「げっ、雨…」
そう言えば、今朝、出掛けにお母さんに『傘持って行きなさい』って言われたんだった。
慌ててたから、『うん』って返事だけして傘のことなんかすっかり忘れてた。
―――はぁ…あ。
今日に限って生徒会の総会があったから、知ってる友達ももう残っていない。
見れば結構な雨だし、バス停から家まではすぐだからなんとかなるけど、学校から駅までは10分ちょっと掛かるから濡れちゃうわよね。
仕方ないか…。
「西崎?」
あたしこと西崎 恵梨菜(にしざき えりな)は鞄を頭の上に載せて正に今走り出そうとした瞬間、聞き知った男子の声に呼び止められたが、振り返るとそこに居たのは同じクラスの佐伯
悠太(さえき ゆうた)だった。
実はさっきまで生徒会で一緒だったのだが、そのまま帰ろうとあたしは鞄を持って来ていたので、彼には会わなかったのだろう。
「どうしたんだ。傘、持ってないのか?」
「う…ん。朝、お母さんに言われたんだけど、急いでて忘れちゃった」
―――寝坊したのが、バレちゃったわね。
ペロッと舌なんか出して、可愛く見せてもダメかぁ…。
何だか、妙にバツが悪い。
「俺ので良かったら、貸すけど」
「え?いいよ。それじゃあ、佐伯が濡れちゃうでしょ?」
彼の手には、黒い傘が1本。
それをあたしに貸したりしたら、佐伯はどうやって帰るのよ。
「別に俺は濡れてもいいけど、女の子はマズイだろう?」
まぁ、確かに夏服に変わったばかりだから、ブラウス一枚で濡れたら下着が透けて見えちゃうしね。
この時間ともなれば、サラリーマンやOLさん達の帰宅ラッシュと重なって電車の中は込んでるだろうし。
「じゃあ、一緒に入ろう?」
別に他意なんかなくて、一番いい方法は二人で傘に入ることでしょ?
「いや…俺はいいんだけど…」
佐伯は多分、あたしが男子と1つの傘に入って歩くのが嫌だと思ったのだろう。
こんなところを誰かに見られたら、やっかみを言われるかもしれないが、相手があたしなら誰も文句を言わないと思う。
だって、ちっとも可愛くないもん。
「あたしのことなら気にしないで、佐伯がいいなら一緒に帰ろう」
佐伯は微笑みながら「うん」と頷くと、あたしの方に近付いて来て黒い傘を広げる。
彼とは中等部の時からこの学校に通っていたからずっと顔は知ってはいたけど、クラスが一緒になったのは高校に入って今回が始めてだった。
成績はいつも10番以内に入っていて、一年生ながらサッカー部のレギュラーにもなっている。
ここまで言えばだいたい想像つくと思うが、顔だって学校全体で5本の指に数えられるくらいカッコいい。
だけど、誰に対しても優しくて面白くて、こんなあたしにも普通に話し掛けてくれる。
「なぁ、西崎って付き合ってる奴とかいないのか?」
他愛もない話をしながらゆっくり歩いていると、いきなりの唐突な質問にあたしの脳はすぐには付いてこれない。
「何!?いきなり」
これだけ言うのが、精一杯だった。
だって、普通こんなことをこういうシチュエーションで言わないでしょう?
「いきなりでもないよ。前々から、聞こうと思ってたし」
マジに返されても困るけど、前々から聞こうと思ってたってどういう意味よ。
「どうせ、彼氏なんていないわよ。16年間彼氏なし、悪い?」
不意に口をついたのは、こんな台詞だった。
こういうところも可愛くないってわかってるんだけど、しょうがないでしょ?本当のことなんだから。
「そういう意味で聞いたんじゃないんだ。西崎可愛いし、もう付き合ってる奴がいるのかなってずっと気になってたから」
―――はぁ?誰が可愛いって…っていうか、ずっと気になってたからって何?
「佐伯って、お世辞が上手いのね。あたしなんて可愛くないし、それに気になってたってどういう意味?」
「もし、誰とも付き合ってないなら、俺と付き合ってくれないかな?」
「はっ…」
あたしは、その場に足を止めて佐伯を見上げる。
彼はあたしの頭一個分以上背が高かったから、見上げなければ顔を見ることができない。
傘からは止め処となく雫が滴り落ちていたけど、今、付き合って欲しいとかなんとか言わなかった?
「ダメかな」
―――ダメかなってねぇ…。
そんなこと、真顔で言わないでくれるかしら。
だいたいねぇ、何でこのあたしなわけ?
容姿だって十人並みだし、まぁ勉強は佐伯には敵わないけどそこそこできる方だとは思うけど。
でも、佐伯ほどの男なら何もあたしなんかと付き合わなくっても、選り取りみどりで可愛い子をGETできるでしょうに。
「何であたし?佐伯なら、もっと可愛い子が付き合ってくれるでしょ?」
「西崎なら、そう言うと思ったけどさ。でも、何で俺が部活でただでさえ忙しいってのに生徒会に入ったと思う?」
「それは、先生に指名されたからでしょ?」
生徒会はクラスから男女1名ずつ役員を選ぶのだが、あたしは何となく興味があって自分から立候補した。
でも、男子の方は立候補がいなくって、先生が佐伯を指名したのだった。
「指名されたって、やりたくなかったら断るよ」
「それは、佐伯がやりたかったからでしょ?」
「俺は西崎がやるって決まってたから、引き受けたんだ」
「はぁ?何それ」
つまり、佐伯は本当はやる気なんかなかったのだが、あたしがやるって決まってたから指名されて引き受けたというのか…。
「やっぱり、好きな子と少しでも一緒に居たいだろう?」
―――好きな子って…。
付き合って欲しいというくらいだから、あたしを好きなのは前提だろうけど、こう面と向かって言われるとものすごく恥ずかしい。
「そんなの、知らないわよ」
あたしは恥ずかしくって、スタスタと歩き出すと「濡れるぞ?」と佐伯は慌てて追い付いて、傘をあたしの方に向ける。
「俺と付き合うのは、嫌?」
「そういうこと、考えたことないから…」
佐伯のことは嫌いじゃない、むしろ好感を持っているというのが正しいと思う。
ただ、それが恋愛対象として好きかと問われれば、すぐには答えが出せないだろう。
「だったら、考えてみてくれないかな」
「そんなこと急に言われても…」
「俺、自信あるんだ。西崎が絶対、俺のこと好きになるって」
ここまで言われたら嫌って言えないけど、あたしが佐伯のことを好きになる自信があるってのが引っ掛かるわね。
「それって、すごい自惚れ」
「当たり前だよ。俺、西崎のことすっげぇ好きだもん。愛の力で絶対、好きにならせてみせるよ」
「愛の力って…」
ものすごく恥ずかしいこと平気で言ってるんだけど、愛の力なんてあんまりおかしいことを言うから、思わず吹き出しちゃったじゃない。
そんなあたしに気を良くした佐伯も笑い出した。
あぁ、この人ってこんなふうに笑うのね、なんて今頃気付いたりして。
だけど、付き合うってどういう感じなんだろう?
高校生なんだし、そういうことがあってもおかしくはないんだろうけど、あたしにはまだ早過ぎるんじゃないかなって思う自分もいるのは確か。
本当ならこんなにカッコいい彼氏ができれば、言うことないんだけどね。
「…ちょっ佐伯、濡れるわよ?」
佐伯はあたしの手に黒い傘を握らせると「今度雨が降った時、それ持って来て。また、一緒に帰ろう」と鞄を頭に乗せて走って行ってしまった。
―――もうっ、佐伯ったらぁ。
でも、また一緒に帰ろうって…。
さっき傘を忘れた時はどうしようって思ったけど、実は忘れて正解だったのかも?!
な〜んて楽天的な考えのあたしって、どうなの?
To be continued...
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短くてすみません…。
お名前提供:西崎 恵梨菜(Erina Nishizaki)&佐伯 悠太(Yuuta Saeki) … mai さま
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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