「ねぇ、大丈夫?しっかりしてよ」
「ちっとも大丈夫じゃない…」
「何よ。国民的俳優が、インフルエンザごときで弱音を吐くなんて」と昨日まで39度近い熱にうなされ精神的にも弱っている最愛の彼氏である大和に向かって未来の言葉は結構きつい。
幸い薬が効いてすぐに熱は37度台まで下がったが、まだ頭痛と体のだるさは残っているようだ。
「普段、熱なんて出さないから。それにクリスマスだってのにベッドの中なんてっ。まっ、俺はキリスト教ではないけどさ」
聖夜をこんな形で過ごすことになったのも残念でたまらないのだが、そこへきて愛する未来はなぜか冷たい。
「サンタさんも今年ばかりはプレゼントじゃなくって、試練を置いていったのかも」
「何で、俺だけ試練?」
恋人達が愛を確かめ合う日に限って。
「いいじゃない。毎日忙しく働いていたんだもの。本当なら、今夜だって仕事だったんだから」
おかげでと言っちゃあなんだが、こうして一緒に過ごせるのだから。
それに未来だって、強がりを言っているがひどく辛そうにしている大和を誠心誠意介抱してあげたいのは山々、だけど絶対調子に乗るのは目に見えている。
「そうだけどさ」
「ほら、もう寝た方がいいわよ?いい子にしてないと、サンタさんはプレゼントをくれないんだから」
「子供扱いして」とブツブツ言いながら大和は瞼を閉じる。
しかし、すぐにパッチリ目を開けると「帰ったりしないよな」何かにすがるような、そんな表情だ。
「さぁね」
「もういいよっ」
ふて腐れたように布団を頭まですっぽりカブって寝てしまった大和。
こういうところが、子供扱いしたくなる気持ちもわかって欲しい。
クリスマスはとんだことになってしまったが、この分なら年末の紅白歌合戦には元気な姿をファンに見てもらえるはず。
大河の主役も決まったことと、歌手としての大和をもっと幅広い年齢層の人達に知ってもらえるチャンスだから。
しかし、意外なことに今年が紅白初出場、何度となくオファーは来ていたが表向きはスケジュールの都合が合わないと言いつつ、本人があの独特な雰囲気に馴染めず、その気にならなかったというのが本音らしい。
それを今回引き受けたのは大河の主演もさることながら、未来の後押しも大きかっただろう。
年を締めくくる目玉として、最高瞬間視聴率の座は確実だ。
『クリスマスケーキも食べられなかったなんて』
大和の仕事の合間を縫って、二人でささやかなクリスマスパーティーをするつもりだったが、せっかく用意した未来お手製のブッシュ・ド・ノエルも手付かずのまま。
それより、早く元気になってもらう方が先だから。
『お粥じゃあかわいそうだけど、仕方ないわよね』
目が覚めたら、きっと『お腹空いた』と言うに決まってる。
それと、プレゼントも用意しておかないと。
お金で買えるものは全部、何だって手に入るような彼に一体、何を贈れば喜んでもらえるのだろう?
悩みに悩んで、未来手編みの帽子と景ちゃんに頼んで作ってもらった世界にたった一つのジーンズ。
きっと喜んでくれるはずと信じているけれど、果たしてどうだろう。
彼の穏やかな寝顔を見ていると、とてもスーパースターには見えないが、全てに於いて彼に敵う者は現段階ではいないと言っていい。
そんな素晴らしい人のマネージャーを勤められるだけでも幸せなのに、彼が選んだ唯一の女性が自分なんて…。
「あ…未来」
「起きたの?気分は?」
「すっきりした」
「良かった。今、温かいお茶を入れるから、その間に熱を測っておいてね」と未来はキッチンへ急ぐ。
顔色もいいし、さすが若いからか回復も早いようだ。
───プレゼント、気が付いてくれるかしら?
大和が眠っている間にそっと枕元に置いたプレゼント。
自分が子供の頃には両親が毎年クリスマス・イヴの夜に枕元に置いてくれたプレゼントを思い出す。
初めは真剣にサンタクロースがプレゼントしてくれたものだと疑わなかったが、大きくなるに連れてそれが両親からのプレゼントだったのだと。
それでも嬉しかったことに変わりないし、いつかは自分の子供にも、まさか彼氏に贈るとは思わなかったけれど。
「未来、サンタクロースがプレゼントをくれたみたいだぞ?」
「ほんとっ?いつの間に?」
「ずっと居たのに」と、さも気付かなかったと装う未来。
嬉しそうに子供みたいにはじゃぐ大和を見ていると、なんだか自分まで嬉しくなって、そして幸せな気持ちになる。
「いい子にしてたから、サンタさんも見てたのね」
「そうかな?」
「ねぇ、開けてみて」と未来が言うと大和は丁寧にリボンを解いて包装紙を開く。
「おっ、これ」
「K’s-1のジーンズじゃん。しかも、見たことないデザインだし」
全ての服をK’s-1で揃えていた大和には、一目でそれが既製品でないことを見抜いたのだろう。
「きっと、サンタさんが奮発してデザインしてくれたんじゃない?」
「あれ、こっちは」
もう一つの包みを開けるとニットの帽子が、それは手編みのように見える。
「サンタさんに頼んだの。私のプレゼントを大和君に届けてって」
「これ、未来の手編み?」
「下手くそで、ごめんね」と未来が言うと、大和は病み上がりとは思えないほどの笑顔を見せた。
未だ嘗て、これほどまでに嬉しいプレゼントをもらったことはあっただろうか?
彼女はいつも忙しい大和の側にいたし、その後も一人事務所へ帰って仕事をしていることも知っていた。
少ない時間を縫って自分のために編んでくれたこの帽子は、何よりも代えがたい素晴らしいプレゼント。
「ううん。すっげぇ嬉しい。ありがとう未来」
「どういたしまして」
やかんがピーピー音を立てて沸騰している。
未来は慌てて火を止めると、用意していた急須に注ぐ。
「似合うかな」と未来手編みの帽子をかぶって見せる大和、自己満足ではないが、思った以上に良く似合っていたのは彼がおしゃれだから。
「はい、お茶」
「ありがとう。なぁ、似合う?」
「うん。似合う」
お世辞にも上手いとは言えない手編みの帽子なのに喜ぶ彼に惚れない女性はいないだろう。
「ごめん、俺プレゼントを用意してなかった」
「いいのよ。大和君にそんな、暇も時間もないことくらい知ってるもの」
「はい、お茶」と大和の前に湯気が立つ湯のみを渡す未来。
本当は、彼女のために用意していたホワイトゴールドのクロスにさり気なく光るダイヤモンドが印象的なネックレス。
これは知り合いに頼んで作ってもらった、大和自身がデザインしたもの。
彼女が明日の朝、目覚めた時に気付いて欲しいから。
「お腹空いた」
「お粥作ったから、温めるわね」
「ついでにケーキも」とすっかり食欲を取り戻した大和。
聖なる夜はインフルエンザでとんだことになってしまったけれど、忘れられない日になったことは確か。
「あらっ、未来ちゃん。それ」
「大和君からのクリスマスプレゼント?」と目ざとく見つけたのは米澤さんだった。
END
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