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IMITATION LOVE


「ねぇ、綾子。今夜、泊めて?」
「何よ、唐突に。彼氏と何かあった?」
「喧嘩した」
「はぁ?」

綾子も羨むような相手との結婚の準備に向けて今が一番幸せのはずの莉麻が、何でまた喧嘩などしたのだろうか?

「だってぇ、命ったら」
「田村さんが、どうしたのよ」

これは昨晩の話になるが、披露宴は極々親しい人だけを招いたアットーホームなものが理想な莉麻に対し、命は豪華ホテルで盛大にと意見が別れ、口喧嘩になってしまったのだ。
確かに彼は年収ウン千万のお金持ちだし、取引先の人も呼ばなければならないのもわかる。
でも、莉麻はこじんまりとした温かい雰囲気のものにしたかった…なのに…。

「あたしは、そんな豪華な披露宴なんてやらなくてもいいと思うの。なのに命ったら、ド派手にしようとするから」
「いいじゃない。それだけ、甲斐性のある相手なんだから。これでもか〜ってくらいの豪華な、ほら芸能人みたいのやってみたら?」
「やだぁ、恥ずかしい」

―――綾子ったら、おもしろがってない?
今時、芸能人だって派手婚する人は少ないのに。

「まぁ、莉麻の気持ちもわからなくもないけど、喧嘩なんて。とっとと謝って、仲直りしちゃいなさい」
「え〜泊めてくれないの?」
「彼、心配するでしょ?」
「いいの。少し離れて、考えたいんだもん。やっぱり、結婚前に一緒に住んだのがいけないのかな」

一緒に暮らしていくということは好きと言う気持ちだけでは、上手くいかないものなのか…。

「わかった。じゃあ、今夜だけよ?」
「ありがとう、綾子」

…やっと、ここまで来たっていうのに喧嘩なんて。
後で田村さんに電話して、迎えに来てくれるように頼んでおかないと。
綾子は、こっそり命に連絡を入れておくことにした。



「綾子とお泊りなんて、久し振り〜」

久し振りに綾子の家にお泊りすることが嬉しいのか、子供のようにはしゃぐ莉麻。
命のことが気にならないわけではないが、たまにはこういう時間も必要だと思う。

「そう言えば、そうねぇって。莉麻ったら、何持ってきたの?」
「これ?えっと」

莉麻が持って来たのは、なんだか大層な桐の箱に入った物。
中身は、一体何が入っているのか?!

「ウィスキー?」
「うん。命がサイドボードの奥に隠してたの、持って来ちゃった」
「持って来ちゃったって…いいの?」
「いいんじゃない?」

こういうものの価値は綾子にもさっぱりわからないが、見た感じではかなり高価な物のように思えるが…。

「じゃあ、遠慮なくいただいちゃうわよ?」
「どうぞ、どうぞ」

家にあった、“からすみ”やら“イベリコ豚”の生ハム等も持参していた莉麻に『…なんだか、住む世界が違うわね』と綾子は思ったが、こんな高級珍味にはそうそうありつけるものではない。
それにあまりウィスキーを飲まない二人も、これはものすごく美味しいと思う。
軽い毒舌なんかも飛び出して、ほろ酔い気分のところへ玄関のブザーが鳴った。

ピンポーン―――
  ピンポーン―――

「誰かしら?」

すっかり、命のことを忘れていた綾子が玄関のドアを開けると―――。

「田村さん…」
「横田さん、遅くなってごめん。莉麻、中にいるんだろ?ちょっと、入らせてもらうよ」

命がそのまま家の中に入ると、目の前の光景に呆然と立ち尽くす。
もちろん、酔って目がトロ〜ンとしている莉麻もそうだが、今は彼女が手に持っている物の方が重大だ。

「あ〜命〜どうしたの〜」
「どうしたのじゃないだろ?心配掛けて…っていうか、莉麻…それ…」
「これ?家にあったの持って来ちゃった。命も飲む〜?すっごく美味しいの」

…あぁ…そりゃ、美味いだろうよ。
やっと手に入れて、50万もするんだぞ?
これは値段というより、二人の記念日に飲もうと思ってたのに…。

「あぁ、こんなに飲んで」

命は莉麻の手からウィスキーのビンを取ると、頭の上にかざしてみる。
既に半分以上は、なくなっているだろうか…。
というか、その前に莉麻に酒を飲ませたら大変なんだ。

「大丈夫か?もう、これくらいにしてかないと」
「うん、ごめんね。あたし、命のことも考えないで自分のことばっかり」
「ううん、悪いのは俺も同じだから」

命は莉麻をそっと自分の胸に抱き寄せるとアルコールのせいか、体が火照っているように思えた。


…何よぉ、ここにはあたしもいるんだけど…。
二人を見てちょっとだけ妬ける綾子だったが、仲直りできたみたいだから良かったと。
それにあのお酒、とっても美味しかったし。
後で50万円すると聞いて、固まったのでした。


END


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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