「もっし〜」
『あっ、麗(うらら)?あたし〜。まだ、バイト中?終わったら、みんなで遊ばない?』
「ナイスタイミング。ちょうど終わったところで〜電話しようと思ってたのよ。」
『わかった。じゃ〜ぁ、いつものところで待ってるから〜』
「はいは〜い」
高校時代の友達もみんな麗(うらら)のようにフリーターがほとんどだったから、いつもこうやって遊んでいる。
それを別に悪いと思わないし、今が楽しければそれでいいと思っていた。
この時、までは…。
待ち合わせ場所は、いつもファーストフード店と決まってる。
お金もないし、この格好だし。
麗(うらら)が店に入ると、一際目を引く集団がいた。
「麗(うらら)〜こっちこっち」
―――もうっ、いちいち呼ばなくてもわかるのに…それに声大きいって…。
友達が麗(うらら)を見つけると、手を振りながら大きな声を出して名前を呼ぶ。
毎度のことだが、これだけはやめて欲しい。
「もうっ、お願いだから大きな声で名前を呼ばないでよ。みんなのことは、すぐわかるんだから」
「だってぇ、嬉しかったんだもん」
こんなふうに言われると、これ以上言えなくなってしまう。
みんな本当に仲良しだから、学校を卒業してもこうやって会えることが嬉しかったのだ。
それは、麗(うらら)も同じだったから。
「ねぇ、それより。あの人のこと、麗(うらら)知ってる?」
「え、どうして?」
「さっきから、麗(うらら)のこと見てるみたいだから」
『どうせ、こんな格好だから物珍しいんじゃないの?いつものことじゃない』と思いながら、麗(うらら)は彼女の視線を追ってみる。
数人の麗(うらら)達と同年代の男女の中で確かに麗(うらら)の方を見ている男性はいたが、見覚えはない…。
―――単なる興味本位じゃない。
視線をみんなの方へ戻すと、こんな会話が聞こえてきた。
『詩音(しおん)、ああいうのが好みだったのか?やめろやめろ。お前には似合わないよ、あんなヤマンバギャル』
彼らのグループの中の1人が、言った言葉だ。
―――余計なお世話、あんたに言われる筋合いないっての!
確かに似合わないとは思うけど…でも、詩音(しおん)…どこかで聞いたような…。
『そう言えば、佐々木くんってどういう子が好みなの?』
『あたしも、聞きたい〜』
―――佐々木…佐々木…詩音…。
あっ…佐々木 詩音って、中学の時の同級生じゃないっ。
それも3年間ずっと同じクラスだった。
あんな女みたいな名前、絶対忘れないし。
ヤダ…ってことは、あたしのこと槇村 麗(まきむら うらら)だってわかって見てる?!
でも…今のあたしは、あの頃のあたしとは全然違う。
絶対、わかるはずないもん。
「麗(うらら)、どうかした?やっぱり、知ってる人なの?」
「彼、すっごくいい男じゃない。麗(うらら)、いつの間にあんないい男をゲットしたのよ」
「えっ…しっ、知らないわよあんな男っ。それにどう見たって、あたしと大違いでしょっ」
麗(うらら)は、数年前に突如として渋谷に出没したヤマンバギャルというやつだ。
しかし、今では街のどこを見回してもその姿を見ることは稀。
あんなにたくさんいた彼女たちは、一体どこへ行ってしまったのか…。
そんな希少な存在であるヤマンバギャルの麗(うらら)と、どう見てもエリート学生の彼とでは逆立ちしてもつり合うはずがないのである。
「そうでもないんじゃない?麗(うらら)化粧取ると、めちゃめちゃ可愛いもん」
「そんなことないってっ」
―――自分の顔は、自分が一番よく知ってる。
こんな顔、ちっとも可愛くなんかないんだから。
「そうよね。麗(うらら)、素顔はすっごく可愛いもん。でも、どうしてわざと隠すようなことをしてるわけ?」
「あっ、それあたしも聞きたかったのよね」
「え…いいじゃない、そんなこと」
「よくないって。あたしらは可愛くないのわかってるからこんな目立つ格好してるけど、麗(うらら)は違うじゃない」
ここにいる3人は素になると確かにさっぱりした顔立ちかもしれないが、麗(うらら)は違う。
なのにどうして、わざわざ隠すようなことをしているのか不思議だったのだ。
「そんなのどうだっていいでしょ。ほら、遊びに行こうよ」
麗(うらら)はその話には触れてほしくなくて、誤魔化すように立ち上がる。
その時、ちらっと詩音の方へ視線を向けると目が合ったような気がしたが、気付かないフリをして店を出て行ってしまった。
+++
すっかり詩音(しおん)のことなど忘れていたある日、麗(うらら)はバイト先である雑貨店で1人店番をしていた。
夕方近くになると学校帰りの女子高生で店内はいっぱいになるが、まだその時間には少し早いと先輩店員が用事を済ませに外へ出ていたのだった。
そんな時、1人の客が店に入って来た。
「いらっしゃいませ」
この店は、気軽に見てもらえるようにとお客さんに必要に声を掛けることはない。
麗(うらら)もそのまま商品を並べ直したりしていたのだが、その客はじっと何かを見つめたまま動かなかった。
―――どうしたのかしら?
声を掛けようと近づくと意外にも男性。
それも1人で来るお客さんは、珍しい。
「あの…何か、お探しですか?」
「えっと、これ…」
彼が手に持っていたのは恋が叶うというおまじないの人形で、女子高生の間で流行っているもの。
もちろん男性が持ってもいいのだが、買いに来る人はまずいないから、きっと誰かに頼まれたのだろう。
「それは、恋が叶うという人形ですよ。女子高生の間で人気なんですが、頼まれたんですか?」
「いえ、僕が。ダメですか?」
「えっ、いえ。ダメってことは」
―――ダメってことはないけど…。
「じゃぁ、これ下さい。槇村さん」
「はい。え…」
―――うそ…ヤダ。
佐々木くん…。
彼は背が高かったから顔を見て話さなかったのだが、まさか…こんなところで会うとは…。
「もしかして、僕のこと忘れちゃった?中学の時に3年間一緒だった、佐々木 詩音」
「えっ、佐々木くん?あっ、ごめんね。あたし、あんまり覚えてないのよね。学校もあんまり行ってなかったし」
本当は覚えていたが、敢えてそういう言い方をしたのはなんだか恥ずかしかったからかもしれない。
「そうなのか、だからこの前も気付いてもらえなかったんだ」
「でっ、でも。どうして佐々木くんはあたしのこと、わかったの?あたし、あの頃と全然違うのに」
同じ高校に通っていた子でさえも、この格好の麗(うらら)に気付く者はそうそういない。
なのに空白の3年間だった詩音(しおん)が、どうしてわかったのか?
「あぁ、僕も初めはわからなかったよ。友達が、“麗(うらら)”って名前を呼んだだろ?それでわかったんだ」
―――なるほど。
麗(うらら)という名前の人はあまりいないから、それでわかったのね。
あたしが、詩音(しおん)って聞いて思い出したのと一緒。
それにしても、名前だけでよくわかったものだわ。
だってあたし、あの頃は体が弱くってあんまり学校にも行っていなかったのに…それにこの店でバイトしてるのも何で知ってるのよ。
「だけど、よくあたしがここでバイトしてるものわかったわね。佐々木くん、こんなお店来ないでしょ?」
「聞いたんだ」
「聞いた?」
「そう、槇村さんと同じ高校に行った子に」
どうして、わざわざ…。
そんなにあたしが物珍しかったの?
「へぇ、わざわざ見に来たの。ヤマンバギャルを」
何でこんな言葉が口から出たのか、麗(うらら)にもわからなかったけれど、あの時の彼と一緒にいた友達が言った言葉を思い出したからかもしれない。
「違うよ」
「あたしには、どうでもいいけどね。それ、買うんでしょ?」
「あっ、あぁ」
とっとと、レジに行ってしまう麗(うらら)。
急に態度が変わってしまった彼女に詩音(しおん)もどうしていいかわからず、ただ後を付いていった。
「こちらの商品は、1,050円になります」
目も合わせてくれない彼女に財布から5千円札を出して、商品とおつりをもらう。
「5千円お預かりしましたので、3,950円のお返しになります。ありがとうございました」
「あの、また来るから」
店に数人の女子高生が入って来て、詩音(しおん)の声はかき消されてしまったように思われたが、麗(うらら)にはしっかり届いていた。
+++
詩音(しおん)の『また来るから』という言葉が、なぜか頭から離れない。
「麗(うらら)、ちょっとスーパーに行って、片栗粉買ってきて頂戴」
バイトが休みだった麗(うらら)は、リビングでテレビを見ながらゴロゴロしているとキッチンから母のこんな声が聞こえてきた。
「イヤ」
「何言ってるの。若い娘が部屋でゴロゴロしてるなんて、体によくないわよ」
「だってぇ、化粧してないもん」
家にいる時の麗(うらら)は、化粧をしていない。
従って、その姿では外に出られないのである。
「たかが、スーパーに行くくらいで化粧なんてどうでもいいでしょ。ほら早く、片栗粉がないとお夕飯が作れないんだから」
―――お母さんがよくても、あたしがよくないの!
とは思っても、お世話になっている手前、文句も言えず…。
麗(うらら)はかなり久し振りのすっぴんで、外に出ることとなった。
―――こんな時に誰かに会ったら、嫌だなぁ。
ある意味、これって誰にも気付かれないかもね。
自転車を漕ぎながら、素肌に風を受けて気持ちいい。
しっかし、スーパーなんぞに来るのはいつ以来かしら?
買い物といえばコンビニだし、子供の頃にお母さんと来た記憶しかなかった。
だから、片栗粉がどこにあるかなんてわからなくて…。
片栗粉、片栗粉…。
近くにいたお兄さんに聞いてみる。
「あの、片栗粉はどこですか?」
「片栗粉は―――」
「げっ、佐々木くん…」
―――うわぁっ、何でこんなところにいるわけ?
「槇村さん、今日はバイトじゃなかったんだね」
「えっ、あっ、うん」
「片栗粉は、こっちだよ」と言う、彼の後ろを付いて行く。
素顔をバッチリ見られちゃったじゃない。
はぁ…。
「ねぇ、佐々木くんここでバイトしてるの?」
「そうなんだ。高校生の時からね」
「そうなの?」
―――へぇ、佐々木くんはここでバイトしてたんだぁ。
「今日も行ったんだよ、お店に。でも、休みだって言われて」
―――うそ…。
『また、来るよ』って、本当だったの?
でも、何で…。
「何で?」
「何でって、槇村さんに会いたいから。いけない?」
―――会いたいって…。
しれっと言う詩音(しおん)だったが、なんかすごいこと言われてない?!
「いけないってことはないけど。あたしなんかと一緒にいるところを見られたら、みんなに変な目で見られるわよ?こんな格好だし、進学も就職もしないでフリーターしてるし」
「関係ないよ、そんなの。ねぇ、今日は家にいるんだろう?僕はあと1時間くらいでバイトが終わるから、待っててくれないかな」
「待っててって…。何で?」
「いいから」
「いいからって、ちょっとっ」
―――あぁ、行っちゃった。
何なのよ、もう…。
片栗粉はどうするわけ?
1時間もこんなところにいたら、お母さんに怒られるじゃない。
仕方なくあたしは一度家に帰って、再びスーパーに戻って来ることにした。
化粧をしてもよかったんだけど、もう面倒だからすっぴんのままで。
それにしても佐々木くんって、あんな人だった?
とにかく真面目で休み時間は本ばかり読んでいたし、今とは別人みたいって、あたしもなんだけど…。
スーパーの中にある休憩スペースで時間をつぶしていると、詩音(しおん)が走ってやって来た。
「ごめんね、槇村さん。待たせちゃって」
「このあたしを待たせるなんて、たいしたものね」
「ごめん」
―――あっ、あれ。
彼のポケットから見えるのは、この前買っていった恋が叶う人形。
佐々木くん、好きな人いるんだ。
「ねぇ、それ。佐々木くん、好きな人いるの?」
「うん」
詩音(しおん)は、麗(うらら)の隣に腰掛ける。
「そっかぁ。佐々木くんの好きな人って、きっと頭もよくて綺麗な人なんでしょうね」
―――きっと、頭がよくて綺麗な人なんだろうな。
あたしと違ってね。
「どうかな。綺麗って言うより可愛いタイプで、でも普段はそれを隠すような化粧や髪型をしてるんだ」
「え?可愛いのに隠すの?」
「何でだろう。僕にもわからないけど、そうなんだ。素顔の方が数倍も可愛いのに」
「ふううん。でも、なんかわかるかも」
「うん?」
「多分、可愛いって思われるのが嫌なの。そういう目で見られるのが」
麗(うらら)がヤマンバギャルに変身したのは、高校に入って男子が話している会話を聞いたからだった。
『槇村って、可愛いよな』
『だよな。俺、こっそり携帯で撮っちゃった』
『お前、それで1人えっちしてるのか』
みんながみんなそう思っているわけじゃないけど、こんな話を聞いてしまったらそう思ってもしょうがない。
それからだった、麗(うらら)がこうなったのは。
「やっとわかった。槇村さんも、そうなんだね」
「え?」
反射的に麗(うらら)は顔を上げて、詩音(しおん)を見つめる。
「槇村さん可愛いし、今の方がずっといいのに何でかなって思ってたんだ」
「あたしのことは、関係ないでしょ?」
「関係あるよ」
「何でよ。佐々木くんは、好きな人がいるのに」
―――好きな人がいるのに、あたしのことを考えてどうするのよ。
「僕が好きなのは、槇村さんだから」
―――何?今、なんて言ったの?
あたしが好きとかなんとか…。
「何わけのわかんないこと、言ってんのよ。一緒にいたのは中学の3年間、それもあんまり学校にも行っていないあたしなんかを好きなんて。おかしいんじゃないの?」
「そんなことないよ。槇村さんは学校を休みがちだったけど、3年一緒にいたんだ。席が隣になったこともある。文化祭で短編映画を作ったり、修学旅行で同じ班になって周った。槇村さんのいいところ、全部わかってる」
言われてみれば、麗(うらら)の記憶には薄かったが、詩音(しおん)とは何かと言えば一緒にいたのだった。
そして、淡い恋心も…。
「だからって、今のあたしは佐々木くんの思っているような人じゃない。こんな格好して、フリーターしてるのよ?」
「バイトしてるじゃないか」
「バイトって言っても、そんなたいしたものじゃないし」
「僕は見てたよ。高校生の女の子に恋が叶う人形のこと説明してるところ。あの子達、目を輝かせて槇村さんのことを見てた。すごいなって思った。僕にはできないから」
そんなこと、言われたことない。
お父さんもお母さんも口には出さないけど、こんな格好してフリーターしてるのをよく思っていないことは知っている。
「この人形を持っていると恋が叶うんだろう?」
「それは…」
そういうおまじないなんだもの、叶うかどうかなんてわからない。
「槇村さん、言ったよね」
「言ったけど、商売なんだもんっ」
あっ…。
言っちゃった。
これを言っては、夢も希望もなくなってしまうのに…。
「僕は、信じてるよ」
「バカバカっ。だから、佐々木くんはバカだって言うの。あたしなんか、好きになったっていいことないんだから」
いきなり詩音(しおん)の背中を叩き始めた麗(うらら)に驚きながらも、彼女の腕を掴んで自分の方へ抱き寄せる。
こうなるとは思っていなかった麗(うらら)の方が、逆に驚いたのだけど…。
「ちょっ」
「いいことあるよ。槇村さんと一緒にいると、楽しいから」
―――ほんと、バカなんだから…。
ヤマンバなあたしを好きになるなんて。
さっきは商売だからなんて言ったけど、本当はあの人形やっぱり恋が叶うのかな?
密かに素敵な人が現れないかと持っていた麗(うらら)、その彼が現れた今、そう確信するのだった。
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