プリンな彼女
恋すれば

※ このお話は、『永遠の恋』story10と重なっています。

あたしはお風呂から上がって髪を乾かしている時、携帯が鳴り出した。
この着メロは、航貴のもの。

「もしもし、航貴?」
『祐里香、俺だけど今話しても平気か?』
「うん」
『何してたんだ?』
「何ってお風呂入って、髪を乾かしていたところ」
『そっか、ちゃんと乾かしたのか?』

『風邪ひくぞ』って、子供じゃないんだからと思っても、彼はこんなことでも気に掛けてくれる。

「大丈夫、もうほとんど乾いてるし。ところで、航貴は何してたの?」
『俺?俺は、今帰って来たところだから』
「そうなの?」

時計を見れば、23時になろうとしているところ。
こんな時間まで残業していたとは、航貴も疲れているはずだろう。
なのに、こうやって電話を掛けてくるなんて。

「もう、電話なんていいから。食事は?」
『会社で食べて来た。それより、祐里香の声が聞きたくて』

───あぁ、もうっ。
どうしてそういうこと、恥ずかしげもなく言ってくれるわけ?

「そういうの、恥ずかしいからやめてよ」
『ほんとのことだし。会社で顔は見られても、ゆっくり話もできないからな』
「そうだけど…」
『そうそう、今度の週末何か予定入ってるか?』
「週末?別に何もないけど」
『じゃあ、デートしよう』
「デート?」

そう言えば、航貴と付き合い始めてそこそこ日は経つが、まだ一度もデートらしいデートはしたことがなかったかも。
と言うのも航貴の仕事が忙しくて土日に出勤することも多かったから、そういう機会もなかったし。

『嫌?』
「そんなことないけど。航貴、休み取れるの?」
『あぁ、仕事の方もやっと落ち着いてきたからさ。祐里香とゆっくりどこかに出掛けたいなって思って』
「せっかくの休みなんだし、ゆっくりしたらいいのに」
『せっかくの休みだからこそ、祐里香と一緒にいたいんだ』

「航貴───」

航貴は、こんなふうにあたしへの気持ちを言葉にしてストレートにぶつけてくる。
それが恥ずかしいけど、やっぱり嬉しいって思う。
でもあたしは素直じゃないから、どうしてもそっけない態度をとってしまうのよね。
だから、航貴に似合う可愛い彼女にならなくっちゃって。

『祐里香の好きなところ、どこでも付き合ってやるよ。動物園でも水族館でもさ』
「何それ、お子様の行くとこばかりじゃない」

そりゃあ、動物園も水族館も大好きだけどっ。

『だって、お子様だろう?』
「うぅっ…」

前言撤回、やっぱり航貴はオレ様だわ。
絶対、可愛い彼女になんかなってやらないんだからっ。

「いいわよ無理しなくて、どうせあたしはお子様だもの。こんな彼女とデートしたって航貴、おもしろくないでしょう?」

つい、こんな憎まれ口を叩いてしまう。

『怒ったのか?』

あたしの口調を聞いて、航貴は怒ったと思ったようだ。
───怒ってるのとは違うけど、やっぱりこんなあたしなんかが航貴と付き合うっていうのが間違ってるんじゃないかって…。

『祐里香?ごめん。怒ったんだったら、謝るから』
「別に怒ってなんか…ないけど」

『本当か?』って、少し安心したような航貴の声。
こんな言い方するつもりじゃなかったのに、どうしても口が勝手にしゃべってしまう。
航貴を傷つけてるって、わかってるんだけど。

「あたしこそ、ごめんね。あんな言い方して。なんか、航貴にはあたしみたいな子供っぽい子じゃなくって、もっと大人な彼女が似合うんじゃないかなって」
『そんなこと思ってたのか?俺は何とも思ってないし、誰でもないそういう祐里香が好きなんだから』
「う…ん」
『ほら、そんな暗い声出さないで、いつもの元気な声聞かせてくれよ』
「わかった。じゃあ、新しくできた水族館に行ってもいい?」
『あぁ、いいよ』
「うん」

あたしは、電話を切ってからも暫く自分の言ったことを後悔していた。
───どうして、あんなふうに航貴を困らせちゃうのかな…。
ほんとに彼女失格よね。

+++

「稲葉君、ちょっと付き合わないかい?」

今日も残業かと半ば諦めモードでさっき祐里香を見送った航貴にそう声を掛けたのは、直属の上司である小山だった。

「いえ、まだやらなければならないことがありますから」
「今の君では、いくら残っても仕事は捗(はかど)らないと思うよ」

『上司命令だからね』と言われて断ることもできず、航貴はそこで仕事に区切りをつけると小山と共に会社を後にした。
二人が入った店は、会社の近くにあるいわゆる飲み屋という感じのところで、まったくもって小山には似合わないと思うのだけど、本人いわくしゃれた店は性に合わないのだそうだ。

「ビールでいいかい?」
「はい」

小山が、生の大を2つと適当に見繕った料理を頼む。
爽やかでカッコ良くて、仕事もデキル上に何でもスマートに決めてしまう小山は課長と言っても歳は航貴と3歳しか離れていない。
上司というよりは、兄貴という感じだろうか?
特に祐里香から真紀とのことを聞いてからは、余計にそういう気持ちが強くなったように思う。

「まず、乾杯かな」

ビールのジョッキをカチンと合わせると、お互い半分くらい一気に飲み干した。

「で、どうしたんだい?新井さんと、何かあった?」
「え?どうして…」
「それは、君を見ていればわかるよ」

稲葉は苦笑を返すしかない。
小山には全てお見通しだったようだ。
一日冴えない顔をしている航貴を見て、小山はこれ以上仕事をしても捗るはずがないとこうやって飲みに誘ったのだ。

「俺、あいつを大事にしたいって思うんですけど、ついからかっちゃうんです。こっちは冗談で言ってるつもりなのにムキになって返してきて。それが、すごく可愛いっていうか」

実際、ものすごく可愛いと思う。
普段の綺麗で優しいお姉さんのように真紀に接している彼女も好きだが、自分の前でだけ見せるお子様な部分。
動物園や水族館が好きで、未だに好きな食べ物はプリンとか言っちゃうところも。

「でも、本人はそれをすごく気にしてて、そういう自分が俺には合わないんじゃないかって。俺、そういうの全然気付かなかったから」
「そっか」

小山は短く言うと残りのビールを飲み干して、通りかかった店員に同じものを追加する。
航貴と祐里香が新人で配属された時からよく知っていて、二人は初めから仲がいいというか、本人達はまったくそんなつもりはなかったようだけど、それでも航貴の気持ちには気付いていた。
祐里香は本当に綺麗な子だなというのが第一印象で、航貴は男の小山から見てもいい男。
どう見ても、お似合いのカップルだった。
なのにお互い素直になれず、思っていることと正反対のことを口にしてしまう。
さっき航貴が言っていたように祐里香をからかうとムキになって返してきて、それが可愛いというのは彼でなくてもそう思っているだろう。
現に小山もその一人なのだから、おっとこれは真紀には内緒だけど。
早く二人がくっ付けばいいとは小山も思っていたが、これがなかなかそうはいかない。
結ばれたと聞いた時はやっとかと思ったけれど、祐里香が自分は航貴には似合わないと悩んでいたと言うのが小山には信じられなかった。
祐里香を見て、間違いなく10人中10人が綺麗だと答えるだろう。
なのに全然自分のことをそんなふうに思っていない、そういうところも彼女の魅力なのだと小山は思っていた。
単なる同僚の時は何とも思わないことが、恋人同士になってしまうと自分は本当に相手に相応しいのかどうか?全てが不安に思えてくるのだから。
好きという気持ちだけではどうにもならないことが、もどかしい。

「君がそういう顔をしてることが、余計に彼女を不安にさせてるんじゃないのかな。誰よりも敏感な彼女のことだから、きっと気付いてると思うよ」

小山に言われて、航貴はハッとした。
言葉では伝えてもこんな顔をしていたら、祐里香をより不安にさせてしまうなどとは考えもしなかった。

「そうですね。課長の言う通りだと思います。あいつのことを全部受け止めてるんだって言葉では言ってても、これじゃあ意味ないですね」
「そうだよ。君がしっかりしないで、どうするんだい。やっと想いが通じたんだから」
「はい」
「まっ、悩んでても始まらないし。今日は僕の奢り」

『飲もう』、小山の言葉が正直嬉しかった。
こうやって仕事以外でも気に掛けてくれる。
辛い経験を乗り越えて真紀との新しい恋を手にした小山は、もう昔の臆病な彼ではない。
そんな上司に尊敬と憧れを抱きつつ、航貴は祐里香の不安をどうしたら少しでも解消できるのか、自分の祐里香への想いを伝えられるのか…。
いつも明るくて元気で口では強がってばかりいるけど、本当は人一倍繊細な心の持ち主で、そして相手のことばかり考えて。

そんな、祐里香が愛しくて───。

きっと、今頃も家で自分を責めているに違いない。
後で電話して、これでもかってくらいの愛の言葉を口にしよう。
彼女のことだから『もうっ、恥ずかしいからやめてっ』って顔を真っ赤にしながら言うに決まってるけどな。
わかりやすいというか、何というか…。
祐里香のことを考えると自然と笑みがこぼれる
ずっとこの想いは変わらなかったけど、気持ちが通じた今はもっともっとその想いが深くなったようだ。
自分でも嵌ってるって思う、いやこれはもう完全に虜だな。

+++

土曜日の午前中、今日は航貴とのデートのためにあたしは待ち合わせの駅に来ていた。
約束の時間より30分も早く着いてしまい、近くにあるショップをブラブラと見て歩く。
この駅は、いつも電車で通り過ぎるだけで降りたことはなかったから、まさかこんなに開発が進んですごいことになっていたとは知らなかった。
見るものが珍しくて、つい時間を忘れてしまう。
───あっと、航貴のことを忘れてしまったわけではないんだけど。
航貴のことだから約束の時間より絶対早く来てるはず、あたしが待ち合わせの改札に戻った時にはギリギリだった。

「ごめんね。航貴、遅くなって」

案の定、航貴は待っていたけど、あたしが予想を反して駅の改札から出て来なかったことに少し驚いた様子。

「いや、そんなことないけど。祐里香、どこかに寄ってたのか?」
「ううん、早く来過ぎちゃってその辺ちょこっと探検してた」
「そっか」

航貴は微笑むと、いつものようにあたしの手を握って歩き出す。
さり気ない仕草なんだけど、これがどうしても慣れないのよ。

「何?」

歩きながら、航貴はチラチラとあたしの方を見てる。
───どこか、変なのかしら…。

「そうじゃなくて。今日の祐里香は、いつも以上に可愛いなって」
「ちょっ、何からかってんのよ!」

真面目な顔で言うから、こっちも対応に困ってしまう。
そりゃあ、デートだもの。
それに、色々あったしね。

航貴が今日のデートの誘いの電話を掛けて来た時、彼が言ったお子様って一言にあたしはつい言ってはいけないことを口にてしまった。
それは自分が一番わかっていたことなんだけど、そんなあたしはやっぱり航貴には合わないような気がして。
そのせいで、航貴を悩ませる結果になってしまって…。
だから、今日は航貴好みの膝小僧が少し出るくらいの透ける素材のボレロを羽織ったキャミソールワンピなんて、普段のあたしなら絶対着ないような格好で今ここにいる。

「からかってなんかないよ、ほんと可愛い。だけど、ちょっと露出し過ぎだな。俺だけならいいけど、他の男に見せるのはなぁ」

航貴もさすがに今日の彼女には参った。
まさか、こんな姿で現れるとは思ってもみなかったからだ。
早く着いたから探検してたと言っていたが、よく変な男に連れて行かれなかったものだと思う。
綺麗な顔はともかくとして、会社ではあまり体の線が出ない服装ばかりだから本当の彼女を知っているのは航貴だけと言ってもいい。
出るところは出ていて締まるところはきゅっと締まっているという、まさに理想の体型。
それが、今日の服装では丸わかり。
彼女のことだから、航貴のためにそうしたに違いないと思うと(いや、思いたい)ものすごく嬉しいのは事実だが、それを自分以外の男にも見せてしまうのが許せない。
こんなに可愛い彼女がいるんだぞと知らしめたい半面、自分だけの彼女でいて欲しい。
なんと我侭なのだろうと思うけれど、これが男というものだろう。

「航貴ったら、何言ってるのよ。あたしのことなんて、誰も見るわけないじゃない」

真顔で言うから始末が悪い。
現に航貴はさっきから、痛いほど男の視線を浴びていると言うのに…。
…この可愛いお姫様は、てんで自分のことをわかっていない───。
そんなことを思いながら歩いて行くと目的の水族館に到着した。
水族館や動物園好きの彼女のことをお子様などと言ってしまったが、今時は子供よりもカップルの方が多いのかもしれない。
ロマンチックな演出も薄暗いシチュエーションも、恋人同士には格好のデートスポットなのだろう。
見るもの(魚しかいないけれど)全てが彼女にとっては魅力的なのか、興奮気味に話しながら目を輝かせている。
そんな祐里香を見つめながら航貴は握っていた手を解くと彼女の腰に腕を回して、自分の方に密着させた。
一瞬驚いた彼女だったが、素直に航貴に体を預けるようにして肩に頭を凭れさせる。
…今日の祐里香は素直だな。
微かに花のようないい香りが、航貴の鼻をついた。
ここが誰もいない場所だったら、有無も言わさず押し倒すところだろう。

「航貴、ごめんね」

突然の謝罪に不安が過ぎる。

「どうして、祐里香が謝るんだ?」
「だって、あたし航貴に迷惑ばかりかけてるから」
「迷惑?」

迷惑と言われても、航貴にはその意味がよく理解できない。

「うん。あたしが、もう少し大人で素直だったら───」
「言ったろ?俺は今ここにいる飾らない祐里香が好きなんだって」

航貴はあたしの言葉を遮るように言葉を発した。
何度となくこの言葉は聞いているけれど、どうしてもそれは航貴の優しさなんだって思ってしまう。

「そういう意味では俺こそ、ごめんだな」
「それこそ、どうして航貴が謝るの?」
「いっつも、祐里香を不安にさせてるから」

小山にも言われたが、航貴は思っていることがすぐ言葉にも表情に出てしまう。
それが、祐里香を不安にさせているのだということも。

「俺は、誰よりも祐里香を愛してるから。祐里香には、いつでも俺の隣で笑っていて欲しいんだ」
「航貴…」

この言葉に嘘はない、それだけはあたしにもわかるから、余計なことは考えずに航貴のことだけを想えばいい。

「今のめちゃめちゃ可愛い祐里香に俺、もう我慢できないんだけど」
「はぁ?こんなところで、そういうこと平気で言わないでよ!」

恥ずかしくて赤くなってるであろうあたしは航貴の元を離れようとしたけれど、しっかりと抱きしめられていて身動きがとれない。

「祐里香、耳まで赤くなってる。可愛い」

チュッって、耳たぶにキスされた。
───うぅぅ、そういうこと、公衆の面前でやらないでよ…。
なんて、あたしの言葉など届くはずもなく…航貴は終始笑顔のままべったりとくっ付いて離れなかった。


To be continued...


←お話を気に入っていただけましたら、ポちっと押していただけるともしかして…。


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福助

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