「ねぇ。さっきの可愛い彼、なんだって?」
「ねぇ、ねぇ、莉央(りお)」と親友の沙奈美(さなみ)は人の脇を小突きながら、知っていてワザと意地悪く聞いてくる。
「『僕と付き合って下さい。一目惚れなんです!!』だって」
「へぇ、あのネクタイの色って中坊でしょ?いやぁ、今時の男の子はマセてるねぇ。っていうより、莉央に告白するってある意味無謀よね?でも、背も高かったし、そこそこイケてたし、付き合ってみればぁ?」
「どうせ、ありとあらゆる男と付き合って長続きしないんだから、この際、彼もコレクションに加えてみたら?将来、男前に成長するかもしれないんだし」なんて、おもしろがってるしぃ。
───だいたい、コレクションってなによ。
人を阿婆擦れみたいな言い方してからにぃ。
ありとあらゆる男と付き合ってとか言ってるけど、これでもちゃんと相手を選んでるつもりなんだから。
ただ、長続きしないのは確かなんだけど…。
「他人事だと思ってっ。誰が好き好んで中学生となんか付き合うかっ」
─── ったく、これが親友の言葉とは到底思えない。
あぁ…大きく溜め息を吐くと午後の授業を知らせる鐘が鳴り始めたが、とても勉強どころの騒ぎではなかった。
お昼休みに突然、クラスにやって来た男の子、校舎の裏に呼び出されたと思ったら、お決まりの告白。
沙奈美の言うように背も高かったし、そこそこイケてはいたものの、どことなく幼さを感じさせる顔を決定付けるように彼が身に付けていたネクタイの色は併設の中学校に通う生徒を表していたわけで…。
それもバッジから入学したてのピッカピッカの1年生だとわかった以上、いくらなんでも高校2年の自分が軽い気持ちで付き合うわけにはいかないだろう。
だけど、彼の目は真剣だった。
だから、ついあんなことを言ってしまったんだけど、まさか忘れずにいたなんて…。
+++
「今夜の合コン、イケメン揃いで超有名企業に勤めるエリートだってさぁ。このご時勢、莉央は内定決まりそうだけど、あたしなんてまだまだだしぃ。いっそ、就活なんて止めて永久就職探した方がいいかも。って、聞いてる?」
「え?」
「なによぉ、合コンの女王がそんな浮かない顔して。大丈夫だって、今度こそ、きっといい男見つかるから」
「う…ん」
───こんな時期に合コンしてる場合じゃないと思うんだけど…。
その前に何か、こう引っ掛かるのよねぇ。
◇
「ほら、莉央ちゃん飲んでる?」
「えっ、飲んでますよぉ」
向かいに座った彼は何と言ったか名前すら聞いていなかったけれど、やたらにあたしに話し掛けてくる。
確かに今夜の合コンはレベルが高くイケメン揃いだったが、何かが足りない。
「ウソ、グラス全然減ってないよ」
「え…」
「俺、今日誕生日なんだよね。だから、莉央ちゃんに祝って欲しいなぁ」
「誕生日?」
「そっ、5月10日」
───5月10日…。
はっ。
「ごめんなさい。あたし、行かなきゃっ」
「行かなきゃって、どこへ」
「おめでとうは?莉央ちゃ〜ん」と彼は名残惜しそうに叫んでいるが、それどころじゃないのよ。
行ったところでどうなるもんじゃないけど、ずっと引っ掛かっていた何かを鮮明に思い出した以上、そのままってわけにはいかないから。
それにしても、夜の学校というのはなんと不気味なんだろう…。
せめて、正門の前くらいに言っておくべきだったと今更思っても仕方がないのだが。
───あっ、この落書きまだあるんだぁ。
卒業して4年になるが、あの頃とちっとも変わっていない。
変わったのは自分だけ、なのかも。
こっそり忍び込む静まり返った学校内は、昼間の騒がしい場所とは全く別の顔を見せていた。
もう、こんな時間だし、あんなその場しのぎで言ったことを覚えているとは思えないわけで、だいいち、本気にする方が軌跡に近い。
なのにどうしてもここへ足が向いてしまったのは、なぜだろう。
しかし、勢いで来てしまったが、肝試しなんてもんじゃないくらい怖いぃ。
と、その時───。
「ひひひひ、ひぇっ───ぐっ」
「しっ、静かに」
誰かに口を塞がれ、あまりの恐怖に逃げようにも足がすくんで動けない。
「今、校舎内を見回ってますから」と耳元で低い声が聞こえた。
「莉央さん、安心して下さい。僕ですよ」
そっと手を外されてゆっくり振り向くと、あの時よりもまた背が伸びてずっと男らしくなった彼が居た。
相変わらずまだ制服姿だったけれど、暗闇でもわかるほどいい男に成長していたではないか。
「き、紀壱(きいち)君?」
「名前もちゃんと覚えていてくれたんですね。嬉しいな」
そう言って、彼は存在を確かめるようにしてぎゅうっとあたしを抱きしめる。
「この日をどれだけ待ち望んだことか。それより、本当に来てくれるとは思いませんでした」と微かに震える声で話す彼の本音。
───それはこっちの台詞、こんな真っ暗になるまで、どれだけ待ってたの?
『あたしと本気で付き合いたいなら、5年後の今日この場所で、今よりもっともっといい男になってもう一度告白しなさいよ。そうしたら考えてあげる』
「馬鹿ね。あたしなんかのことを5年も待ってないで、可愛い子いっぱいいたでしょうに」
「可愛い子はいっぱいいましたけど、莉央さん以上の人はいませんでしたよ?」
「あら、5年の間に口も上手くなっちゃったわけ」
二人して声を殺しながらクスクスと笑い合う。
───本気でこの男(コ)は、誰とも付き合わずにこの日を待っていたというの?
もったいないというか、いいの?あたしで。
「僕と付き合って下さい。一目惚れなんです!!」
「どうしよっかなぁ」
「えっ!!そ、そりゃないですよ。僕のこの5年間は、一体…」
呆気に取られて放心状態の彼。
そりゃそうだ。ここまで引っ張っておいて、どうしよっかはないもんだ。
「考えてあげるって言ったの忘れちゃったわけ?」
「覚えてますけどっ」
───こんな純な男(コ)を弄ぶなんて、罰があたるわ。
でも、可愛いわぁ。
「5年も待っててくれたわけだし、いい男にもなってたし」
うんうんと顔を上下させて頷く彼。
「だけど、まだ高校生ってのがねぇ」
「5年って言ったのは、莉央さんじゃないですかっ」
「そうなんだけどね。今となっては、二十歳(はたち)って言っておけばよかったかなぁと」
「はぁ?!二十歳?!あと2年も無理ですよぉ」
とうとう涙目だ。
彼の誠意を無駄にしてはいけないと思うが、やっとスタートラインに立ったばかりでお互いのことをよく知らない二人。
これから先、思い描いていた恋愛とは違うと感じることもあるだろう。
とはいっても、この日を忘れずにいたのだから、きっと何があっても乗り越えられるに違いない。
「仕方ないなぁ。付き合ってあげる」
「ほっ、ほんとですかっ!!」
「ヤッタ!!」と大声を出しそうになった彼の唇を慌ててキスで塞ぐ。
───もうっ、どんだけ伸びたのよ。
つま先立ちしてようやっと届いた彼の唇は、しっとりと柔らかい。
この時をずっと待ち望んでいた想いの深さを感じずにはいられなかった。
「紀壱君のファーストキスいただきぃ!!」
「ファーストキスじゃなっ、くないですけどっ」
正直に言わなくてもいいのだが、そこが彼らしいところ。
まだ何色にも染まっていない真っ白の彼をあたし色に染めてあげる。
選んだ以上は覚悟しなさいよ。
「ウチ来る?」
「えっ、莉央さんのい、家?!」
刺激的過ぎたのか、わりと大きな目をまん丸に見開いて固まった彼。
かわいそうだから、今夜はキスだけにしておいてあげましょう。
お楽しみは次回に取っておく方がいいから。
ひとまず、おしまい。
お名前提供:莉央(Rio)&紀壱(Kiichi)/沙奈美(Sanami)…ひゅうがさま
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