「真紀ちゃん、何見てるの?」
お昼休みが終わりに近づいた頃、祐里香がロッカールームに入ると何やら真紀ちゃんが真剣に雑誌を読んでいる。
───何か面白いことでも、書いてあるのかしら?
そう言えば、前にもこんなことがあったわねぇ。
あの時は確か、真紀ちゃんが小山課長の誕生日プレゼントを選んでたんだったわ、告白するんだって。
あたしも、まさか相手が課長だなんて知らなかったから、まぁ色々言っちゃったんだけど…。
ボコボコにするとかねぇ…。
「今度、旅行に行こうと思うんですけど、どこにしていいか迷ってしまって。海外も魅力的ですよね」
「近場なら、行けそうですし」と雑誌に真剣に目を落とす、真紀ちゃん。
「旅行?」
「課長と?」と周りにちらっと目を向けてから耳元で囁くように言うと、真紀ちゃんったら頬をピンク色に染めて「そうなんですぅ」って。
───キャーっ、可愛いわぁ。
課長ったら、やるわねぇ。
でも、真紀ちゃんは家族と一緒に住んでるのよね?旅行ってことはお泊り、確かご両親は厳しいって言ってたから…。
海外もとか言ってたし、そっかぁ。
ということはもう、そういう話にまでなってるってことかしら。
課長も、いい年齢だもんね。
「何々?もう、そういう話にまでなってるってこと?」
「えっ、あっはい」
恥ずかしいのか、俯いてしまった真紀。
───やだぁ、真紀ちゃんったら照れちゃってぇ。
「で、いつ頃になりそうなの?予定では」
「えっと、来月あたりで」
「来月?!これはまた、随分と急な話ねぇ」
───いきなり、来月とは随分急な話ね。
「あっ!」と声を上げると突然、祐里香が真紀のお腹辺りをジロジロ見始めた。
もしかして、もしかすると…。
目立たないうちにって、ことかしら。
体調も良さそうだし、全然気付かなかったわぁ。
「ねぇ、どうして言ってくれなかったの?航貴は課長から聞いてるのかしら、全然そんな素振りは見せてなかったけど。ってことは、真紀ちゃんもやっぱり辞めちゃうのよねぇ」
「寂しいから、産休にしたら?今は女性も仕事を続けないと」と一人ゴチている祐里香。
…『えっ、産休?!』
祐里香さん…どうも、話が噛み合わないと思ったら…。
「あの…祐里香さん。何か、勘違いをして…」
「いいのよ。で、予定日はいつ?」
「お祝いしなきゃ」と、ちっとも真紀ちゃんの話なんか聞いちゃあいない祐里香。
…祐里香さんったら。
「私は産休も取りませんし、会社も辞めませんよ?」
───産休も取らない?会社も辞めない?
じゃあ、来月っていうのは?
「え?じゃあ、来月っていうのは?」
「旅行に行く日のことですよ」
「結婚式の日取りじゃないの?」
「ちっ、違いますってぇ」と顔の前でブルブルと手を振る真紀ちゃんにキッパリ否定されて、思いっきり祐里香の勘違いだということがわかる。
───だってぇ、てっきりそうなのかと思ったんだもん。
「何だぁ」と、かなりガッカリした表情で祐里香は真紀の隣に腰掛ける。
「そういうことになったとしたら、真っ先に祐里香さんに言いますよ」
「ほら、真紀ちゃんは家族と一緒に住んでるって言うから。旅行って、もちろん泊まりでしょ?てっきりそうなのかなって」
「そこなんですよ」
『ん?』どうしたのかしら、真紀ちゃん。
急に暗い顔に変わってしまったけれど、何かあったのかしら?
課長との旅行に何か問題でも…。
「どうかした?」
「実は両親にまだ言っていなくて、男の人と二人で旅行に行くなんて言ったら…」
「女友達と旅行に行くって、嘘をつくしかないですよねぇ。上手く言えるかどうか」と沈んだ声で話す真紀ちゃん。
───あぁ、やっぱり。
まだまだ、ご両親も心配よねぇ。
だけど、相手は課長だから、もちろんそこはきちんと考えての今回の旅行を決めたんだと思うけど。
「課長は?話してないの?」
「大丈夫って、言っちゃったんです」
「きっと気にしてると思ったので」と話す真紀ちゃんの気持ちもよくわかる。
課長は真剣に付き合ってると思うけど、だからこそこういう時に晩熟になったり道理をきちんと踏もうとするに決まってる。
勤め先の上司である以上、その気持ちもわからないでもないが、もうお互いいい大人なんだし、そこまで親に気を使うのも…。
「わかった。そういうことなら、あたしが協力してあげる。ご両親には、あたしと一緒に行くって言っていいから。もしもの時は、口裏を合わせてあげるからね」
「いいんですか?」
真紀ちゃんは、さっきまでの沈んだ表情から微かに漏れる微笑に変わる。
「いいわよ。これで、あたしも」
「えっ?」
「うっ、ううん。こっちの話。大丈夫、任せて。旅行楽しんできてね」
「お土産、待ってるから」と祐里香が付け加えると、「はい、もちろん」とバラが咲いたような満面の笑みを浮かべる真紀ちゃん。
───これで、航貴も『じゃあ、俺達も』とか言ってくれるんじゃない?
絶対、言わせるわよ。
旅行、旅行。
どこに行こうかしらんっ。
後で、真紀ちゃんに雑誌見せてもらおうっと。
何だか妙に嬉しそうな祐里香に真紀ちゃんは首を傾げていたが、それでもこれで彼と旅行に行くことができる。
両親にはちょっと悪い気もするけど…今回だけは許してもらおう。
+++
「ねぇ、航貴。真紀ちゃんと課長ねぇ、来月二人で旅行に行くんですって」
「へぇ」
───たった、それだけ?
あまりに素っ気ない航貴の反応に、祐里香は溜め息しか出てこない。
そりゃあ、誰が旅行に行こうと構わないかもしれないけど、もう少し合わせてくれたって。
「函館で夜景を二人で見るのよ?ロマンティックよねぇ」
「ほぉ」
部屋でごろんと横になって人の話も上の空で真剣に何をしているのかと思えば、弟の永遠(えいと)にもらった脳を鍛えるとかいうゲーム。
───まったく、ジジイなんだからっ。
だいいち、永遠(えいと)も航貴にこんなものを渡すから。
「もうっ、聞いてるの?」
「聞いてるよ。何かを見るって」
「何かじゃなくって、夜景よ!!や・け・い」
───全然、聞いてないんだから。
だいたい、あの時。
『夜景の綺麗な場所でプロポーズされるのが夢だったの』ってあたしが言ったら、『本番は祐里香の望み通り、夜景の綺麗な場所でするから』なんて、カッコいいこと言ったクセにぃ。
ちぃ〜っとも、覚えてないじゃない。
『じゃあ、俺達は香港の夜景かな』くらい言ってくれたって、バチはあたらないわよ。
あたしは、ずっと待ってるのに…。
どうなってんのよ、あんまり待たされたら、おばあさんになっちゃうじゃない。
「何、怒ってんだ?」
「航貴が、いけないんでしょ」
「おい、祐里香?」
「知らない。ぜいぜい、ボケないようにすることね」
「ふんっだ」と背を向けて、無心に無限プチプチを押し捲っている祐里香。
…ちょっと、怖いな。
何をそんなに怒らせたのか、航貴は体を起こして胡坐を掻くと、ゆっくりさかのぼって思い出してみる。
夜景とか言ってたよな。
そして、課長と山本さんが旅行に…えっと、函館に。
『あっ』
…ヤバイかも。
彼女の夢を叶えるようなプロポーズするって言ったことを忘れていたわけじゃない。
いや、むしろ、いつもそのことを頭に置いていたはずなのに。
こういう、肝心な時に上の空だったとは。
「祐里香、ごめん」
「待たせて」と背後から包み込むように抱きしめたが、相変わらずプチプチを押し捲ってる。
祐里香だって、航貴の気持ちがわかっているのについついこんな態度を取ってしまう自分が嫌なのだ。
「ちゃんと考えてるから。言葉だけじゃ、信じてもらえないかもしれないけど」
「うん」
「わかってるの。でも、真紀ちゃんと課長が、ちょっぴり羨ましくって。ごめんね」と小さな声で、これが彼女の本音だったのだろう。
プチプチを持っている彼女の細い手に航貴はそっとくちづける。
「あっ、忘れてた。祐里香の好きなプリン買ってたんだけど、食べる?」
「プリンで釣るんだ」
「そういうわけじゃないんだけど…」
ワザと嫌味っぽい言い方で返した祐里香だったが、口元は緩んでる。
───プリンには弱いのよ。
航貴にも。
そして、いつか夜景の綺麗な場所で。
To be continued...
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