Actor
福は内、鬼は外


都内某所。

時刻は午後14時を少し回ったところだが、どこで聞きつけたのか老若男女、平日にも関わらず年齢に関係なくものすごい人だかりに予想通りと関係者一同ほくそ笑む。
ゲリラ出没も考えたが、何か問題が起きて書類送検されてはたまらない、そういうところはさすがのS企画抜け目ない、既に警察の出動は要請済だ。

「キャァーっ!!吉原 大和。本物なのっ?」

黄色い声が響き渡る。
そう、目の前には今や押しも押されもしない国民的俳優&ミュージシャンとしても確固たる地位を築いた吉原 大和がいるからだ。
それも今日は節分、髪型こそ普段のままだったが、豆の入った枡を片手に紋付羽織袴姿は大河の主役である秀吉を髣髴とさせる男っぷりにオバサマ達はうっとりとその勇姿を携帯画像に収めていた。
このようなイベントに彼が参加するのは珍しいどころか、初めてのこと。
大豆をもっと食べて欲しいと、何とか協会からの要請に快く承諾したのは、なんと大和の方だったのだ。
今までなら絶対に断っていたであろうこのようなイベントをなぜ、率先して受けるようになったのか?
そこには未来の力が大きいことは言うまでもないが、彼が一回りも二回りも大きな男になったことを物語っているのかもしれない。

「では、吉原 大和さん。みなさんに福が来ますように」

女性司会者の甲高い声と共に大和と若いS企画イチオシの新人達、実はこの中に米澤の息子がいたとは誰も気付いていなかったが、一斉に豆をまく。
そうはいっても、集まった人達にしてみれば大和がまいたものをもらいたいに決まってる。
彼が投げた方に向かって、両手を伸ばした人だかりがあっちこっちと渦を巻いて移動する。
まるで、鯉に餌をやっている気分…思っても、顔はスマイル、スマイル。

「鬼は〜外、福は〜内」

大和自身、豆まきを最後にしたのは小学生の頃以来のこと。
やはり、日本の古き良き、こういう行事は後世に伝えなければいけないと思う。



「お疲れ様、寒かったでしょ」

未来が大和の前にミントティーの入ったカップを差し出した。
豆まきのイベントは1時間ほどで終了したが、2月の空はまだまだ鉛色で冬真っ只中、気温もかなり低く寒かったから、風邪をひいたりしたらと心配だ。

「サンキュー、でも結構楽しかった。たまには、こういうイベントも悪くないかも」

大和はミントティーをすすると、ふーっと息を吐いた。
未来がマネージャーをする前までは、忙しい中ではこんなふうに誰かが家でお茶を入れてくれることもなかったし、こんなふうに二人でゆったり過ごす時間もなかった。
付き合っていた彼女がいなかったわけではないが、やはり不規則な仕事柄、いて欲しい時にいてもらえないもどかしさに耐えることも多かったのだ。

「ところで、何、作ってるんだ」

未来がキッチンで、なにやら力をこめてギュっギュっと押している姿が目に飛び込んでくる。

「あっ、これ?恵方巻き」
「えほうまき?って、なんだ?!」

大和は立ち上がって未来のそばに行くと、えほうまきとはなんぞや?巻きすで巻いて海苔巻きを作っているように見えるが…。

「あれ、知らない?今は豆まきよりも、恵方巻きっていう太巻きを食べる人の方が多いんじゃないの?」
「俺はなんとか協会から頼まれて、大豆をもっと食べるように広める役割を担ってるのに。そういうこと言うか?」
「あ…そうだった。ごめん」

そうだった…。
すっかり忘れていた?わけでもないが、恵方巻きを作ることで頭がいっぱいだったから。
もちろん、豆もたくさんいただいたから、後で豆まきをするつもりではいるけれど。
果たしてどっちが鬼になるのやら。

「でも、腹減ったし、なんか美味そうだし。あっ、しいたけ入ってんの?俺、あんまり好きじゃないんだけど」

そういえば、大和はしいたけが入っているとそっと除けているのを見て見ぬフリをしていた未来。
とはいっても、縁起をかついで卵焼き、しいたけ、うなぎ、かんぴょう、でんぶ、きゅうり、高野豆腐の七福神にちなんで7種類の具を入れるんだから、今回は我慢して。

「しいたけは、体にいいんだから」
「そうだけどさ」

出来上がると未来は太さ5センチ、長さが20センチほどの太巻きを1本ずつ、お皿の上に載せた。

「さぁ、一気にいきましょう」
「一気にって、これマンマ食うのか?」

いくらなんでも、このままかぶりつくのはどうなのか。
恵方巻きの食べ方を知らない大和は首を傾げる。

「切っちゃダメなの。縁を切らないってね。で、恵方にむいて、今年は西南西ね」とテーブルの上に置いてあった方位磁石で西南西の方角を指差す未来。

「そして、願い事をしながら静かに黙々と食べるのよ。しゃべっちゃダメなんだから、運が逃げちゃうから」
「は?これを無言で食い続けるのか?」

結構、大変だろ。
それに二人で並んで食べてる姿を想像しただけでも笑えるし。

「そうよ?秀吉の家臣の堀尾 吉晴が節分の前日に巻き寿司のような物を食べて出陣し、戦いに大勝利を収めたっていう説もあるんだから」
「猿の家臣がねぇ。では、わしも勝利を願って食すとするか」

ソファーに二人並んで座ると太巻きを手に西南西の方角を向く。
「せーの」でかぶりついたものの、これを食べ尽くすのは至難の業に思えるのは未来だけではない。
大和でさえも途中でやめずに一気に食べるのは、特に無言とくれば笑いを堪えるのに必死で願い事どころではなさそうだ。
しかし、最後までやり通さなければ、願い事が叶わないのだから。
静かな沈黙の中、顔を見合わせることなく二人同じ方向を向いて恵方巻きをひたすら食べ続ける。
ここで誰か来たり、電話が鳴っても、もうやめることはできない。
食べ始めてから数分、大和はゴールが見えてきたが、未来はそろそろ限界に近いのか、ややペースが落ちている。
せめて、飲み物でも飲めたらいいのにと思いつつ、ひたすら黙々と。

「食ったぁ」

食べ終わった瞬間、言葉を発した大和。
とはいっても、隣の未来は小さく溜め息を吐きながら一生懸命、恵方巻きと戦っている。
さながら、戦国武将?のようにも見えなくもないが…。
大和に横でジっと見つめられていると思うと未来は恥ずかしいやら、お腹が苦しいやら。
突然、立ち上がった大和はここぞとばかりに携帯片手に恵方巻きを頬張っている未来を画像に収める始末。
これを撮らない手はないだろう。

やめてよっ!!

思っても、言葉にするわけにもいかず。
一度やってみたかったのよね?なんて思ったのが失敗?!
ワザと変な顔をしたりして笑わそうとしている大和に耐え忍んで30分あまり。
ようやっと食べ終えた未来は、無言でどっとソファーになだれ込んだ。
あぁ〜お腹一杯。

「これで、今年もいい年になるわね」
「だといいな。で、なんて願い事したんだ?」
「願い事を言ったら叶わないじゃない」
「食い終わったんだから、叶うだろ」

そういう理論も無きにしも非ず。
だけど、なんとなく言わない方がいいじゃない。

「大和君は、なんてお願いしたの?」
「俺?ナイショ」
「なによぉ。人には聞いておいて」

「いいんだよ」抱きついてじゃれ合う大和。
お腹一杯で苦しいからか、未来は思うように動けない。

でも、叶えばいいなぁ。


END


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福助

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