ふたりの夏物語V
彼女の夏物語


一足早く帰国した千夏(ちか)がお盆休みをゆっくり過ごした同僚と共にテレビ局に出社すると、すっかり脚本が出来上がっていたことに上司は大層ご満悦の様子。
『さすが、片岡君だ。君ならやってくれると思ったんだよ』なんて、心にもないことを並べ立てて褒め称える。
そのおかげで一人遅い夏休みをもらえることになり、大地の帰国を待って取ることに決めた。
ただでさえ仕事と言いつつバカンスを楽しんでいたというのに人に押し付けたご褒美ということで、ありがたく頂戴することにした。

―――早く帰って来ないかな。

恥ずかしげもなくハートマークの付いたカレンダーを何度も見つめながら、千夏(ちか)は大地の帰国する日を心待ちにしていた。
あれから時差の関係もあるが、千夏(ちか)の帰宅に合わせてメールと共に律儀に電話まで掛けてくる彼。
第一印象からは程遠いくらいマメ男に変身してしまったことにむずがゆさを感じながら、今までされたことがない甘い時間(とき)に酔いしれる自分がいる。

―――でも、空港であんなところを見られて大地も大変だったみたいね。
恥ずかしかったし、永遠の別れになるわけじゃないのにやっぱり嬉しかった。
だけど、後で本人に聞いた話だと薄井さんと真崎さんがホテルに押し掛けて何があったかを全部話すまで部屋から出してもらえなかったらしい。
まるで、取調べのようだったと言っていたが、知り合ってほんの数日間であんなところを見せつけられたら誰だってツっ込みたくもなるというもの。
千夏(ちか)もメールのやり取りをしている柚季(ゆき)ちゃんに色々聞かれたが、彼女は初めからこうなるとわかっていたという。
女の勘というのは何よりも鋭いし、そしてよく当たる。

あの時はたった一人貧乏くじを引いたはずなのに、今は誰よりも幸せなんて…。

「千夏(ちか)ったら、どうしたのよ。別人みたいにイメチェンしちゃってさ。出張中に何かあったんでしょ。金髪の彼といい仲になっちゃったとか?」

同僚で仲良しの伊奈 未来(いな みき)が早速、千夏(ちか)の変身ぶりを問い詰めにやって来たのだろう、隣の主が今は不在の席にどっかと腰を下ろす。
彼女は千夏(ちか)より2年先輩で1年前に結婚した、まだまだ新婚さん。
それより、化粧っ気も、髪を振り乱しておしゃれっ気なんて微塵もなかった千夏(ちか)が、一週間の間にこれだけ変わった理由を聞かずにはいられない。

「あっ、未来(みき)。はい、これお土産。チョコレートとキッチン用品、可愛いのがいっぱい売ってたのよ。薄井さんも頑張ってくれたから、思ったより時間も取れてね」

何食わぬ顔でデスクの上に置いてあった袋を未来(みき)の前に差し出す千夏(ちか)、この反応を予想していたからか、ワザとはぐらかすように言うと不満そうだった彼女の表情が一変する。
やはり、物には勝てなかった。

「ありがとう。こういうの欲しかったの」

袋から品々を取り出して眺めている。
仕事で行ったというのもあったし、時間に余裕ができたらと期待薄で頼んでいた物だったが、こんなに買ってきてもらえるとは正直思わなかった。

「でも、いいの?こんなに」
「安かったし、全然」
「で、何があったわけ?」
「やっぱり、そっちにいっちゃうわけ?」

上手く誤魔化せたと思ったのに、どうしても話題は千夏(ちか)の方へ戻ってしまうようだ。
とはいっても、一週間前のままでいれば済んだはずなのに、こうしたのは自分の意思。
彼氏ができると自らを磨こうとか、可愛くありたいと思うのは、恋する女の本能なのかもしれない。

「このカレンダーのハートマークと関係あるんだ」
「えっ」

デスクの上にあった卓上カレンダーを手にとって、指を当てる未来(みき)。
―――何でも、お見通しってわけね。
ここまであからさまに変われば、誰だって気付くだろうけど。

もしかしたら、逆に気付いて欲しかったのか、それは千夏(ちか)にもわからない。

「まぁ、その話はゆっくり聞かせてもらうとして。あたし的には千夏(ちか)って、いい素材持ってるのにもったいないなとは思ってたから。きっと、相当いい男なのね」

「今度、紹介しなさいよ」と、もう一度お土産のお礼を言って自分の席に戻る未来(みき)。
千夏(ちか)は元々、スタイルだっていいし、磨けば光る素材なのにもったいないとずっと感じてきたけれど、相手は未来(みき)の想像するに相当いい男に違いない。
…かぁっ、羨ましい。
旦那のことを差し置いてこんなふうに思うのは悪いと思いつつも、気になるぅ。

+++

指折り数えて、待ちに待った大地の帰国の日。
遅い夏休みを取った千夏(ちか)は、彼を出迎えるために成田空港まで出向いていた。

―――そろそろ、出てくる頃かな。

何度も見返した到着ボードには、既に彼の乗ったであろう航空機は到着済になっている。
なのに大きなスーツケースやお土産を乗せたカートを押して続々と人が出て来るものの、お目当ての彼の姿は見つからない。

『あれ?私ったら、時間を間違えたかしら』と思っていたところに全然知らない人が、脇にカートを止めて立ち止まる。

「何だよ。抱擁と熱いキスは、してくれないのか?」

―――はぁ?何、この人って…。

「そ、その声は大地?!」
「まさか、俺と気付かなかったとか」

掛けていたサングラスを取って微笑む彼は、確かに澤山 大地に間違いなかったけれど、あまりにこざっぱりして、それこそいい男?と目で追ったかもしれないが全くわからない。
―――気付かなかったじゃなくって、気付かないわよ。
だって、ボサボサの髪もすっきりサッパリ綺麗に整えられ、服装はTシャツにジーパンとあの時のままだったけど、サングラスなんか掛けてるから余計わからないわよ。
何だか、素敵になっちゃってるし…。

「全然、気付かなかった」
「愛しい彼氏が帰って来たってのに」

…ちょっとはマシになったと思ったのに、だったら前の方が良かったってことか?
少々、納得のいかない大地だったが、千夏(ちか)を驚かせようと思って髪を切って嫌われないよう小奇麗にしてみたりしたのだが、ここまで気付かないとは…。

「お帰りなさい。ごめんね」
「ただいま」

抱き合う二人、確かめるように半月振りに触れるお互いの感触に夢じゃなかったのだと。
何度、電話の声を聞いてもメールのやり取りをしても、顔を見ないとあの日のことが現実ではないような気がしてならなかったから。



パーキングに止めてあった大地の車に荷物を載せて、走らせた先は彼の住むマンション。
まだまだ、お互いのことを何も知らない。
なんたって愛し合ったのは数えるほどで、あの場の雰囲気に飲まれていただけなのかもしれないという不安もあったのだ。

「さすが、売れっ子ゲームクリエーター。すっごい、マンション」

乗った車も周りには持っている人がいないような、シートもふっかふかだったが、家はもっとすごい。
いわゆるウォーターフロント沿いに聳え立つ高層マンションで、ゲームが当たるとこれだけ儲かる仕事なんだなと千夏(ちか)は感心しながらエントランスを抜けてエレベーターで彼の部屋のある17階へ。

「言っとくけど、家の中を見て驚かないでくれよ」

外観はどこぞのセレブが住んでいるのかと思うほど立派でゴージャスなのだが、一歩中に入るとそのギャップに驚くことは確実だろう。
いくら身なりを小奇麗にしても、ここまでは手が回らなかったというか、まさか日本を出る時はこういうことになるとは本人でさえ思っていたのだから仕方がない。
念のために忠告したものの、彼女の目を見れば全く耳に入っていないのがよくわかる。

はぁっと小さく溜め息を吐いて、大地がポケットをジャラジャラとまさぐり家の鍵を出すとドアを開ける。

「わぁっ、大理石の玄関なんて初めて見たぁ」

興奮気味の千夏(ちか)は、玄関を見ただけで大はしゃぎ。
ここまではまだ綺麗な方で、「お邪魔しま〜す」と断ってから長い廊下を抜けて真っ直ぐリビングへ入って案の定固まった。

「え゛っ…」
「だから、言っただろ?驚かないでくれって」

大地がそう耳元で言うと、ちらかった部屋の物を足で器用に寄せながら道を作るようにして中に入っていく。
―――だって、これってひど過ぎない?
せっかくのマンションなのにぃ。
何で、こんなにきったないのよぉ。
ゲームソフトやゲーム雑誌がその辺に散乱していて、それだけならまだいいが、かなり長い間家を空けていて何となく臭ってきそうなゴミの山には目を覆いたくなる。

「それにしたって、これは…」
「わかるだろ?身奇麗にさえできなかったこの俺が、部屋の中を綺麗に片付けられるはずがない」

高層マンションと聞けば聞こえがいいが、ゴミを捨てるのにもエレベーターで下まで行かなければいけないし、家に閉じこもりがちな大地にはそれすら億劫なのだ。
…仕事をするために日本を離れたのは、このためだったとは言えないな。

「自慢しないでよ」

―――お金持ちだったら、ハウスクリーニングとか頼めばいいのに。
まさか、これで彼女ができなかったなんてことはないでしょうねぇ…。

「嫌いになったか?」
「この後もずっと汚いままだったら、嫌いになるわね」
「ちゃんと片付けるから、それだけは勘弁してくれ」

懇願するように見つめる彼をどうしても憎めないのは、惚れた弱み!!
だけど、髪を切って素敵になったと思ったら、これじゃあ…。
―――初対面のあの姿もそうだったし、『相当いい男なのね』と想像力をこれでもかってくらい膨らませている未来(みき)にはとても見せられないわね。

「約束してね」
「あぁ」




結局、一週間もらえた休みも彼の家の大掃除で終わってしまったけど、やっぱりそんな飾らない彼が好き。
嫌いになったりしないから、安心してね。


END


続きが読みた〜い、良かったよ!と思われた方、よろしければポチっとお願いします。
福助

※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。

NEXT
BACK
INDEX
EVENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.