二十歳の出会い


「ねえ、碧。恵比寿に若いイケメンの男の子がたくさんいるショットバーがあるんだって、ちょっと行ってみない?」

まるで少女のように目を輝かせて、おまけに胸の辺りで手を組んで今にもハートマークが飛んできそうな勢いの30をとうに過ぎた女が立っていた。
どうせまた、若い女子社員の噂話でも耳にしたのだろう。

「あんたには秀一さんがいるんだから、今更若いイケメンの男の子もないでしょう?」

そう、何を隠そうこの目の前の女は、いや高坂 眞子には5歳年下の愛しい秀一さんと言う旦那さんがいるのだ。
熱烈にアタックされてようやくゴールインしたのは、つい最近の話。
今まさにラブラブな時を過ごしているはずなのに、一体何を言い出すのやら…。

「旦那とは別よ。お店にいるのは、大学生ばかりなんだって。やっぱり、若い男の方がいいわよね」

呆れて、返す言葉も出てこない。
秀一さんだってまだ27歳なんだから、十分若いはずなのに…。
私と眞子は今の会社に一緒に入社した同期で、配属先も同じだったから公私共に仲がいい親友とも呼べる存在だ。
いつもは仕事もできてしっかりしているお姉さんタイプなのに、どうしてか若い男の子には目がないらしい。
特にアイドルが大好きで、今はなんとかというグループの彼がお気に入りだと騒いでいたわ。
十代の男の子なんて、弟というには歳が離れすぎている。
もっとも、恋人なんて対象外だろうし、となるとこれはもう親子に近い関係になるわけで…考えただけでも恐ろしいわ。

まぁ、男の子の鑑賞に行くわけじゃないし、一応お酒も飲める場所なわけだからと仕方なく眞子に付いて例のショットバーに足を運んでいた。
店内は思っていたほど仰々しくもなく落ち着いた雰囲気で、静かな音楽が流れている。
確かに働いている男の子達は若かったけど、場所柄のせいもあって客層も若いギャルというよりは一流企業に勤めているであろうOLの姿が多かった。
それでも30を過ぎた私達がここにいるのは、少々気が引けたけれども…。
眞子と私は、カウンター席に座るとオリジナルのカクテルを頼んだ。

「噂通り、結構イケメン揃いね」

眞子の目は、既に店内にいる男の子達に注がれていた。
私はこういうお店にあまり来たことがなかったから、どうも落ち着かなかった。
どこに目を向けていいのかわからず、ひたすらカクテルのグラスを眺めるばかり…。
そんな時、ふと耳に金属の無機質だけど、心地いい音色が聞こえる。
それは、カウンターの中で1人の若者がシェイカーを振る音だった。
歳は二十歳は過ぎているだろうか?今時の若者には珍しく髪は地のままの黒、整髪料をつけているのか短髪を逆立てるようにしている。
少し俯きがちな瞳は切れ長で、どちらかというとクールで男っぽい感じだろうか?
長身のせいか、黒いパンツに白いシャツのボタンを少し多めに開けているのがなんとも色っぽい。
私は眞子の言葉も聞き入れず、ずっと彼の振るシェイカーを見つめていた。

「…碧」

眞子に何度も呼ばれて、我に返る。

「何?」
「何じゃないでしょ。ボーっとして、全然人の話聞いてなかったでしょ」

隣を見ると、カウンターに入っていたもう1人の男の子と一緒に眞子が私を見ていた。

「ごめん、ごめん」

眞子と話をしていた男の子は亮君と言って、近くの大学の3年生だそうだ。
まだ、この店で働き始めて半年の彼女募集中らしい。
そこそこ背も高く、髪は淡いブラウン系でサラサラの少し長め、目はパッチリ二重でよく見ると私なんかよりも数倍もまつ毛が長い。
眞子好みの、可愛い系の男の子だ。
そんな二人のやり取りを見ていると、すごく微笑ましかった。
まるで、歳の離れたお姉さんと弟。
家でもこんなふうなのよねきっと、秀一さんもかわいそうにねぇ。
でも、惚れた弱みって言うし。
そんなことを考えていると、思い出したようにカウンターに目を向ける。
しかし、さっきのシェイカーを振っていた男の子はもうそこにはいなかった。
―――もう、帰っちゃったのかな。
もう少し見ていたかったなと思いながらも、まだ楽しそうに話をしている二人の方に視線を向けた。

「隣、いいですか?」

自分の向いている方と反対側から声が聞こえたので、振り向くとあの男の子だった。

「え?」

さっきまでの白いシャツに黒のパンツ姿とは違って、Vネックの黒のカットソーに履き慣らしたブルーデニムというラフな格好。
バイトは、終わったのだろうか?
―――それにしても帰らずにここにいるってことは、誰かと待ち合わせかしら?
もう一度彼に隣に座ってもいいかと聞かれ、特に断る理由もなく「どうぞ」と答えた。

「さっき、俺のことずっと見てましたよね」

―――え?気が付いてたんだ。
そうよね、あんなに穴が開くくらいジッと見つめられれば、いくら周りが暗くたって気付くわよね。
年甲斐もなく恥ずかしい…。

「あっ、あれは君を見ていたんじゃなくて、君が振っていたシェイカーを見ていたの」

なんか言い訳っぽかったけど、これは本当のことだから。

「なんだ。てっきり、俺のことを見てるのかと思ってたのに…」
「え?」

彼の方を見ると肩をガックリと落として、落胆している姿が目に入った。
―――そんなに落ち込まなくても、いいと思うんだけど…。
それに急に口調が砕けてるし、でもこの子って少し冷めた感じがしてあんまり人を寄せ付けない気がしていたけど、実際はだいぶ違うみたいね。

「お姉さんは、この辺のOLさん?」
「会社は、品川にあるんだけど―――それと、言っておくけど私はお姉さんなんて言われるほど若くないわよ?」

お姉さんなんて呼ばれると、なんかくすぐったい気がする。
だってもう32歳だもの、十分オバサンなんだからお姉さんと呼ばれるには少し無理がある。

「どうして?だって、俺とそんなに変わらないでしょ?」
「じゃあ、君は何歳なの?」
「俺?俺は、今日二十歳になったばかり」

―――二十歳?うわぁ、一回りも違うじゃないの。

「今日、誕生日だったの?」
「そう、やっと今日から大人の仲間入り。お酒も煙草も、解禁ってわけ」

まぁ、そうかなとは思ってたけど実際二十歳って聞くと、若いなあって思うわね。
だって、人生これからじゃない。
羨ましいなあ…。

「私が言っても嬉しくないと思うけど、二十歳の誕生日おめでとう」
「ううん。すごく嬉しいよ。そうだ、二十歳になった記念に今日はお酒付き合ってくれる?」

なんか初めの印象と随分違って、笑顔も可愛いしそれに人懐っこいタイプだったのね。

「いいの?友達とか彼女にお祝いしてもらわなくても」
「俺、彼女いないから。それに野郎に祝ってもらうより、綺麗なお姉さんに祝ってもらう方がずっといいし」
「そんなこと言っても、何も出ないわよ」

「ほんとのことなのにな」って、少し拗ねたように言う彼が可笑しかったった。

「俺は相沢 伊吹(あいざわ いぶき)。今は、K大経済学部の2年。お姉さんは、名前なんて言うの?」

―――へぇ?伊吹君かあ、なんかぴったりな名前ね。

「私?私は山口 碧(やまぐち みどり)、この近くの電機メーカーに勤めてる」
「碧さんかあ、字はどう書くの?」
「えっと。紺碧のぺきって言って、わかる?」
「うん。いい名前だね」
「ありがとう。名前を褒めてもらえるのって、なんか嬉しいわね。そう言えば、相沢君はこういうバイト長いの?」
「伊吹でいいよ」
「じゃあ、伊吹」
「うん。俺さ、カクテル作るのすごい好きなんだよね。まだ酒も飲めなかったのにさ、兄貴に飲ませたり、こっそり家で作って飲んだりしてた」

だから、すごくシェーカーを持つ手が慣れてたのね。

「伊吹は、お兄さんがいるの?」
「うん、5歳離れてるんだけどね。だから、何でも頼っちゃうよ」

いいなあ、お兄さんかぁ。
私なんて、弟が二人だもんね。
憧れだったなぁ、優しいお兄さんって。

「ねえ。せっかくだから、二十歳の記念に何か伊吹特製のカクテル作ってよ」
「え?う〜ん。わかった」

少し考えた後にそう言うと伊吹はシャツの腕を捲くりながら、カウンターの中に入って行くとなにやら色々なお酒をシェーカーに入れて振り始めた。
―――私、伊吹のシェーカーを振る姿好きかも。
他の人を見たことがないから比較にならないんだけど、なんていうんだろう?しなやかな細い腕とは対照的な力強い動き、こういつまでも見ていたいそんな感じ。
少しして伊吹の手が止まるとカクテルグラスに注ぐ、それは透き通るようなブルーのものだった。

「すごく綺麗。名前は、なんて言うの?」

思わずそう言ってしまうくらい、綺麗だった。

「これはね。碧さんをイメージしたんだよ」

「でも、名前はまだ決めてないんだ」と伊吹が言う。

「私?」
「そう。碧さんって名前もそうだけど、どこまでも透き通った空みたいなブルーって感じがするから」
「なんか、さっきから伊吹、褒め過ぎ。私は、そんなんじゃないと思うけど」

逆に伊吹の方が、このカクテルに合ってるような気がするんだけど。

「取り敢えず、飲んでみて」

ずっと見ていたいと思ったけれど、私は彼の作ったカクテルをひとくち口に含んでみた。
スーッと喉を通り抜ける感触が、まるで空の上を飛んでいるかのような錯覚を覚える。
伊吹がさっき言っていた、どこまでも透き通った空みたいなブルーという表現がぴったりのものだった。

「おいしい」
「ほんと?」

ちょっと心配そうな顔をしていた伊吹の顔が、パーッと明るくなった。
この子はなんて、表情がコロコロと変わるのかしら?
いつしか伊吹のこんな表情をずっと見ていたいと思う自分がいたことに、この時は気付いていない。
そして、まだ名前のないカクテルのグラスを合わせながら、もう一度伊吹の二十歳の誕生日に「おめでとう」と言った。


To be continued...


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