プリンな彼女
航貴の気持ち
−St Valentine's day−


「おはよう」
「あっ、おはよう」

「航貴」と周りを気にしてか最後は小さく言って、微笑む祐里香。
相変わらず綺麗だなぁと、いやそれは俺と付き合い始めてより一層色艶が増したように思えるのは自惚れなのだろうか?
今日の彼女は、クリーム色の膝丈のマーメイドスカートと淡いピンク色のタートルの上にお揃いの袖口が広がった七分袖のカーディガンというアンサンブルニットを合わせていて、同じ色のシフォン素材のリボンが首元を華やかに飾っていた。
とっくに自分の席に行ってしまっていたが、そのとても春らしい装いに思わず後姿を目で追ってしまう。
同期入社して6年になるが、こうして幾度となく彼女のことを目で追っていたのだと。

明るくてさっぱりとした性格は男女間わず人気があって、そのせいなのか、いくら俺が想いをほのかに言葉にしてもちっとも反応しない。
同期の中川の誘いを断らなかった時は本気でやきもきしたが、そんな無防備さが俺の寿命をどれだけ縮めているかなど、彼女は全く知るはずもないのだろう。

そして今日…。

社内の雰囲気がいつもと違うのは、気のせいか…。
いや、気のせいなんかじゃない。
男達がソワソワしているのは、お目当ての彼女からアレをもらえるかどうかにかかっているのだから。

「お前は、いいよな」

「彼女から、本命がもらえるんだから」と祐里香に見惚れていた俺を背後から先輩が冷やかすように言う。
『そうなんですよ。あはは、羨ましいでしょ』なんて思っても、俺はさり気なく彼女のことをノロケられるような男じゃない。
一年先輩の彼は冗談を言って笑わせるようなムードメーカーだが、仕事となると別の人格が宿っているのではないかと錯覚するほどデキル男に変貌を遂げる。
そんな先輩は彼女がいないと自己申告しているが、真意のほどは不明である。

「先輩だって」
「俺か?俺は、新井さんの義理で十分だ。っつうか、お前のせいで、もう義理さえもらえないかもしれないな」
「それは、大丈夫だと思います。あいつ、山のように買ってましたから」

「おっ、そうか。良かったぁ」と心底喜んでいる先輩の姿を見て、俺は複雑な心境だった。
心の底で祐里香は俺のモノ、俺だけのモノ、彼女の視線の先にはいつだって俺がいて、それは痛いほどわかっているのに他の男に話し掛けたり笑ったりするなと叫ぶ自分がいる。

独占欲に塗(まみ)れたちっぽけな男───。
いつから、俺はこんなふうになったのだろう。

始業の鐘と共に「稲葉さん、電話です」と山本さんに呼ばれた俺は、邪悪な心を拭い去るように急いで席に向かった。



午後3時を回った頃、女子社員達が申し合わせたようにフロアから消えて行く。
その中には、もちろん彼女も。

俺は資料を片手に席を立ったが、行き先は…。
本当は、どこにも行く当てなどなかった。
なかったが、愛想を振りまいて回る彼女の姿を見ていたくなかった。

ガキだな───。

何とでも言ってくれ。
俺はどうせ、そんなヤツなんだよ。

結局、行く場所なんてない俺は、空いていたミーティングルームに身を隠すしかない。
適当に分厚いファイルを並べ立て、調べ物をしているフリ ← 半分は、真面目に仕事をしていたが…。
それでも、周囲のざわめきは否応なしに耳に入ってくる。

「こんなところにいたの?」

「探しちゃったじゃない」と祐里香が、大きな紙袋を手に俺のいたミーティングルームへ入って来た。
一応、俺のためにも義理(・・)とやらを用意してくれていたらしい。
「はい、航貴の分」と差し出されたそれは既製品の綺麗にラッピングされた小さな箱で、彼女が持っていた紙袋に残っている物と同じなのが、寂しいようでまた嬉しくも思える。

「ありがとう。でも、俺の分は良かったのに」
「だって、みんなと一緒に渡さないと変でしょ。それにこれは、日頃の感謝の気持ちだから」

義理なんて…とは思っても、彼女にしてみれば後者が本音なのだろう。
なのにどこか俺の物だけ特別な何かがあるんじゃないかと箱をひっくり返して見たりするのは、やはりどこかが侵されているのかもしれない。

「ちゃんと、感謝してるのか?」
「何よぉ、失礼な。感謝してるわよ」

唇を尖らせて抗議する祐里香が愛おしくて、つい社内だということを忘れて手を握り締める。
細くて繊細で、強く握り締めたら折れてしまいそうなくらい。
驚いた彼女は咄嗟に小さく声を発したが、ほんの一瞬だけ握り返してくれたことに胸の痞(つか)えが少しだけ取れた気がした。

「今夜、遅くなりそう?」
「そうだな。そんなには、遅くならないと思うけど」
「なら、先に帰って待ってるわね。航貴の好きなクリームシチュー、作っておくから」

アレ(・・)には初めどうなることかと思ったが、俺の指導が良かったのだろう。
いや、そういうことにしておいて欲しい。
彼女の料理の腕前はかなり上達したようで、冬場は温かいクリームシチューが特に気に入っていた。
俺のために…そう思ったら、飛び上がらんばかりの嬉しさで一杯になる。
何て、単純なんだ。

「なるべく、早く帰るよ」
「うん。チョコレートも昨日、一生懸命作ったから」

「早く帰って来てね」と言って出て行こうとした祐里香の離れようとしていた手を、咄嗟に握り返して自分の方へ引き寄せる。
ここがどこかなんてことは、今の俺には関係なかった。
ただ、彼女の形のいいピンク色の唇を奪いたかった、それだけ。

真っ赤に頬を染めた彼女の唇は、まだ食べていない本命チョコより甘いような気がした。


To be continued...


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