「先生?」
「なんだい、千春ちゃん」
掃除を終えて綺麗に片付いた部屋の中で、先生と千春はいつものように休日のまったりした時間を過ごしていたのだが…。
「来週の木曜日は、何の日か覚えてますか?」
「木曜日?」
木曜日木曜日…。
机の上に置いてあったカレンダーを見ても、特に何も書いていない。
はて、何の日だったかな???
一向に思い出せない先生に、千春は段々イライラしてくる。
こんな大事な日を覚えていないなんて…。
「先生、思い出せないんですか?」
「う〜ん、ごめん。何の日だっけ」
髪を掻き上げながら、申し訳なさそうに言う先生。
千春の表情からして、きっと大事な日なのだと思うが、どうにもこういうことにはうといわけで…。
「もう、いいですっ」
大きな声と共に勢いよく立ち上がった千春に驚いた先生。
「千春ちゃん、どこに行くの?」
「帰ります!」
「帰るって、今来たばかりなのに?」
という先生の言葉など聞き入れる間もなく、千春は部屋を出て行ってしまった。
ガッチャン―――
扉の閉まる音だけが、室内に響いていた。
◇
「千春、先生と何かあったのか?」
千春が部屋にこもっていると、扉をノックして中に入って来たのは兄の誠一だった。
多分、先生からメールでも来たのだろう。
千春は、携帯の電源を切ってしまっていたから繋がらなかったはず。
「別に」
「別にってことは、ないだろ?先生、千春の携帯に電話してもメールを出しても反応がないから、困って俺のところに連絡してきたんだ」
先生からメールをもらって誠一が電話を掛けたところ、ものすごい慌てっぷりの先生に何事かと問い詰めたら、千春が急に部屋を出て行ってしまったと言う話。
ふて腐れたようにベットに横になったままの千春に、誠一もさっぱり状況がわからない様子。
「だってぇ…」
「だって?」
「先生ったら、今度の木曜日は何の日か覚えてないって言うんだもん」
「木曜日?」
まぁ、誠一にはわからなくても当然のことだったが、先生にだけは覚えていて欲しかった。
誠一は、ベットの端に腰掛けると千春の頭を優しく撫でる。
こうやって兄は、千春の機嫌が悪かったり、ふて腐れたりすると頭を撫でてくれた。
それが心地よくて、千春は落ち着くことができたのだった。
「で、木曜日は何の日なんだ?」
「うん」
千春は、体を起こして兄の隣に座ると話し始めた。
「あのね。今度の木曜日は、1年前に先生が好きって言ってくれた日なの」
ちょうど1年前の今頃、千春がサッカーの試合を観戦中に足を怪我してしまい、サッカー部副顧問だった先生が気遣って毎日学校まで車で送り迎えをしてくれていた。
そして、送り迎えが最後になった日に自分の気持ちに気付いた千春が遠まわしに想いを告げると同じ気持ちだった先生が、『好きだよ、千春ちゃん』と言ってくれたのだ。
ちょうど今度の木曜日が、その日から1年目にあたる。
千春にとっては特別な日だったのに…先生は、覚えていてくれなかったなんて…。
「そっか。もう、1年なんだ」
妹の千春と先生が、恋人同士になった日からもう1年になろうとしていた。
誠一が先生の想いを知ってから、5年の歳月が流れていたなんて…。
確かに千春にとっては大事な日かもしれないが、先生にとってはその想いが通じるまでのとても長い道のりだったに違いない。
「実は、俺も麻奈に怒られたんだよな」
「え?」
「あいつは結構細かくて、付き合い始めて1ヵ月だったかな?『明日は、何の日か覚えてる?』とか言われてさ。千春ならわかるだろ?俺の性格。そんなこと、いちいち覚えてないんだよな。そうしたら、めちゃめちゃ怒ってさ。喧嘩なんてもんじゃない、『誠一なんて、知らない。別れるっ!』だもんな」
―――あの、麻奈さんが?
千春も文化祭で初めて誠一の彼女である麻奈さんに会ったのだが、ものすごく綺麗な人で落ち着いてて、とてもそんなふうに感情的になるような人には見えなかった。
その彼女が、たった1ヵ月で別れるとまで言うなんて…。
「で、兄貴はどうしたの?」
「俺?もう、ひたすら謝った」
「兄貴らしい」
「だろう?」
苦笑する誠一だったが、こういうところが兄貴らしいというかなんというか…。
とにかく、麻奈には頭が上がらないのだ。
「まぁ、女の子はそういうの気にするのかもしれないけどさ、男なんてものはいちいち付き合って何日目だとか、そんなこと覚えてないんだよ。俺の場合、麻奈のことを落とすのにだいぶ時間がかかったからさ、それ以前の問題なんだよな」
―――そうだった…。
兄貴は高等部の同級生だった麻奈さんをずっと好きで、何度も告白したけれどその度に断られたって…。
どうも、後で聞いてみると本気だと思われていなかったよう。
プレイボーイの兄貴を見れば、誰だってそう思うわよね。
「先生も同じだと思うんだ」
「先生も?」
「そう。先生は千春のこと、俺が麻奈を想うよりずっとずっと長い間好きだったんだ。1年やそこらで、区切りをつけられるようなことじゃないんだよ」
―――兄貴の言う通りかもしれない。
あたしにとっては1年かもしれないけど、先生にとってはそれ以前のもっともっと長い月日があったのに…。
「許してやったら?今頃先生、この世の終わりくらい落ち込んでるぞ」
千春には誠一の言ったことが、目に浮かぶようだった。
「うん。あたし、先生に謝らないと」
「可愛い妹のためだ。それに先生もな」
「俺が、送ってやるよ」ともう一度、誠一は千春の頭を撫でて、最近父に買ってもらった新車で先生のアパートまで送ってくれた。
◇
「千春ちゃん―――」
再びアパートを訪ねると、まさか戻って来るとは思っていなかったのだろう。
千春が出て行く時と同じくらい、先生はとても驚いた様子。
「先生、ごめんなさい」
「いいんだよ、さぁ中に入って。ところで千春ちゃん、一人で来たのかい?」
「いえ、兄貴に送ってもらいました」
「誠一君に?そっか」
先生は、千春の肩に手を掛けてソファーに座るように促すと二人並んで腰を下ろす。
「ごめんなさい。先生」
「ううん。僕こそ千春ちゃんにとって大事な日を忘れていたんだから、ごめんね」
「先生は悪くないんです。あたしが、先生の気持ちとか考えてなくて…。兄貴に言われてわかりました」
「誠一君に?」
「はい。先生の想いは、一年やそこらで区切りをつけられるようなことじゃないんだって」
「誠一君、そんなことを」
誠一にだけは自分の千春に対する想いを話していたから、全部わかっていたのかもしれない。
「兄貴も、麻奈さんに同じことを言われたって」
「そうなんだ。で、誠一君はどうやって麻奈さんに許してもらったんだい?」
―――ウフフ。
先生も、あたしと同じことを思ったのね。
「それが」
「それが?」
「ひたすら、謝ったんですって」
「誠一君らしいね」
「はい」
これまた、千春の言ったことと同じことを先生が言ったので、つい可笑しくて吹き出してしまった。
好きって言ってもらえた日からどれくらい月日が経ったということよりも、これからいつまでも先生と一緒にいられることの方がずっと大切。
先生のことが好きという気持ちには、変わらないんだから。
「先生」
「なんだい?千春ちゃん」
「好きです。晃一郎が、大好きです」
千春の言葉にぽっかりと口を開けたまま、固まってしまった先生。
でも、段々と嬉しさが込み上げてきて…。
「うわぁっ、先生っ」
「千春ちゃんっ。僕も千春ちゃんが、大好きだよ」
「わかっ…てます。…っん…ぁっ…せ…ん…せっ…っ…」
先生は、ソファーに千春を押し倒すと唇を塞ぐ。
それは息ができないくらいに激しくて、先生の情熱が伝わってくるよう。
千春が怒って部屋を出てしまった後の先生は、部屋の中をグルグルと歩き回って何度も溜め息を吐いていた。
携帯に電話を掛けても電源を切られているのか繋がらないし、メールを送っても返事は返ってこない。
誠一が言っていたように、まさしくこの世の終わりが来たのではないかというくらいの落ち込みようだったのだ。
本当は誠一に助けを求めるのは申し訳ないと思いつつも、頼る相手が他にはなくてメールを送ったのだが、こうやってわざわざ謝りに来てくれるなんて…。
「千春ちゃん、愛してる。これからもずっと」
「先生、あたしも愛しています」
しかし、一度先生に火がついてしまったら、もう誰にも止められない。
「…あんっ…せ…ん…せっ…っ…」
「晃一郎でしょ?」
「こー…いちろー…やっ…ぁっ…ん…っ…」
「千春ちゃんがいけないんだよ。可愛いから」
「…だっ…てぇ…」
『こりゃぁ、今夜は戻らないな。でも、親父とお袋になんて言うかなぁ…』
外で待っていた誠一だったが、妹は今夜戻らないだろうとゆっくり車を走らせた。
END
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