「そうだった!!ねぇ、美咲。今度の休みって空いてない?」
「空いてるわよね」人の返事も開かずに勝手に自己完結している彼女。
昼食を終えて洗面所で化粧直しをしている時、会社で同僚の初音が大事なことを言い忘れていたとばかりに大声を張り上げて真剣な表情で美咲の答えを待っているが、空いているという言葉以外に受け付けないというオーラが漂っている。
「なに?それ。どーせ、私には初音みたいにステキな彼氏もいないし、いつも暇だって思ってるんでしょうけど」
美咲はわざと口を尖らせ、ムっとした顔で答える。
初音には誰もが羨む、かっこ良くてお金持ちの彼氏がいるからといって妬んだりするつもりはないが、やっぱり自分だけ取り残されたような気になってしまうのは否定できない。
勢い余って、危うくマスカラを着け過ぎるところだった。
「もう、怒らないでよ。そういう意味じゃないの。春樹が是非、美咲に会わせたい人がいるって言うから」
春樹というのは、青山さんといってかっこ良くてお金持ちの初音の彼氏。
会社経営をしている父親を継いだ若き御曹司だ。
「会わせたい人?私に?」
一体、誰だろう?会わせたい人なんて。
「その前に確認。今、言った彼氏いないっていうのは本当よね」
「念を押さなくなって、いないわよ」
こんなことで嘘言ってどうするのよ。
ステキな彼氏がいたら自慢してるに決まってるんだから。
「春樹の友達らしいんだけど、本気の彼女が欲しいんですって。美咲なら、ぴったりじゃないかって言うものだから」
「本気の彼女?」
どうにも引っ掛かる言い方だと思ったが、どうして私がぴったりだと思ったのかが理解不能だ。
「私もその人に会ったわけじゃないから、どういう人かって知らないんだけど。まぁ、こういうことはあんまり言わない方がいいとは思うけど、春樹の話だと相当の遊び人らしいのよね」
「はっ?遊び人のロクでもない男の受け皿を私にしようって魂胆?うわぁっ、信じらんない。そこまで見くびられていたとはね。いくら彼氏がいないからって、ヒドくない?」
十人並みの容姿に父親は市役所勤務の万年課長という、平凡な家庭に育った美咲に白馬に乗った王子様が現れるとは思っていないにしても、人ととしてどうなの?という男性をあてがわれるなんて。
友達以上の間柄だと思っていたのに、初音との付き合い方を考え直さなければいけないかも。
「私なら浮気の一つや二つは見逃してくれるって?」
「私も言ったのよ?そんな人には大事な友達を紹介できないって。でも、美咲だからこそ会って欲しいって彼が真剣な顔で言うもんだから。わけ有ではあるんだけど、春樹が一番信頼している友達らしいし、一度会ってみるくらいは」
「ね?」と言われても、はいわかりましたと簡単に言うわけにはいかないでしょう?
ただ、第三者としてなら、なんとなく会ってみたいという気がしていたのは確かだけど。
土曜日の夜、迎えに来た初音の彼の運転するベンツに乗って向かった先は高級ホテル内にあるフレンチレストラン。
ただでさえ、気が進まなかったというのに、こんなお店での食事では余計に神経をすり減らしそうだ。
これから会うことになっている男性も、恐らく初音の彼氏と同類の世界に住んでいる人間なのだろう。
相当の遊び人という前置きがつくほどの人、拝んで帰るだけでも価値があるのかもしれないが、どうしてこうして来てしまったのか。
美咲は二人の一歩後ろをゆっくりと付いて行ったが、今更とはいえ、本心は逃げ帰りたい気持ちで一杯だった。
シックにコーディネートされた店内は派手な装飾があるわけでもなく、現代的でモダンな上品さをかもし出している。
クローゼットの中にあった一番お気に入りのワンピースを選んたものの、どんなに頑張ってもメッキはすぐに剥がれ落ちてしまうに違いない。
出迎えたギャルソンの口調では、既に彼は来ているらしい。
約束の時間より早く来ている男性には好感が持てるが、果たしてどんな人なのだろうか?もしかすると遊び人だけあって、ホストみたいに女性を持ち上げるのがプロ級なのかもしれない。
案内された席の辺りは一面がガラス張りになっていて、夕暮れ時の街並みが良く見える。
夜景となれば、それ以上だろう。
恋人同士で来るにはもってこいの場所かもしれない、そう思いながら、お目当ての席の前に着いた。
3人に気づいた男性が、立ち上がって微笑んでいる。
「早かったんだな。遅れるって聞いてたから」
休みの日だというのに急な仕事が入ったから遅れるかもしれないと聞いていた春樹、圭一の随分早い到着に驚いた半面ホッとしていた。
「思ったより、事がスムーズに運んだんだ」
実は多少厄介な案件ではあったが、この機会を無駄にするわけにはいかないとの思いから、手を尽くして解決を早めたのだ。
それだけ、今日という日は圭一にとっては重要なことだったのだから。
「森村さん。彼が僕の友達の北村 圭一」
「こんにちは」美咲の目をしっかり見据えている彼の瞳は力強く、思わず吸い込まれてしまいそう。
青山さんも180cmを超える長身だが、彼はもう数cm高いだろうか。
自分の勤める会社にはまずいない、全てにおいて洗練された大人の男性と言っていい。
この男性(ひと)となら一夜限りでも…いかんいかんっ。
しかし、そう思ったとしてもおかしくないほどの超極上品。
「はじめまして。森村です」
ここはにっこり微笑むところだが、とても愛想良くなど接する気にならなかった。
彼の望む本気の彼女と、その相手として私が選ばれた理由を聞くまでは。
極上の料理に舌鼓を打ちながら、他愛もない会話が交わされる。
北村さんは青山さんより1歳年上の31歳、父親が大企業の取締役をしているが自分は起業していて、兄弟は2つ下の弟と5つ下の妹がいるということ。
想像通りのサラブレッドだ。
そんな人が、なぜ私を。
和んだ雰囲気だが、誰一人としてこの場にこうしている真意を話そうとはしない。
それならそれでいいのでは?
ただ、美味しいものを食べて帰る。それだけでも、安月給の美咲には十分意味のあることなのだから。
「森村さんは、高校の頃とちっとも変わってないね。というか、すごく綺麗になったな」
「携帯で撮った画像を見せてもらったけど、実物はそれ以上だ」突然、何気なく話し始めた彼に美咲は「えっ…」口を開けたまま固まった。
高校の頃と変わっていない!?
どういうことかしら?もしかして、この人と会ったことある?
いいや、あり得ない。
こんなにイイ男だったら、忘れるはずがないし。
ちょっと待って、北村 圭一って…どこかで聞いたような。
あっ、高校の時に2年先輩だった、あの北村さん?
「はじめましてはないよ。顔はともかく、名前で気付いて欲しかったな。俺のファンだってくっ付いて来てたのに」
「うそ、北村先輩なんですか?本当に?」
面影なんて微塵もなくて、しいて言うなら背が高かったことだけ…。
スポーツ万能、勉強もできたし、爽やかでカッコ良かったから女子生徒には絶大の人気があったのは間違いない。
同じ高校に通ったのは1年だけだったが顔と名前を覚えてもらうために彼が部長を務めていたバスケ部の試合には必ず応援に行ったし、誕生日にはプレゼント、バレンタインには手作りチョコを渡した、美咲だって例にもれず、憧れた女子の一人なのだ。
それにしたって、あまりに変わってしまった彼に驚かずにはいられない。
「だって、遊び人って聞いてたのと実際、そんな感じに見えたので」
「あ?まぁ、強く否定はしないけど」
一瞬、彼の表情が曇ったのを見逃さなかった美咲。
何か、深いわけでもあるのだろうか?
その前に彼は私のことを知っていて青山さんに頼んだのだろうし、初音は知らないと言っていたけど。
そっと隣に目を向けると彼女は小さく首を振った。
「初めから言ってくれればいいんですよ。その方が私だって、変な先入観を持つ必要もなかったですし」
「そうなんだけどさ。多分、今の俺とあの頃の俺を重ねて見られて、余計に偏見を持たれるのも嫌だったんだ」
だから、ワザと会うまで名前を言わなかったのだと美咲は思った。
確かにあまりに違い過ぎるあの頃の彼と今、目の前にいる彼だが、敢えて見せたくない自分を先に見せようとした彼の気持ちは受け取ってあげなければいけない。
「ということで、ここから先は二人でゆっくり話すとして僕たちは退散するとしよう」
「春樹と佐藤さんまで巻き込んですまなかったな」
4人は店を出ると美咲は彼のBMWの助手席に乗った。
どこからどう見ても別世界の人だった。
「あの、本気の彼女が欲しいというのは」
車はどこに向かっているのかもわからないまま、美咲は気になっていたことを思い切って聞いてみた。
「そのままの意味なんだけど。俺も30過ぎたし、いつまでも遊んでいるわけにもいかないと思って」
大学時代からの友達である春樹に彼女ができたのは半年前だったが、その彼女の友人が高校時代の後輩である森村 美咲だと知ったのはつい最近のこと。
あの頃の彼女は子供と大人の中間というか、明るくて元気で真っすぐで。
圭一のことを男というより、アイドル的な存在と捉えていたのだと思う。
それが、なんとなく嬉しくて可愛かったなと今となっては一番良い時の思い出だったかもしれない。
世間で言う裕福な家庭に育った圭一だったが、大学合格が決まったのを見計らったように母に男ができたからと離婚の話を切り出したのだ。
その日から、女性を信じられなくなったのかもしれない。
深く付き合っても、いつかは裏切られるという思いが彼の脳裏のどこかに根付いてしまったのは確か。
そういう人ばかりではないとわかっていても、簡単には拭い切ることはできなかった。
そんな時に彼女のことを聞いて無性に会いたかったのだ。
あの頃の自分にまた戻れるような気がして。
「その相手がどうして私なんですか?先輩なら、よりどりみどりじゃないですか」
「綺麗どころのお嬢様とか」ここに居るのは自分じゃないと言い聞かせたが、虚しくなるだけ。
「俺のこと、好きだったんじゃないの?」
「それはっ」
「高校生の淡い恋心です」慌てて言い繕ったが、今この時、ときめいていないわけじゃない。
でも、やっぱり遊び人だったという彼の過去が頭から離れないのだ。
物珍しいだけで、弄ばれて終わり。
いくらなんでも、そんなことは耐えられない。
「彼氏いないって言ってたのは本当?」
「えっ、はい」
「だったら、3ヶ月だけでもお試ししてみない?美咲ちゃん好みの男になるからさ」
美咲ちゃん。
あの頃の彼はそう呼んでくれたのを思い出して胸が熱くなる。
「答えてもらってないです。どうして私なのか」
「高校卒業式の日、珍しく両親は揃って来てくれた。その足で離婚届けを提出した」
「お袋が男を作って出て行ったんだ」淡々と話す圭一。
あの日、美咲は彼にお祝いのお花を持って行って、制服のボタンをもらったのだ。
それは今も大事にしまってあるはず。
一流大学に合格し、順風満帆に見えた彼の人生にそんなことがあったなんて。
「その日から女性が信じられなくなって。だからといって、遊びで付き合うのが良いことだとは思わないけど。こんなカッコ悪い話をするのは美咲ちゃんだけだから」
女性に過去を話したのは美咲が初めてだった。
戸惑いもなかったわけじゃないが、彼女の前だと素直になれる気がした。
「そうだったんですか」
高校生とはいえ、両親の離婚は辛いだろうし、弟や妹のことを考えれば、理由が理由だけに理解できないこともない。
他になんと言ったらいいのか美咲にはわからなかったが、自分にだけに話してくれたという彼の気持ちが正直に嬉しかった。
「高校の時は美咲ちゃんのこと、可愛かったんだけど、女の子としては見られなかったんだ」
「ごめん」謝る彼はあの頃の誠実な彼と変わらない。
「確かに、私は先輩と釣り合うような子ではなかったですから」
「一応、妹みたいだとは思ってたよ」
「フォローありがとうございます」
それが、今は本気の彼女まで昇格しようとしているだから、美咲も一人前の女性として認められたということ。
でも、本当にそうなのだろうか?
「美咲ちゃん綺麗になったよ。彼氏がいないっていうのが信じられないくらいだ」
「お世辞を言ってもダメですからね」
「そんなことないって、ほんと綺麗になったよ。俺にはもったいないくらいにね」
自分のことばかり考えているんじゃないか、彼女は心から愛し愛され信じ合える相手を求めているはずなのに。
だからこそ、絶対に傷つけることがあってはならないと胸に誓う。
「さっき、会った時に一夜限りでもいいって思ったんです。先輩なら」
「何、言ってんだよ。そんなこと軽々しく言うもんじゃないよ」
圭一は急ブレーキを踏むと路肩に車を止めた。
真剣な目に本当の彼を見た気がした。
「先輩は変わってないですよ」
「えっ」
「あの頃も今も」
美咲は今度こそ、偽りではない心の底からの微笑み返す。
圭一にとっては、女神以上の頬笑みだった。
彼女に再び巡り合わせてくれた幸運を神様に感謝しなければ。
「美咲ちゃん、俺と付き合ってくれないか」
面と向かっての告白は圭一にとって初めてのこと。
こんなにも緊張するとは思いもしなかった。
彼女は少し目を伏せて考えた後、再び圭一の目を見つめた。
「本気ですよね?」
「もちろんだよ。神に誓って」
ここで断られたとしても、圭一は諦めるつもりなどなかった。
なぜなら、彼女こそが自分にとって最初で最後の本気の彼女なのだから。
「私で良ければ」
「マジで?」
「やった!!」ガッツポーズをとる彼は高校生の頃のまま。
「『美咲ちゃん好みの男になるからさ』っていうのも本当ですよね」
「ほっ、ほんとだよ。なんなりと」
「じゃあ」
「どうしたんだ。その髪」
あの日から圭一と美咲が付き合い始めたことを心底喜んでいた春樹だったが、会ってびっくり。
圭一の髪がバッサリ切られていたのだ。
イイ男はどんな髪型をしていてもイイ男には変わりないが…。
「彼女の好みなんだ」
「ほう?」
高校生の頃の髪型にするよう言われた時には圭一自身もえっと思ったが、約束だから守るのは当然だ。
何かやらかしたんじゃないかと社員たちにも散々からかわれたが、これがどうして、なかなか評判が良い。
彼女の好みに合わせるなんてことは今までしたことがなかったが、ちょっと快感になってきたりして。
「似合ってるよ。以前より誠実な感じがする」
「褒めてないだろ」
キっと睨む圭一を余所に笑いが止まらない春樹。
彼女の尻に敷かれる圭一を見るのが、こんなにも面白かったとは。
「で?北村先輩は相変わらずなのか」
「そうなんだよ。あれほど、名前で呼ぶように言ってるのに。いまだに先輩ってどうなんだ?付き合ってる感じがしなくてさ」
「いいんじゃないの?高校生の恋愛気分で」
「あのなぁ、俺たちはいい大人なんだよ」
「だったら、美咲ちゃんをやめてみれば」
「ん?」
そうなのか?
俺が美咲ちゃんって呼ぶから彼女も。
だったら。
圭一はポケットから携帯電話を取りだすと彼女宛てに短いメールを送る。
暫くして返ってきたメールには。
私も愛してる、圭一。
かぁーっ。
これだよ、これっ!!
「一人で何ニヤニヤしてんだよ」
「気持ち悪いな」春樹は圭一の手にあった携帯電話を奪い取って覗き込む。
見なければ良かった…。
「こらっ、人の携帯を勝手に見るな」
「こりゃ、甘いこった」
「うるさい」
大事そうに携帯電話を握りしめる圭一。
彼女はどんな顔でメールを返してくれたのだろう?
頬をほんのり赤く染めたりしているかもしれない。
今度は目を見て名前を呼んで欲しい。
その時はどんなだろう。
たった、これだけのことなのにこんなにも嬉しく幸せを感じるなんて。
腕を組んで世にも珍しい珍獣でも見ているかのような表情をしている春樹だったが、そんなことは構いやしない。
あぁ、早く女神の微笑が見たい。
今の圭一にはただ、それだけが望みだったのだから。
おしまい。
お名前提供:北村 圭一(Keiichi Kitamura)&森村 美咲(Misaki Morimura)/佐藤 初音(Hatsune atou)/青山 春樹(Haruki Aoyama)… 初音 さま
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