ASPHALT☆LADY
花見会。



―――あぁ〜何で、あたし。
思っても、それを大っぴらに口に出して言えないこの立場がひっじょーに辛い。
というのも、ついさっき…。

『えー。今年の当部で行う恒例の花見会の件ですが、幹事は永峰さんのグループにお願いしましょう。いいですか?永峰さん』

―――げっ、あたし!?
臨時に召集された会議の席で、部長の第一声がこれってどうなの?っていうか、このために集められた…。
年季の入ったオジサマ方の視線が憂に一気に集まって、痛いのなんのったらありゃしない。
毎年、桜の開花宣言が出されると部内で幹事グループが決められて、即準備に入るという忘年会や新年会に継ぐ、いやその上を行く行事の一つ。
幹事は課長以下、一つのグループが割り当てられて担当することになっていたが、これは極秘事項、どうやって決められていたのかは主任だった頃の憂も知らなかった。
実際は前年度の幹事グループになった課長が指名することになっていて、そこでも色々駆け引きがあるようだが、去年の春に課長になった憂はまだ幹事に当たっていなかったという理由で有無も言わさず白羽の矢が立ってしまったということ。
来年は今回のような新任や異動があった場合を除き、憂がどこかのグループを指名するということになるのだろう。
いずれにしても、花見はやりたいが、できるだけ幹事にはなりたくないという胸の内が前面に現れているといっていいかもしれない。
しかし、これをグループのみんなに言ったらどういう反応をするかという方が怖いのだ。
一度やってしまえば当分の間は順番が回ってこないから、こればかりは何を差し置いても“はい”と言うしかない。

『はい。わかりました』



「みんな、ちょっといいかしら」

憂は、グループのみんなを集めてミーティングルームへ移動する。
メンバーは憂を入れて10名になるが、女性は奈々ちゃん一人だけで、中には憂よりもずっと年上のオジサマも含まれている。
これが会社というものだし、割り切っているはずなのだが、どこかやり難いことは確かだった。

「実は、めでたく今年のお花見の幹事にうちのグループがなりました」

「えっ、ほんとですか!?」

みんながみんな、まるで合唱でもしているように声を合わせて言ったものだから、逆に笑えたりもして。

「ごめんなさい。あたしの下になって、運が悪かったと我慢して下さい」
「そんなことないです。みんな、憂さんが課長で良かったと思ってます」

真っ先に援護してくれたのは、奈々ちゃんだった。
彼女は早いもので入社3年目になるが、ずっと憂の下で仕事をしていて、抱きしめてあげたいと思うほど女の子らしくて可愛いのに随分と大人になったものだと思う。

「そうだな。これは俺を始めとしてみんな楽しみにしてることだし、どこかのグループが幹事をしなければならない。別に課長が謝ることなんてないと思う」

これを言ったのは憂よりだいぶ先輩の主任だったが、仕事以外ではあまり砕けた会話をしたこともなかった彼がこんなふうに言ってくれるとは思ってもみなかった。
『何で、篠島主任に言う時みたいに強く出なかったんですか?』と言われるんじゃないかと想像していたけれど、違ったようだ。

「ありがとう。そう言ってもらえると助かるかも」
「それじゃあ、日取りを決めて。去年の幹事に場所取りとか、料理とか飲み物の調達方法を確認する。若い連中は、とにかく場所取りだな」

これがとにかく一番重要な問題で、場所取りに失敗したらお花見どころではなくなってしまうのだから。
幸い、去年新人で入った土屋君を筆頭にうちのグループには若い男性もいるから、その点は頼りになるけれど、憂が黙って見ているわけにはいかない。

「それじゃあ、あたしはイベント企画係になるわね」
「憂さん、私もやります」
「奈々ちゃんも、お手伝いしてくれる?」
「はい」

ただ、桜を見ながら飲んで騒ぐだけじゃつまらない。
何かおもしろいイベントを考えるのも、幹事グループの大事な役割なのだ。
実はこれも結構大変だったりもするのだが、やると言ってしまった以上奈々ちゃんと協力して盛り上げるしかない。

「みなさん。、不束な点があるかと思いますが、ご協力よろしくお願いします」

+++

お花見は来週の金曜日と決定したが、気温の変化もあって桜がどれだけ咲いているか、また天候もどうなるかわからない。
予測が難しいだけにこれが仕事だったら、とてもじゃないけれど、簡単には引き受けられないと思う。

「花見の幹事?」
「そうなのよ。永峰さんにお願いしましょうとか、部長に言われちゃって。みんなやりたくないっていうのが見え見え、満場一致であたしって感じ」

「そりゃあ、貧乏くじを引いたな」と、今夜も遼哉が腕を振るってくれる。
彼こそ仕事で疲れているはずなのに「二人分作るのも同じだから」なんて言われ、甘えてばかりで何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
だけど、料理をしている時の遼哉って、ほんとカッコいい。
イケメンシェフ?と言ってもいいくらいに、料理の腕も外見もぴったりハマってる。
―――あたしって、こんなに素敵な彼氏を持って幸せ。

「な〜に、見惚れてんだよ」

いつの間に…。

遼哉の顔がすぐ近くにあってニヤニヤ顔が少々気になりつつも、すっかり、テーブルの上には出来上がったオムライスの上にふんわり卵がのっていて、これにナイフを入れて広げると、とろけるように卵が広がり絶品なのだ。

「わぁ〜美味しそう」

今の憂には遼哉はすっかりどこかに行ってしまっていて、心はオムライス!!

…俺より、オムライスかよっ。
とは、遼哉の心の声だったが、自己満足だとわかっていても彼女が見せるこんな表情は、きっと自分だけに向けられたもの。
これを幸せと呼ばずして、他になんと言えるだろうか。
しかし、花見の幹事なんて、大丈夫なのか?
責任感の強い彼女のこと、まだまだ朝晩は冷えるこの時期に自ら場所取りなんかして風邪なんかひかなきゃいいけど。





それから、逐一、週間天気予報をチェックしながら当日を迎えたが、気温も高めで快晴に加え、満開を迎えた桜は正に絶好の花見日和となった。
若手は交代で場所取りをすることになっていたが、憂他、部内の人達も仕事どころじゃない。
年に一回の楽しいイベントに心を弾ませていた。

「憂さん、今日はお天気が良くて最高のお花見になりますね」
「そうね。あたしのいいところは、晴れ女ってだけだから。それに寒くなくて良かった。場所取りの人が心配だったの」

「後で差し入れ持って、ちょっと様子を見に行ってくるから」と、こういう配慮が彼女ならではだと奈々は思ったが、本当は憂自身が仕事を抜けて桜を見たかったというのはナイショ。

いよいよ、定時の鐘が鳴り終えると、職場は一斉に花見モード。
部長以下、みんなは待ってましたとばかりにデスクを片付けてオフィスを後にする。
一足早く仕事を切り上げて花見会場に来ていた憂のグループは、調達していた飲み物と食べ物などをシートの上に並べる。
周りには同じような人達で一杯だったが、グループのメンバーが頑張ってくれたおかげでいい場所も確保できたし、スムーズに準備が整ったと思う。
あとは、イベントだけが問題だろうか。

「そろそろ、みんなも来る頃ね」

憂が時計を見たのとほぼ同時に見知った顔が続々と現れた。
随分と日が延びて辺りは薄っすらと夕闇に包まれ始めていたが、なんともロマンティック。
―――遼哉も来ればいいんだけど。
同じ部だったら一緒に楽しめたのにと少し残念だが、今は幹事グループとして最後まで滞りなく終えるのが務め。

「それでは、みなさん御揃いのようですので、システム開発部恒例の花見会を始めたいと思います。それでは、佐藤課長より、乾杯の音頭をお願いします」

各自、缶ビールを手に持ち、前に出てきた課長に注目する。

「え〜では、みなさん。本日は天気も良く―――」

「課長ぉ〜前置きはいいですから、早く乾杯しましょうよ」と野次が飛び交い、佐藤課長は苦笑しながら渋々「では、乾杯」と缶ビールを持った手を高々と上げた。
各々、缶をぶつけ合い花見会のスタートだったが、憂達は暢気に桜を楽しみながら飲んでいる場合ではない。
みんなが暫し歓談している間にゲームの準備やら、写真を撮ったりという仕事が待っている。
イベント企画会社に勤めたら、こんな感じなんだろうか?と思ったり。
去年までは他人事のような部分もあったが、今回のことで随分と勉強になったし、憂が課長になってからというもの、随分グループもまとまってきたような気がした。

「それでは最後になりますが、部課長対抗“あっち向いてホイっ”大会を開催します。部長及び課長は、前へお願いします」

「おぉっ〜」と歓声が上がり、部長と各グループの課長が前に並ぶ。
例外の憂を覗き、年齢層の高い部長・課長というのは鈍い?せいか、この手のゲームでかなりの盛り上がりをみせる。
それに自分の上司となれば、他のみんなも乗ってくれるから。
事前に用意したトーナメント表を元に一人ずつ対戦していくが、やっぱり年齢の高い方は予想通りの反応?で大爆笑。

「憂さん、頑張って下さいっ」
「任せて」

憂の初戦の相手は40代初めの趣味はサッカー、週末には子供達に教えているというスポーツ好きの西尾課長。
だが、紅一点で一番若い憂が負けてなるものか。

「「じゃんけんぽんっ」」

お互いにグーを出し、相子。
もう一度。

「「あいこでしょっ。あっち向いてホイっ!!」」

今度は勝った憂が、素早く人差し指を真下へ向ける。
さすが、西尾課長はサッカーをしているだけに反射神経が優れているよう?!

「「じゃんけんぽんっ。あっち向いてホイっ!!」」

次は負けた憂に素早く西尾課長は人差し指を右に。
危うく攣られそうになった憂だったが、そこは難なく上へ顔を向ける。
それからは、白熱したゲームにみんなも花見どころではない。
そして。

「よっしゃー!!」

10数回の後、接戦を制したのは、やはり若さが勝利をもたらしたのだろうか憂の方だった。
西尾課長は、かなり悔しがっていたけど…。
その後は勢いで順当に勝ち進み、決勝でもあっさりかわして蓋を開けてみれば無難に優勝は憂のものに。

「おめでとうございます。憂さん、すごいですぅ」
「ありがとう。でも、疲れた…」

意外に体力を使うものなのか、ひどく疲れてシートに座り込む憂に「はい、どうぞ」と奈々ちゃんに渡されたビールをごくごくと一気飲み。

ぶはぁ〜。

一仕事やった後の一杯は格別だったが、楽しかった会もあっという間に終焉へ。
部長の挨拶の後、3本締めで花見会は無事終了。
片付けは全員で行い、また来年。

「花びらが付いてる」

片づけを終えて一息吐いた所へそう言って現れたのは、憂の頭の上に乗っていた桜の花びらを取る愛しい人。

「あっ、遼哉。来てくれたの?」
「もう、終わっちゃったんだな」

すっかり綺麗に片付けられて、いつもの静かな公園に戻りつつあった。

「うん。でも、まだビール余ってるから、お花見してく?」

「ほんと?いいねぇ。実はちょっと期待したりして」と嬉しそうな遼哉。
奈々ちゃんやグループのみんなを見送って公園の柵に二人腰掛けながら、ビールで乾杯。
満開を超えた桜は少しずつ散り始めていたが、街頭に照らされてキラキラと光って見えた。

「綺麗」

見上げる憂の方がずっと綺麗だと遼哉は思ったが、それを口にすると怒りながらも既にほんのりピンク色の頬がより深く染まることだろう。
そんな彼女も見てみたいのは山山だったが、押さえられなくなって花見どころではなくなってしまいそうで…。

「こうやって、二人で一杯やりながら夜桜見物っていうのも、いいもんだな」

昼間にお弁当を持ってお花見もいいけど、夜はしっとりと大人の雰囲気でまた別の味わいがある。
遼哉はそっと彼女の手を握ったが、昼間はポカポカといい天気でも朝晩はまだまだ冷える。
ずっと外にいたからだろう、すっかり冷え切っていた。

「あったかい。遼哉の手」
「心も、あったかいからな」

―――自分で言ってる。
と思ったけど、こうして来てくれただけでも、そうなんだと思う。
そっと、彼の大きな肩に頭を凭れ掛けるとふわふわといい気持ちになってくる。

「おい、憂。こんなところで寝たら、風邪ひくぞ?」
「う〜ん」

と言うだけで、心地いい眠りに引き込まれていってしまった彼女。
…本当に風邪ひくって。

「こらっ、起きろ」
「んぁ〜っ」

肩を抱き寄せて唇を奪う。
「こんなところでぇ」とパッチリ目を覚ました憂、眠り姫を起こすにはコレが一番効き目があるから。

「帰ろうか」
「うん」

手を繋いで桜のトンネルを歩く二人。
来年もまた、来たいな。





「なんだ、それ…」
「これ?あっち向いてホイっ大会で優勝した景品」

家に帰って見せられたのは、部課長対抗の“あっち向いてホイっ”大会とやらで優勝したという景品。

「誰が、選んだんだ?」
「もちろん、あ・た・し・」

…なんで、それ?!
他の人が持って帰らなくて、特に部長には…良かった。
遼哉は思ったが、せっかく憂が選んだというなら、ゆっくり楽しませていただこうじゃないか。

「それ、着て?もちろん、ハ・ダ・カ・でな」

ご丁寧に前と後ろにイラストで女性の裸体がプリントされたロングTシャツ。
彼女にしてみれば可愛いとか思ったのだろうが、男心をくすぐるだけ。
「遼哉ったら!!」と怒っているが、そんな彼女が愛しくて仕方がないんだ。


おしまい。


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福助

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