「あ〜ぁ…」
お昼休みに遼哉と浩介が食堂で定食を食べていると、さっきから目の前の男はダルそうにこんな声ばかり出している。
「浩介、何なんだよさっきから。あ〜ぁ…って。こっちまで、ダルさがうつるだろうが」
「お前はいいよな、可愛い彼女がいてさ」
「関係ないだろう?そんなの」
なぜ浩介がこんな様子なのかと言うと、もうすぐホワイトデーが近いからだった。
バレンタインデーに自分がもらう時は嬉しそうにしていたくせに、この変わり様は何なんだろう?
要するに自分には彼女がいないのに義理でもらった女性社員達へのお返しを買いにいかなければならないのが、面倒なだけなのだ。
調子がいいというか、なんというか…。
「そんなことないさ。永峰さんは、遼哉がもらった子達へのお返しを買いに行ってくれたんだろう?」
「まぁな。あいつ嫌な顔ひとつしないで、それどころか真剣に選んでくれて。そういうところは、尊敬するよ」
どうせ義理なんだからと遼哉なら思ってしまうが、憂に言わせればそれでもちゃんと相手のことを考えているのだから、同じように気持ちを返さないといけないらしい。
彼女のそんなところを尊敬するし、やっぱり好きだなと思う。
「永峰さんらしいな。っつうか、俺はどうするんだよ。店に買いに行くのだって、恥ずかしいってのにっ!それも、本命なしの義理返しなんてっ」
「仕方ないだろ?彼女がいないんだから」
「うわぁっ、他人事だと思って」
「他人事だから」
「あ〜ぁ…」とうな垂れる浩介を尻目に遼哉はふと思う。
さて、憂には何を返すか…。
義理返しの準備をしておきながら、本命の彼女への物はまだ用意していない。
誕生日でもクリスマスでもない、なのに3倍返しとかいって高価なものを返さなければならないという風潮がどうにも腑に落ちないわけで。
だけど、やっぱり自分の彼女は特別なことに変わりはないし…。
浩介のようにフリーの方が、実は気楽だったりもする。
そんなことを考えながら、遼哉は会社帰りにでもぶらっと店に立ち寄ってみようと思うのだった。
◇
あまりプレゼントなどをあげたことがなかった遼哉が、デパートなんぞのアクセサリーコーナーなどに足を踏み入れることはまずなく、遠目にチラチラと覗き見ながらさり気なくチェックするも、どうにもニッコリと営業スマイルで微笑む女性店員と目が合うと、逃げたくなるのはなぜだろう?
―――ダメだ…。
やっぱり、俺には無理だな。
なんとなく、浩介の気持ちがわかったりして…。
彼女同伴ならそうでもないが、自分一人でこういうところはどうも向いていないようだった。
それに、憂にも変な気を使わせそうだし。
バレンタインの時は憂がチョコレートを手作りしているところへ自分が帰宅して、つい我慢できなくて…。
―――もっと、違うものがあるはず。
なんかもっとこう、おもしろい物がいいよな。
憂にぴったりの。
遼哉は、真っ直ぐに歩いて行くと上りのエスカレーターに乗り込んだ。
なんとなく降りた階にあった食器売り場をブラブラ歩いてみれば、新婚さん用なのかお揃いの夫婦茶碗やら湯呑みなどが売っていて、自分も憂と結婚することになれば…。
などと、近い将来を夢見たりして…。
そんな時、目に留まったものがあった。
―――あ?豚?
ある一角に、きらびやかな大小様々な黄金の豚の置物が並んでいた。
陶器でできたピンク色の貯金箱は思い浮かぶが、なぜ金の豚?!
まぁ、ピンクだろうと緑だろうと金だろうと構わないが、何か意味があるのだろうか?
「こちらは、縁起のいい金の豚の置物なんですよ?中国や韓国などでは、今年が600年ぶりの金の豚年ですからね」
遼哉が豚の置物を眺めていると年配の上品そうな女性店員が、話し掛けてきた。
―――600年ぶりの金の豚年?
そんな話は聞いたことがなかったが、中国では金猪年と書き、猪は豚のことらしい。
中でも今年は、600年に一度といわれる金の豚年 ※ なんだそうだ。
「金の豚年に生まれた子供は一生、お金に困ることなく財運に恵まれるとの言い伝えがあるそうですから」
「そうなんですか?」
―――?
今から頑張れば、なんとか年内に子供が…。
おっと、俺は何を考えているんだか…。
「よろしければ」と言われて、つい買ってしまった遼哉。
これを憂にあげたら、一体どんな顔をするだろうか?
綺麗にラッピングされた包みが入った手提げ袋を手に、ニンマリしてしまう遼哉だった。
+++
憂はバレンタインのお礼にと遼哉に美味しいものを食べに連れて行ってもらい、その足で彼の家に向かう。
会社帰りにデートをすることは最近では久しぶりだったから、なんだか新鮮でほろ酔い気分もあってすごくドキドキする。
「こんなふうに会社帰りにデートするのって、久しぶりよね」
「あぁ、そうだな。たまには、いいかな」
ラッシュは過ぎていたけど、込んでいる車内でお互い向き合ってぴったりとくっ付いていると付き合い始めた頃のことを思い出したりして。
「そうそう、矢野くんはちゃんともらった人にお返しできたの?」
「浩介?何だかんだいって、あいつも結構楽しんでんだよな。嬉しそうに渡してたぞ?」
「良かった。ほら、なんだか一人で買いに行くの嫌みたいなことを言ってたから。ちょっと気になってたんだけど」
「まぁ、俺みたいに早く可愛い彼女を作ればいいんだよな」
「遼哉ったら」
こんな電車の中で、恥ずかしくないのかしら?
と憂は思いつつも、やっぱり嬉しくて。
お互い小さな声でクスクスと笑いながら、羽が触れるようなくちづけを交わす。
会社でのバトルは少し治まったとはいっても相変わらずだったのに、二人っきりになるとこんなに甘いのは、もうあんなふうに誤解をしたくなかったから。
数え切れないほど彼の家には来ているが、いつ見てもおしゃれだなと思う。
「コーヒー入れる?」
「あぁ、俺がやるよ。憂は座ってて」
「うん」
初めの頃はコーヒーくらい憂は自分が入れるのにって思ってたけど、最近ではお言葉に甘えて遼哉に入れてもらうことにしている。
その方が、彼の機嫌がいいのを知ったからなんだけど。
「そうだ。憂にお返ししないと」
「えっ、何を?」
「決まってるだろ?ホワイトデーなんだから」
「だって、食事も奢ってもらったのに」
「それとは別」
「はい」って渡されたちょっと大き目で、綺麗にラッピングされた包みが入った紙袋を渡された。
―――何かしら?
包みを広げて箱を開けると中に入っていたのは、豚?!それもきんきら金だしっ。
「金の豚?」
「憂、知ってる?豚って、縁起がいいんだってさ」
「そうなの?なんか、愛嬌があって可愛い。ありがとう」
想像通り、憂は喜んでくれたが、あれを言ったらどうなるか…。
コーヒーを入れたカップを二つ手に持って、ローテーブルの上に置くと憂の隣に座る。
「じゃあ、もう一つ。今年は、中国や韓国では600年に一度の金の豚年なんだって」
「600年に一度の金の豚年?」
「そう。金の豚年に生まれた子供は一生、お金に困ることなく財運に恵まれるとの言い伝えがあるらしい」
デパートの女性店員の言った言葉をそのまま引用するが、何も知らない憂は「へぇ〜」と関心しているのがおかしいかも。
「って、ことで。俺達もそんな縁起がいいなら、早く子作りした方がいいんじゃないかなって」
「はぁ?何言ってるのよ。子作りって…」
―――うそ…でしょ?
子作りって…。
そりゃあ、そういう行為をしていることは確かだけど…。
「早くしないと、間に合わないし」
「ちょっ、待ってよっ。…やぁ…っ…ん…」
憂はその場に押し倒されて、唇を塞がれる。
ソファーにそのまま組み敷かれて、両手を上に押さえられているから思うように身動きが取れない。
―――やだっ。じょっ、冗談でしょ!
そんな、子供なんて…。
「憂は、俺の子供を生むのは嫌?」
「嫌とかそういう問題じゃないでしょ?その前に、しなきゃならないこともあるわけだしっ…」
好きな人の子供を生めるのだったら、こんなに嬉しいことはないけど…。
その前に結婚してからでないと…。
「もちろんするさ。俺は、そんないい加減な男じゃないからな」
「え?」
「だから」
「…やぁ…だからって…」
もっとはっきり言って欲しいのに―――。
それにこんな…。
でも、遼哉は子供が欲しかったんだ…。
第一印象から嫌いなんだと思っていたけど、本当はそうじゃなくて、外で見かける小さな子にも声を掛けたり笑わせたり。
「…ぁあっ…んっ…っ…りょ…や…っ…」
「…ゆ…う…っ…」
いつになく余裕がなくて、お互い生まれたままの姿で繋がる。
もちろん彼は本気なのだろう、避妊具を着けずに憂の中に入って来た。
「…あぁぁぁぁ…っ…んっ…っ…りょ…や…イっ…ちゃ…う…っ…」
「…俺も…出…る…憂…いい…か?…」
「…んっ…い…い…遼…哉…の…子供…な…ら…っ…ぁ…っん…」
「憂っ…」
直に入ったからかいつもより何倍も感じて、憂の中で遼哉自身を解き放つとあっという間にイってしまった。
その後もベットで何回もイったから、こんなにしたらできていても、おかしくないかもしれない。
「子供できたかな」
「どうなのかしら?あんなにしたら、できそう」
「できたらいいな」
「ねぇ、遼哉ってそんなに子供が欲しかったの?」
「憂の子供なら、今すぐにでも」
「あたしは?」
「憂?」
「あたしは、今すぐに欲しくないの?」
―――あたしの子供は欲しいけど、あたし自身は欲しくないの?
「もちろん、憂が欲しいに決まってる」
「ほんと?」
「ほんと」
「金の豚さん、あたし達を幸せにしてくれるかな?」
「きっと、してくれるさ」
遼哉は憂のことを抱きしめると、そう確信する。
きっと―――。
To be continued...
※ 600年ではなく、60年という方もいらっしゃいます。
中国の干支は道教の五行説が唱える五元素(金木水火土)が組み合わさる。繁殖力のある猪(豚)と金が重なった金猪年に生まれた子供は、最強の金運に恵まれるとされるそうです。
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