ドラマみたいな恋がしたい 彼が好き |
早川 浩史(はやかわ こうじ)のことが好きだと気付いてから、中木 みのり(なかき みのり)は彼からの誘いを遠回しに断るようになっていた。 それがどうしてか、自分にもよくわからない。 こんな気持ちを抱えたままで今までのように浩史(こうじ)と付き合っていく自信も、かと言って気持ちを伝える自信も、みのりにはなかったのだから。 ちょうどそんな時にお互いの仕事が忙しくなり、段々と浩史(こうじ)のいない日々が日常化しようとしていたある日。 『中木さん』 『―――早川』 ずっと聞きたかった声、だけど今はそれが苦しかった。 『やっと捕まえた』 『えっ?』 『中木さん、俺のこと避けてただろう。何で?』 『べっ、別に避けてなんかいないけど…』 こんな言葉が、浩史(こうじ)の口から出てくるとは思ってもみなかった。 咄嗟に誤魔化したが、声が上ずってうまく話すことができない。 『嘘だ―――俺のことが嫌い?話をするのも嫌?』 『そんな…どうしてそんなことを言うの?』 『だったら、俺の目を見て言って』 みのりは、早川の顔をまともに見ることができなかった。 見てしまえば、きっと彼への想いに押しつぶされてしまう。 『中木さんが急にそっけなくて話もしてくれなくなって、嫌われたんだって思った。なんか俺、自惚れてたみたい。中木さん、少しは俺のことって…。でも考えてみればそうだよな、みんなの憧れの中木さんが俺のことなんて何とも思うわけないもんな』 『早川?』 みのりは、自分の耳を疑った。 早川はもしかして、みのりのことを…。 『ごめんな、変なこと言って』 『違うっ、違うの。私、早川といるとすごく楽しくて。それに早川、誰にでも優しいから…。最近、早川カッコ良くなったってみんな噂してて、私なんて性格はこんなだし、早川には釣り合わないって思って…。だから、一緒にいると心臓がドキドキして苦しいの。好きだから、早川のことが好きだから』 『中木さん、それって…』 『私こそ、変なこと言ってごめんね』 自分の気持ちなど早川に伝える気はなかった。 成り行きとは言え、これ以上ここにいるのは辛い。 みのりは早々に立ち去ろうとした時、急に腕を捕まれてよろめいた。 『きゃっ』 気が付いた時には、みのりは浩史(こうじ)の腕の中。 『ごめん、謝るのは俺の方なのに。中木さんの気持ち知らなくて。でも、俺のことそんなふうに思っていてくれたなんて…信じられない、夢じゃないんだよな。なぁ、もう一度俺のこと好きって言って?』 『ヤダ、恥ずかしい』 『頼む』 『ねっ?」って至近距離で囁かれて、恥ずかしいのと嬉しいのとでみのりはどうにかなってしまいそうだったが、言わないといつまでもこの状態が続きそうで恥ずかしいのを我慢して言葉を口に出した。 『好き、早川が好き』 『俺も中木さんが、好きだ』 そう言って早川は、強くみのりのことを抱きしめた。 『ほんと夢じゃないんだよな』 浩史(こうじ)は、みのりの存在をしっかりと確かめるようにもう一度強く抱きしめた。 暫くして浩史(こうじ)はみのりから身体を離し、彼女の顎に手をかけると唇にそっとくちづけた。 彼のくちづけはあくまでも優しくて、でも彼の性格とは裏腹にすごく情熱的で、みのりは今にも溶けてしまいそうだった。 ―――早川にも、こんなキスができるんだ。 それが、みのりの浩史(こうじ)に対する感想だった。 お互い唇が離れた時には、彼の支えがなければみのりはその場に崩れてしまいそうなくらい。 『俺のキスって、そんなにいいか?』 『なっ』 『何言ってるの!』とみのりは浩史(こうじ)の胸をバシッと叩いたけれど、彼はとても優しい顔で微笑んでいた。 浩史(こうじ)のキスがよかったのは確か、こんなキスは今までみのりはしたことがなかった。 でも、それを認めると絶対付け上がるに決まってる。 素直じゃないみのりは、まだ言ってあげないのだと心に思っていた。 お互いの気持ちが通じ合ってからというもの、浩史(こうじ)は前にも増して優しくみのりに接してくれる。 それが少しこそばゆい感じがして、いつまで経っても慣れなかった。 それに、ものすごく恥ずかしいくらいの甘い言葉も一緒に投げかけてくるからたまらない。 以前より数倍かっこよくなった彼にそんな言葉を言われようものなら、全身が麻痺してしまう。 また、それを当人が自覚してないから困るのだ。 『みのり、今日は少し遅くなりそうなんだ。だから悪いけど、先に帰って待っててくれる?』 定時間際に通路ですれ違った時に浩史(こうじ)に囁くように言われた。 『うん。じゃあ、食事を作って待ってるわね。今日は何にする?』 『何でもいいよ。みのりの作ったものは、全部美味いから』 『浩史(こうじ)っていっつもそうじゃない。私のことなんか気にしないで、好きなもの言っていいのに』 浩史(こうじ)はみのりに合わせているわけじゃないのだと思うが、みのりにしてみるともう少し我侭になってもいいのにと思ってしまう。 『本当のことだからしょうがないよ。あっ俺、これから会議だから行くな』 風のように去って行ってしまった浩史(こうじ)の後姿に、みのりはいつまでも見惚れていた。 |