その1
桑原 結笑の場合


「桑原(くわはら)さん、ちょっと頼みがあるんだけど」

そういって、あたし、桑原 結笑(くわはら ゆえ)のところに来たのは同僚の葛西 佑真(かさい ゆうま)君だった。
葛西君は同期だし、よく飲みに行ったり休みの日にみんなで出掛けたりして結構、仲は良い方だけど、頼みってなんだろう?

「頼みって、何?」

周りをキョロキョロしながら、「実は…」と真剣な表情で彼はあたしの側に寄って来た。

「友達が、もうすぐ誕生日なんだ。それでプレゼントを探したいんだけど、どういうのにしていいかわからなくてね」
「へぇ、友達って女の人?」

───あら、図星?
彼は少し照れながらも、すごく嬉しそう。

「まぁ」

───ふううん、そうなんだぁ。

「だったら、本人に聞けばいいのに」
「そうなんだけど、ナイショにしてびっくりさせたいしさ」

───そっか、葛西君は友達って言ってたけど、きっと大事な人だったりするのかな?

「そういうことなら。だけど、あたしでいいの?希望に副えるかどうか、わからないわよ?」
「あぁ、桑原さんに選んでもらいたいんだ」

───あたし???
意図はわからないけど、まぁいっか。

「ところで、その友達の誕生日っていつなの?」
「今月の27日」

あら、偶然だわ、あたしと同じ誕生日なのね。
だけどいいなぁ、葛西君みたいな人に誕生日のプレゼントを選んでもらえるなんて、彼は同期でもダントツかっこいい。
それに出世頭で、優しいとくれば文句ナシじゃない。
あたしなんて、また今年もひとりで寂しく誕生日を迎えるってのに羨ましいったらありゃしない。

「何を贈りたいとか、決まってるの?」
「俺、彼女にプロポーズしようと思ってるんだ」
「そうなの?!」

友達っていうから、軽く引き受けちゃったけど…。
そうなんだ、プロポーズするんだぁ。
あたし達、もう27歳だもんね。
それくらいしても、おかしくないわよね。

「だけど、受けてくれるかどうかわからないから」
「葛西君なら、きっと大丈夫。自信持っていいと思う」
「そうかな?それならいいんだけど…」

葛西君にプロポーズされて、断る人なんているのかしら?
あたしだったら断らないわね、って、それは絶対ありえないけどっ。

「じゃあ、贈るものはダイヤのリングとかよね。でも、やっぱりそんな大事なものをあたしが選ぶわけにはいかない気がするんだけど、本当にいいの?」
「うん」
「じゃあ、休みの日にじっくり選んだ方がいいわよね。あたしはいつでもいいから、葛西君の都合に合わせるわよ」
「わかった。じゃあ、後で連絡するよ」

+++

次の綺麗に晴れた日曜日、葛西君とあたしは不景気と言われつつも、たくさんの人達で賑わっている銀座に来ていた。
ここは世界の名高いジュエリーショップが並ぶ場所だから、きっと気に入ったのが見つかるはずだと思ったから。
そう言えば今はどうかわからないけど、給料の3か月分だとかって言われたわよね?葛西君は、どれくらいの予算なのかしら?
いくつかの有名店を見て回って決めたのは、やっぱり、いつの時代も女の子の憧れの宝飾店。
ブルーボックスに白いリボンは、永遠の愛の証。
っていうか、自分にその日が来たら、絶対これだって決めてた部分があったからだけど。
シンプルなプラチナ台におさまった、限りなく透明に近いダイヤが輝いていた。

付き合ってくれたお礼にと葛西君が連れて来てくれたのは、おしゃれなフレンチのお店。
気取っている感じもなく、それでいてとても洗練されている店内は愛を語り合うカップル達でいっぱいだ。
きっと、彼女とのデートの時も、こんなふうに素敵な場所で二人の時間(とき)を過ごしているに違いない。
目の前に会社にいる時とは別の顔を見せる素敵な彼がいるってだけでドキドキしてるあたし、結婚して毎日一緒にいたら、どうなっちゃうの?

「ありがとう。桑原さんのおかげで選ぶことができたよ」

「だけど、休みの日につき合わせちゃってごめんな」とロゼのスパークリングワインのグラスを掲げる。

「ううん。たしも自分のことのようで、すごく楽しかったわ」

───ほんと、いい勉強になったわ。
こういうのって雑誌とかで見てはいたけど、実際に目で見て身に付けてみないとわからないものだしね。

「ところで、葛西君は彼女の誕生日には特別な計画でも立ててるの?」
「あぁ、まだ考えてないんだけど、どうするのがいいのかな」

そうねぇ、素敵なホテルの一室で薔薇の花束と共に指にリングをはめてとか、ヘリコプターで大都会の夜景を見ながらとか、夕日を見ながらロマンチックになんて色々あると思うけど。

「桑原さんだったら、どういうふうにプロポーズされるのが一番嬉しいと思う?」
「あたし?う〜ん、どうかなぁ」

漠然と想像することはあっても真剣に考えてみたこともなかったし、その前に相手を先に見つけなければ話にならない。
一生に一度のことだからとは思っても、いざとなったらそう言ってもらえるだけでも嬉しいと思うに違いないのだ。
それが例え、会社の給湯室だったとしても。
───あたしだったらね?

「あたしだったら、どこでも?誕生日を覚えていてくれるだけでも嬉しいし、そこでプロポーズされたら、それ以上のことなんてないと思うの。ねぇ、この紫芋のスープ、ずっごく美味しい」

───この紫芋のスープ、美味しいわぁ。
色気より、食い気?
だって、本当に美味しいんだからしょうがないでしょ?

「桑原さんは、何でも美味しそうに食べるから見ていて気持ちがいいよ」
「だって、美味しいものを食べてる時が一番幸せなんだもん」

彼女の屈託のない笑顔を見ていると無意識に自分の口元が緩んでいるのに気付き、佑真は慌てて表情を引き締める。
会社に入社して5年、ずっと側で見続けてきた彼の中でいつしか特別な存在になっていた女性。
誕生日を聞き出すのにそう時間が掛からなかったのは、周りの協力があったから。
多分、その想いを知らないのは目の前の彼女だけだろう。
果たして、あの水色の箱を彼女は受け取ってくれるだろうか?

+++

いつもと変わらない朝、今日が桑原 結笑にとって特別な日だといっても世の中はお構いなしに忙しく(せわしく)動いている。
27歳ともおさらば、あぁ28歳という響きが一人身のあたしにずっしりと圧し掛かる…。
─── 来年は、とうとう崖っぷち…。
彼氏いない暦・・・・・。
30までには子供が欲しかったのにぃ。
それどころか、旦那様さえ現れそうにないこの現実。
なのに、かたや彼女の誕生日にプロポーズしようとしている男がいる。

同じ誕生日なのに、この差はなんなのよっ。

会社帰りにデートしてプロポーズなのかなぁ。
素敵なレストラン、ホテル、夜景、明日も会社だけどきっとお泊りして…かぁっ、あたしったら何を考えてるのっ。

「桑原さ〜ん、コピー10部頼むね」

「あと会議室にコーヒーも」と暢気な万年係長。

「は〜ぃ。。。」

───もったいないから、愛想なんて振りまいてやらないんだから。
せめて彼氏と過ごす誕生日が待っていていくれるなら、コピーの10部や20部、お茶入れだってなんでもないのだが。
今日に限って、何もかもが癇に障る。
こういう時は、パァーっと飲みに行くに限る。
あとで、メール入れとかなきゃ。



「何よ、みんな薄情なんだから」

仲良し同期の友達に今夜の誘いのメールを出したところ、ことごとく断られた。
仮にも、今日はあたしの誕生日なのよ?
それなのに誰も祝ってくれないなんて…。
「冷た過ぎる…。いいわよ、一人で自棄酒するからっ」とブツブツ言いながら会社を出ると───。

「あれ?葛西君、どうしたの?」

今夜は大事な日のはずなのにこんなところで突っ立って、どうしたの?

「お疲れ」
「お疲れって、こんなところで、今夜は彼女にプロポーズするんじゃ───はっ、もしかして、相手は会社の女性(ひと)?」

─── そっかぁ、気付かなかった。
そんな素振り微塵も見せないんだもの、いつの間に。

「あっ、いや」
「ふううん、今度教えなさいよ。こっそり見に行くから」

じゃあ、お邪魔虫は退散するわ」と歩き掛けたあたしを「待って」と呼び止める彼。

・・・・・何?

「どしたの?」
「あのさ、ちょっと俺の家に来て欲しいんだけど」
「えっ、葛西君の家!?」

何でまた、葛西君の家に。
意味がわからず、目をパチクリさせているあたしを他所に彼は「いいから、いいから」と背中を押した。
これから、一世一代のプロポーズをしようとしている男が、なぜあたしを家に連れて行こうとするのだろう。

「ははぁ〜ん、わかった!!今夜はリハーサル?本番は週末に取ってあったりして」

どこから、そういう考えが浮かぶのか…。
何の疑いもなく、すんなり付いて来てくれるのは佑真にとって嬉しい勘違いではあるが、この後の展開を考えたらそう喜んでもいられない。
果たして、吉と出るか凶と出るか…。

彼が住んでいる駅は知っていたが降りたことはなく、初めて足を踏み入れる土地に妙にワクワクしたりして。
それより今更だが、彼の家に二人っきりというのは…。

「ごめん、ちょっと待っててくれる?」

フラワーショップの前で立ち止まる。
どうやら花を買っていくようだが、そこまでしなくてもいいのでは?
そして、次は甘い香りが漂うスィーツショップ。

「リハーサルにしては随分、綿密なのね」
「まぁね。完璧を目指してるから」

赤い薔薇の花束にケーキの箱を抱えて歩く彼の隣にいるのは、なんだかとても申し訳ないような。
それでいてこれが全部、あたしのためでなく別の彼女を想ってのことだとわかっているだけに胸の奥がキュンと切なくなってくる。
急に足取りが重くなったが、繁華街を抜けて住宅地に入った一角に建つワンルームマンション。
「頑張って掃除したんだけど」という彼の後に続いて部屋の中に入ると、あたしの家よりずっと綺麗…。
男の人らしくシンプルだったが、というより何もない…そんなところが彼らしかったりして。

「その辺に座って、ゆっくりしてて」

「お腹空いてるだろうけど、ちょっと待っててね」葛西君はスーツの上着を脱いでネクタイを外すと、ワイシャツの腕を巻くってキッチンの中へ入って行く。
───えっ…もしかして、葛西君が料理とかしちゃうわけ!?

「葛西君、料理作れるの?」
「これでも、一人暮らし暦10年近くになるからね。男の料理だから、大雑把だけどさ」

全然、知らなかった。
だけど、彼女のために腕を振るうなんて、きっといい旦那様になるに違いないわ。
手伝うって言ったんだけど、頑なに拒否されて仕方なくテレビを見ていたあたし。

「桑原さん、桑原さん」
「んんっ〜もうちょっと…」
「ご飯できたから、冷めないうちに食べよう」

「え?ごはん?」寝ぼけていたあたしの視界に入ってきた葛西君の顔に慌てて飛び起きた。
なんということか…寝てしまっていたなんて…。

「ごめんね、寝てた…」
「いや、いいものを見せてもらったから」

小さい声で結笑には聞きとれなかったが、彼に寝顔をじっと見られていたとは。
テーブルの上には色とりどりの美味しそうな料理が並び、まるで子供の頃に祝ってもらったお誕生日会のよう。
そして、真ん中にはさっき買ったバースデーケーキ。
ちゃんと“HAPPY BIRTHDAY YUE”と書いてある。

「あっ、ローソクの数も28本あるんだぁ」

葛西君は、ライターで一本一本ローソクに火を点けると部屋のライトを落とす。
目の前だけ、ぱぁっと明るくなった。

「桑原さん、28歳の誕生日おめでとう」
「ありがとう」

「フゥー」思いっきり息を吹きかけても、さすがに28本のローソクを一気に吹き消すのは難しかったが、今まで生きてきて一番嬉しい誕生日かもしれない。
シャンパングラスの乾杯、赤い薔薇の花束も、一人で過ごすはずが予想外に祝ってもらえたことも、それが例え自分のためでなかったとしても。

「すっご〜い。これ全部、葛西君が作ったの?」
「味は保障できないけど」

ううん、そんなことない。
どれもこれも、あたしなんかよりずっと美味しい。
いっそ、彼女になんかプロポーズするのはやめにして…そんな思いも頭を過ったが、彼には彼の人生がある。
それは、あたしにも。
楽しい時間がいつまでも続くわけはないが、今だけはかりそめの彼女に浸っていたい。

「見せたいものがあるんだ」

食事を一通り終えた頃、見せたいものがるという葛西君。

「何?」
「ちょっと外に」

「外?」と首を傾げるあたしを連れて、葛西君はマンションの上階へ。

「屋上に何があるの?」

言った瞬間にその答えがわかった。
ビルの谷間の向こうに見えるのは、ライトアップされた東京タワー。
てっぺんだけだったけど、ちょっぴりでも見える光景に心奪われる。

「東京タワーだ」
「ホテルのスィートからってわけにはいかないけどな」
「ううん、すご〜い。これでも見えたら、嫌なこととか忘れられそう」

見入っている彼女の手を取ると、佑真はポケットから取り出した水色の箱をそっと載せる。

「葛西君、これ」
「桑原さん、僕と結婚して下さい」

はっ!?

───今、なんて…。

「やっだぁ、もう。完璧完璧、大丈夫。これなら、彼女も絶対オッケーしてくれるわよ」

あぁ、本気にしちゃったじゃない。
「はい」と水色の箱を葛西君の手に戻す。

「違うんだ。これはリハーサルなんかじゃない。正真正銘、本物のプロポーズなんだ」

もう一度、彼女の手に水色の箱を載せると、それを両手で包み込む。
この指輪が納まる指は、誰でもない彼女の左手の薬指しかないのだから。

「ウソでしょ」
「本気だから。ずっと好きだったんだ」

こんなサプライズがあっていいものか。

「ねぇ、葛西君。ここ、ちょっと抓ってくれる?さっきのシャンパンで酔ってるかもしれないから」

ほっぺたを指で示すあたしにクスクスと笑いながら、葛西君は軽く頬を抓る。
───痛くない…。
やっぱり、夢なんだ。

「痛くない」
「え…」

手加減したかもしれないけれど、これじゃあどうやって信じてもらえればいいんだ。
佑真は白いリボンを解くと、箱の中から輝く粒を取り出して彼女の指にはめた。

「これでも信じてもらえないかな。っていうか、他にプロポーズするような相手はいないから」

あの日、一緒に選んだダイヤのリング。
これが、自分の指に納まることを誰が想像しただろう。

「いいの?」
「こっちの台詞なんだけど…。返事は今でなくてもいいから───」
「ありがとう。こんな素敵なプロポーズ、されると思ってなかったから」

彼女の手にしっくりと馴染むダイヤのリングを夜空にかざす。
星のように輝くそれをじっと見つめながら、あたしの答えはもう決まってる。

「好きだったの。あたしも」
「ほんとに?じゃあ」
「でも」
「でも?」

後悔しない?あたしなんかを嫁にもらっても。

「あたしなんかで後悔しない?」
「またまた、こっちの台詞なんだけど…。喧嘩もたくさんするかもしれない、それでも二人一緒なら、きっと幸せになれると思うんだ」

その言葉は嘘じゃない。
これから先、色々なことがあるだろう、それでも二人が一緒にいれば乗り越えられる。

「はっ、くしょんっ!!」
「寒いね。風邪ひくといけないから二人で仲良くベッドで温まろうか、いや、その前に仲良く風呂だな」

───あら?実はそういう人だったの…。
握られる手から伝わる温もり。
まだまだ知らないこともいっぱいあるけど、これからが新しい人生のスタート。


END


お名前提供:桑原 結笑(Yue Kuwahara)/葛西 佑真(Yuuma Kasai)… sakura さま

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※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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