」
「はい、私が」

マリと麻衣がタクシーを呼びに行っている間、先生は日当(ひなた)をゆっくり椅子に座らせて「大丈夫だから」と声を掛け続けた。
他のみんなにも先生にも迷惑を掛けた申し訳なさでいっぱいになり、日当(ひなた)傷の痛さよりも胸の方が痛かった。



「本当にご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」
「これからは、気を付けて下さいね」

「僕の心臓は、そんなに強くはできていないので」と、いつもとは違う彼の声。
結局、指を3針縫う怪我、先生が日当(ひなた)のために病院に付き添ったことで本日の教室は打ち切りとなり、生徒達はそのまま帰された。
ただでさえ、教室に通うのに少なからず後ろめたさがあったのにこの始末では、これ以上続けるのは無理だろう。
いっそ、この場で本当のことをぶちまけてしまいたい。

「あの、先生」
「やめるのは、ナシですよ」
「私、やっぱり向いていないんだと思います。先生にも、他の方にも迷惑を掛けます。それに―――」

―――だって、あたしはお姉ちゃんに頼まれて、あなたを誘惑するためにここに来たんだもの。

誘惑するはずが、いつの間にか自分が誘惑されてた。
離れたくないのは、日当(ひなた)の方だったかもしれない。

「あたし、料理なんて本当は大嫌いなの。教室に入ったのは、お姉ちゃんに頼まれて先生を誘惑するため」
「えっ、誘惑…」
「先生、女っ気がないからって」
「ちょっと待って、それ…」

…嘘だろ、誘惑って。
親父か?そんなことを頼むのは。

身に覚えがあったのか、俊(すぐる)は片手で目を覆うようにして、ガックリ肩を落とす。
やたらに見合いの話をしたり、どうりで最近は今までなら全く感心すらなかった料理教室のことを聞いてきたりすると思ったんだ。
その理由は、これだったのか…。

「初めから先生を誘惑なんて、できっこないのはわかってたの。だって、先生の恋人は料理なんだもん。残念ながら、あたしの入る余地はどこにもなかった」
「そんなこともないんだけど」
「え?」

先生は首を傾げる日当(ひなた)の怪我をしている方の手をそっと取って、「痛む?」と問い掛ける。
最初こそズキズキしていたが、今ではそれもほとんど納まっていた。

「大丈夫」
「良かった」

そう言うと先生は日当(ひなた)の手の傷口の包帯を巻いたところに軽くくちづけて、そのまま自分の頬に添える。

「せっ、先生?」
「あんなにインパクトのある子はいなかったし、心配で心配で目が離せなかったのは君くらいだな」

マリが呼びに来るよりも早く救急箱を持って駆け寄っていたのは、ずっと日当(ひなた)を見ていたから。
そりゃあ、あの不器用さが心配で仕方がなかったのは事実だが、俊(すぐる)も一応男だから、綺麗な子を見れば必然的に目がいく。
それだけじゃない、一生懸命に料理に打ち込む姿は俊(すぐる)の心をも動かしたと言っていい。
ただ、今は料理を教えるのが楽しかったのと、彼もまたこの容姿ゆえに色々恋の悩みも抱えていたのだ。
それが、まんまとこんな形で父親の陰謀にハマってしまうとは…。

「それは…私は、どう解釈すればいいの?」
「ん?どうだと思う?」

抱き寄せられて唇が重なった時、彼もまた誘惑されていたのだと。





「部長さん、怒ってなかった?」
「それどころか、大喜びよ。同じ顔が、もう一人いたってね」
「そっち?」

まぁ、とにかくまあるく納まって良かった良かった?!
あれから、料理教室は週1回から2回に増やされたけど…。



「ひなちゃん、そうじゃないって」
「先生、もうちょっと優しく教えてよ。教室と全然違うっ」
「うるさい口は塞ぐぞ?つべこべ言わずにちゃんと手を見て。これ以上、傷跡増やしたら、お嫁に行けないだろう?」

俊(すぐる)が両親と住んでいる家とは別に新作メニューを考えるために借りているマンションの一室で個人授業を受けていた日当(ひなた)だったが、この変貌振りは一体…。

「先生が、もらってくれるんじゃないの?」
「あ?」

―――何よ、そのびっくりした顔はぁ。
あたし、変なこと言った?

「そっか、ひなちゃんは俺のお嫁さんになりたいのかぁ」
「そっ、そういうわけっ」

「じゃなくて」という最後の言葉は、彼に飲み込まれていた。
料理熱心なことに変わりはないが、優しい彼はどこへやら…。

「大丈夫。僕が責任持って、ひなちゃんの面倒を見るから」

―――ほんとにほんとよ?
あたし、こう見えても信じやすいタイプなんだから。

「ほんと?」
「だから、ビシビシ鍛えるぞ」
「えぇ〜」
「えぇ〜じゃないっ」

「ったく、この口は」とまた塞がれて、これじゃあ料理どころじゃないじゃないっ。
誘惑の料理教室に入ったのが、間違いだった?!
そうならないように見返してやるんだからっ。


To be continued...


お名前提供:日当(Hinata)&俊(Suguru)/盟子(Meiko)/利(Touru)… あえか さま
友情出演:マリ&麻衣(お見合い結婚)

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福助

※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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