「遅いぞ、姉貴」
ドアが開いた瞬間の永遠(えいと)の第一声に『いらっしゃい。お姉さま』くらいの挨拶はないのかい!!と祐里香はムッとしながらも、その後ろにいる可愛い彼女に免じて許すことにする。
「綾葉ちゃん、こんにちは」
「こんにちは。祐里香さん、稲葉さん」
憎たらしい弟には目もくれず、「あのね、これプリン。とっても美味しいのよ」と航貴に教えてもらったお店のプリンを手渡し、祐里香は綾葉にだけ満面の笑みを向けると真新しい家の中に入って行く。
後ろには、そんな二人をやれやれという表情で見つめる航貴。
「いらっしゃい、稲葉さん」
「こんにちは。相変わらずだな、祐里香と永遠君は」
「稲葉さんも大変でしょう?姉貴の相手をするのは」
その問いには何も答えず苦笑する航貴を「さぁ、どうぞ」と、永遠は室内に招き入れた。
綾葉が大学に入学したのを機に永遠は思い切って実家を出て一人暮らしをすることになったので、今日はその新しい住まいに航貴と祐里香が尋ねて来たのだった。
というか、姉として偵察に来たと言った方が正しいかもしれない。
弟が悪さをしないように。
「なかなか、いいところじゃないか」
「そうですね。新築だし、大学にも近いので」
「彼女の家にも近いしな」
図星だったのか一瞬顔色を変えた永遠に航貴はワザと意地悪な言い方をしたのだが、一人暮らしをする理由は人それぞれあるにせよ、彼の場合はそれが一番だったに違いないから。
10畳のフローリングに4畳半ほどのキッチンが付いた1DKのアパートは、新築ということもあって真新しい香りがする。
奥にベッドと中央にはシンプルな二人掛けのソファー、小さな出窓の付いた壁際にデスクと大きな本棚が。
さすが、将来教授になろうという永遠、本の数が半端じゃない。
そして、デスクの上にはさり気なくどこへ行った時のものなのか、頬を寄せ合っている彼女との写真が飾られていた。
「お茶を用意しますね」と綾葉はキッチンに入り、すっかり彼女ぶりが板についている。
「なんだか、あたしも引越したくなっちゃった」
ベランダの付いた窓から外を眺めていた祐里香は弟の住まいが羨ましいらしく、そう言ってちょっぴり口を尖らせた。
「だったらさ、マンション買っちゃおうか」
「俺と住む」と彼女の耳元に顔を近付けながら囁くように言うと、航貴は祐里香の腰に腕を回してそっと自分の方へ抱き寄せる。
二人っきりならまだしも、ここには永遠も綾葉もいるというのに何と大胆な行動を。
「ほんと?」
…えっ。
半分冗談、半分本気で言ったつもりだったが、このリアクションに航貴の方が面食らってしまう。
てっきり、『何、馬鹿なこと言ってんのよ!だいたいこの腕は何っ、調子に乗らないでっ!』くらいの言葉が返ってくると思ったのに…。
「いいのか?」
「うん」
「キッチンは対面式で、リビングが広い家がいいな」なんて嬉しそうに話すものだから、航貴は祐里香に完全にノックアウト。
…夢なら覚めないでくれ、この勢いでマンション買いに行くぞ。
「あのぉ、いちゃつくのは構わないんですけど。俺達もいるわけですし」
すっかり、二人の世界に入っていた祐里香と航貴。
振り向けば、腰に腕をあてている永遠と少し頬を赤らめた綾葉がバッチリこちらを見ている…。
「ちょっと航貴ったら、何してるのよっ!」
「だいたいこの腕は何っ、調子に乗らないでっ!バシッ」と思いっきり祐里香に腕を叩かれた。
…あぁ、やっぱり夢だったかぁ。
「まぁ、いいけどさ」と永遠は半ば呆れつつも、姉のあんな姿を見るのは初めてだったが、好きな男にだけ見せる表情にドキっとしたし、女を感じた。
らぶらぶな二人にあてつけられて、こんな姉カップルを早く追い帰して綾葉とそんなふうに…なんて、思ったりして。
しかし、然うは問屋が卸さない。
祐里香と航貴はせっかくだからと夕飯まで一緒に食べて帰ったのだが、航貴の料理の腕には永遠も綾葉も驚かされた。
全く持って、姉にはもったいない彼氏である。
「祐里香さんと稲葉さんは、らぶらぶでしたね」
「ん?綾葉も、俺とらぶらぶしたい?」
「えっ、そういうつもりじゃ」
「じゃあ、どういうつもり?」
恥ずかしかったのか、俯いてしまった綾葉の顔を永遠が覗きこむようにして見つめる。
やっと、邪魔者が消えて二人っきりになれたのだ。
『今夜は泊まり、確定だな』
永遠は綾葉を抱きしめると、いつも以上に熱いくちづけを降らせた。
+++
「なぁ、祐里香」
永遠の家に遊びに行った帰り、航貴はそのまま週末を決まって過ごす祐里香の家を訪れていた。
航貴としては、あの時の祐里香の言葉が引っ掛かっていたのだ。
本気で自分と一緒に住んでくれるのかどうか…。
それは、裏を返せば将来を共にしてもいいと言っているということを。
「なぁに?」
「さっき、俺がマンション買って一緒に住もうって言ったら、祐里香は『うん』って言ったよな」
ここで、『そんなこと言った?』もしくは、『冗談じゃなかったの?』などと笑って返された日にはどうすればいいのか…。
…当分、立ち直れないぞ?
キッチンでコーヒーを入れていた祐里香が、航貴の問いに顔を上げてジッとこちらを見つめている。
この間、どれくらい時間が過ぎたのか。
何も答えない祐里香に航貴は、『ごめん、冗談だよ』と自らを誤魔化すために心にもないことを言いそうになった、が…。
「言ったけど。航貴、そんなお金あるの?」
「あ?」
…否定はしなかったが、そっちかよ。
言われてみれば課長補佐になったものの、マンションを買うとなると何十年ローンになるかなどということは航貴にも想像つかない話。
現実に考えれば、そんな簡単にはいかないのかもしれない。
さすがに女性は、そういうところもしっかり考えているのだなと逆に感心したりして。
「その前に確認。祐里香は、俺と一緒に住んでもいいと思ってる?」
男として、マイホームくらい持たないでどうする。
貯金を合わせれば、マンションの頭金くらいは何とかなるだろう。
今まで以上に働いて、それくらい何とかするさ。
その前に彼女の気持ちを聞いておかなければ、一人で先走ってもどうしようもないことだから。
黙って祐里香はコーヒーを入れたマグカップを二つ持ってローテーブルの上に置くと、ラグの上にアヒル座りする。
「航貴は、どういうつもりで言ってるの?」
カップを両手で包み込むように持ち上げると、祐里香はコーヒーを口にする。
───あたしに聞く前に、はっきり言ってよ。
新しいマンションに住みたいっていう憧れはある、広いリビングに料理は相変わらず航貴より下手だけど、対面式のキッチンで彼のために美味しいものを作ってあげたい。
でも、ちゃんと言ってくれなきゃ。
「俺は、祐里香と結婚したい」
置いたカップを指でなぞっていた祐里香の両手をそっと航貴が握り締める。
真剣な眼差しに今の言葉が重なって、わけもなく涙が溢れてくる。
もちろん、それは悲しいからなんかじゃなくてその反対。
「航貴」
「祐里香は?」
───あたしだって、そう思ってる。
でも、なんかもっと違う場面で言って欲しかったかも…。
あたしったら、こんな時に。
だけど、一生に一度のことだし、思い描いたシチュエーションってものがあるのよ。
「あたしも、航貴と同じ気持ち。だけど…」
「だけど?」
…何だよ、だけどって。
同じ気持ちってことは、一応受け入れてくれたってことだよな?
目に涙を一杯に溜めている祐里香の次の言葉をじっと待っていた。
「今のって、プロポーズじゃないわよね?」
「あ?」
『ないわよね?』と言われてしまうと、航貴にもどう答えればいいのか困ってしまう。
多少の勢いっていうのはあったにしてもずっと思っていたことには変わりないし、取り敢えずはそのつもりだったんだけど…。
「あたしね、夜景の綺麗な場所でプロポーズされるのが夢だったの」
「夜景?」
可愛らしく、「うん」と頷く祐里香。
男にはその辺のところはよくわからないが、女性にとっては色々と思い描くものがあるのだろう。
好きな彼女の願いならどんなことだってきいてあげたいと、だけどそういう話というのはなかなか面と向かってできるものじゃないし、これは今日永遠の家に行って良かったなと航貴は思った。
「わかった。今のは予行練習ってことで。本番は祐里香の望み通り、夜景の綺麗な場所でするから」
航貴は祐里香を胸に抱き寄せると、誓いを込めてくちづける。
夜景の見える場所でのプロポーズ(+給料3か月分のダイヤのリング) → 対面式のキッチンが付いたリビングの広いマンション購入…。
益々、頑張って働かなければ。
彼女のために。
To be continued...
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