理想の彼


「ちょっと、玲奈。あんた、また断ったってほんと?」

「学校でも1、2を争うほどのいい男の告白を、何で断るのっ!」と、机に突っ伏している玲奈の耳元で興奮気味に叫んでいるのは、中学からずっと一緒で同じクラスの親友。
つい10分ほど前の出来事なのに、噂というものはどうしてこんなに流れるのが早いのか…。
しかし、彼女がこう言うのも無理はないだろう。
世良 玲奈(せら れいな)が告白された相手は、同じ学年でこの高校でも屈指のいい男なのである。
誰もが憧れでセフレでもいいから付き合いたいなどと、とんでもないことをいう子もいるくらい。
なのに、玲奈はあっさりと断ってしまった。
一応言っておくが、付き合っている彼がいるわけでもなく、顔は玲奈の超好みだった。

「だって、馬鹿っぽいんだもん」
「馬鹿っぽいってねぇ。いいじゃない、顔はいいんだから」

―――あたしは、嫌なのよ。
いくら顔が良くたって、頭が良くなきゃ将来が目に見えている。
いい大学に入って、いい会社に入社して。
あたしは、そういう彼と付き合いたいの。

「もちろん顔もだけど、あたしは頭も良くなきゃ嫌なの」
「贅沢ばっかり。そりゃ、玲奈はめちゃめちゃ可愛いし、頭もいいからそんなこと言えるんだろうけどさ」
「別に、自分のことをそんなふうに思ったことなんてないけど」

自分のことはよくわからないが、玲奈への告白が絶えないのは確か。
ただ、その相手がみんな顔はいいのだが、いかんせん勉強ができない男ばかりだと言うこと。

「だったらいっそのこと、西園寺くんと付き合ったら?」
「はぁ?何で、西園寺よ」
「彼、頭いいじゃない。ぶっちぎりの学年トップだし、顔だって中の上はいってると思うわよ」
「そうだけど…」

玲奈はそっと顔を上げて、一列挟んだ斜め前の席にいる西園寺 炯汰(さいおんじ けいた)に視線を向ける。
何の本を読んでいるのか、昼休みだというのに姿勢正しく時たま銀縁めがねに手を掛けながら真剣にそれを見つめている。
彼は入学したときから、学年トップの座を誰にも譲ったことがない。
先生からも東大合格間違いなしと、太鼓判を押されている秀才だった。
顔が中の上という評価は、概ね妥当だと思う。
外見はそれほど悪くはないと思うが、カッコいいという言葉には少々程遠いかもしれない。
存在が薄く、友達もいるのかいないのか、いつも本を読んでいて1年の時からクラスは一緒だったが、笑っているところも見たことがない気がする。
―――ところで、西園寺って彼女いるのかしら…。
クラスの女の子と話している姿すら見たことがないのだから、それはないかなぁ。
興味なさそうだし。

「ねぇ、彼って女の子と付き合ったことあるのかな?」
「さぁ。興味なさそう」
「キスもまだって感じに見えるけど、人は見かけによらないって言うし。案外、あっちの方はテクニシャンだったりして。クックック」

―――あのねぇ、テクニシャンって…。
呆れ顔の玲奈だったが、本当はどうなんだろう。
すっごく真面目で、女の子と付き合うくらいなら勉強というふうに見えるが、実際はわからない。
もしかして、影で彼女をとっかえひっかえしているかもしれないし…。

「とにかく、あたしは頭も良くてカッコいい彼氏を探すの。妥協はしないんだから」
「はいはい。せいぜい、頑張って」

そんな男はいないわよとでも言うような親友の言い方だったが、玲奈はどことなく西園寺のことが気になって暫くの間、彼の横顔を見つめていたのだった。

+++

―――なんで、あたしが…。
誰もなり手のなかった遠足委員に、玲奈は運悪くくじ引きで当たってしまった。
それも、西園寺と一緒に。

「あ〜ぁ、なんで遠足委員なんかになっちゃったかな。面倒臭いのにぃ」

行き先は学校側で決められているから、スケジュール通りに行く先々の資料を自分達で集めてそれを載せたしおりを作る。
それが、一番面倒と言えば面倒だった。
―――はぁ…。
放課後、西園寺と二人っきりで残っていたが、彼との会話は一切なく、まるでお葬式みたい…。

「ねぇ、西園寺」
「うん?」
「西園寺って、彼女とかいるの?」
「えっ…」

唐突な質問だったのか、西園寺がその場で固まってしまった。
机を向かい合わせにして座っていた玲奈は彼の顔をマジマジと見る形になったのだが、銀縁めがねの奥の瞳は意外にもパッチリしている。

「どうなの?」
「何で、そんなことを聞くんだよ。もしかして、僕に彼女がいるかどうか、世良さん気になるの?」
「そんなわけないでしょ。いっつも本ばっかり読んでるし、ずっと学年トップだから、どうなのかなって思っただけ」
「ふううん。いたら、どうする?」
「え?西園寺、彼女いるの?」

―――うそ…西園寺に彼女がいるなんて…。
悪いけど、絶対いないって思ってたのになんだろうこの気持ちは。
別に西園寺に彼女がいようが、いまいが、関係ないはずなのに…。

「世良さんは、どうして誰とも付き合わないの?いっつも、告白されてるのに」
「知ってるの?」
「聞こうと思ってるわけじゃないけど、耳に入ってくるからね」

西園寺まで、知っているとは…。

「あたしね、彼氏にするなら顔がいいだけじゃダメなの、頭も良くないと。でも、告白してくる相手はみんなお馬鹿さんばっかりで」
「なんか、世良さんらしいね」

クスクスと笑う、西園寺。
―――西園寺って、笑うんだ。
初めて見たかも。
それに、会話も普通だし。

「西園寺の彼女って、やっぱり頭がいいの?」
「どうして?」
「なんとなく、そういう感じがしたから」

玲奈も成績はいい方だが、学年トップの西園寺の彼女となればきっとものすごく頭もいいに違いない。
―――でも、頭のいいカップルって、どんな話をしているのかしら?

「そうでもないと思うけど、っていうか僕には彼女はいないよ」
「え?だって、さっきいるって」
「いたら、どうする?って言っただけだけど」
「えっ、やだ。そうなの?」

―――なんだ…西園寺には、彼女いないんじゃない。
あっ、あたしったら、何喜んでるわけ?
西園寺に彼女がいないと知って嬉しく思っている自分が、不思議だった。
『だったらいっそのこと、西園寺くんと付き合ったら?』と言った親友の言葉が、頭に浮かんでくる。
もし、西園寺に告白されたら、あたしはどうするんだろう…。
まぁ、天と地がひっくり返ってもそういうことはあり得ないだろうけど。

「随分と嬉しそうだね、世良さん。僕に彼女がいなかったことが、そんなに嬉しい?」
「あのねぇ。あたしには西園寺に彼女がいても、いなくても、どっちでもいいわけ。まぁ、西園寺がカッコ良かったら話は別だけど」
「男は、顔じゃないと思うけどな」
「悪いより、いい方がいいわよ。それより、これなんとかして?西園寺なら、ちょちょっとできるでしょ」

内容作りのほとんどを西園寺に任せて、玲奈はそれを清書する方に専念する。
西園寺が、もう少しカッコ良かったら―――。
確かに彼の言うように顔じゃないと思うけど、自分の彼氏は素敵であって欲しいと願うのは乙女心だから仕方がない。
いつかは、そういう理想の彼が現れるかもしれないのだから。

+++

「あれ、誰よ?」
「あそこは、西園寺の席でしょ?ってことは…」

「「えっ、西園寺!?」」

次の日の朝、西園寺の席に見たこともない男子が座っていた。
というか、あの席に座っているのだから、彼は西園寺 炯汰なのだと思う。
それにしても、あの変わり様は一体…。

「どうしちゃったの?西園寺って、あんなにいい男だった?全然、知らなかった」
「あたしだって、知らないわよ」

―――西園寺が、もう少しカッコ良かったら。
昨日はそう思ったけれど、急に変わり過ぎ。
彼は、あんなにいい男だったなんて…。
今まで誰も彼に話しかけたりなんてしなかったのに、周りに女の子の人だかりができている。
よく見れば、中には他所のクラスの子まで混じっていた。
やっぱり、顔がいいとこんなにも違うのね。



その日の放課後も、西園寺と二人で玲奈は遠足のしおり作りをしていた。

「西園寺」
「うん?」
「どうしたのよ、急にカッコ良くなっちゃって」
「カッコいいって、思ってくれる?」
「そりゃ、思うけど」
「世良さんは、頭が良くてカッコいい男が好きだって言うから、頑張ってみたんだけど。どうかな」

―――どうかなって…。
西園寺はあたしが頭が良くてカッコいい男が好きだから、イメチェンしたって言うわけ?
ということは…。

「わかんないわよ。そんなこと」
「困るよ」
「困るって、何?」
「僕の彼女になってもらわないと」
「はぁ!?」

―――彼女って、何?
あたしが、西園寺の彼女になるの!?
何で、また…。

「『西園寺がカッコ良かったら話は別だけど』って、昨日言ったじゃないか」
「言ったけど…だからって、何であたしが西園寺の彼女になるのよ」

―――彼女になるなんて約束、した覚えはないわよ?

「僕と付き合うのは、嫌?」

いつの間にか西園寺は、玲奈の隣に椅子を持って来て座っていた。
なんだかものすごく真剣な表情で、どう答えていいかわからない。
カッコ良くなった西園寺は好みの顔だし、頭がいいということも合わせれば文句ナシだけど…。

「えっと、確認。西園寺は、あたしのことが好きなの?」

―――そうよね、ここはきちんと確認しておかないと。
西園寺は、あたしのことが好きなわけ?

「好きだよ。実は、ずっと世良さんのことを狙ってたんだ。でも、地味な僕が突然告白しても絶対OKもらえないってわかってたからね。あと、これは正直に言っておくけど、女の子と付き合ったことはないから、必然的にキスもあっちの方もしたことないよ」

―――ヤダ。
西園寺って、ものすごく地獄耳?
あたし達の会話が、聞こえていたなんて…。
だけど西園寺、あたしのことが好きだったの?

「あのね。あたしも西園寺のこと、気になってたの」
「え?」
「初め、西園寺に彼女がいるって聞いて嫌だった。その後、いないって言われて、口ではどうでもいいって言ったけど本当は嬉しかった」
「世良さん、じゃあ」

黙って頷く玲奈の手を握る西園寺。
彼の手は大きくて、あったかい。

「あたしも男の子と付き合ったことがないから、西園寺と同じ…」

選び過ぎたあたしは、まだ誰とも付き合ったことがない。
信じられないかもしれないけど…。

「…ちょっ…西園寺?」

握られていた手を引っ張られて、玲奈は彼の胸にすっぽりと体が納まってしまう。
彼は、なよっちいと思っていたけど、そこは男の子だから体も大きくてガッシリしてる。

「キスしてもいい?」
「ここで?」
「ダメ?」

ファーストキスは…。
な〜んて想像はしていたけれど、場所なんて関係ないのかな。
顔を左右に振ったのが合図となって、彼の顔が段々と近づいてくる。
ドキドキしながら自然に目を閉じると、ほんの一瞬だけ柔らかいものが唇に触れた。

あたしの彼は、頭も良くてカッコ良い。
正しく理想の彼、だけど…。
こんなにカッコ良かったらみんなに狙われちゃうから、明日からは元に戻ってもらわないとっと。

カッコいい姿を見せるのは、あたしの前だけにしてね。


To be continued...


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