「真崎(まさき)さん、もうその辺でやめておきましょうよ。お酒、弱いんですから」
「だぁ…ぃじょ…ぶ、だ…」

―――何が、大丈夫よ。
ちっとも大丈夫なんかじゃないわよ、既にろれつが回らなくなってるんだから。
この分だと、また私がこの人のお守りをしなきゃならないんだわ。
溜め息も吐き過ぎて、とうとう出てきやしない。
大体、お姉さんのいるお店にどうして、女の私がお供しなきゃならないの?

散々はしゃいで、すっかりお姉さんの肩に凭れて寝込んでいる男に目を向ける。
仕事をしている時のこの人は、本当に見惚れてしまうほど素敵なのに女の人にはめっぽう弱い。
要するに単なる女っタラシなだけなのよ。
だったら、私じゃなくてもっと美人でスタイルのいい女性を雇えばいいのに…。
『柚季(ゆき)ちゃんは、気が利くからね』なんて、都合のいいことばっかり。
これって、女扱いされてないってことでしょ?
それが、どれだけ辛いかなんて、あなたには一生わかりっこないんだわ。

+++

「あ゛…二日酔いだ」
「飲めないのに調子に乗って、ドンペリなんて空けるから。今月の夜遊び代が、いくらになったと思ってるんですか?」

「ドンペリだけで20万円もしたんですからね?私の一か月分の生活費よりも高いんですから」と柚季(ゆき)はソファーでグッタリしている彼の前にミネラルウォーターの入ったグラスと二日酔いに効く薬を無造作に置く。

「夜遊びなんてひどいなぁ。交際費と言ってくれないか?」
「あれのどこに仕事が絡んでるんですか。お姉さんのお尻を触ったり、セクハラで訴えられますよ?いえ、その前に交際費と偽って、脱税で捕まる方が先かしら」
「相変わらず、柚季(ゆき)ちゃんは可愛い顔してきっついことをはっきり言うね」
「私は、事実を述べただけですぅ」

―――ほんと、やんなっちゃう。
とか言いながらも、私ったら二日酔いにいいからと彼のために梅干入りの朝粥を作ったりして…。
こんなふうに世話好きな女じゃなかったはずなのに。

ちょうど一年前になるだろうか、大学を卒業して入社したばかりの建設会社で耐震偽造が発覚して呆気なく倒産。
失業して困っていたところをちょうどアシスタントを探しているからと、友達のお兄さんに紹介されたのが今の仕事だった。
女っタラシの真崎 尚哉(まさき なおや)さんはこれでも有名なコピーライターで、たった一行のコピーで1,000万円を稼いでしまうという若干30歳にして超一流のライターなのだ。
彼の名前はちーっとも知らなかったけど、その筋では相当有名な人らしい。
なにせ、誰もが認めるいい男なのだから。
そんな彼は今まで一人で全部こなしていたらしいのだが、何を血迷ったか柚季(ゆき)をアシスタントに。
アシスタントとはいっても名ばかりで、雑用オンリー、はっきり言って家政婦のようなもの。
それでも、失業するよりはずっといいからと頑張ってきたが、あまりに女グセが悪いものだから、そろそろ疲れてきているのは確か。
真崎(まさき)さんにばかり尽くすものだから、付き合っていた彼氏にもフラれ…。
私だって24歳の乙女だっていうのに男の一人もいないなんて、それもこれも全部世話の焼ける彼のせい!!


夜遊びは、ほどほどに。


「柚季(ゆき)ちゃん?」
「あっ、香村(こうむら)さん。もしかして、狙ってました?でも、残念でした。もう、整理券配り終わっちゃいましたよ」

海外の高級ブランド店が軒を連ねるファッションストリートの中でも、一際若い女性に人気のイタリア発のショップの前にズラリと並んだ人・人・人の列。
香村 真緒(こうむら まお)さんは大手広告代理店に勤めるキャリアウーマンで、真崎(まさき)さんがよくCMのコピーを依頼されるから柚季(ゆき)ともすっかり仲良しになっていたのだが、ここで会ったのは何となくバツが悪いかも。

「ううん、私はこれから打ち合わせがあって通り掛かっただけ。だけど、柚季(ゆき)ちゃんいいの?仕事中にこんなところに並んでて」
「私は、これが仕事ですから」
「仕事?!」

彼女が首を傾げるのも無理はない。
今日は世界的にも売り切れ続出の限定ecoバッグが発売されるとあって長蛇の列ができていたのだが、一体なぜ、ブランドショップ店の前で並ぶのが仕事なのだろう?

「はい。真崎(まさき)さんのおつかいです」
「えっ、もしかして女性へのプレゼント?」
「えぇ、この前ホステスさんに強請られて」
「彼も懲りないわね。目の前に柚季(ゆき)ちゃんという、こんな可愛いらしい女性がいるっていうのに」
「ほんと、そう思いますよね?香村(こうむら)さんから、よ~く真崎(まさき)さんに言ってやって下さいよ」

そんな冗談を言いながら笑い合う二人。
一人で並んでいるのは疲れるし、退屈だったから、香村(こうむら)さんが通り掛かってくれたのは正直ありがたかった。
まったく、真崎(まさき)さんには呆れて言葉も出ないけれど、これでお給料がもらえるならいいのかも?と思ったり、実はこっそり自分の分も買って帰るつもりだし。

「暑くなりそうだけど、頑張って」
「はい。香村(こうむら)さんも、打ち合わせ頑張って下さいね」

「じゃあ」と去って行く彼女は、サングラスを頭にちょこんと載せてニューヨーク・マンハッタンを颯爽と歩く女性みたいだ。
―――カッコいいなぁ。
それに比べて、私は何をやっているのやら…。
例え、以前の勤め先が倒産しなかったとしても、あんなふうにバリバリ仕事をする女性にはなっていなかっただろう。
それにしたって、この差は…。

「みなさま、長らくお待たせしました。それでは、開店いたします。ゆっくり中へどうぞ」と若い男性店員が列に向かって声を掛けて歩く。
時間よりだいぶ早い開店となったようだが、柚季(ゆき)は小さく溜め息を吐くと前の人の後に付いて店内に消えていった。



「おはようございます。ご希望のバッグは、しっかりゲットしてきましたよ。これだけ有名なブランドで1万円しないっていうのは、やっぱりお値打ちですよね。整理券1枚で3個まで買えるっていうから、私も一つ―――」

既に一仕事終えてきた柚季(ゆき)にとってはいつもより遅い出社となったが、真崎(まさき)さんの姿が見えない。
変わりに知らない女性が一人、ソファーに足を組んで座っていた。
―――それにしても細いヒールねぇ、よく足をくじかないものだわ。
と感心している場合ではない。

「あの…どちら様でしょうか」
「ちょっと、あなたここの人?ねぇ、尚哉(なおや)はどこなの。電話しても出ないし、オフィスに来てみればもぬけの殻」

―――尚哉(なおや)って、呼び捨て?って、この人誰?
年齢は20代後半くらいのとても綺麗な女性(ひと)。
ここまで乗り込んで来るくらいだから、余程のことなんだろう。
しかし、真崎(まさき)さんったら、何をやらかしたのかしらねぇ。

「本日は、どのようなご用件でしょうか」
「尚哉(なおや)が、また今度って言いながら全然会ってくれないから」
「それは、あなたがフラれたか―――」

―――いけないっ、私ったら余計なことを…。

「は?どういうことよ。この私が、フラれたって言うわけ?誰があんな男、こっちからフッてやるわよ。ちょっと売れっ子コピーライターだからって何様よ、自惚れるのもいい加減にして」
「そうですよ。あんな女っタラシは止めて、他の男の人にした方がいいですよ?他にもいっぱいそういう方、いらっしゃいますから。今朝も、女性に強請られたこのバッグを買うために私は何時間も並んだんですからね」
「あなたに言われなくても、そうするわよっ」

「お邪魔さまでしたっ!!」と彼女は、今にも噴火しそうな勢いでオフィスを出て行った。
―――あぁ…刺されなくて、良かったぁ。

「真崎(まさき)さん、居るんでしょ?そんなところに隠れていないで、出てきたらどうですか」

チラッと横目で睨みつけると、隣の部屋から何食わぬ様子で真崎(まさき)さんが顔を出す。

「いやぁ、さすが柚季(ゆき)ちゃんだね」
「さすが、じゃないですよ。刺されたら、どうするんですか」
「そんな物騒な」
「今の時代、物騒なんて言ってられませんよ?特に真崎(まさき)さんみたいな人は」

買ってきたバッグの入った紙袋を真崎(まさき)さんの腕にワザと押し付けるようにして渡すと柚季(ゆき)は精神安定剤とでもいうべきコーヒーを入れにキッチンへ行く。
こんな男を本気で好きになった女性は大変だろうなといつも思うが、彼が本気になる相手はいないのだろうか?
まだ、30歳だから一人の人に落ち着く気はないのかもしれないが、それはあまりに寂し過ぎると思うのは柚季(ゆき)だけなのか…。

「そうなんだよな。俺もそろそろ、落ち着かないといけないとは思うんだけど。肝心の彼女が、ちっとも俺の気持ちに気付いてくれないんだよ」
「それは、真崎(まさき)さんがあっちにフラフラ、こっちにフラフラしているからですよ」
「ちょっとは、ヤキモチとか妬いてくれてもいいのにさ」

―――ヤキモチって誰のこと?そんな人、いつの間に…。
どこかで、ずっと彼が一人のものにならなければいいと思う自分がいたのも確か、ってことは、私の役目もこれでなくなる…。

「だったら、きちんと彼女に想いを伝えたらいかがですか?もちろん、夜遊びは金輪際、きっぱりさっぱり止めてですけどね」
「そうだな、そうするよ」

―――何よ、マジになっちゃって。
心の内を悟られないようにコーヒーメーカーをセットする。

「その時は是非、柚季(ゆき)ちゃんにも一緒に同席して欲しいな」
「はい?私がですか」
「頼むよ。柚季(ゆき)ちゃんには、今まで迷惑掛けたからね」
「わかりました」

―――いいわよ、最後にこの目でしっかり見届けてやるんだから。
真崎(まさき)さんが、本気で愛した人を。

+++

とは言ったものの、告白の席に第三者の私が同席するのはどうなんだろう…。
それにそんな姿を見ていたくなんかない。
だって、私は…。

そんな重い気持ちで待ち合わせのホテルのロビーに時間ピッタリに到着した柚季(ゆき)が、目にしたのは―――。

『香村(こうむら)さん―――』

真崎(まさき)さんが楽しそうに話していた相手は、香村(こうむら)さんだった。
つまり、彼が想いを寄せていた相手というのは彼女のことだったということ。
香村(こうむら)さんなら大人だし、真崎(まさき)さんがどんなに女っタラシでもヤキモチを妬いたりなんかしないのかもしれない。
―――な~んだ、そういうことかぁ。
妙にすっきりした自分に驚きつつも、ここは自分も大人になって二人を祝福してあげなければ。

「お待たせしました。遅くなってすみません」
「柚季(ゆき)ちゃん、今夜は何があるの?真崎(まさき)さんからのお誘いなんて珍しい」

何も知らない彼女は、屈託のない笑顔を柚季(ゆき)に向ける。
こういう大人の魅力と可愛らしさを兼ね備えた女性が、きっと真崎(まさき)さんを虜にしたのだろう。

「香村(こうむら)さん、真崎(まさき)さんをよろしくお願いします。安心して下さいね。真崎(まさき)さんも夜遊びは金輪際、きっぱりさっぱり止めると約束してくれましたし、私も今日限りでアシスタントは辞めますから」

ニッコリ微笑むと柚季(ゆき)は、足早にその場を立ち去る。
―――あぁ、泣かないで最後までちゃんと言えた。
私って偉いかも。

「柚季(ゆき)ちゃん、待ってっ」
「真崎(まさき)さん…」
「何か、勘違いしてない?」
「えっ」

走って追い掛けてきた真崎(まさき)さんの息は荒く、はぁはぁしながら柚季(ゆき)の腕をしっかりと掴んで離さない。

「香村(こうむら)さんは?」
「彼女はいいんだ」
「どうして…真崎(まさき)さんは、いいんですか?気持ち、ちゃんと伝えなくて」
「今から伝えるよ」
「は?伝えるって…」
「俺が好きなのは、柚季(ゆき)ちゃんだよ。君があまりに冷静に対処するから、つい」

「度が過ぎて」と髪をガシガシとかき上げる真崎(まさき)さん。
―――言っている意味がよくわからないんですけど…。

「じゃあ、香村(こうむら)さんは」
「保証人になってもらおうと思ってね。柚季(ゆき)ちゃん、いくら俺が言っても信用しなさそうだから」

―――それは、いつでもどこでも、そういう甘い言葉をあなたが口に出すからでしょ?

「じゃあ、信用しません」
「どうして」
「香村(こうむら)さんが、いないから―――ちょっ、真崎(まさき)さんっ―――痛い」
「そりゃ、困る。急いで、香村(こうむら)さんを呼び戻さないとっ」

握られている腕が痛いけど、真崎(まさき)さんがあまりに一生懸命だから。
可愛いかも、な~んて。

「真崎(まさき)さん」
「ん?」
「好きです」
「えっ、何?ごめん、よく聞こえない」
「何でもありません」

女っタラシの彼でもそれが私の気を引くためだったら、許してアゲル。
だけど、もう他の女の人に優しくしたりしないでね。


To be continued...


お名前提供:高梨 柚季(Yuki Takanashi)&真崎 尚哉(Naoya Masaki)/香村 真緒(Mao Koumura)… こなゆき さま

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福助

※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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