噂のプレイボーイ


「やっと、君にピッタリの仕事が見つかったよ」

「来週から、すぐにでも来て欲しいと先方さんが言ってるんだ」と、いやに嬉しそうな声の私の雇い主である神谷 旬(かみや しゅん)。
年齢は40代半ばで少々口は軽いが、ずっと派遣先が見つからなかった私をそれでも辞めさせずに根気良く職場を探してくれただけでもこのご時勢、感謝しなければならないのはわかっている。
わかっているが、この上ずった声はどうにも納得できないものがある。

「やっと、というところに力が入ってませんか?」
「そりゃあ、入るだろう。君の派遣先を探すのにどれだけ経費が掛かったと思ってるんだい?」
「・・・・・」

長谷部 雫(はせべ しずく) 25歳は人材派遣会社で働いていたが、前の会社で契約を切られて早、3ヶ月。
某有名私大を主席で卒業した才女であり、エリートコースである誰もが憧れの外務省に入省したが、自分には合わないと半年であっさり辞めた。
しかし、いくら有名大学を出ていようと外務省にいようとも、経験のない者を企業が採用するはずもなく、人材派遣会社でキャリアを積んでいたものの、いかんせん、今度は容姿が良過ぎて男達が仕事にならないと苦情が続出…。
ちっとも、長続きしやしない。
───そんなこと言われたって、私のせいじゃないってのっ!!

「なまじっか、美人過ぎるというのも、時には障害になることもあるってことだな」
「私のせいじゃありません。だから、こうして───」
「わかってるって。だから、今度の派遣先は超が付く、プレイボーイ社長の秘書だ。君ほどの女性でも見飽きてるって」
「は?」

「安心していいぞ」って、それを喜んでいのか、悪いのか…。
まぁ、飽きるほど女性との付き合いがあった男性(ひと)なら、少しはマシな仕事ができるかも?!

+++

───うわぁっ、すごいビル。
週が明けて月曜日、久々に着るスーツに身が引き締まる思いで派遣先のビルを見て呆気に取られた。
IT関連企業だとは聞いていたが、世間に名を知られたところでもないし、なのにこんな家賃が月いくら掛かるか想像すらつかない一等地の高層ビルに本社を構えられるほど、怪しい仕事をしているということだろう。
とにもかくにも、やっとまともな職にありつけたのだから、敢えて雫のような者を採用してくれたことに感謝しなければならないし、反面、文句も言っていられない。

受付で名前を告げると、待ってましたとばかりに社長室へ案内された。

「本日付で秘書を勤めさせていただきます、長谷部 雫と申します。よろしくお願いしますっ」

やる気満々というところを見せなければと精一杯の挨拶をしたつもりだが、肝心の社長は無反応。

「社長?」
「いやぁ、噂には聞いていたけど、すごい美人だな。これじゃあ、男共は仕事になんかならないはずだ」

「うむうむ」と感心してしる場合じゃない。
これから秘書を勤める社長の名は藤堂 日向(とうどう ひなた) 32歳、なにせ超が付くようなプレイボーイらしいから、さぞかしイケメンなんだろうと思うが、生憎、雫には彼の顔は良く見えない。

「この程度、社長は見慣れていらっしゃると聞いてますから」
「そんなこともないが。それにしても、どの男の誘いも受けないって、もしかして男嫌いとか?」
「まさか。素敵な男性(ひと)がいれば、もちろん付き合いますが、私の見掛けしか見ない男性(ひと)は対象外です。だから、私も外見では判断しないようにしておりますので」
「ほぉ。ってことは、俺もそうなわけ?」

椅子に座っていたはずの藤堂社長はいつの間にか雫の前まで移動していたが、視力が悪い彼女にはイケメンかどうか、はっきりと識別することができない。
もちろん、顔を見分けることはできるので業務に支障はないが。

「申し訳ありません。お顔がよく見えませんので」
「メガネやコンタクトは?」
「細かい文字を見る場合はメガネを使用しておりますが、それ以外は逆に見えない方がいい場合が多いので」
「なるほど。じゃあ、君が本気で顔を見てみたい男になるまでの道のりは長いってことか」

仕事関連では、まずあり得ないことではあったが、いつかはそういう男性(ひと)に出逢うことを夢見て。



「今度の秘書は、めちゃめちゃベッピンじゃないか」

早速、何をしに来たのか、それともどこから聞きつけたのか、ノックもせずに入って来たのは仕事仲間であり、親友の麻生 水城(あそう みずき)。
この男は、色恋沙汰にしか興味がないのか?と疑いたくなるほど、チェックが厳しい。

「そうだな」
「そうだなって。あんな子と毎日顔を合わせてて、変な気を起こさないのかよ。それとも、既に男(ひと)のものとか?っていうか、とっくにお前が…」

図々しく、ソファーに腰掛けるとポケットから出した煙草に火を点けて、「ふぅ〜美味い」と足を投げ出してふんぞり返る。
どこも、禁煙禁煙で喫煙者には肩身が狭いとはいえ、ここは喫煙所じゃないんだからと声を大にして言いたいが、麻生じゃないけど、彼女を前にして何とも思わないと言えばウソになる。
なるが、彼女があまりにも自分を“安心”という対象物に認定しているだけに迂闊なことを言えないだけなのだ。
それに契約上の取り決めもある。

「バカ言うな。いや、少なくともまだ、男(ひと)の物にはなっていないと思うが。俺は手を出せないんだ」
「お前とあろう者が珍しい」
「どういう意味だ」

決まって3回、扉をコンコンコンとノックすると共に「失礼します」と、非常にバツの悪いタイミングで彼女がコーヒーを持って入って来た。
これは秘書の仕事のうちだから仕方がないと言えば、そうなのだが…。

「えっと、長谷部さんだったよね?僕は藤堂の親友の麻生 水城って言うんだけど、今度食事でも行かない?」
「は?!」

───何なの?この男性(ひと)…。
失礼っていうか、この状況でナンパする?
とは思っても、ここは平静を装ってコーヒーを静かに彼と社長の前に置く。

「麻生、何言ってんだ。人の秘書を口説いてどうする。だいたい、勤務中にする話じゃないだろう?用がないなら帰ってくれ」

藤堂がこんなふうにムキになって言うのは珍しい、というか、恐らく初めてのことではないだろうか。
今までの秘書になら冗談で普通に言っていたことなのに、しかし、この言動は益々、麻生の興味をソソるだけ。

「ふううん。まっ、この話はゆっくり聞かせてもらうことにして。二人が嫌なら藤堂と三人でいいから、美味いもんでも食べに行こうよ。それなら、いいでしょ?」
「その際は、是非」

雫はニッコリ、思いっきり営業スマイルを返すと静かに社長室を出て行った。

「ひゅ〜っ、これは驚いた。まさか、本気で惚れたとか」
「アホ!!そんなわけ。彼女は外見とは違うんだ。気軽に遊びで付き合えるような女性と同じにしないで欲しい」

「それで随分、苦労もしているし、傷ついているんだ」せっかく彼女が入れてくれたのだからと、藤堂はコーヒーを口にした。
少し濃い目の味は、予め彼の好みを聞いて入れてくれているものだ。

「だから、指を咥えて見てるってわけか」
「どこがっ」

今までだって、秘書に手を出したことは一度たりともなかった。
それは、仕事と私情は別だという藤堂のポリシーでもあったし、そうすることで一線を引いてきたつもりだったが相手は違ったよう。
ことごとく誘惑してくる女性達にウンザリしたのも、だからといって地味な女性を雇っても、ちょっとした社交辞令を別の意味に受け取られストーカーまがいの目に遭った例もある。
やっと、能力もあって、何よりお互いにとって余計なことで悩まされずに仕事ができる相手に巡り会ったのだ。
これ以上、ごたごた厄介ごとを起こさないでもらいたい。

「まっ、見てるのも面白いか」

+++

雫が藤堂社長の秘書になって、早1ヵ月。
口にこそ出さなかった神谷の計らいも、もちろんあるはずだが、彼の紳士的な態度にもっとはっきり顔を見てみたいと思う自分がいるのも確か。
もし、そんなことをしてしまったら、以前のような気持ちでは仕事ができなくなってしまうかもしれない。
───やっぱり、見えない方が幸せなこともあるのよね。

「今日はスポンサーと夕食会がありますが、17時半に車を用意させればいいでしょうか?」
「あぁ。急で悪いんだけど、君にも一緒に来てもらいたいんだ」
「私もですか?」

いつも、一人で出向く社長は雫を誘うのは初めてのこと。
急に言われても…この服装で大丈夫だろうか?

「もう少し業務的にも深い部分まで関わってもらいたいというのと、スポンサーに君の顔を覚えてもらうにはいい機会だからね」

藤堂には、雫が単なるお飾り的な秘書という業務だけに囚われず、対等に意見を聞きたいと思っていた。
だから、今回のこの機会を逃す手はないだろう。
彼女がうんと言わなければ、無理強いするつもりはないけれど。

「そういうことでしたら、喜んで」

───社長は、私のことを買ってくれているんだわ。
そのことがすごく嬉しいけど、突然のことだから緊張しちゃう。


予約していた店はいわゆる高級料亭というやつで、雫が足を踏み入れることはまずない場所だ。
そして、ここに集まった錚々たる顔ぶれにも驚くばかり、それだけ藤堂社長に掛ける信頼と期待が高いことを物語っていた。
もちろん、トップに立つ人達は雫を色眼鏡で見ることもないし、終始和やかなムードの中にもピリピリとしたものを感じながら、それが一種の快感とも言うべき、とても心地良いものに感じられる。
あぁ、自分はこういうところに身を置きたかったんだと改めて再認識したのと、深く考えなかったが、藤堂社長の“超が付く、プレイボーイ”という情報。
少なくとも、雫が秘書として働き始めてからというもの、一度たりとも女性の影はない。
この人は、本当にプレイボーイなんだろうか?

キッカリ2時間の夕食会はとても有意義なものに終わり、その後、クラブに誘われたが丁寧にお断りしてまっすぐ家に帰ることにする。
というより、元来お酒があまり飲める方ではない雫には、これが限界だったのを藤堂も気付いていたからだ。

「大丈夫か?飲めないなら飲めないと言っておかないと」
「大丈夫です。なんとか」

ヘロヘロしながらも、本人の申告通りなんとか。

「なってないだろっ」

真っ直ぐ立てずにグタっと仰け反る雫を抱きかかえて彼女の住むアパートへ。
25歳の女性が住むには、若干似つかわしくないような古ぼけた佇まいではあったが、派遣社員という立場からすれば、これが妥当な線なのだ。

「ほら、鍵出して」

…俺が、何でこんな。
とは思っても、今の彼女をとても一人でなんて置いていけるはずがない。
それにしても、1階に住んでいて侵入者とか、という心配も、中に入って窓際に干してあったチェック柄のトランクスを見て、これは男?それとも父親の助言なのか。

「ちゃんと鍵掛けて、チェーンもしておけよ」
「社長、帰っちゃうんですか?コーヒーでも入れますから」

雫はヨロヨロしながらキッチンへ行くと、コーヒーメーカーをセットし始める。
…オイオイ、帰っちゃうんですかって。
そういうことをサラっと言うなよ。

「あ?いいよ。無理しなくても」

「俺は帰るから」と言っても、酔っ払ってるのかいないのか、彼女は「いいから、いいから」と藤堂の両肩に手を置いてカーペットの上に座らせた。
6畳一間ほどの洋室にはベッドと小さなテーブルにテレビくらいしかないが、こういう部屋に入るのは学生時代以来のこと。
あまり意識して見ないようにしていても、ガキの頃に戻ったような女性に対する初々しい気持ちになる。

「いや、ほんとに構わないでくれ」
「社長に質問があるんですけど」
「ん?」

「はい、コーヒーをどうぞ」と彼女はテーブルの上にクリーム色のマグカップを二つ置いて、ちょこんと斜にアヒル座りした。
広い自分のマンションとは違い、この距離が今は返って恨めしい。

「ありがとう。で、質問とは?」
「社長は超が付く、プレイボーイだと聞いたんですけど、私にはどなたとも付き合っているようには見えませんが。いつ、そういう時間を持たれているんでしょう?」
「は…」

「持たれているんでしょう」って…どこで、そんな情報を。
あっ、あの神谷って男か。
確かに言い寄って来る女性は後を絶たなかったが、超が付く、プレイボーイって…。
これでも、相手を選んで付き合ってきたつもりなんだが。

「誰に聞いたか知らないが、俺はそんなプレイボーイじゃないぞ?」
「えっ、だったら、私みたいな女は見飽きているから安心していいっていうのは…」

───ウソだったわけ?

「そりゃあ、綺麗どころはたくさん見てるけど」
「じゃあ、社長も私のことを」
「俺も男だし、君は美人だし。だから、いくら社長でも、簡単に部屋に入れたりしたらダメなんだ」
「社長は、そういう人じゃないと」
「信じてた?」

コクンと頷く彼女を見ていたら、愛おしい気持ちで一杯になる。
こんなに無防備で、よく今までやってこられたと。
まぁ、自分は安全牌という認識だったのだから、他の男とは少しは違うんだろうが。

「はっきりさせておきたいのは、君の外見だけで誘うとか、そういうことは全く思ってないから。ほら、君も俺の顔はよく見えてないって言ってたわけだし」

「見たくなったら、いつでも。全ては君次第だ」と顔を至近距離に近付けられて始めて焦点が合った瞬間。
───うわぁっ、なんか想像よりずっと、マジにいい男だったかも?
私、こんな男性(ひと)と毎日顔を合わせてたわけ?
いやぁ、よく見えないままで良かったわぁ。

「えっと、社長は」
「今度、ここへ来る時は正式に君の彼氏として来させてもらうよ。そうしたら、あのパンツはもう、用無しだな」

「じゃあ、コーヒーごちそうさま」と出て行ってしまった藤堂社長。

今のって!!

+++

「社長、おはようございます。本日のスケジュールは───あっ、こんなところにホクロがあったんですねぇ」

いつものように朝の挨拶と本日のスケジュールを告げに来た彼女が、いきなり藤堂の目尻のところにある小さなホクロを指差した。

「あっ」
「今度は、なんだ」
「白髪、発見!!」

ブチっと抜かれて「痛っ」と顔をしかめた藤堂の前にこれ見よがしに白髪を見せる彼女。
自分も白髪ができるような歳になったのか…いや、そんなことより、もしかして…。

「俺の顔、はっきり見えてる?」
「はい。噂通りのプレイボーイですね」
「だ・か・ら」

「プレイボーイじゃないっつうの」と弁解してみたところで、人の話を聞いてないしっ。
クスクス笑う彼女に。
…これじゃあ、彼女の方こそ聞いていた通り、やっぱり仕事にならないじゃないか。
いっそ、自分がワザと見えなくするようなメガネでも掛ければいいのか?
いや、それでも綺麗な彼女を見ていたい。

それに…。

「いただきっ」
「なっ」

軽くキスしただけなのに真っ赤になってる彼女も見たいから。


To be continued...


お名前提供:長谷部 雫(Shizuku Hasebe)&藤堂 日向(Hinata Toudou)/麻生 水城(Mizuki Asou)/神谷 旬(Syun Kamiya)…ぐみさま


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※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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