風 邪


ピンポーン―――


「んうっ」


ピンポーン、ピンポーン―――


瑠璃は何度も繰り返される玄関チャイムの音でようやく目を覚ましたが、まだ意識がはっきりしない頭のままベットの中でボーっとしていた。


ピンポーン、ピンポーン―――


「あぁ、しつこいわねっ。こっちは熱出して寝込んでるってのにっ!」

重ダルイ身体を無理矢理にベットから引き剥がして起き上がるとよろめきながら玄関に辿り着く。
壁に凭れながらドアスコープを覗くと見知った顔が視界に入った。

「えっ?嘘…」

見間違いではないかともう一度覗いてみたが、やっぱり間違いない。
ドアの向こうに居るのは、私こと水谷 瑠璃(みずたに るり)の同期で同僚の西条 海里(さいじょう かいり)だった。
急いでチェーンを外して、ドアを開く。

「西条っ、どうしたの?」
「水谷さん、風邪をひいて休んでるって聞いたから寄ってみたんだけど、眠ってたのか?ごめん起こしちゃって」

西条の言葉ではっとした瑠璃は、自分がパジャマ姿だったことを思い出して慌てて両腕で身体を包む。
しかし、寝癖で髪はくしゃくしゃのまま…。

「うん…。それより西条、仕事は?もう終わったの?」
「あぁ、出張の帰りなんだけどもう会社には戻らないから、その足で寄ったんだ」
「そうなんだ。ちょっと西条、ここじゃなんだから部屋に入って」

さすがに瑠璃も立っているのが辛かったので、西条を部屋に入れることにした。

「いいのか?」
「いいよ、散らかってるけどね」

リビングに使っている6畳の洋室に西条を案内する。

「その辺に座ってて、今コーヒー入れるから」

瑠璃は寝室に行ってカーディガンを羽織ると、キッチンのコーヒーメーカーをセットする。

「俺のことはいいから。そんなことより水谷さん、寝てなくていいのか?」
「え?うん、もう大丈夫」

本当はあんまり大丈夫じゃなかったけれど、せっかく西条が来てくれたのにここで寝るわけにもいかない。

「あっ忘れてた。これ買ってきたんだ。水谷さん、あまり食欲ないかなって思って」

西条が手に持っていたのは、瑠璃が大好きな今人気のお店のゼリーだった。

「ありがとうっ。私、これ大好きなの」
「知ってる。池内さんと話してるのを聞いてたから」

池内というのは、西条と瑠璃の同僚で仲のいい、池内 千夏(いけうち ちか)のことだ。

「西条、聞いてたの?」
「聞いていたというか、たまたま聞こえたんだよ」

箱を開けるとゼリーが3つ入っていた。
そのうち2つをトレーに乗せて、入れたばかりのコーヒーと一緒に西条の居る部屋に持って行く。

「はい、どうぞ」

コーヒーのカップとゼリーを西条の前と自分の前に置く。

「ありがとう」

そう言って、西条はコーヒーをひと口飲んだ。

「西条、私が風邪引いて会社を休んだからって、わざわざ家まで来てくれたの?」
「本当は水谷さん、昨日から調子悪かったんだろう?それを俺が無理に仕事頼んだから、ひどくさせたんだよな」

―――西条、知ってたの?
本当は昨日から少し熱があったけれど、大したことはないと思ったからそのまま会社に行ったのだった。

「そんなことないよ、西条のせいじゃないから。昨日は疲れててお風呂入った後に薄着のまま寝ちゃったのよ、それで風邪引いただけだから―――。そうそう、西条がせっかく買ってきてくれたんだもんゼリー頂くね」

瑠璃は、話題を変えるようにゼリーの蓋を開けるとスプーンですくって口に入れた。

「う〜ん、美味しい。やっぱり、ここのゼリーは美味しいわ。西条も食べたら?美味しいよ」
「あぁ。でもほんとごめんな、気がつかなくて」
「だから、西条のせいじゃないって。それにこうやって西条来てくれたんだし、好きなゼリーも食べられてなんかラッキーかも」
「え?それって…」

西条が驚いたような顔で、瑠璃をじっと見つめている。

「うん?私なんか変なこと言った?」

暫く瑠璃は考え込んでいたが、はっとして西条を見返した。

「いっ、いやねぇ。ほらっ、私なんかのために心配してわざわざ西条、来てくれたしっ…」

―――あぁ、何言ってるんだか、これじゃあ弁解にもなにもなってない。私ったらこんなこと言うなんて… 熱でおかしくなっちゃったのかしら。

「水谷さん俺のこと… 自惚れてるって言われるかもしれないけど、期待してもいいのか?」
「え?ちょっ西条っ、何」

あっという間に瑠璃は、西条の胸の中に抱きしめられていた。

「俺、水谷さんのこと好きだよ。初めて会った時からずっと好きだった」
「嘘…」

西条が、瑠璃のことを好き?
そんなこと信じられるはずがない。
だって西条はかっこよくて優しくて、全然可愛くないし素直じゃない瑠璃のことを好きになるはずがない。

「嘘なんて言わないよ。今日だって水谷さんのことが心配で… 仕事なんて手につかなかった」
「西条?」
「水谷さんの気持ち聞かせて、俺のこと好き?」

そんな風に耳元で囁かれると、熱も合わさって身体中がカーッと熱くなってくる。

「そんなの…わかんない…」

瑠璃にとって西条はいい同僚であり、異性の対象からは外れていたというよりも、むしろ西条の方がそうだとばかり思っていたのだ。

「嫌い…じゃないよね」

その問に関して瑠璃は、首を縦に何度も振って答えた。

「だったら少しずつでいいから、俺のこと好きになって欲しい。ダメかな?」
「ダメかなって言われても…でも、何で私なの?何も私なんか好きにならなくても、西条なら私よりずっと可愛い子が他にもいるでしょう?」
「俺にとっては、水谷さんより可愛い子なんていないから」

さっきよりももっと、身体中が熱くなっているのがわかる。
どうして、こんなこと恥ずかしげもなく言えるのだろうか?

「水谷さん顔赤いけど、また熱が出てきたんじゃないの?」

西条が、瑠璃の額に自分のそれをくっつける。
彼の顔がは目の前にあって、どうしていいかわからない。

「ほら、やっぱり熱い。すぐに横になった方がいいよ、でないと俺が困る。また、仕事が手につかなくなるだろう?」

西条の額はまだ瑠璃のそれにくっついたまま、至近距離で彼が囁くように言う。

「西条…」
「海里」
「え?」
「俺の名前、海里って呼んで。俺も水谷さんのこと、瑠璃って呼ぶから」

西条に瑠璃と名前を呼ばれて、なんだかものすごく恥ずかしかった。

「瑠璃」
「海里?」

瑠璃が小さい声で海里と呼ぶと嬉しそうに微笑んで、羽が触れるようにほんの一瞬だけ彼の唇が重なった。
それが合図のように、何度も何度も啄ばむようなくちづけを繰り返す。
初めは緊張していた瑠璃も、段々と西条に答えるようにくちづけを返す。

「あぁ、これ以上はさすがに俺も理性が利かなくなる」

熱のせいか少し潤んだ瞳で見つめる瑠璃を今にもその場で押し倒してしまいそうだった海里は、寸でのところでそれを止めた。

「西条ったら、何言ってるのっ。だいたい、風邪がうつっちゃうじゃないっ」
「いいよ。そうしたら、瑠璃が俺の看病してくれるんでしょ?」

西条はクスクスと笑いながら、尚もくちびるを求めてくる。

―――もうっ、西条。
本当に風邪ひいても知らないんだから。

次の日、西条は風邪をひいて瑠璃が看病することになったけど…。
でも、瑠璃が風邪をひいたおかげで、こうやって西条と結ばれたんだものね。


To be continued...


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