くじ引きの神様


「これからクラスの各委員を決めるが、どうせ立候補者はいないだろうから今回もくじ引きにするぞ」
「くじ引きにしたいのは先生の趣味でしょ?箱、用意してるし」

───だって先生、くじ運悪いんだもん。

「なんだ吉沢、文句でもあるのか?あっそうだ!!どうせ、くじを引いても吉沢はなんらかの委員になるんだったら、いっそのことクラス委員に立候補したらどうだ。お前、まだやったことなかっただろう」
「そんな〜」

クラスにどっと笑いが起きる。
今はHRの時間、高校2年に進級したばかりの新しいクラスでの委員決めだ。
というか、この学校は入学してから卒業するまでクラスが変わらない。
能力別クラス編成を採用しているため、主要の科目は移動教室で他のクラスの生徒達と混ざって授業を受ける。
だから、敢えてクラス変えをする必要がないらしい、従って新しいクラスと言っても、クラスメイトは1年の時と同じなのである。
ついでに言うと目の前の教壇に立っている30後半の子供が4人もいる、少しいや、かなりやる気のない担任もそうである。

「あ〜あたし、今度こそクラス委員だよ」
「もも。ほんと、くじ運悪いもんね」

「あっ、先生がだけどね」と気の毒そうに隣で言うのは、倉本 綾那(くらもと あやな)。
ももとは私立でエスカレーター式の小学校からずっと一緒、家もすぐ近所の幼馴染で親友でもある。
清楚で綺麗で、女のももでも全力で守ってあげたいと思ってしまうくらい可憐な女の子なのだ。
それに比べてももは、周りに言わせると顔は非常に可愛い(らしい?)のだが、性格はまったくの正反対。
男勝りでさっぱりしてて、まったくもって女にしておくにはもったいないとはみんなが口々に言う言葉である。

「じゃあ、引くぞ」

先生の言葉にももは息を呑む。
───どうか、クラス委員になりませんように…。
ももは自他共に認めるが、すこぶるくじ運が悪い。というか、単に担任のくじ運が悪いだけ?いや、実はいいのかも?
言う通り、くじを引かなくても結果は目に見えているが、しかしどうしてかまだクラス委員にはなったことがなかったのだ。

「じゃあ、まず保健委員から」

担任が一枚ずつ出席番号が書いてある紙を箱から引いていく。
体育委員、放送委員、図書委員…。
まだ、ももの名前は呼ばれない。
そして…。

「最後にクラス委員。まず一人目は、出席番号19番の間宮。そして、もう一人は…」

───神様、どうかあたしの名前が呼ばれませんように。

「出席番号37番、吉沢」

ガーン…。
無常にも呼ばれた名前は、ももだった…。

「おおっ!!やっぱり、今年のクラス委員は吉沢だったか」

うんうん…担任は満足そうにひとり頷いているが、ももはガックリとうな垂れて言葉も出てきやしない。
───やっぱり、神様なんていないんじゃない…。
こんな時だけ神頼みされても神様だって困るってものだ。

「間宮と吉沢。1年間、クラス委員を頼むぞ」
「はい」「は〜〜〜い」
「こらっ、吉沢。もっとシャンとしろっ!!シャンとっ」
「はい…」

また、クラスの中にどっと笑いが起きる。
───こんな結末ってある?いくらなんでも、こんなにくじ運が悪いなんて…。
よっぽど運が悪いのか、もしくは何かよからぬものにとりつかれているのか。
HRが終わってもぐったりとうつ伏せたままのももは、顔を上げる気力さえ残っていなかった。

「もも、元気だして。私も力になるからね」

綾那の優しい言葉だけが今は救いかもしれない。

「ありがとう。でもさ、なんでよりによってクラス委員なわけ?それも、間宮となんてさ」

「最悪…」ももがクラス委員になりたくなかったのには訳がある。
それは…。

「ももは、間宮くんのこと誤解してると思う」
「え?」

いきなり、真剣な表情の綾那からこんな言葉が返ってくるとは思わなかったももは驚きを隠せない。

「それって、どういう意味?」
「間宮くんは、ももが自分のことはそっちのけで相手のために頑張っちゃうのとか全部知ってるからすごく心配してて、だけど面と向かってそういうこと言うのはやっぱり恥ずかしいって、ももにわからないように色々助けてくれたりしてたんだからね。小さい頃はあんなに仲が良かったのにどうして?」
「う…そ」

───間宮が、そんなことするはずないじゃない。
いつだって無愛想で素っ気ない態度ばかりとっていたし、第一あたしのこと嫌いなんじゃないの?

「本当だよ。絶対、言うなって言われてたんだけど。でも、ももが間宮くんのこと誤解したままじゃ、あんまりだから」

───もしかして、綾那…間宮のこと…。
今にも泣き出しそうな綾那を見ていたら、ももにはこれ以上言葉が出てこなかった。

「綾那…わかった。もう、間宮のこと悪く言わない」

本当はももだって、彼のことが嫌いなわけじゃない。
間宮 総司(まみや そうじ)とは綾那と同じ小学校からずっと一緒、あの頃は今でこそ想像できないくらい仲が良かったのだから。
それがいつの頃からだろうか、こんなふうにお互いが離れてしまったのは。
ももには、それがわかっていた。
そう、あれは小学校5年生の時だった。
ももが図書委員の仕事を終えて教室に戻って来ると、まだ残っていたクラスの男子と女子達がひそひそと噂話をしていたのだ。

「なぁ、間宮と吉沢ってデキてるのかなあ」
「あたし、聞いたよ?間宮くんとももちゃんが手を繋いで歩いてるところを見たって話」
「俺は、キスしてるところを見たヤツがいるって」
「え〜嘘。あたし、間宮くん好きだったのにぃ」
「やっぱりそうか、あいつら仲いいもんな。でもいいなぁ間宮は、吉沢超可愛いし」

根も葉もない噂話だった。
手を繋ぐなど運動会のダンスの時くらいだったし、まして小学生の分際でキスなんてとんでもないデタラメだ。
本当に見たと言うなら、いつどこで言ってみろと声を大にして言いたい。
しかし、そんなことよりもももにはクラスメイト達にそんなふうに言われていたことの方が悲しかった。
その時のももには男だとか女だとかっていうことがまだよくわからなくて、恋愛対象として間宮や他の男子を見ることもなかった。
今時の小学生は5年生ともなれば愛だの恋だのと普通なのかもしれないが、奥手と言えばそれまでだろうけど、ももにはまだそのことが理解できていなかったのだ。
次の日から、ももの態度が急変したことは言うまでもない。
あんなに仲の良かった二人が顔を合わせるどころか、一言も話さなくなったのだから。
綾那はすぐに理由を聞いてきたけれど、ももは何も答えようとはしなかった。
それを察した綾那はそれ以上聞いてこなかったが、反対に理由もわからず一方的に無視された間宮はというとそういう訳にはいかず。
しつこいくらいに何度も何度も聞いてくる間宮に最後はももがキレてしまい、『あんたなんて、大嫌い!!』と言ってはいけない言葉を間宮に投げつけてしまったのだ。



───今日の委員会は長かったなぁ。
そう呟きながら、ももはかばんを取りに教室に戻ると壁の時計を見る。
あと5分でバスが出る時間だ。
ももは駅からバスに乗って通学していたのだが、利用している路線は極端に本数が少なく45分に1本しか来ないのである。
しかも学校から駅までは10分以上かかってしまうから、あと5分では到底間に合いそうにない。
ダメかぁ…溜め息を吐くと仕方なく席に座り、いつも持ち歩いている文庫本をかばんから取り出した。

「あれ?吉沢は帰らないのか?」

同じ委員会の役員である間宮と一緒に教室に戻って来たことをすっかり忘れていたももは、思いっきり声の方へ振り返った。

「うっ、うん。バスが来るまでまだ時間があるから、少し学校で時間潰してる」
「あと、どれくらいなんだ?」
「えっと、40分くらいかな」
「そっか」

それだけ言うと、間宮は出入口まで出掛けていた身体をまた教室の中へと向け、カバンを置くと自分の席に座った。

「あれ?間宮は帰るんじゃなかったの?」
「あぁ、もう暗いし、女の子一人じゃ危ないだろう」
「え?」

まさか…間宮が、もものことを心配しているのだろうか?
既に時計は夕方の6時を回っている。
この学校は住宅街に位置しているため、生徒が下校してしまうと人通りが極端に少なくなってしまう。
ついこの間、女子生徒が変質者に追い掛けられたという事件が起きたばかりで先生からも注意するよう言われていたが、それで間宮はももを駅まで送って行くと言うのか…。

「へぇ、間宮もあたしのこと女の子扱いしてくれるんだ」

可愛くないももは、こんな憎まれ口しか出てこない。

「当たり前だろう?」

いつになくマジな言い方の間宮に、ももも戸惑ってしまう。

「大丈夫だって。それより、間宮は家が遠いんだから早く帰った方がいいよ。だいたい、こんな男勝りなあたしを襲う男なんていないって。いざとなったら、男の人の大事なところを蹴り上げて逃げてやるから」

「足だけは速いし」あはは───笑いながら冗談交じりに言ったももだったが、間宮にはそうではなかったらしい。
さっきより険しい顔で、ももを見つめている。

「お前、それ本気で言ってる?もしものことがあったらどうするんだよ!!」

今までに聞いたこともないほど低い声で一括されて、ももは一瞬身を硬くした。

「ごめん。怒鳴るつもりはなかったんだけど、吉沢ももう少し自分のこと知っておいた方がいいぞ?」
「え?」

ももは間宮の言っている意味が、よく理解できなかった。
自分のことは、自分が一番よく知っているつもりだったから。

「お前さ、自分がすっげえ可愛いって自覚、全然ないだろう?その微笑が、男を狂わせてるってこととか」
「はぁ?」

いきなり、マジな顔して何を言い出すのかと思えば…。
誰のどこが可愛いんだと突っ込みを入れたいところだったけれど、それより、男を狂わせるって…と思っても、あまりに間宮の顔が怖くてとても言うことなどできない。

「やっぱり…」

…いくら何でも、無頓着過ぎるだろう。
心の中で呟くように言うとガックリ肩を落とす間宮。
自分が可愛いと勘違い?している女子は数知れず、しかし、ももの場合は誰からもそう口に出して言われるほど、それは確固たる事実のはずなのに。
気付いていないのは本人だけとは。

「やっぱりって何よ」
「無防備だって言ってんだよ。男なんて単純だから、ちょっと優しくされただけでも勘違いするヤツもいる。心配なんだよ」

『間宮くんは、ももが自分のことはそっちのけで相手のために頑張っちゃうのとか全部知ってるからすごく心配してて、だけど面と向かってそういうこと言うのはやっぱり恥ずかしいって、ももにわからないように色々助けてくれたりしてたんだからね』
綾那が言っていたことを思い出した。
あれ以来、ずっとぎくしゃくしていたのに間宮はそれでも、もものことを気に掛けてくれていたというのだろうか。
それは、なぜ?

「間宮、ごめんね」
「あ?」

不意のももからの謝罪の言葉に間宮は戸惑いを隠せない。
そういう、本人だって不意をついて出た言葉に一瞬、ハッとしながらも、これは神様が与えてくれた大事な機会なのかもしれなかった。

「あの時、間宮はもう覚えていないかな。小学校5年生の時のこと」

覚えていない訳がない。
忘れたくても、忘れられなかったのだから。

「大嫌いなんて言って、ごめんね」

ずっとずっと言いたかったこの言葉。
あの時は、ただ自分のことしか考えていなかった。
言ってしまってから、己の愚かさに気付いてももう遅い。
もうあの頃の自分達には戻れないかもしれないけれど、でも今どうしても言っておきたかった。
もう、後悔はしたくないから…。

「本当は間宮のこと嫌いなんかじゃなかったよ。なのに…」
「もも…」

間宮に『もも』と呼ばれるのは、あの時以来。
あぁ、なんてしっくり馴染んで心地いいのだろうか?

「あの時、図書委員の仕事を終えて教室に戻ると数人の男子と女子が間宮とあたしのこと噂話してるの聞いちゃったの」

根も葉もない噂話…。
今思えば、いつもの勢いで胸張ってそんなことないって言えばよかったはずなのに。
どうして、逃げてしまったのだろう…。

「デキてるとか、手を繋いで歩いてるとかキスしてるところを見たとか、全部デタラメなことばかり。でも、それを否定するどころかあたしは逃げたの。間宮は何も悪くないのに傷つけて…」
「もも」
「ごめんね…」
「もも、もうわかったから」

間宮はももの横に移動して片膝をつくと、そっと抱きしめた。
もう、小学生の頃の彼女とは違う。
ちっちゃくて細くて、まるでガラス細工のように繊細で、優しく扱わないと今にも壊れてしまいそうだ。

「間宮〜」
「相変わらず、ももは泣き虫だな」
「だってぇ…」

ももは男勝りで強がっているが、本当はすごく涙もろい。
アニメとか見ながらワーワー声を上げて泣いているなんて、子供の頃はいつものことだったし。
そんなところは高校生になっても変わっていなくって、それが間宮には実は嬉しかったりもする。
だけど、やっぱり、ももには笑顔が一番似合うから、いつでも隣で笑っていて欲しい。

「ほら、もう泣き止めって。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」

ももの頬を止め処となく流れる涙を間宮の指が拭う。
それは子供とは違う、少しゴツゴツとしたもう大人の男の手だった。

「ねぇ、あたし達あの頃みたいな関係に戻れるかな?」
「それは無理」

きっぱり言い切る、間宮の意外な答えにももは目を見開いた。
───は?どうして?
ももだけがそう願っていて、間宮はそうは思っていなかったことがショックだったし、悲しかった。

「誤解するな。別に俺はももと仲良くしたくないわけじゃないんだ。むしろ、その逆で。ただ、あの頃みたいな関係には戻れない」

ももには間宮の言っている意味が、全く全然さっぱり、よくわからない。
仲良くしたくないわけじゃないと言っておきながら、あの頃には戻れないとは…。
───何なのよっ。

「俺は、もものことが好きだから。この好きは友達の好きじゃない一人の女の子としてずっと前から恋してる。だから、あの頃の仲のいい友達ではいられない」

いきなりの愛の告白?にももは顔がカーッと熱くなるのを感じていた。
あんなに冷たい態度をとってきたというのに間宮はももを一人の女の子として恋しているという。

「ねぇ」
「ん?」
「そういうこと、面と向かって言ってて恥ずかしくな〜い?」

───こっぱずかしいったら、ありゃしない。
そりゃあ、これでも一応?女の子なわけだし、いつかは素敵な人に愛の告白を…なんて夢見たこともあったけど。
その相手が間宮で、それも突然に。

「そりゃあ、恥ずかしいに決まってるだろ?でも、男としてちゃんと言っておきたかったから」

こういうところが、間宮らしいんだと思うけど。

「それより、ももはどうなんだよ。俺が一世一代の愛の告白してんのにさ」
「あっ、バスが行っちゃうっ」

「早く早くぅ」とカバンを持つと間宮の腕を引っ掴んで走り出すももに大事なところではぐらかされた間宮だったが、きっと想いは同じはず。
しっかりと手を握り直して、逆にももを引っ張るようにして先を行く間宮。
もう、この手は絶対に離さないだろう。
たとえ、何があっても。


To be continued...


お名前提供:間宮 総司(Souji Mamiya)… 香 さま

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※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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