君だけに
Special Story


キャーッ!恭クンっ―――

  キャーッ!キャーッ!美春ちゃんっ―――


どこを歩いていても、こんな声があちこちから聞こえてくる。
二人が一緒にいるところは日常の風景になっていたが、行く先々で携帯のカメラを向けられてもまいってしまう。

「有名人って、大変なんだな」
「恭ちゃん、オジサンみたい」

しみじみ言う恭が、なんだか年寄りくさく見える。
ちょこっと雑誌に載ったくらいでこれだから、俳優やアイドルともなればプライベートなどないに等しいのだろう。
唯一二人が他の有名人と違うのは、ベッタリとくっ付いていられることかもしれない。
らぶらぶなカップルで通っているから、逆に手を繋いでいなかったり、離れていたりすると喧嘩したのかと周りに心配されてしまうから。

「まぁ、でもこうやって堂々と手を繋いで歩けるってのは特権だよな」
「でも、恥ずかしい」

恭にしてみれば堂々と手も繋げるし、キスしても平気という今の状況が実は好きだったりもする。
美春は恥ずかしがって嫌がるけど、『俺達はこうしてないとダメなんだぞ』と言うと素直に『うん』というところがまためちゃめちゃ可愛い。
羽奈の前では嫌々というような態度を取っている恭も、本当はまんざらでもないということ。
―――おっと、これは内緒だからな。
あいつにこんなことを言ったら、付け上がるからな。

「そうそう、今度ね羽奈さんが」
「羽奈のヤツ、なんか言ってきたのか?」

彼女も頭がいいから、仕事の話は美春にしか言わない。
恭に言うと、イチイチうるさく言われるのが嫌なのだ。

「街を普通にデートしてる二人を撮りたいって」
「デート?」
「うん。恭ちゃんとデート久し振りだから、すっごく楽しみなの」

そう言えば、有名になってからというもの学校以外で出掛けることはほとんどない。
―――そっか、美春はデートがしたかったのか。
いっつもお互いの部屋を行き来するくらいで、それを恭はなんとも思わなかったが、美春としては外に出たかったのだろう。
何も言わないから、気付かなかった…。
恭は、握っていた美春の手を強く握り締める。

「じゃあ、うんと可愛くしてもらうんだな」
「どんな服にしてもらおうかな」

美春の心は、すっかり仕事というよりも恭とのデートの方に飛んでいた。

+++

撮影日当日は、少し肌寒いものの秋晴れのとてもいい天気だった。

「美春ちゃん、早乙女君、おはよう」
「おはようございます、羽奈さん」
「よう」

『相変わらず、早乙女くんは愛想のない挨拶ね』と羽奈は思ったが、それが普段の彼だと知っているから今日の撮影がとても楽しみだった。
一体、彼女の前ではどんな素顔を見せてくれるのか。
既に何度かの撮影で少しずつ見えてきてはいたが、決定的なショットが撮れていないのが羽奈にとっては物足りなかったのだ。
だから、今日こそは絶対にベストショットを撮ってみせる。
実際撮るのは、有村なのだが。

「美春ちゃん。今日は早乙女君のたっての希望でね、すっごく可愛くしてあげるから」
「本当ですか?」
「俺は何も…」

「言ってない」と続けようとしたが、実際言ったから喉の奥に引っ込めた。
昨日、不本意ながらも美春のことを思い羽奈にメールでとびっきり可愛くしてくれと頼んでいたのだ。

「早乙女君、惚れ直しちゃうわね」
「そうだといいんですけど」
「大丈夫。どんな美春ちゃんも彼には、大好きな美春ちゃんだから」

優しく微笑む羽奈に安心した様子の美春。
―――そう言えば、羽奈って彼氏いるのか?
それほど付き合いは長くないが、男の影を感じたことがない。
羽奈が好きになる男って、どんなヤツなんだろうな。
年上?それとも年下。
俺的には、年下かなぁ。
そんなどうでもいいことを考えながら、撮影用の衣装に着替えることにした。

今回の撮影はファッション誌のものだったから、コンセプトは初めてのデート。
彼女が彼のために一生懸命選んだ服というのが一番のポイントで、高校生らしい清純な部分とちょっぴり大人な部分を表現するのが狙いだった。

「どう?美春ちゃん、可愛いでしょ」
「あっ、あぁ」

目の前に現れた美春は、恭の予想以上に可愛さとセクシーさをかもし出していた。
クルンとカールした髪に短すぎるんじゃないかと思うガーリー風のチェックのスカートもロングブーツでイヤらしさは感じられず、フードにファーが付いたロングニットのカーディガンが、大人の雰囲気を出している。
目が釘付けになるというのは、このことかもしれない。
羽奈になんと言われようと、今だけは素直にありがとうと言いたかった。

「ありがとう」
「どうしたの?急に」
「いや、なんとなく」
「早乙女君にお礼を言われるなんて、この先一生なさそうだからありがたく受けておくわね」

言葉を返せないくらい、美春から目が離せない。

「恭ちゃん、似合う?」
「あぁ、めちゃめちゃ似合ってる」
「ほんと?」

「よかったぁ」と嬉しそうに微笑む美春を恭は、無意識に抱きしめていた。
こんなに可愛い彼女を抱きしめずにいられる方がおかしい。

「恭ちゃんっ、ちょっ」

いきなりの行動に美春は慌てて恭の腕をすり抜けようとするが、彼がそれを許さない。
そんな二人をしっかり、有村はシャッターに収めていた。

「はいはい。お熱いのはいいんだけど、撮影はこれからよ」

そうだったと名残惜しむように恭は美春から体を離した。
「本当にデートをしているつもりで、自由に歩いてもらって構わないから。俺は適当に後を付いていくからさ」と有村に言われて、美春と恭は街を歩き始めた。
手を繋ぎながら、落ち葉の中をゆっくりと散歩していると二人に気付いたギャラリー達が足を止めて眺めている。
それすらも気付かないくらい、お互いのことしか見えていなかった。

「恭ちゃん、クレープ食べてもいい?」

甘い香りが漂っているとは思ったが、クレープだったのか。
羽奈の方をチラッと見ると、いいわよと言う代わりにニッコリ微笑む。

「いいよ」

美春に手を引かれるようにして店の前に行くと、より一層甘い香りが漂ってくる。
余計、この匂いに誘われるのだろう。
「どれにしようかな」と真剣に悩んでいる美春を見ているだけで、恭はお腹いっぱいになりそうだった。
結局悩んだ末に美春はイチゴと生クリームがたっぷり入ったもので、恭はシンプルにチョコレートソースのもの。

「美味しそう、いただきま〜す」

パクッと口にした美春の鼻のてっぺんには、思いっきり生クリームがくっ付いている。
「う〜ん、美味しい」と言う本人は、それに全く気付いていないよう。

「美春、鼻の頭に生クリームが付いてるぞ?」
「え、ほんと?」

美春が両目を寄せて鼻のてっぺんを見つめながら指を添えようとするその時、一瞬早く恭がペロッと美春の鼻の頭を舌で舐めた。

「いただき」
「きょっ…ちゃん…っ…」

真っ赤になって抗議する美春の腰を抱くようにして、恭は平然と歩き出す。
有村は、その瞬間も逃さない。
それを後ろから見ていた羽奈だったが、恭があそこまで変わるとは…。
―――彼も、ああだったらな。
恭がさっき羽奈の彼氏はというようなことを思っていたが、年下の彼というのは正解だった。
とても優しいけれど、恥ずかしがり屋で絶対に手も握ってくれないし、キスなんてこっちからねだってようやくという感じ。
あんなふうに自分だけを見つめてくれる彼は、羽奈にとっては羨ましい限り。

「今日の早乙女君、すっごくいい。だけど、いつもはあんなじゃないのに」

有村もいい写真が撮れたと満足そうだったが、いつもと違う恭が気になるようだ。

「本当の彼は、ああなんですよ。彼女の前だけに見せる素顔」
「そうなんだ。こりゃ、また女性ファンを増やしそうだな」

美春だけを想う恭の姿が、より女性ファンを惹き付けているらしい。


可愛らしい雑貨店を覗いたりしながら、短いデートも終わりを告げようとしていた。

「すっごく楽しかった」
「ほんと?クレープ食べて、お店を覗いただけなのに?」

映画を見たわけでも、しゃれたカフェでお茶をしたわけでもない。
別の言い方をすれば、ただの散歩に近いものだったのに美春は本当に楽しかったのか?

「うん。恭ちゃんとこうして一緒に歩けただけで嬉しいし、楽しいもん」

美春にしてみれば、恭とこうして一緒に歩けたことだけで十分だった。

「美春」

下から見上げる美春の唇にほんの一瞬だったが、恭の唇が重なった。
さっきみたいに真っ赤になって抗議をするかと思ったけれど、意外にもおとなしい。
というよりも、あまりに一瞬で何が起こったのか美春にはわからなかったという方が正しいのかも。

「好きだよ、美春」

耳元で囁くように言うと途端に耳まで赤くなった。
―――うっ、可愛い。
仕事とはいっても、こんな美春を見られるのならやって良かったのかもしれないと思う。

「いやぁ。美春ちゃん早乙女君、いい写真が撮れたよ。期待して、待ってて」

有村の自信たっぷりの言葉に美春も恭も楽しみに待っていたのだが、いつの間に撮ったのかしっかりキスの写真が載っていて…。

「恭ちゃんっ!」

キスされたことがわかっていなかった美春が、今度こそ真っ赤になって抗議したのは言うまでもない。


END


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