Start Line
Chapter8
2/E


+++

そして土曜日の午後3時少し前、那智は―――クラブの大山さんと待ち合わせをしてホテルのラウンジへ向かった。
―――あぁ、緊張するわ。

「そんなに固く考えないで、気軽にお友達に会うと思ってください。それに1人で決めてしまうのではなくて、何人もの人と会って本当に自分に合うパートナーを探してください」

那智が緊張しているのがわかったのか、大山さんの言葉で那智はすっかりいつもの自分を取り戻していた。
ラウンジに着くと既に金子さんは待っていたようで、ウエイターの案内で席に着いた。
大山さんの紹介の後、お互いの名前を名乗り合った。

「初めまして、金子 晋二です」
「こちらこそ初めまして、平沢 那智です」

金子さんは写真で見るよりもずっと若々しくて、爽やかなのは変わらないけれどとても素敵な人だった。

「それでは、わたくしはこれで失礼します」

大山さんは、早々にこの場を後にした。
那智にしてみるともう少し大山さんに居て欲しい気持ちの方が強かったけれど、それじゃあ意味がないわけで…。
那智は、覚悟を決めて金子さんに話しかけた。

「金子さんは、休みの日は何をされているのですか?」
「僕ですか?あまり外には出ないですけど、車を運転するのが好きなので、ドライブとかですかね」
「平沢さんは、どうなんですか?」
「私は、友達と映画を観たりショッピングをしたり、そんな感じですね」

わりと他愛のない普通の会話をしていたけれど、どうも話が続かない。
何を話していいのか、わからないのよね。
こんな時、良輔だったらどうでもいい話で盛り上がるのに。
―――私ったら、何で上原のことなんて考えてるのよ。
そんなことを思っていると不意に那智の名前を呼ばれた。
それはいつも耳にしている声で今、まさに思い浮かべて居た人物だった。

「那智さんっ」
「上原… 何で?」

―――どうして、ここに上原が居るのよ。
那智は昨日、会社の食堂で良輔に会った時、今日のことは話していた。
うっかり時間と場所までしゃべっていたことを思い出したけど、だからって一体何しに来たって言うのよ。

「すみません。この話は、なかったことにしてください」

いきなり良輔は金子さんにそう言うと、那智の腕を引っ張って立たせようとした。

「ちょっ、ちょっと上原。何するのよ!」

さすがの那智も、この状況で素直に良輔に従うことはできなかった。

「いいから、那智さん帰りましょう」

尚も那智のことを引っ張る良輔には力では逆らえず、那智は金子さんに一言謝ると彼の後についてラウンジを後にした。
振り返って金子さんを見ると何がなんだかわからない様子。
それはそうでしょう。
いきなり見合いの席で、見知らぬ男に相手の女を連れて行かれたのでは。
良輔は、那智の手を引っ張ったままホテルのエレベーターのボタンを押した。
那智は良輔に聞きたいことはたくさんあったけれど、何をどう聞いていいものかわからず、押し黙ったままだった。
そのままエレベーターに押し込まれ、止まった先は客室のある15階。
良輔は那智の腕を引っ張ったまま一室の前に立つと鍵を開けて那智の背中を押して中に入れた。
那智は部屋に入るなり、良輔に一気に疑問を投げかけた。

「ちょっと上原!これはなんなのよ。どういうつもりなの!」
「どういうつもりって、見合いの席から那智さんを連れ出しただけですけど」

しれっと言う良輔の態度にものすごく腹が立った。

「何よ!その言い方。上原、私をからかってるの?ふざけないでよ。一体、何の権利があってこんなことするわけ」

せっかくの見合いの席でこんなことをされて、金子さんはもう那智には会ってくれないだろう。
それは、誰が考えても当然の話だ。

「俺は、ふざけてなんかない!」

いつもの優しい物腰とは打って変わった強い口調に、那智は息を飲んだ。

「俺の気持ちも知らないで、俺がどんな想いであなたを見ていたかなんてわからないくせに」

良輔は、側にあった机を思いっきり叩いた。
その音の大きさに那智は一瞬驚いたが、それでも言葉を続けずにはいられなかった。

「上原の気持ちなんて、わからないわよ。何?上原の気持ちって、勝手なことばかり言わな―――」

最後まで言い終わらないうちに那智は、良輔に抱きしめられていた。

「俺、那智さんが好きです。あんなやつにあなたを渡すことなんてできない」

那智には、良輔の言っている意味がすぐには理解できなかった。

―――上原が、私を好き―――?

「嘘… 」

そっと良輔の顔を見上げると、とても切なそうにしている彼の顔が目に入った。

「嘘じゃありません。初めて会った時からずっとあなたが好きでした。俺は会社に入ったばかりで仕事も一人前にできないし、あなたには全然相応しくないって頭ではわかっていたんです。そうしたらいきなり出会いクラブに入って見合いするなんて言われて、俺どうしていいかわからなくて… 。いてもたってもいられなくて、ただ他のやつにだけは絶対にあなたを渡したくなかった。すみませんこんなことして、でも俺は本気なんです」
「上原… 。自分がしたことわかってるの?私は、遊びでは付き合えないのよ」
「そんなことわかっています。でなきゃ、こんな無茶なことしませんよ」

良輔は、上着のポケットから何かを取り出すとそれをそっと那智の指にはめた。
―――何?
彼は那智の手を掴んでそっと顔の位置まで上げると、光るものが見える。

これってもしかして… もしかしなくても、ダイヤのリング?
えぇぇぇぇ?!

彼はリングにそっと触れるように唇をあてた後、はっきりと言った。

「那智さん。俺と結婚してください」

―――上原、本気で言ってるの?
まぁ、この状況で冗談って言うのは考えにくいことだけど、それにしてもこんなことって… 。

「那智さん?」
「……………」
「那智さん…… 泣いてるんですか?」

自分でも気づかないうちに、那智の頬にはいつの間にか光るものが流れていた。

「ごめん… 。上原の気持ちはすごく嬉しいけど、こんなのダメよ。上原には、もっと私なんかより相応しい人が居るはずだから」

―――私なんかのために惑わされちゃダメ。
良輔は、那智の涙の跡を拭うようにそっと唇をあてた。
幾度も幾度も繰り返される行為に那智は、知らず知らずのうちに瞼を閉じてそれを受け入れていた。

「那智さん」

優しく囁くように自分の名前を耳元で呼ばれるとビクンと身体が反応した。
―――お願いだから、そんな声で名前を囁かないで…。

「俺は、あなたが好きなんです。後にも先にも、あなた以外の人を好きになんてならない。あなたを愛しています」

―――これって、すごい殺し文句。
ここまで言われて断れる人なんていないんじゃない?

「いいの?」
「那智さんがいいんです。那智さんでなきゃダメなんです。俺、絶対幸せにします。自信あるんです」
「ほんと?約束してくれる?私、我侭だし、嫉妬深いし… 」

良輔は、那智の額に自分のそれをくっつけると少し笑みを浮かべながらこう言った。

「約束します。それにこんな我侭で嫉妬深い那智さんを幸せにできるやつなんて、俺以外にいませんよ」
「何それ。その自信は一体、どこからくるわけ?」
「それは、那智さんを他の誰よりも愛しているからですよ」

―――うわぁ、なんでこの子はこんな言葉をさらっと平気な顔で言っちゃうのかしら。
聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるわ。
思わず那智は俯いた。

「那智さん、顔赤いですよ」
「だって、上原が恥ずかしいこと平気な顔して言うからっ… 」
「良輔です」
「へ?」
「名前、良輔って呼んでください」

―――そんな… 今更、名前でなんて呼べないわよ。
今までずっと上原だったのに… 。

「那〜智さ〜ん」

―――あぁ、わかったわよ。
呼べばいいんでしょ、呼べば。

「良輔」
「那智さん」

上原、もとい良輔はさっきよりもずっと強い力で那智を抱きしめた。
痩せているとばかり思っていた良輔の胸の中は、とても大きくて心地よい。

「那智さん」

もう一度良輔が自分の名前を呼ぶと那智は顔を上げて彼の目を見つめた。
とても優しくて、その瞳の中には自分しか映っていない。

「俺と結婚してください」

那智にもう迷いはなかった。
自分をこんなにも愛してくれている良輔が、愛しくて仕方がない。

「はい」

良輔は満面の笑みを称えて那智を見つめると唇を重ねる。
初めは、ほんの触れる程度のもの。
それが段々と角度を変えて深くなってくる、那智は身体の力が全部抜けてしまい良輔の顔が離れた時には立っているのもやっとなくらいだった。

「那智さん、そんなに俺のキスよかったですか?」
「なっ… 」

クスクスと笑う良輔が、なんだか少し憎らしい。
那智よりも6歳も年下のくせにどうも遊ばれている気がしてならない。
那智は、良輔を睨みつけた。

「那智さん、そんな顔してもダメですよ。余計、俺を誘っているようにしか思えません」
「もうっ」

那智は良輔から離れようとしたけれど、彼の那智を抱く腕は余計強くなる。

「今夜は、帰しませんからね」
「え?それどういう」

そう言えば、ここはホテルの一室だということを那智はすっかり忘れていた。
冷静になって部屋を見渡せば、なんだか那智の知っているホテルの部屋とは全然違う。
ここには応接セットしか見当たらない、ということはベットルームは他にあるわけで…。
と言うことは、ここって… もしかしてスィートルーム?
だけど、よくこんな部屋取れたわね。
那智が良輔にここでの見合いの件を話したのは、昨日のお昼だっていうのに。
それにここって、一泊いくらするわけ?
去年入社したばかりの良輔に、こんな高い部屋の代金が払えるのかしら?
那智は自分のために取ってくれたのだと正直嬉しかったけれど、そんな反面現実的なことを考えている自分がいた。
左手の薬指にしっかりはまっている指輪だって、ダイヤがとても大きいし。
そんな那智の気持ちがわかったのか、良輔は那智の手を取るとソファーに座らせた。

「那智さん、驚かないで聞いてください。このホテルの他にもいくつかの会社を経営している上原コーポレーションの会長は、俺の父なんです」
「えぇぇぇぇっ…?!」

―――嘘でしょ?
上原コーポレーションと聞いて、まず知らない人はいないだろう。
日本でも有数の大企業なのだから。
でも、良輔があの上原コーポレーションの会長の息子だったなんて…。

「すみません。別に隠しているつもりはなかったんですけど話す機会もなくて、それに那智さんはこれを初めに言ったら絶対俺との結婚をOKしてくれなかったでしょうしね」

良輔の言葉で思い出したが、那智は良輔のプロポーズを受けたばかりだった。
まさか、こんなことなら絶対断っていたはずなのに。

「昨日、プロポーズしたい女性がいるからこの部屋を貸して欲しいと父に言ったら、快く了承してくれました。那智さんがうちのホテルで見合いをしてくれて、ほんと良かったですよ」

―――はぁ?何、そんなこともうご両親に話しちゃったわけ?
だいたい、親も親よね。
そんな大事なこと軽く了承してしまうなんて一体、どういう人達なのかしら?

「心配しないでも大丈夫ですよ。那智さんのことは両親に全部話しましたが、俺の決めた女性ならととても喜んでくれました。それに俺は、三男だから会社を継ぐ必要はないんです。俺、今勤めている会社はすごく好きなんですよ。那智さんに出会った会社だから、辞めるつもりはありません。でも上原コーポレーションの方には一応役員には名前を列ねていますけどね。さっき那智さんを幸せにする自信があると言ったのはもちろんあなたへの愛情もそうですが、金銭面もあったんです。普通、入社2年目ではお世辞でも幸せにするなんて言えませんからね」

正直、そこまで良輔が考えていてくれるとは思わなかった。
だけど、那智にそこまでしてもらうほどの魅力があるとはとても思えなくて… 。

「那智さん、また余計なこと考えてますね?」

良輔はどうしてこうも勘が鋭いというか、人の気持ちがわかってしまうのだろうか?

「でも… 」
「那智さんは何も考えないで、黙って俺についてくればいいんですよ」
「良輔… 」
「那智さんが側にいてくれるだけで、俺は幸せなんです。だからそんな顔しないで、那智さんは笑顔が一番素敵なんですから」

誓うように良輔は、再び那智にくちづける。

『那智さん、愛しています』


To be continued...


続きが読みた〜い、良かったよ!と思われた方、よろしければポチっとお願いします。
福助


NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.