その声が好き


ピロピロ〜〜〜
 ピロピロ〜〜〜

石川 日菜子は、睡眠中で〜す。

ピロピロ〜〜〜
 ピロピロ〜〜〜

ただいま、留守にしておりま〜す。
いませんよぉ。

ピロピロ〜〜〜
 ピロピロ〜〜〜

あ〜んもう、なぁによぉ。

と言ったところで、携帯電話を鳴らしている相手になど聞こえるはずがない。
今日は土曜日、会社が休みの朝は日菜子にとって一番幸せなひと時だった。
それなのにこんな朝っぱらから電話を掛けてくる相手は一体、誰なのよ!!
ベッド脇のサイドテーブルの上に置いてあった携帯電話を目を瞑ったまま、手でまさぐるようにして掴むとプチっと通話ボタンを押す。

『もしも〜し、もしも〜し。お〜い、日菜子ぉ。起きてるのか〜?』

という声が電話機から漏れていても、彼女は全く無反応。
それもそのはず、通話ボタンを押したまま、再び心地いい眠りに引き込まれてしまったのだから。

『日菜子ぉ、お〜い。起きろってぇ』

いくら愛しい彼氏のはずである智弘が叫んだところで、彼女が目を覚ますとは思えない。

『あぁ〜』という落胆の声だけが、日菜子の寝息と共に聞こえていた。
…電話を取るのはいいんだけど、どうして起きないんだよ。
まぁ、切られるよりマシか…。
わかっていながら掛ける方も掛ける方だと思うが、智弘はどうしても彼女の声が聞きたかった。
というか、実をいうと彼女の家の側まで来ていたのだから起きてもらわないと困る。
智弘の家の合鍵は渡していたものの、日菜子の家の鍵は持っていない。
さすがに女性の家に勝手に上がりこむのはどうかと…。
だから、敢えて今までそういうことを口にはしなかったのだが、たまには突然彼女の家にも来てみたいと思うのが男ゴコロというものだろう。
…え?そんなの俺だけだって?
そういうことにしておいてくれ。
まぁ、しかし早過ぎたかな。
せっかくだからと、開店前に行って並ばないと売切れてしまうという彼女の大好きなチョコレートケーキを買ってきたからこの時間に着いてしまったわけで…。
早いといっても一般的に言えばそろそろ昼食を食べ始めてもいい時間、日菜子にとってみれば今が一番至福の時なんだろう。
それにしても、どうするかなぁ…。
ここまで来て帰るのも、近いから出直してもいいが、かといってケーキの箱を抱えた男がアパートの前でウロウロしていたら、不審人物と間違えられて警察に通報されてしまうかもしれない。
電話を掛けても恐らく結果は同じ、となれば強行突入とはいっても、さすがにぶち破って入ることはできないから部屋まで行ってブザーを押し捲るしかない。
ここまですれば、いくら彼女だって起きるだろう。
幸い、2階の奥の部屋に住んでいてくれたから、誰かが通るということはない。
智弘は鉄の階段をカンカンと音を立てながら上がっていくと、ドアの前でもう一度彼女の携帯に電話を入れてみるが、やはり反応はない。

―――ピンポーン
   ―――ピンポーン
      ―――ピンポーン

連続3回押して、様子をみてみる。

右耳を少し傾けながら室内の音を注意深く拾ってみるものの、全く反応がない。
…あ?
オイオイ、日菜子ぉ。
どこまで眠りに行っちまったんだ?
地球を通り越して月まで行ったのではないかと思うほど、彼女の眠りは深いようだった。

再度、挑戦。

―――ピンポーン
   ―――ピンポーン
      ―――ピンポーン
         ―――ピンポーン
            ―――ピンポーン

願いを込めて、連続5回押してみる。
今度はどうだ?
これだけ鳴らせば、いくら日菜子でも起きるだろう。
起きるよな?

30秒、一分くらい聞き耳を立てているとようやっとガチャっと鍵を回す音がして、智弘はホッと安堵する。
ゆっくりとドアが開き、ボサボサのままの髪に寝癖なのかチョコンっと立っている前髪、寝ていた時のまま着ていたであろうトレーナー姿の日菜子が目を見開いてびっくりした表情で智弘を見ている。
こんな彼女も本当に可愛いなぁと思ってしまうのは、惚れまくっているからに違いない。

「どうしたの?智弘」
「どうしたのじゃない。何度も電話を掛けたのに」
「え?―――あ…」

―――え?あの電話は、智弘からだったの?
あまりに心地いい眠りだったものだから、電話には出たものの、相手が誰だとかそういうことすら頭が回らなかった。
思い出した日菜子は、小さく「ごめんね」と謝ると智弘を室内に入れる。
あぁ…髪もボサボサだし、首のところなんてデロデロに伸び切ってるダッサいトレーナー姿で愛しい彼氏の前に出てしまうとは…。
起きたばかりで顔も洗っていなかった日菜子は、彼に待ってもらって急いで身奇麗に整える。

「しっかし、日菜子ってこんなに寝起きが悪かったのか?俺が朝一番で出張に行く時には全然そんな感じじゃないし、俺の家に泊まって一緒に寝てても、朝はすぐに起きるのに」

智弘が朝一番で出張に行く時にはきっちり約束の時間に電話を掛けてくれるし、家に泊まっていく時も朝はきちんと起きて朝食もしっかり作ってくれる。
『あたし低血圧だもん。今だって、朝起きるの大変なのに〜』と言っていた日菜子だったが、付き合ってからというものそんな感じはちっとも受けなかった。
キッチンでコーヒーを入れていた日菜子、智弘が疑問に思うのも無理はなかったかもしれない。
それは彼のために気合いを入れて頑張ったからであって、ちょっとでも気を抜けばこんなもの。

「はい。コーヒー」
「サンキュ。そうだ、これ」

「忘れてた」と智弘が差し出したのは、買って来たチョコレートケーキの箱。

「ん?わぁ〜い、智弘わざわざ買って来てくれたの?」

「いつも、朝起こしてくれるお礼」と彼はそれ以上何も言わないけど、これは開店と同時に売り切れてしまうほど人気のケーキだから、きっとすごく早くから行って並んだはず。
智弘は大阪に出張に行くと必ずお土産を買って来てくれて、お礼ならもういっぱいもらってる。

「日菜子、これ好きだからさ」

喜んでくれるその笑顔が見たくって、智弘にとっては他に何もいらないと思えるほど、彼女の笑顔が好きだった。

「ありがとう。いっつも気を使わせちゃって、ごめんね」
「そんなことないよ」
「なのにあんなふうに電話を切ったりして…」

―――悪いことしちゃったな…。
もしかしたら、外でずっと待ってたのかも。

勝手に来たのは智弘であって、日菜子はちっとも悪くない。
返っていらぬことを…。
さっきの笑顔はすっかりどこかに消えてしゅんとしてしまった日菜子の側に行き、智弘はそっと肩を抱き寄せた。

「俺のために頑張ってくれてた日菜子に感謝してる」

もしも、新幹線に乗り遅れたらと気を張っていたであろう日菜子。
低血圧で朝が弱いと言っていた彼女に感謝しなければいけないのは、智弘の方。

「智弘」
「日菜子の家に来てみたかったんだ。近くだけど、まだ来たことなかったから」

彼からは合鍵をもらっていたし、家で待つことも。
出張の時は泊まったりもしていたけど、彼が日菜子の家に来ることはまだなかったのだ。
別に来て欲しくなかったとかそういうわけではないが、なぜかそういう流れにならなかったから。
せめて前もって言ってくれれば、もう少し部屋を片付けていたのにとは、これからはこういうことも想定して掃除をマメにしなければ。

「汚くてびっくりしたでしょ?部屋もだけど、あたしもあんなで」
「ううん。素の日菜子が見られて嬉しかった。それだけでも、突撃お宅訪問して良かったなって思うけど」
「もうっ、智弘ったら」

クスクスと笑いながら、お互いの鼻先と鼻先をくっ付ける。
すると―――。

グゥ〜〜〜〜〜〜っ。

「「あっ」」
「俺じゃないぞ?」
「あたしじゃないもん」

顔を見合わせて、プッと噴き出した智弘と日菜子。
朝が早かった智弘は朝食を抜いていたのと、ついさっきまで眠っていた日菜子も前夜から何も食べていない。
自分じゃないと言っておきながら、しっかり二人でお腹が鳴っていた。

「お昼、何がいい?といっても、冷蔵庫にあるものだからたいしたものはできないけど」

買いに行けばいいが、この分だとお腹が空き過ぎてその前に倒れてしまうかもしれない。
冷蔵庫にはある程度の物が入っているはずだから、何とか希望のものは作れるだろうし。

「日菜子が作ってくれるなら、何でも」
「言うと思った」

聞いておきながら、智弘の答えは聞かなくてもわかってる。

「すぐに作るわね」
「その前に」

日菜子の唇を味わう智弘。
それだけでもお腹一杯になりそうとか思いつつも、体は正直。
またもや―――。

グゥ〜〜〜〜〜〜っ。

休日の昼下がり、こんなゆったりした時間が何よりも幸せに思える瞬間。
笑い合いながら、暫くお互いの唇を堪能する二人だった。


END

※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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