ひとりぼっちのHoly Night
二人の愛は…。



一年なんて、早いもの。
師走に入り、街はクリスマスのイルミネーション一色に包まれて、社内では忘年会のシーズン真っ盛り。

「ノエル、飲んでる?」

陽気に話し掛けてきた亜佐美は、既に顔がほんのり赤い。
今夜は、毎年恒例になっている居酒屋の大きな座敷を借し切っての住宅販売部忘年会。
みんな楽しみにしていたから、午後になると仕事なんて手に付かない。

「飲んでる、飲んでる」

本当に仲が良くて、飲み始めると時間も忘れてしまう。
そして…。
こうして楽しく飲んでいるとふと思い出すのは、彼との出逢い。
ちょうど一年前、今夜と同じ忘年会の帰りに終バスに乗り遅れ、タクシーも長蛇の列、加えて大粒の雨に仕方なく家まで歩くことに。
そんな時、一台の車が止まり、濡れたノエルを家に送ってくれたのが遼だった。
彼氏いない暦21年、もうすぐ22年になろうかという時に彼の出現によってめでたく終止符を打つことになったのだ。
遼と過ごしたこの一年は、今まで過ごしたどの時間(とき)よりも充実していたし、ノエルにとって大切な時間になった。

「ねえ。ノエルも2次会行くでしょ?」
「そうしたいけどぉ」

金曜日に設定された忘年会。
週末は決まって遼の家に行くことになっていたから、今回はここでお仕舞い。

「なによぉ。せっかくの忘年会なのに彼氏ぃ?」

亜佐美の彼氏発言に、周りの男性陣が黙っちゃいない。
去年のクリスマスには彼氏、彼女がいない人達で飲みに行ったはずのノエルに彼氏ができたとなれば、さぁ大変。

「金子さん、彼氏できちゃったの?いつの間に。そういうことは、きちんと報告してくれないと」

「ショックが大きいんだから」と、見るからに相当ショックを受けている南(みなみ)。
別に彼女を狙っていたとかそういうわけではなくて、ノエルは彼女ナシの男達にとっては唯一の心のオアシスだったから。

「で、どんなやつなんだ?金子さんのハートを射止めた男っていうのは」

相手が気になるのか、食い付いて来る南に答える方は微妙に困る。
まぁ、ここは適当に受け答えして、さらりとかわすのが一番。

「どんな人と言われても」
「そりゃぁ、バリバリ仕事ができて、超いい男ですよ」

ノエルを遮るようにして亜佐美が代わりに答えてくれた。
確かに遼は仕事もできる(専務だし)、超いい男というのも当たってるとノ工ルは思う。
が、しかし…。

「だって、速水さんはうちの―――」
「あぁぁぁぁっっ、亜佐美ぃ」

爆弾発言にノ工ルはありったけの大声を出したが、南は「速水さん?」と聞き覚えのあるようなその名前を一生懸命思い出そうと首を傾げている。
―――やだぁ、もうっ。亜佐美ったら、余計なことをしゃべっちゃって。
結構酔ってるから、おそらく休み明けに聞いても、『覚えていない』と言うに決まってる。
南さんも、そんなに真剣に考えなくっていいからっ。

「速水さんって、誰だっけ?この辺まで引っ掛かってるんだけどさ」

喉元をさすってみせる南。
思い出せないことがもどかしいのか、顔をしかめて「う〜ん」とうなってる。

「南さん、課長が呼んでますよ?」
「えっ、ほんと?」
「ほらほら、早く行かないとぉ」

このまま考え続けたら何かに気付かれてしまいそうな気がして、ノエルが口からデマカセにそう言うと、彼は慌てて目の前にあったビールの瓶とグラスを持って課長のところへすっ飛んでいった。

「ふぅ〜。もうっ、亜佐美ったら、余計なことを言うから」
「ごめん、つい」

可愛らしくペロッと舌を出す亜佐美に、ノエルもこれ以上何も言えなくなる。
誰も、自分達の勤める会社の専務と付き合っているとは思わないだろうから。
そんな時、バッグの中から小さく聞こえる携帯電話の着信音。
―――あっ、遼からだ。
亜佐美に「噂をすれば、彼氏?」と耳打ちされ、小さく頷くノエル。
携帯片手にそっと席を立つと座敷を出た。

「もしもし、遼?」
『ノエル、ごめんな。お楽しみ中に電話を掛けて』
「いいえ。お仕事、まだ終わらないんですか?」
『たった今終わったから、そっちに迎えに行こうと思ったんだけど』

『20分ぐらいで着くと思うから』と話す遼とはノエル達が今夜、忘年会だと聞いていたから、会社帰りに約束をしていたのだ。

「わかりました。待ってますね」

ノエルはパタンと携帯を閉じると、そっと胸の前で握り締める。
寂しかった今までとは違い、彼がいてくれるということは、どれだけ幸せなことなんだろう。
自然に頬も緩んでくるが、もう少ししたら遼が近くまで来てしまう。
急いで、この場を抜け出さないと。
座敷に戻ってみると、幸いにも南は課長に捕まったままだ。

「亜佐美。悪いけど私、帰るね」
「えっ、もう?」

「まだまだ、これからなのにちょっと早過ぎなんじゃないの?」と不満顔の亜佐美だったが、それは親友を差し置いて彼氏のところへ行ってしまう彼女が何だか遠くに感じられたから。
もちろん、素敵な男性(ひと)に巡り会えたことは心から良かったと思うし、いつまでもらぶらぶな二人に面して、今夜はこの辺で許してあげよう。

「あたしが、みんなに上手く言っておいてあげる」
「ほんと?」
「うん」

「ありがとう、亜佐美」と両手をぎゅっと握り締めると、「痛〜い、ノエルったら」と口では言いつつ、顔は笑っている。
―――おっと、早くしないと。
ノエルはバッグとコートを持って、こっそりその場を後にした。


「あれっ、金子さんは?」

やっと課長から解放されたと思ったのに、そこにはオアシスであるはずのノエルの姿は見当たらない。

「帰りましたよ?」
「帰ったぁ?!」

「くそっ、速水っていう男のところか」と仮にも、自分の勤める会社の専務を呼び捨てにしている南。
知らないということは、ある意味無敵である。

「早く、南さんにも素敵な彼女ができるといいですね」
「かぁ〜羨ましいぞ、俺の心のオアシスを奪った速水めぇ」


ふぇっ  くしゅんっ

その頃、風邪をひいたわけでもないのにくしゃみを連発していた遼。

「風邪?」

助手席で心配そうに見つめるノエル。
―――インフルエンザも流行っているし、大丈夫かしら…。

「いや、誰かが俺の噂をしてるに違いない。ノエルを途中で連れ去った悪者にされてるんじゃないか?きっと」

「そんなこと」と答えたものの。
あっ、もしかして…。


ふぇっ  くしゅんっ
   ひぇっ  くしゅんっ


どんなにくしゃみが邪魔をしても、二人の愛は…





   ひゃっ  くしゅんっ





どうやら、今夜は暖かくして眠った方が良さそうだ。


END


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