今夜は、久しぶりに同期が集まっての飲み会。
紺野 早苗もそんな仲間の1人として、新しくできた居酒屋の座敷にいた。
「なぁ、前から聞こうと思ってたんだけどさ。紺野さんって、付き合ってる男いるのか?」
宴もたけなわ、料理も一通り食べ尽くしてみんなもだいぶ酔いが回ってきた頃、早苗の隣に座っていた広岡が突然思い出したように問い掛ける。
「何?いきなり」
広岡はあまり他人の男女関係について興味がないように見えていたが、この唐突なこの質問には早苗も少し戸惑った。
「だってさ、紺野さん人気あるのに誰も相手にしないみたいだし。でも、彼氏の話もしないだろう?だから、どうなのかなって」
誰が人気があるって?と思ったがそこには触れず、相手にしないというのではなく、相手にされないの間違いではないかと早苗は思った。
「広岡君には、私に彼氏がいるように見えるわけ?」
質問を質問で返してるなと思いながらも、周りは自分のことをどんなふうに思っているのか聞いてみたかったから敢えて言ってみる。
「そりゃあ、いるだろう?」
その声は広岡ではなく、早苗の反対側に座っていた大塚だった。
大塚はこういう話が大好きなのか、何時の間にか広岡と早苗の会話を嗅ぎつけて入って来た。
「そうだよな」
大塚の意見に同意するように広岡も頷いている。
―――ちょっと!勝手に人に彼氏がいるように言わないでよ。
早苗はこの会社に入って2年になるが、大学時代から付き合っていた彼とは会社に入ってすぐ別れていた。
相手は1つ年下だったこともあって、社会人になった早苗とはすれ違いが多く、自然消滅という形で後腐れなく別れていたのだ。
それからは、仕事の忙しさも加わって出会いというものがなく、フリーのままだった。
「二人とも、何勝手に納得してるわけ?彼氏なんて、もう2年近くいないわよ」
触れて欲しくない話題に触れられて面白くない早苗は、目の前にあったビールのグラスを一気に飲み干した。
「「そうなのか?」」
広岡も大塚も早苗のその言葉がかなり意外だったらしく、驚いた顔で早苗を見つめている。
「何よ、悪い?」
「いや、そうじゃないけど。何か、意外だったから」
「俺も」
いつものようにつっけんどんに返す早苗、大塚に続くように広岡が慌てて言葉を発したが、既に早苗の機嫌は悪くなりつつあった。
早苗に彼氏がいないことのどこが、そんなに意外だったのだろうか?
「じゃあさ。紺野さんは、どういうやつが好みなんだ?」
話題を変えるように、大塚が早苗のグラスにビールを注ぐ。
「好み?そうねえ、レガシィに乗ってる男の人かな」
「「レガシィ?!」」
再び、広岡と大塚の声が重なった。
早苗はなぜか自分でもわからなかったが、レガシィに乗っている男の人がカッコイイというイメージがあった。
まぁ、裏を返せばカッコイイ男性がレガシィに乗ってさえすれば、いいだけなのだが…。
「そう。なんか、レガシィってカッコ良くない?だからそれに乗ってる男の人もカッコイイかなって、ただそれだけなんだけどね」
「ふ〜ん」
二人はわかったようなわからないような複雑な表情で考え込んでいたが、ふと思い出したように大塚が言葉を発する。
「あっ、そう言えば堤。お前、最近レガシィ買ったよな」
「え?」
大塚の隣にいた、堤 秀人に3人の視線が集まった。
突然、自分の名前が出てきて驚いた堤が、ビールのグラスを持ったまま固まっていた。
秀人は同期の中でも背が高く一番いい男ではあったが、いかんせん煮え切らないというかはっきりしない男で、まったく何を考えているのかわからない。
優柔不断ともまた違うのだが、どうも早苗はこの男が苦手だった。
その秀人が、レガシィを買ったというのか?
「そうか、良かったな堤。紺野さんの好みの男で」
「はぁ?ちょっと待ってよ。何で、堤が好みなのよ」
確かにレガシィに乗っている男性が好みとは言ったが、それはなんとなくであって…だからといって、それに乗っている堤が好みとは限らないだろう。
訳のわからない大塚の結論付けに、呆れ果てる早苗。
「さっき、言ったじゃないか。レガシィに乗ってる男が好みだって」
「それは…そうだけど…」
大塚の言うことも一理あるだけに、早苗も返す言葉がない。
―――何で、こんな話になるかなぁ。
「ちょっと黙ってないで、堤も何か言いなさいよっ」
大塚に言われる一方で何も反論しない秀人に腹が立ってきた早苗は、怒りの矛先を彼に向けた。
秀人はただ3人の話を黙って聞いているだけで、何も言おうとしない。
単に冗談と受け取っているのか、何なのか…。
「堤は、紺野さん狙いだったもんな。良かったじゃないか」
広岡まで輪を掛けて、デタラメなことを言ってくる。
―――もう、勝手に言ってれば?
早苗もこれ以上ムキになって反論する気にもなれず、そのまま二人に言わせておくことにしたが、散々勝手なことを言って、挙句の果てには秀人と早苗は二人っきりにされていたのだった。
「ねえ、堤って何でいつもそうなの?みんなに言われっぱなしでさ。自分の意見とか、ないわけ?」
早苗は自分の思っていることを常にはっきりと言うタイプだったので、堤のように表にあまり出さない人間の気持ちがわからなかった。
「みんなの言ってることは、間違ってはいないからな」
―――間違っていないって、どういうことよ。
「どういう意味?」
「『良かったな堤。紺野さんの好みの男で』と『堤は紺野さん狙いだったもんな。良かったじゃないか』ってこと」
これは…つまり、秀人は早苗を好きだと言うことなのか?
「堤は私がレガシィに乗ってる男が好みって言うだけで、気持ちを簡単に受け入れたりするわけ?」
「俺は好きな子がその車に乗っているやつが好みだって言うなら、そうするよ」
「えっ…まさか…あんたそれでレガシィ買ったんじゃないでしょうね?」
堤は否定も肯定もしなかった。
ということは、やはり…そうなのか…。
「あんた、馬鹿じゃないの?何で、そんなんで買うのよ」
早苗はガックリと肩を落とし、呆れ顔で堤のことを見つめ返す。
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだろう。
まったくもってこの男の考えていることが、わからない。
「それよりさ、せっかく二人きりになれたんだし、これからどうしようか」
「はぁ?」
―――何なのよ、この男は一体…。
そんな早苗のことなどまったく気にしない堤は、早苗の肩を抱き寄せるとどこへともなく歩き始めた。
+++
「ねぇ。早苗と堤君って、付き合ってるってほんと?」
週が明けて月曜日、朝会社に出社すると真っ先に桃子(ももこ)に声を掛けられた。
「何よ。いきなり」
早苗には、桃子の言っている意味がさっぱりわからない。
どこをどう間違ったら、堤と早苗が付き合うという話になるのだろうか?
―――そりゃあ、この前の飲み会の後二人で飲みに行ったけど、それだけで何もなかったのに…。
「だって、あの後二人でどこかに行っちゃったじゃない」
「あれは二人でどこかに行ったんじゃなくて、みんなが勝手にあたし達を置いて行ったんでしょう?」
「じゃあ、どこにも行かなかったの?」
「え…」
言葉を詰まらせた早苗に、尚も桃子は突っ込んでくる。
「もう、どうして隠すわけ?付き合ってるなら、そう言ってくれればいいのに。水臭いなぁ」
「だ・か・ら・それはね?あいつが行こうって言うから、付き合っただけで―――」
――― 桃子ったら、全然話聞いてないし・・・。
はぁ…早苗は、大きく溜め息を吐いた。
付き合ってなんか、いないのに…。
◇
「ちょっと、堤!あんたのせいで、あたしと付き合ってるってみんなが誤解してるじゃない!どうしてくれるのよ!」
早苗は定時後に堤のいる部署に乗り込み、、ネクタイを引っ張るようにして人気のないところに連れて行くと一気にまくし立てた。
「紺野さん。そんなに怒ると、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」
人の話なんぞ聞いてるのかいないのか・・・ニコニコと笑いながら、堤は相変わらずの様子。
早苗は、これ以上言う気も失せてくる。
「あんたね。あたしをおちょくってるわけ?」
「そうじゃないよ」
急に真顔になった堤に見つめられて、早苗は息を呑んだ。
―――何で、そんな目で見るのよ…。
「紺野さんが俺のこと好きじゃないのはわかってる。でも、俺はそうじゃないからみんなにあんなふうに言われるのが嬉しかったんだ…。ごめん、調子に乗った」
「何それ、あたしは別にあんたのことが嫌いなわけじゃないのよ。ただ、そうやってはっきりしないところが嫌なの」
―――あたしが好きなら、好きってはっきり言いなさいよ。
この男は、いつもそうだ。
顔も良くて仕事もできて、その上優しくて…三拍子揃った男のくせに、自分に自信がない。
そこがある意味、堤のいいところなのかもしれないが、普段からはっきりものを言う早苗にはどうしても納得できなかったのだ。
「あんた、いい男だし優しいし仕事もできるんだから、もっと自分に自信を持ちなさいよ」
「紺野さんには、敵わないな」
堤はふっとさっきとは違う笑みを浮かべ、一瞬早苗はその笑顔に釘付けになった。
そして訳もなく心臓は早く鼓動を打ち始め、言葉が出てこない。
――― 一体なんなのよ、この気持ちは…。
「ところで、紺野さん。今週末、どっちか空いてる?」
「へ?」
いきなり話題を変えられて、早苗は変な声を出してしまった。
「せっかく車も買ったし、ドライブでもどうかなって思って」
早苗はガックリと肩を落とし、小さく溜め息を吐いた。
―――今って、そういう話をしてるんじゃないでしょう?
まったく、この男はほんと何を考えているのやら…。
「駄目かな」
駄目かなってねぇ…。
あまりにすがるような目で見られて、断ろうにも断れない。
「駄目じゃない…わよ」
「ほんと?」
さっきまでの不安げな表情が、パッと明るくなった。
わかり易いと言うかなんと言うか…子供じゃないんだからこんなことくらいで喜ばないでと早苗は心の中で思いつつも、そんな彼が少し可愛く見えたりもして…。
「その代わり、あたしのために最高のドライブコースを考えるのよ?」
「もちろん、任せて」
「やったぁー」と、いきなりあたしを抱きしめる。
―――ちょっと!堤ったらっ。
ここ、どこだと思ってるのっ。
そんなあたしの言葉なんて、聞いちゃあいない。
だけど、堤とドライブねぇ…。
一体、どこに連れて行ってくれるのかしら?
きっと、レガシイを運転する彼はカッコいいわよね。
何だか、ものすごく楽しみにしている自分がいたりして…。
嬉しそうに微笑む彼を見て、自然に顔が緩む早苗だった。
To be continued...
続きが読みた〜い、良かったよ!と思われた方、よろしければポチっとお願いします。

NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP
Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.