「大和君、どこに行っちゃったのかしら…」
今日の映画の撮影は午後までで、その後のスケジュールは空いていた大和、終わるや否や未来に黙ってどこかに雲隠れしてしまったようだ。
それにしても、あんなにベッタリくっ付いていた彼が行き先も告げずに未来を残して一体どこへ行ったのだろうか?
───携帯電話も電源を切ってるのか出ないし、メールももう何通も送ってるのに。
一人で何かあったら、どうするの?
「遥さん」
その声は。
「あっ、湊さん。お久し振りですね。こちらへはお仕事で?」
「そうなんです。あのCMの一件で顔が売れてしまって、やっと外に出られるようになりました」湊は相変わらず爽やかな笑顔を未来に向けた。
彼は一瞬にして有名人になってしまい大変な目に遭ったが、その点、未来は事務所と米澤の力で何事もなく過ごせることを幸せだと思わなければいけないのかもしれない。
「どうかされました?」
こんな場面を大和に見られたらあの鋭い視線で一撃されるところだろうが、彼の姿は見当たらない。
「大和君が、行方不明になってしまって」
「吉原さんが?」
「夕方からはオフなので、どこに行っても問題ないんですけど」
「せめて、行き先くらい言ってくれても。携帯も繋がらないし、メールも何通か送ってるのに返事もくれないし」湊に愚痴っても仕方ないのだが、何となく誰かに聞いてもらいたいとでもいうのだろうか。
「湊さん、お忙しいところお引止めしてすみません」
「いえ、私ももう帰るところなんです。社には戻らないので、良かったら夕飯でもいかがですか?あっ、吉原さんが気になって無理ですか」
二人の関係を知っているだけに大和に抜け駆けと思われると厄介だと思ったが、こういう機会だからこそ誘うチャンスでもあるわけで。
「そんなこともないですよ?勝手にどっかに行っちゃったんですから。有名人と一緒に食事できるなんて光栄です」
おチャらけたように言う未来。
「有名人って…遥さんも同じじゃないですか」
二人の笑い声が響く。
───たまには、大和君以外の素敵な男性とご飯食べたっていいわよね?
どーせ、どっかに行っちゃった大和君が悪いんだから。
湊が連れて来てくれたのは、色々なお酒が楽しめる、特にワインの種類が豊富で料理も美味しいと評判のおしゃれなダイニングバー。
中央がカウンター席になっていて奥はソファー席になっている、木目調の薄暗い店内に静かな音楽が大人の雰囲気をかもし出していた。
やはり芸能人が彼氏だとなかなか表立ってこういう店には来られないが、普通の恋人同士だったらこんなところでデートを重ねるんだなとしみじみ思ったり。
並んでソファー席に座るとお薦めのボルドーをボトルで頼む。
「湊さんは、このお店にはよく来るんですか?」
「私はたまに。カウンターで、一人寂しくですけどね」
もったいない。これだけいい男なのに彼女がいないのが不思議なくらいだったが、有名人になってしまうと余計に出会いは少なくなってしまうのかも。
「遥さんは吉原さんとは、いつもどういうところでデートをされているんですか?あれだけの有名人を彼氏に持つとどうなのか、興味ありますね」
湊は深紅のワインを2つのグラスに注ぐ、「ありがとうございます」未来は自分のグラスを持つと彼のグラスとカチンと合わせた。
久し振りに過ごすゆったりとした時間に酔いしれながらも、やはり大和のことが気になってしまう。
「ずっとマネージャーをやってますから、同じ事務所に所属しているとあまり有名人という感じはないんですけどね。想像するほど、大和君は華やかな生活を送ってるというわけでもないですし、至って普通ですよ?こんなふうにみなさんがデートするようには出歩けませんから、お互いの家が多くなってしまいますけど」
隠さず話してくれるところは湊にとっては信頼されているのだと嬉しい反面、羨ましい以外の何者でもない。
「これ以上聞くと独り身が余計寂しくなってきますね。今夜は私を慰めるってことで、パーっと飲みましょう」
湊は一気にグラスを空けた。
◇
かなり長い間飲んでしまったが、お酒が入ったので未来は車を置いて湊が呼んでくれたタクシーに同乗させてもらって自宅マンションの前で降りる。
「湊さん、ごちそうになってしまって本当にいいんですか?」
「こちらこそ、綺麗な女性と楽しい時間を過ごさせてもらいましたから気にしないで。吉原さんにも、よろしく言っておいて下さい」
「おやすみなさい」タクシーを見送ると同時にバッグの中の携帯が鳴り出した。
ディスプレイにはずっと待ってい彼の名前。
「大和君、今どこにいるの?」
『湊さんと一緒だったのか?』
「え…どうしてそれ、あっ」
振り向けば、そこに立っていたのは愛しい彼氏。
あぁ、マズイ…その前に見られてた?
「ったく、いないとこれだよ。浮気してんじゃないぞ?」
「浮気ってっ。大和君が急にどこかに行っちゃうからでしょ?何度も電話掛けたりメールも送ったのに」
「どこ行ってたのよ!!」逆ギレぎみの未来を宥めるように大和は彼女の腰に手を回して抱き寄せると額にキスを落とす。
…俺のことより、こんな時間まで湊さんとどこに行ってたんだ?
随分、楽しそうだったし、結構お酒も入っているようだ。
「ちょっ、大和君!!こんなところでっ。誰かに見られたらどうするのよ」
「見られたら見られただろ。俺は全然気にしないし」
「気にしないし、じゃないでしょ?」
この時間にここに居るってことは、今夜は泊まる気?
相手は湊さんだからといっても黙って食事をしてきた手前、未来もあまり強く言える立場にない。
取り敢えず、どこにいたのか問い質さないと。
玄関を開けて中に入ると甘い香りが立ち込める。
「なんか、甘くていい匂いがする」
なんだろう?と未来がリビングのドアを開けるとテーブルの上に赤くて美味しそうな苺の箱が山のように積んである。
「どうしたの?これ」
「未来、苺好きだから」
「え?もしかして、このために黙ってどこかに行ってたの?」
頷く大和。
どうしても未来に食べさせてあげたくて、千葉のいちご園まで車を飛ばし、新鮮なものを自ら摘んできたのだ。
いきなり吉原大和が来たもんだから、そりゃあ、いちご園は大騒ぎになったばかりか、あれもこれもとこんな山のように持たされる羽目に。
しっかり、サインと写真撮影には応じてきたけれど。
「今日はホワイトデーだからさ、何がいいかなって」
「ホワイトデー?」
「そう。バレンタインデーの時は未来が手料理を作ってくれたから、千葉まで行って摘んできたんだ」
すっかり忘れていたが、今日はホワイトデー。
そのためにわざわざ、そんな遠くまで行って摘んできてくれたなんて。
だから、行き先も連絡もくれなかったのだとやっと未来は理解できた。
「なのに未来は湊さんとよろしくやってたのか」
「よろしくなんて。たまたま、湊さんに会って食事を誘われたから」
「誘われたら行くのか?」
「そういうつもりじゃないけど、ごめんね」
「まぁ、食事中も俺のことを忘れてはいなかったってことで許してあげる」
携帯には30分おきにメールが入っていたのを見ていた大和。
未来は彼と食事をしながらも、定期的に大和にメールを送っていたのだ。
それを目の前で見ていた湊が返って気の毒、それを思えば許す他ないだろう。
「ねぇ、早速、苺を食べてもいい?」
「俺は未来が食べたいんだけど」
「もういい」
「うそうそ、俺が食べさせてあげるから」
「えっ」遠慮しておきますという未来の心の声なんて届くはずもない。
洗面所に手を洗いに行った大和。
また、裸で抱き合ってなんてことにならないでしょうねぇ…。
「ほら、未来も手を洗って。その間に俺がいちごを洗っとくから」
湊さんと一緒にいても、彼のことが頭から離れなかった。
自分のためにここまでしてくれる彼氏はそうそういない、それも超有名な俳優なのに。
「ちょーうめえっ」
キッチンから聞こえる。
「やだっ、先に食べないでよっ」
急いで戻る未来。
私だって、食べたいんだから。
「ほら、口開けて」
未来の口に苺を持っていく大和。
そのエロさに目がくらみそうだ。
「おいひぃ」
「良かった」嬉しそうな大和。
「ありがとう、大和君」
彼の首に腕を回すと未来はそっと唇を重ねる。
甘酸っぱい、恋の味がした。
END
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