「江森さん、ドライブが趣味なんですかぁ〜。今度、麗奈も連れて行って下さいよ〜」
「あぁ、いいよ」
―――まったく、二人でやってなさいってのよ。
はぁあ…何で私が、こんな所に居なきゃなんないかなぁ…。
ここは、とあるこじゃれた洋風居酒屋。
なぜか中西 さやか(なかにし さやか)は合コンの頭数合わせのためにここに強引に連れて来られていたが、不機嫌度150%でどうにも浮き捲くっているのは確か。
そして、さっきから隣でこれでもかって程の甘ったるい声で語尾を延ばしながら話しているのは、さやかと同じ部の平原 麗奈(ひらはら れいな)。
今年入ったばかりの新人で、乾ききったさやかと違ってピチピチしてる(←死語?!)。
まあ顔はそこそこ可愛いのとこれが媚ではなく地だというところが、まったくもって憎めないのだが…。
その麗奈の向かいに座って話し相手となっている男はと言うとこれまた何人の女を手玉に取ってるのか?とここで問いただしてみたいほど爽やかで甘いマスク、さやかの同期である江森 拓哉(えもり たくや)だ。
拓哉とさやかは部は違うのだが、同期と言うこととちょっと仲が良いと言うだけでこの男を連れて来いと言われ、仕方なく声を掛けたところ、どういう訳かさやかまでも来る羽目になってしまったのだ。
―――もう、帰ろうかな…。
化粧直しをするフリをしてバックを持つとさやかは、席を立って店員に伝言を残すとそっと店を出た。
会費制だったから既に会計も済ませていたし、トイレと出入り口が同じ方向なので怪しまれることもない。
だいいち、さやか1人居なくなったところでこの合コンには何の支障もないだろう。
―――最後まで、誰も気付かないかもしれないわ…。
ふぅ――気持ちいい。
店の外に出ると春とは言えまだ夜は少し肌寒いが、酔いを覚ますには丁度良く、夜風にあたりながらさやかは駅までの道のりをのんびりと歩いていた。
「中西っ」
いきなり後ろから声を掛けられて振り向くとそこに立っていたのは、まだ店に居るはずの拓哉だった。
走って来たのか、少し息が荒い。
「江森、どうしたの?」
「中西こそ、何で黙って帰ってんだよ」
こちらが質問したはずなのに逆に返されても困る…とさやかは思ったが、それよりも拓哉に帰るところを見られていた方が意外だった。
そして、拓哉の顔が心なしか怒っているようにも見える。
―――どうして黙って帰ったくらいで、私が怒られなきゃならないわけ?
意味もわからず不機嫌オーラを出しまくっている目の前のいい男をさやかは、暫し見つめていた。
「だって、私があそこに居てもしょうがないし…。だいたい江森が、何でここに居るわけ?みんなは?」
「あぁ、抜けて来た。俺もあそこに居ても、しょうがねぇし」
―――あんたねぇ、『居てもしょうがねぇし』って…麗奈ちゃんはどうするのよ。
今日の合コンの一番の目的は拓哉と飲むことだったはず、その張本人が抜けて来てしまっては会の意味がないだろう。
それなのにこの男は、しれっと言い切るし…。
「麗奈ちゃんは、いいの?置いて来ちゃって」
「別にいいんじゃねぇ?それよりさ、これから飲み直さねぇ?俺、ああいう店何か性に合わない」
―――『別にいいんじゃねぇ?』って言われても、私は構わないけどさ…。
そんなさやかのことなどまったくお構いなしで、拓哉はさやかを行きつけの飲み屋へと引っ張って行った。
そこは前にさやかも拓哉に連れて来てもらったことがあるお店、どうにも拓哉の外見にはそぐわない気はするが、本人は至って気に入っている様子。
実際さやかもこっちのお店の方が、落ち着くのだが…。
どちらからともなくビールのジョッキを頼むとグラスを合わせた。
「う〜美味い」
本当に美味しそうにビールを飲んでいる拓哉を見て、思わずさやかの顔に笑みがこぼれた。
ビールなんてどこで飲んでも同じような気がするが、なぜかこういう洒落過ぎていないお店の方が美味しく感じるのはなぜだろう?
「何、笑ってんだよ」
「え?だって江森ったら、本当に美味しそうに飲むからさ」
「それは、中西もだろう?」
自分ではそうでもないと思っていたが、周りからさやかは美味しいものを口にするとすぐに顔に出るわよねと言われていたのを思い出していた。
そうでなくても、顔に出やすいタイプなのだけど…。
「江森って、変わってるわよね。麗奈ちゃんみたいな可愛い子と洒落たお店でワインでも飲んでる方がよっぽど似合ってるのにさ、何もわざわざ私なんかとここで飲まなくてもいいのに」
「あぁ?俺が何で、合コンなんてうざったいのに出たと思ってんだよ。中西が誘いに来たからだろう?お前が居なかったら、こんな面倒なの来てねぇよ。それなのに勝手に帰りやがって」
―――はぁ?何それ。
それって、私が目当てって言ってるように聞こえるんだけど…。
確かに拓哉を誘いに行った時、『お前が来なければ、俺は行かないぞ』とは言われたが…そのわりに店では一言もさやかに話し掛けることもなかったし、眼中になかったくせに。
「どういう意味よ」
「どういう意味も、こういう意味もねぇよ。俺は、中西と飲みたかったんだよ。お前、最近誘っても乗ってこねぇし、俺避けられてるのかと思ってたんだぞ」
「別に…避けてなんかいないわよ」
―――避けてなんていないけど、みんなに色々言われるの嫌なんだもん。
拓哉は社内でもかなり人目を引くほどのいい男だったから、本人に自覚がなくても一緒に飲みに行ったり行動を共にするだけでいらぬ噂の対象になってしまう。
だから、誘われてもこの頃はホイホイ付いて行ったりはしなかった。
それなのに拓哉がどうして、さやかのことをこんなふうに言うのかわからなかった。
「だったら、何なんだよ」
「じゃあ、何で江森は私のことを誘うわけ?一緒に飲みたかったなんて、言うの?」
「それは…」
「それは…何なのよ」
「何で、俺が中西に責められるんだよ。今は、お前の話をしてんだろう?」
―――この男は、ズルイ。こういう肝心なところは、いっつも、はぐらかすんだから。
それなのにあんな言い方されたら勘違いする、わかってて言ってるの?
「ごめん、俺、中西のこと…好きだから…。でも見た目ほどスマートじゃないし、うまく言葉で言えないんだよ」
「え?」
いつもの拓哉らしくなく視線を泳がせるようにしながら、髪の毛をガシガシと掻き揚げた。
―――今、私のこと好きだって言った?嘘でしょう?そんなはずないもの…。
さやかは飲もうとしていたビールを持ったまま、顔だけを拓哉の方へ向けたが、目は見開いたままだった。
「嘘…」
「嘘じゃねぇよ。俺、ずっと中西のこと好きで…だから誘ってたのに…。どうせお前、俺が誰にでも声掛けてるとか思ってたんだろう?」
―――うっ、そうじゃないの?
拓哉はさやかの前ではこんな口調で話すが、他の人達の前ではポーカーフェースを装っている。
だから、誰にでも声を掛けているものとばかり思っていた。
「違うの?」
「馬鹿、違うに決まってんだろう?」
「馬鹿って何よ。馬鹿って!そんなの言ってくれなきゃ、わからないわよ。だいたいね、あんたみたいないい男に誘われて本気にする女がどこに居るのよ!私なんてこんなだから、遊ばれて捨てられるのがオチじゃない」
さやかは、一気に捲くし立てるように思っていたことを口に出していた。
―――そりゃあ、少しは自惚れてるって思うこともあったわよ?でも、私に限ってそんなこと絶対あり得ないもの。
「お前、何逆ギレしてんだよ」
「うるさいっ!」
さやかは頭に血が上ると周りの声も耳に入らなくなり、自分でも制御できなくなる。
素直じゃないとわかっているが、どうにもならないのだから仕方がない。
―――可愛くないって、わかってるのに…。
「出よう」
拓哉は、さやかの手を取ると店を後にした。
「ちょっ、ちょっと痛いっ。離してよ!」
「いいから黙って、付いて来いって」
あまりに低い声で言われて、それ以上さやかは何も言うことができなかった。
―――怒ってる?…わよね。
◇
気が付くとそこは、拓哉の住むアパートの前。
「ここ…」
「ちゃんと話したい。俺、こんなんで中西と気まずい思いしたくないから」
―――そんなに悲しそうな顔、しないでよ。
こっちまで、悲しくなるじゃない。
拓哉の顔からは、いつもの爽やかな笑顔は消えていた。
あまりに切なそうで罪悪感で一杯になったさやかは、黙って拓哉に付いて部屋に入る。
真新しいアパートで、そう言えば最近越したようなことを言っていたが、2DKの部屋の中は思ったよりも小奇麗に整理されていた。
フローリングの部屋はリビングにしているのか、つい最近までコタツにしてあったであろうテーブルの横にテレビとDVDの乗ったラックが置いてある。
「その辺に座ってて」
拓哉に言われてさやかは、フローリングの床の上に敷いてある絨毯の上に座るとただ俯いて自分の手をじっと見つめていた。
暫くして、部屋の中にコーヒーのいい香りが漂ってくる。
「はい。中西は砂糖無しだけど、ミルクは多めに入れるんだったよな」
そう言って手渡されたカップには、たっぷりとミルクが入っている。
拓哉は、さやかの好みもちゃんと知っていたのだ。
「う…ん、ありがとう」
拓哉が斜向かいに腰を下ろしたが、さやかは俯いたまま顔を上げることができなかった。
「ごめん。俺、中西を怒らせるつもりなんてなかった。何かわかんねぇけど、お前の前だと素直になれなくて、つい余計なこと言っちゃうんだ。自分でも、どうしてそうなるのかわからないんだよ」
それは、さやかも同じことだった。
拓哉の前だと、どうしても素直になれなくて…。
「私の方こそ、ごめんね。カッとなっちゃって」
さやかは、手に持っていたコーヒーのカップに口を付けた。
ミルクの柔らかい味が口の中に広がって、少し冷えた身体が温まった。
「ちゃんと言うよ。俺、中西のこと本気で好きだから…遊んで捨てたりなんか絶対しない」
そっと拓哉の顔を見上げると真剣な眼差しの中にもさやかを見つめる時のいつもの優しい笑顔がそこにはあった。
「江森…何でそんなこと言うの?私なんて可愛くないし、素直じゃないし、すぐ怒るし、麗奈ちゃんの方が、よっぽど素直で可愛いいじゃない」
―――江森の気持ちはすごく嬉しいけど…けど、私じゃ釣り合わないもの。
なのにどうして好きだなんて言うの?
「中西、それ本気で言ってる?確かにお前素直じゃないし、すぐ怒るかもしれないけど、でも可愛くないっていうのは間違ってるぞ?俺さ、初めて中西を見た時一目惚れしたんだ。あんな可愛い子と俺は、同期なのかって」
「えっ?嘘、絶対そんなことない」
自慢じゃないが、さやかは周りの人間に可愛いなどと一度も言われたことはない。
ただ両親と歳の離れた二人の兄だけは、そんなことを言ってくれるけれど…。
それは、女の子が欲しかった両親にやっと生まれた子供だったことと兄達にとってもそれは同じことだったのだと思う。
自分で見たって、お世辞でも可愛いとは思えない。
それなのに拓哉は、どうしてそんなことを言うのだろうか?
「そう言うと思ったよ、でも本当なんだ」
拓哉は、ふっと苦笑いしながらも言葉を続けた。
「中西ってさ、すっげえ可愛いけどどこか相手に対して線を引いてるところがあると思う。心を許した相手にしか本当の笑顔は見せないよな。それが、簡単に人を寄せ付けないって印象を与えているような気がするんだ。それに比べて平原は同じように可愛いかもしれないけど、誰にでも笑顔を振り撒ける。愛想がいいって言うとあんまり聞こえは良くないけど、でもそうなんだろうな、だから男受けがいいんだよ」
拓哉の言うようにさやかは自分では意識していないが、相手に対してどこか線を引いている部分があるらしい。
それはよく顔に出るのと一緒で好意を持っている人間に対してはこれでもかの笑みを送るが、あまり好きな相手でないとすぐに気持ちが表に出てしまう。
だから相手の方がさやかの気持ちを察して、先に引いてしまうのだ。
「自惚れてるって言われるかもしれないけど、お前俺に対しては本当の笑顔見せてくれてるよな。少しは俺のこと、受け入れてくれてたんじゃないのか?」
「そんなこと…」
―――いきなり言われたって、わからないわよ。
さっきから好きだとか、可愛いだとか言われても…そんなの信じられない。
「俺のこと、嫌いか?」
真剣な…墨黒の瞳で射抜くように拓哉に見つめられて、目を逸らすことができない。
嫌いかと言われれば、それははっきり違うと言えるだろう…でも…。
「嫌い…じゃない…けど」
「けど?」
「わからないの…」
江森のことをそんなふうに今まで考えたことがなかったのだから。
と言うか、どこかで自分が傷つくのを恐れて、敢えてそうしなかったのかもしれないが…。
「だったら…今から俺のこと好きになって」
言い終わるか終わらないうちに拓哉は、さやかを自分の方へ抱き寄せた。
さやかは思わず持っていたカップの中のコーヒーを溢しそうになったが、かろうじて拓哉がそれを押さえていた。
抱きしめている拓哉の腕が力強くて、広い胸が心地よくて…。
「江森…」
さやかが拓哉の胸に顔を埋めたままで、彼の名を呼ぶと。
「大丈夫だよ。お前は絶対俺のこと好きになる」
「はぁ?何それ、自惚れないでよ」
「だからさっきから、自惚れてるって言ってんだろう?」
あまりに自信満々に言い切る拓哉にさやかは、思わず笑いが込み上げてきた。
「何、笑ってんだよ」
「だって…」
「おいっ、俺が真剣に言ってんのに…」と少し拗ねたように言う拓哉の声が、頭の上から聞こえてくる。
―――もう、とっくに江森のこと好きになってる…。
さやかは認めたくなかったが、きっとずっと前から拓哉のことを好きだったのだろう。
気付いていながら、気付かない振りをしていたのかもしれない。
「でも、さやかは笑ってる方が可愛いよ」
「ちょっ、何?勝手に…名前呼んでるのっ」
拓哉に耳元で囁かれるように言われて、心臓の鼓動が一気に早くなるのがわかる。
本当はさやかは名前で呼ばれて可愛いって言われて嬉しかったのだが、元来素直じゃない性格のためにすんなり受け入れることができない。
まして、こんなにドキドキしているのを悟られるのも恥ずかしい。
「なあ、さやかも俺のこと名前で呼んでくれないか?」
「嫌っ」
―――そんなの恥ずかしくて、言えるわけないじゃない。
「何だよ、いいじゃんか…」
即答されてガックリと肩を落とした拓哉が、さやかの肩に自分の顎を乗せた。
あんまりにも落胆するものだから、さやかも何だか可哀想な気になってきて知らぬ間に彼の名前を呼んでいた。
「―――拓哉」
「え?」
不意打ちされた拓哉が、さやかの顔を覗き込むようにして見る。
あまりに拓哉の顔が至近距離にあって、落ち着きかけていたさやかの心臓はまた激しく鼓動を打ち始めた。
―――この男と居ると身体に悪い。
それが、さやかの感想だったが…。
「もう一回、言って」
「嫌っ」
「なぁ」
拓哉は、さやかの額に自分のそれをコツンとくっつけるとさやかを抱きしめている腕の力を更に強めた。
ここで名前を呼ばなければ、拓哉はずっとさやかを離さないつもりだろう。
それはそれで、さやかの身体が持たない。
さやかは、そっと目を瞑ると彼の名を呼んだ。
「拓哉…」
「俺、今すっげぇ嬉しい。本当はさやかに名前だけじゃなくて好きだって言ってもらいたいけど、それはもう少し先に取っておくよ。でも、いつかちゃんと言ってくれよ」
「う…ん」
『いつか…そう遠くない未来に必ず拓哉のこと好きって言うから』そう心の中でさやかは、囁いて微笑むと拓哉も満足そうに笑みを返しお互いの唇が重なった。
何度も何度も啄ばむようなくちづけの後、段々と深くなるその行為にさやかは今にも溶けてしまいそうだった。
―――拓哉、キス上手すぎるって。
「はぁ…」思わず、さやかの口から溜め息が漏れた。
「あぁ、さやか可愛すぎっ。そんな顔されたら俺、もう我慢できないっ。今夜は帰すつもりないから、覚悟しておけよ」
「ちょっと、覚悟って何よっ」
と言うさやかの言葉など聞く耳持たずの拓哉は、あっさりとさやかを抱き上げると隣の寝室に連れて行った。
それからは拓哉の言葉通り甘すぎる夜を過ごし、次の日は一日ベットから動けなかったことは言うまでもない。
―――次の日が、休みで良かった…。
これはさやかの心の言葉であったが、拓哉は別の意味で良かったと思ったのだった。
To be continued...
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