「なぁ、石川さんの声っていいよな」
俺にいきなりそんなことを言ってきたのは、同期の神栖(かみす)。
たまたま残業して、ちょっこっと一杯やっていこうかと会社近くの安くて美味い屋台の焼き鳥屋に入ったのはいいが、話題が日菜子の声になるとは思わなかった。
この男は前から日菜子を狙っていのだが、彼女があまりにガードが固く、誘っても乗ってくれなかったと嘆いていたのを知っている。
「そうか?」
智弘はわざと知らないフリをして焼き鳥の砂肝に手を付けてみたものの、そんなことは言われなくてもわかってる!!と心の中で毒づいてみる。
彼女の声は、俺だけのものなんだ。
俺だけが、あの声で朝起こしてもらえる特権を持っている今は世界で唯一の男。
「何だよ、あんなに可愛い声を聞いてないのかよ。いや、可愛いのは声だけじゃなくって顔もだけどさ」
「かぁ〜っ、あんな声で『神栖(かみす)君、起きて』なんて、隣で言ってもらいてー」
既に酔っているのか、体をクネクネさせている神栖(かみす)。
―――何を悶えてるんだ…。
さすがにこんな姿を見せられて呆れ顔の智弘だったが、彼女の声を好きだと思っていたのは自分だけじゃなかったことに驚きを隠せない。
もしかしたら、そう思っているのは神栖(かみす)だけじゃないのかもしれない。
電話を掛けてきた男はみんな彼女の声によって妄想に駆られ、そして職場の男達はみんな彼女から掛けられる声に微笑みに魅了されているかもしれないのだ。
「ば〜か、彼女が俺らみたいな平凡な男を選ぶわけないだろ」
「だよな。石川さんのハートを射止める男って、どんなヤツなんだろうな。どこぞの御曹司とか、医者とか、そういう男から見ても憧れるようなヤツなんだろう。俺らには、所詮手に届かない相手なんだな」
「同期ってだけでも、幸せに思わなきゃだめなんだ」と、しんみりした表情で芋焼酎のお湯割りのグラスを空ける神栖(かみす)。
―――手に届かない相手…か。
俺は、そんな女性と付き合ってたんだよな。
ずっと憧れて、神栖(かみす)の言う通り、同期でなかったら気軽に話し掛けたりすることだってできなかったかもしれない。
あの日、急な大阪出張が入って会社に戻って来なかったら…。
俺達は付き合うこともなかった。
「でもさ。山口最近、彼女とよく話してるよな。大阪土産とか、必ず買ってきてるみたいだし」
「えっ…」
―――お前、彼女の声のことに気付いたことといい、ちょっと勘が鋭過ぎやしないか?
ってことは、これも他のやつらにチェックされたりしてるってことかよ…。
でも、女子社員の間では、どこどこの部署の誰々とくっ付いただの別れただのってのは、お茶請け話のようにされてるって聞いたことがあったからな。
ヤバイだろ、御曹司でもなければ医者でもない自分が彼氏なんて知られたら…。
「そっ、そうでもないさ。ほら、彼女には切符の手配とかしてもらってるし」
―――危ない、危ない…。
バレないように智弘も芋焼酎のグラスをカーッと空けたが、次に何と言われるか神栖(かみす)の口元に気が気じゃない。
「まぁ、山口とだったら、彼女もお似合いだと俺は思うよ。お前は俺達の中で一番出世するだろうし、なんたっていい男だもんな。」
「モテるわりに真面目だし」なんて、しれっと言う神栖(かみす)にくすぐったい気がしたが、そんなふうに見られていたとは。
「気持ち悪いな。神栖(かみす)に褒められると」
「俺は滅多に男を褒めたりしないんだ。だけど、お前はいい男だよ。彼女がいないのが、不思議なくらいだ」
―――いや、居るんだけど…。
喉元まで出掛かったが、きっと今は言わない方がいい。
「言われるほど、モテないからな」
「まさか、あっち系とか言わないだろうな」
「はぁ?何で俺がっ」
「いや、そんな噂も」と口篭ってしまった神栖(かみす)だったが、周りではこんなことも言われているのか。
―――ってことは、日菜子も…。
嘘だろ。
こんなことを耳にして、すっかり酔いも醒めてしまった智弘。
「それだけ、山口は注目されてんだよ。お前こそ、どこぞの令嬢とか、そういう女性と結婚とかするのかもな」
「俺は普通の子がいいよ。優しくて、でもちょっとお子様で」
可愛い日菜子が…。
「ごめん、電話みたいだ」
智弘が胸ポケットに入れてあった携帯電話を取り出して見ると、ディスプレイには“日菜子”の文字。
場所を移動しようとも思ったが、どうせ屋台を出ても外に居るのと同じで車は通ってるし、そう変わらない。
「もしもし、日菜子」
『あっ、智弘?今どこに居るの?ちょっとうるさいんだけど』
「あぁ、神栖(かみす)と飲んでるんだ」
『ごめんね、お楽しみに中にお邪魔して』
電話の向こうで、申し訳なさそうな表情の日菜子が目に浮かぶようだ。
「いや、どうした?」
『うん、智弘どうしてるかなぁって』
―――ヤバっ、どうしよう…声だけでもぞくっときてるってのにっ。
俺がどうしてるか気になって、電話を掛けてきたなんて。
可愛過ぎるっ!!
「日菜子の話をしてたんだ」
『えっ、あたしの?』
「うそうそ」って、本当は嘘じゃないけど、慌てふためいている彼女が少々気の毒にも思えるが…。
「なぁ、今から行ってもいいか?」
『え?だって、神栖(かみす)君と飲んでるんじゃ』
「日菜子の声を聞いたら、顔も見たくなった。日菜子も俺の顔が見たいだろ?」
『そんなこ―――』
『ないもんっ』と言い返す頬を真っ赤に染めた彼女を思い浮かべて、智弘はもう我慢できなかった。
男同士の話も悪くないが、やっぱり愛する彼女と一緒に居る方が全然楽しいから。
「すぐ行くから」と言って、一方的に電話を切った智弘。
「おい、お前。彼女は居ないって」
「悪いな、日菜子が俺の顔を見たいってさ。俺も彼女の素敵な声を聞いたら、会いたくなった」
「悪いけど、先に帰るわ」と席を立つ智弘に「ひなこって、もしかして…」と、やはり勘の鋭かった神栖(かみす)には、すぐにわかってしまったらしい。
「今度、ゆっくり教えろよ彼女の話。ここは、俺の奢りだ」
「サンキュ。じゃあ、お言葉に甘えて」
軽く手を振って去って行った智弘に神栖(かみす)は羨まし過ぎて、ヤケ酒にしかならなかった。
END
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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