LA GRANDE DAME
X'mas SP


そろそろ、街に色とりどりのイルミネーションが輝く季節、一年で一番心躍る時がやってきた。
セルフォン・プロジェクトを立ち上げて一年、ようやっと第一号店がオープンして初めてのクリスマスを迎える。
そして、愛する伊万里と結婚して初めての聖夜。
礼は彼女へのプレゼントを何にしようか考えていたが、どれもこれも決め手に欠けるものばかり。
お金で買えるものは、どんなに高価なものであっても喜ばないことを知っていたから。
普通女性なら、宝石とかブランド物のバッグを贈れば喜んでくれるのに。
伊万里が普通の女性でないことに今更気付くはずもなく、礼は仕事中だというのにプライベートなことで頭が一杯だった。
そんな時、ドアをノックする音に伊万里かと思ってハっとしたが、入って来たのは高柳だったことに安堵しながらも残念に思う自分に苦笑した。

「失礼します。社長、今、お時間よろしいでしょうか?」
「あぁ、構わないよ」

どうせ、伊万里へのクリスマスプレゼントのことしか考えていないのだからと礼は胸の中で呟いた。

「セルフォンからたった今、連絡が入りました。例のワインとスパークリングワインの件、OKが出ましたよ」
「本当か?」

礼は勢いよく立ちあがると、デスクに身を乗り出して興奮気味に高柳に向かって叫んだ。
セルフォンのクリスマスギフトとして既にチョコレートとマカロンで作った限定ツリーなどの商品は店頭に並んでいたが、これはフランスでも同時発売の日本との共同企画品でかなりの人気となっていた。
もう一つ、目玉に考えていたのがワインとスパークリングワイン。
フランスと言えば、これといわれるものだったが、交渉期間が短かっただけに今年はもう無理だと思っていたのに。

「はい。セルフォン側がかなり頑張ってくれまして。今年は社長ご夫妻にうちのスパークリングワインでクリスマスを過ごして欲しいからと」

本国フランスでは不思議なことにセルフォンではワインやスパークリングワインを扱っていなかった。
そう言うと少々語弊があるかもしれないが、というのはもちろんセルフォンでもワインやスパークリングワインは売っていた。
それはセルフォンが選び抜いた商品であって、オリジナルではないからだ。
そして、そのオリジナルとして選ばれたワイナリーは日本にあり、今回初めてセルフォンのラベルが貼られたワインとスパークリングワインが世界に初めて発売されることになる。
しかし、通常、熟成するのに何年もかかるワインやスパークリングワインをこの短期間でどうやって製造できたのか。
それも、セルフォンのお墨付きをもらえるような。
脱サラをして自ら葡萄を育て、ワインを作っている一人の男がいた。
礼の数少ない親友と呼べる彼が、誰もが羨む大企業を辞めてワインを作りたいと言った時、反対することなく、ただ一言『頑張れよ』と後押ししたことが今回の偉業を成し遂げたと言っていい。
やっと自慢のワインができたと連絡をもらった時には夜中にも関わらず、彼の家を訪ねたほどだ。
そんな大切なワインを無謀にもセルフォンの名で売って欲しいと申し出ても、彼は一も二もなく喜んで引き受けてくれたのだ。
セルフォンに選ばれたワイナリーとして誇りに思うと。
もちろん、最終的にはセルフォン社長ジュリアン・ル・フォール氏の承諾を得なければならないのだが、礼にはこの時点で絶対の自信があった。
その結果がたった今、出たのだ。

「伊万里には」
「副社長にはまだ。一番に報告しようと伺ったのですが、生憎席を外してましたので」
「良かった。このことは、伊万里には言わないでくれ。あとで驚かせたいから」

高柳は礼の胸の内を察して黙って頷いた。
礼の親友がワイナリーを経営していて、そのワインをセルフォンの商品として売り出すためにジュリアンに提案していたことは伊万里も知っている。
でも、彼女には正式に販売が決まるまでは内緒にしておきたい。
絶対、文句を言われると思うけれど。
そうとなったら、パッケージのデザインを決めないと。

「高柳さん、全部頼んでいいかな」
「わかりました。副社長に内緒事は心苦しいところもありますが、驚かせたい社長の気持ちもわかりますので」
「ささやかだけど、高柳さんにも俺からプレゼントさせてもらうよ。今年はセルフォンのスパークリングワインで奥さんとクリスマスを楽しんで欲しいから」
「それはいいですね。妻も喜びます。副社長もきっと喜んでくれるでしょうね」

『そうだといいんだけど』礼は心の中で、そう願わずにはいられなかった。



「売れ行きは、どう?」
「順調過ぎて、商品の入荷が間に合わないのが心配ですね」

プロジェクト室主任の宮下がパソコンに表示された商品の売り上げデータを伊万里に見せた。
フランスでしか手に入らなかった高級食料品店セルフォンが日本に上陸したとあって、それだけでも注目を浴びたのに加えてオリジナルとは一味違う品揃えが予想通り、プチセレブや独身の若い女性に大人気だった。
デフレや景気後退というマイナス材料もないわけではないが、良いものはどの時代にも支持される。
礼と伊万里の戦略は見事に消費者の心を掴んだのだ。
まだ、国内に一店舗しかないこととフランスからの輸入、売れるからといってもすぐに商品を補充することができない。
これは今後の課題でもあったが、だからといって大量に生産して品質を落とすわけにもいかなかった。

「仕方ないわね。お客様には申し訳ないけど、いいものを提供したいから」
「そうですね」

宮下も伊万里の意見に同感で、売れるからといって今の生産体制を変えてしまえば、セルフォン本来の持ち味を損なうだろう。
店舗を増やすことも、そういう理由から客層と立地を考えて一気に進めないよう考慮していた。

「ところで、副社長はご自身のクリスマスの予定など考えているんですか?」
「クリスマス?」

セルフォンのことで頭がいっぱいで、それどころではなかったというか、すっかり忘れていた。
礼と結婚して初めてのクリスマス。
だからこそ、宮下はそう聞いたのだろう。
忘れていたなどとうっかり言ったら、即社長の耳に入ってしまう。
危ない、危ない。

「そうねぇ、どうしようかしら。流行りのお家クリスマスかしらね」
「社長のことですから、どこかの高級ホテルのスィートルームやレストランの貸し切りとかしそうですけどね」

二人の会話を聞いていた他のメンバーたちも、笑いながら頷いている。
礼なら想像ではなく本気でやってしまうと、みんな思っているからだが。
ゴージャスなクリスマスももちろん憧れるが、結婚した今は二人っきりで過ごす、ゆったり家でのクリスマスが伊万里の理想だった。

「ところで、高柳さんを知らない?」
「そう言えば、パソコンの画面を見ながら「やった!!」と叫んだあとガッツポーズして出て行きましたけど」
「えっ、高柳さんが?」

あの高柳さんがねぇ、何か嬉しいことでもあったのかしら?



セルフォンのラベルの貼られたワインは赤と白、そしてスパークリングワインはゴールドとロゼが正式に出来上がった。
礼と高柳は早速それを見に親友の松尾を訪ねて山梨にあるワイナリーへと足を運んでいた。

「よっ、松尾」
「三谷、早かったな」
「そりゃ、セルフォンのワインとスパークリングワインが完成したっていうから、すっ飛んで来たよ」

二人は固く握手を交わし、抱き合った。
松尾は礼とは違うタイプだが、志高くお互いが将来の三谷貿易を担う若き戦士だと高柳は思った。
本来であれば、ここには自分ではなく副社長が来るはずなのにと少々残念ではあったが、社長の命令には逆らえない。

「あれ、奥さんはどうした?」

松尾は高柳に挨拶すると伊万里の姿が見えないことを不審に思いつつ、礼が何か企んでいるとすぐに察知した。
大方、奥さんを驚かせたいとか、そういうことだろう。

「今日はちょっと」
「内緒にしてるんだろ?三谷の考えそうなことだな」

「さぁ、見てくれ。俺たちの最高傑作を」松尾は礼に何も言わせず、ワイン蔵へと案内した。
作ったのは松尾自身なのに“俺たちの”と言ってくれたことが、礼には言葉に表せないほど嬉しかった。
伝統的なセルフォンのロゴをあしらいつつ、独自のデザインを取り入れたボトルとラベルは確認していたが、実際にワインとスパークリングワインが入ったものを見るのは今が初めてになる。
ワインやスパークリングワインの色を損なわないものになっているだろうか?期待と不安が入り混じる。
松尾が全ての瓶を並べ終わるとそんな心配は全く無用だとわかった。
歓喜の声が響き渡った。

「素晴らしい。素晴らしいよ、松尾」
「当たり前だ。俺たちが作ったんだぞ?」

「飲んでみるか」松尾は赤ワインのボトルを空けると3つのグラスに注ぐ。
世界のセルフォンが認めたものだ、文句なしに決まっている。

「さぁ、乾杯しよう」

三人はグラスを持つとワインの完成を祝してカチンとぶつけた。
色も香も完璧、そして…。

「文句なしの出来栄えだな」
「美味しいです。ワイン通でない私も、これは素晴らしい」

礼と高柳の言葉に松尾は満足げな笑みを浮かべた。
この分で行くとかなりの売れゆきになることは必至だったが、なにせ小さなワイナリーである。
数に限りがあることは事実。

「ワインの赤白がそれぞれ10ケース、スパークリングワインが併せて15ケース。これがうちの限界だ」
「わかってる。それを承知で頼んだんだから」
「これは奥さんに持って行ってくれ。俺からだって、忘れずにな」

笑い声が響く。
伊万里はきっと喜んでくれるだろう。
発売はいよいよ、10日後だ。



12月に入って、ぐっと冬らしい寒さの日が続いていた。
街はクリスマス一色、とうとう店頭にあのワインとスパークリングワインが並ぶ。
心が躍るが、伊万里はまだこのことを知らない。
セルフォン・プロジェクト室のメンバーにはそのことを伝えてあったが、発売が嬉しい半面、危うく話してしまいそうだったと、それも今日でお終いだ。
もちろん、礼も同じだった。

「これからセルフォンに行くけど、伊万里も付き合ってくれないかな」
「いいわよ。ちょうど行こうと思っていたところ」

何も知らない彼女の驚く顔が目に浮かぶようだが、それを顔に出さないようにするのは礼にとってはものすごく大変なことだ。
時刻は夕方、この時間はOLが多く訪れるが、こういうワインやスパークリングワインに関しては男性の興味も引くもの。
そして、パッケージのデザインもフランスらしいセンスの溢れるものになったからか、二人が着いたころにはたくさんの人だかりができていた。

「何かしら?」

伊万里が近付いてみると、そこに並んでいたのはセルフォンのラベルが付いたワインとスパークリングワインだった。
いつの間に。
ちらっと礼の方へ視線を向けると親指を立てて微笑んだ。
やられたわ。
ジュリアンったら、どうして私に先に教えてくれなかったのかしら?
恨んでも遅いが、恐らく知らなかったのは自分だけに違いない。

「よくも、私を騙してくれたわね」
「俺は恨まれてもいいけど、プロジェクト室のメンバーを恨まないでくれよ」
「わかってるわよ、わかってるけど」

自分が最後まで関われなかったのが寂しかったから。

「喜んでくれないのか?」
「喜んでるわよ」
「黙ってたのはごめん。でも、驚かせたくて」

「だから、ここに連れて来たんだ。お客さんの反応を直に見て欲しいから」礼は敢えて伊万里にはここに来て見て欲しかった。
そして。

「あのラベル、私がデザインした」
「そう。伊万里がデザインしたものをジュリアンに見せたら即、採用だったよ。パッケージの方はジュリアン、彼が君のラベルに合うようにデザインしてくれたんだ」

完璧な日仏の融合だった。
伊万里がデザインしたラベルは仮のものだと思っていたのにこんな形で実現するとは予想もしていなかった。

「あぁ、嬉し過ぎて言葉にならないわ」
「少し早いけど、俺からのクリスマスプレゼント。もちろん、ワインとスパークリングワインは松尾からのプレゼント、二人でゆっくり楽しもう」



イヴの夜、自宅のリビングには大きなクリスマスツリーが飾られ、ダイニングテーブルには伊万里の手料理が並ぶ。
彼女からの申し出により、今年は家でのクリスマスを楽しむことにした。
メインは伊万里のターキーだったが、松尾が手塩に掛けて作ったスパークリングワインでまずは乾杯だ。

「なんだか、飲むのがもったいない気がするわね」
「松尾のためにも飲んでやってくれないと。あいつのことだから、来年はもっと美味いのを作ってくれるさ」

サーモンピンクの綺麗なロゼを礼がグラスに注ぐ。
まるで宝石のように美しく、それ以上に輝いて見えた。

「Merry Christmas」

重なるグラス、このスパークリングワインを作ってくれた彼に感謝しながら口に含むとみんなの思いが伝わって来た。
これを買ってくれた人たちも、今頃は素晴らしい聖夜を迎えていることだろう。

「あぁ、松尾さん素敵」
「何だよ、それ。愛する夫に向かって」

松尾の力は認めるが、妻が夫以外の名前を口に出すのは許し難い。
それも、今夜はイヴだっていうのに。

「だって、松尾さんには感謝しないと。こんなに素晴らしいものを作ってくれたんですもの」
「まぁ、そうだな。あいつを友人に持って良かったよ」

全くその通り、彼がいなければセルフォンのワインを売ることはできなかったのだから。
伴侶でもあり、右腕でもある伊万里、親友である松尾、プロジェクト室のメンバー、セルフォンの人たち、誰一人欠けても上手く動かない。
素晴らしい仲間に囲まれて、礼は幸せだ。

「松尾さんもすごいけど、私の料理もすごいんだから」
「わかってるって。でも、俺には伊万里の方が絶品だから」

また…。
恥ずかしいことを平然と言っているけど、もう酔っているんじゃないかしら?
今日は金曜日だから、ゆっくり…って私まで何をっ。

「一杯食べてね。たくさん作ったんだから」

礼を無視して料理を前に差し出す伊万里。
結婚しても変わらないこんなやり取りが心地良い。
クリスマスツリーの下に置いた彼へのプレゼントは、“温泉宿泊券”。
伊万里が副社長になっても楽になっているように見えないから。
でも、ちゃっかり私も一緒に行くんですけど。
来年は、もしかして3人のクリスマスになっているかもしれない。
そうだったらいいなと願いつつ、もっともっとセルフォン・プロジェクトを充実させて、より良い商品を提供していきたいし。
また、みんなでパリにも行きたいなぁ。

そんなふうに夢を描いている彼女を温かく見つめる礼がいたことなど、すっかり忘れているよう。
あとで、俺しか見えなくなるくらい愛して。
やっと、視線に気付いた伊万里。
そんな目で見られたら、我慢できないじゃないか。
夜はまだまだ、俺のハートに火を点けた伊万里が悪い、覚悟しろよ。


END


続きが読みた~い、良かったよ!と思われた方、よろしければポチっとお願いします。
福助


NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.