あたしの名前は、築城(ついき) メイ。
またの名を “合コンの女王”。
外資系投資会社に籍を置き、語学力もさることながら容姿端麗、恐らくオフィス内でも彼女の右に出る女性はいないだろう。
そして、28歳という若さで一等地にマンションを持ち、誰もが羨む華やかな生活を送っていたが、しかし、そういいことばかりではない。
最低でも週に一度は合コンし、いわゆる勝ち組と言われる男性と会ってはいるものの、本気でメイを愛してくれる者は誰一人いなかった。
あと数ヶ月すれば29歳になり、三十路はすぐ目前。
いくら合コンの女王であっても、若さには叶わない…。
―――あぁ…。
そろそろ、合コンの女王を明け渡す時が来たのかな。
このままじゃ、本当の恋愛もできないし…。
かといって、どう相手を探していいのかわからない。
いつになく真剣に考え込んでいるメイとは裏腹に、暢気に鼻歌など口ずさみながらやって来たのは同じオフィスに勤める真秀(まほ)。
彼女はメイよりも二つ下で、ついこの間27歳になったばかり。
メイにはない可愛いらしい感じが人気の彼女もまた、合コン大好き。
今はまだ本命の彼氏を作るというより色々な男性と知り合いになりたいらしく、広く浅くの付き合いをしているらしい。
―――いっそ、真秀(まほ)に女王の座を譲ろうかしら?
「メイさん、どうしたんですか?そんな暗い顔して」
「そんなことないけど。それより、真秀(まほ)ったらヤケにうれしそうね」
「だって、今度の合コンの相手。すごいんですよ?」
次から次へとよく合コン相手が見つかるなと、人任せのメイにはその辺の事情はさっぱりわからない。
それにしても、すごいというのはどうすごいのか?
医者も起業家も既に何度か合コンをしているが、それよりもすごい人達なんていたかしら…。
「すごいって?」
「びっくりしないで下さいね」
「あ〜もう、もったいぶってないで早く言ってっ」
これがメイにとって最後の合コンになるかもしれないその相手が、どんな人達なのか。
気になるでしょうが。
「メイさんは、俳優の石谷 六(いしたに りく)って知ってますか?」
「石谷 六(りく)?俳優?」
いきなり俳優の名前を出されても、テレビをほとんど見ないメイにはさっぱりわからない。
でも、その名前どこかで聞いたことがあるような…。
「知らない。あたし、テレビとか全然見ないもん」
「え〜メイさん。石谷 六(りく)を知らないんですか?超イケメン俳優で、テレビも映画も引っ張りだこじゃないですか」
そんなことを言われても、知らないものは知らないんだから仕方ないでしょ?
っていうか、合コンの相手は誰なのか、今はその話をしていたんでしょうに。
「そんなことより、合コンの相手を早く言いなさいって」
「ですからぁ、その石谷 六(りく)とするんですよ。合コンを」
「はぁ?」
石谷 六(りく)のことは知らないが、話を聞けばかなりの有名人。
そんな人物と合コンをしようというのか?
「ねぇ、すごいでしょ?」
「本当なら、そりゃぁすごいけど…」
イケメン俳優が、一般人と合コンなんぞするのだろうか?
どう考えても、そんな話は信じられるわけがない。
「本当ですって。ほら、この前会った人で増渕(ますぶち)さんっていう社長さんがいたの覚えてます?石谷 六(りく)って、彼のお友達らしいんです」
増渕という人をメイはあまりよく覚えていないが、社長ともなれば友達に俳優がいても不思議はない。
彼のことは記憶にないが、真秀(まほ)にやたらに話し掛けていたことは覚えている。
―――はは〜ん、そういうことか…。
二人はあれから、いい感じに付き合いを続けているのだろう。
だったら、もう合コンなどする必要はないのでは?ましてや俳優など連れて…。
「ふううん」
「ちょっと、メイさん。何でそんなに盛り下がってるんですかぁ。相手は、有名俳優なんですよ?」
もっと、盛り上がってくれるものとばかり思っていた真秀(まほ)には、メイの反応はかなり期待はずれ…。
「真秀(まほ)には、増渕さんがいるんでしょ?何で、合コンなんかするわけ?」
「え…」
痛いところをつかれた真秀(まほ)は、言葉に詰まってしまう。
メイの言うように増渕とはいい関係、もう合コンをする必要もないが、これは彼に頼まれたこと。
深く追求しなかったのは、真秀(まほ)だって俳優と一緒にお食事くらいしたいからで…。
「まぁ、いいわ。あたしもこれで最後にするつもりだから、それが俳優とだったらいい思い出になるし」
「え?メイさん。合コンはもう、しないんですか?」
「うん。あたしも、もう歳だし、そろそろ合コンを卒業しようと思ってね」
「でも、石谷さんと上手くいったら、いいんですよね」
「そんなこと、あるわけないでしょ?いくら何でも、俳優となんか」
「わからないですよ?じゃあ、OKって返事しておきますね」
なぜか、俳優と合コンをすることになってしまったメイだったが、最後には相応しい相手になるだろう。
+++
週末、時刻は夜の7時少し前、メイが真秀(まほ)に連れて来られた場所は、某所にある一流ホテルの一室だった。
「ねぇ、こんなところで?」
「仕方ないんです。石谷さんを普通のお店に連れて来るわけにはいかなくて」
ホテルの一室を借りての合コンは初めてだったが、石谷の俳優という職業を考えたら仕方ないのかもしれない。
―――それにしても、超豪華スィートルーム。
増渕さんも会社社長だものね、これくらい普通よね。
先に到着したメイと真秀(まほ)は大きなソファーでくつろいでいると、少しして入口のブザーが鳴った。
「は〜い」と真秀(まほ)がドアを開けに行く。
―――石谷 六(りく)、一体どんな人なんだろう?
メイは変に先入観を持たない方がいいと思い、彼のことを一切調べず、顔もわからない。
「ごめん、遅くなって」
「ううん、私達も今きたところだから」
増渕と真秀(まほ)の会話にメイはやっぱりと思う。
「築城(ついき)さん。お待たせしてしまい、すみませんでした」
「いいえ。そんなに待っていませんから、どうぞお気になさらずに」
メイは、普段と違って丁寧な口調で返す。
さすが、合コンの女王。
こういうところは、抜け目ない。
「えっと、紹介が遅れまして。こちらが僕の友人の石谷です」
「こんばんは。石谷です」
後ろから現れたのが、俳優の石谷 六(りく)。
―――え?この人が?
初めて芸能人を目の当たりにしたが、確かにいい男ではあるけれど、それ以上に綺麗だって思うのは手入れを欠かさないからだろうか?
肌なんて、ツルツルよ?
「はじめまして、築城(ついき)です」
いつも落ち着き払っているメイも俳優を前にして、少し緊張気味に挨拶を交わす。
今回は合コンと言っても4人しかいないわけで、うち2人は上手くいっているのだから、実質メイと石谷を会わせるためのもの。
それがなぜなのか、この時はメイにもわからない。
「さぁ、お腹も空いたでしょ。料理を運んでもらいますね」
まるで、幹事のように増渕は手際良く料理を運んでもらうよう電話を掛ける。
4人はダイニングテーブルに向かい合わせになって座ったが、なんだか余計緊張してしまう。
会話をしようにも、何を話していいかわからないし…。
―――だって、この人のこと全然知らないんだもの。
何を聞いていいのか、思いつかないわよ。
あぁ、こんなことなら少しくらいネットで調べてくるんだったわ。
真秀(まほ)が色々質問してくれたから場が持ったものの、いつもの調子が出ないメイはずっと黙りこくったままだった。
美味しいはずの料理も、ただ喉を通るだけ…。
それを見かねたのか、石谷の方からメイに話し掛ける。
「築城(ついき)さん、あまり楽しくないみたいですね」
「そんなことは…ごめんなさい、私、あなたのこと全然知らなくて」
「いいんです。変に知らない方が」
「あの…今日はどうして、合コンに?あなたほどの人なら、こんなことをしなくても…」
この場で聞く話ではなかったかもしれないが、どうしてもメイには引っ掛かる。
俳優をやっているなら綺麗な女性が周りにいくらでもいるはず、ここまでしてこんな場を設定しなくてもいいはずなのに…。
「それは、これから二人でゆっくり話して下さい。僕達は、退散しますから」
「石谷さん、メイさんを頼みますね」
そう言って、真秀(まほ)と増渕は突然席を立って部屋を出てしまう。
―――これは、どういうこと?
「本心を言うと、ちょっとくらい覚えていて欲しかったな。メイちゃん」
「え?」
急に口調が変わった石谷。
―――うそ、何?今この人、あたしのことメイちゃんとか何とか言わなかった?
今の状況を理解できていないメイは、急いで頭の中を整理する。
覚えていて欲しかったと言った石谷さん、彼はあたしのことを知っているの?
「覚えてないのか?幼稚園の時に一緒だった、ろく君」
「ろく君?」
「あぁっ」という大きな声を上げたメイ。
どこかで聞いたことがある名前だったのは、『りく』ではなく『ろく』だったのだ。
少し離れた幼稚園に送迎バスで通っていた二人はとても仲が良くていつも一緒に遊んでいたのだが、メイはりくのことを字からずっとろく君と呼んでいた。
お互い小学校からは違う学校に通ってしまい、それっきりになっていたが、まさか彼が俳優になっていようとは…。
「思い出してくれた?」
「思い出した。ろく君、俳優になってたの?あの頃からテレビに出るような俳優さんになりたいって、言ってたもんね。夢叶えたんだ」
幼稚園の時からマセていた六(りく)は、俳優になるのだと言っていたのを思い出した。
その夢を本当に叶えてしまった彼は、すごい。
「なんとかね。だけど、俺が俳優になりたかったことは覚えてくれてたんだね。じゃあ、もう一つよく言ってたことは覚えてる?」
「もう一つ?」
なんだろう…。
ろく君がよく言ってたことって…。
こっちの方は思い出せないメイにちょっぴり悲しい六(りく)だったが、言ったら思い出してくれるだろうか?
「メイちゃんのこと、お嫁さんにするって言ってたんだけど」
「へ?」
―――えっ、お嫁さん?
う〜ん、そんなことを言っていたような気もしないこともないが、そこはよく覚えていない。
「大事なところは覚えてないんだ」
「だって、そんな昔のこと覚えてないわよ」
「そういうことなんで」
「そういうことって…まさか、それで合コンなんて…」
―――ヤダ、そんな20年以上も前の話をずっと今まで思ってたわけじゃないでしょうねぇ。
目の前の爽やかなイケメン俳優は、ニコニコと笑ってこっちを見ている。
「増渕から君のことを聞かされなかったら、ここまではしなかったよ。だけど、俺がメイちゃんのことを忘れていなかったのは事実だから」
六(りく)は席を立つとメイの手を取って、窓際に連れて行く。
最上階のスィートから見る夜景はとても美しく、ロマンティック。
まだ繋がれた手からはジンジンと熱いものが伝わってきて、メイの心臓はドックンドックン鼓動を早めた。
「俺、合コンするの初めてなんだ。その初めてが合コンの女王で、光栄だよ」
「あたしも、今回限りで合コンの女王を引退するつもりだったの。その最後を飾ってくれたのがろく君で、光栄だわ」
クスクスと笑うメイの肩に、六(りく)は手を回して抱き寄せる。
彼のいきなりの行動に慌ててメイは体を離そうとするが…。
「ちょっ、ろく君」
「ろく君もいいんだけど、六(りく)って呼んで欲しいかな」
「でっ、でもっ。まだ、私達会ったばかりなのに」
「そういうこと言うんだ。メイは」
グィッと正面に抱き寄せられて、すぐ目の真に彼の顔がある。
―――あぁ…やっぱり綺麗…なんて、感動している場合じゃなくってっ。
「やっ、だって」
「だってじゃないだろ?メイは相手が俺じゃ、嫌?」
「嫌って…」
―――そういう問題じゃないのに…。
いくら幼稚園で一緒だったからって、今の彼は普通の人じゃないんだから。
有名俳優となんて、そういう関係になれないでしょ?
「じゃあ、何?」
真っ直ぐ射抜くような目で見つめられて、メイは目を逸らすことができなかった。
―――この目、幼稚園の時のろく君と同じ。
「ろく君は、有名な俳優なんでしょ?あたしなんかと、こんなことをしてるのが知れたら」
「関係ないね。っていうか、こんなに綺麗な彼女がいるんだって、逆に知らせたいくらい」
「えぇ?」
―――お願いだから、それだけはやめてぇっ!
「嘘だよ、そんな顔するなって。絶対、教えるはずないじゃん。そんなことをしたら、みんながメイを狙うに決まってる」
「そこ、間違ってると思うんだけど」
すぐ側にいるのは誰もが知ってる有名人だけど、メイにとっては幼稚園で一緒だったろく君で。
そう思ったら、やっぱり嬉しいかも。
メイは、自然に彼の胸に頭を預ける。
決して大きくなかった彼が、今はこんなに大きく男らしくなって…。
「あのさ。俺、明日は久し振りのオフなんだよね。そして、この部屋も明日まで予約してあるし」
「それって、あたしを誘ってる?」
「他にある?」
お互いのおでことおでこをくっ付けて、クスクスと笑い合う。
―――初めっから、そのつもりだったくせにぃ。
まんまと嵌められたけど、ろく君に合わせてくれた二人にも感謝しないとね。
合コンの女王が、最後の合コンで出逢った素敵な相手。
きっと、本気の恋ができるはず。
To be continued...
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