※ こちらは、二人の未来のお話になります。
「祐樹っ、起きて!会社に遅刻するわ」
若菜が彼の身体を揺すりながら大声で叫ぶとようやっと薄目を開けたが、まだ本気で目覚めていないよう。
相変わらずの寝起きの悪さ、いつになってもこればっかりは直りそうにない。
―――もうすぐ、お父さんになるっていうのに…。
もうだいぶ大きくなってきたお腹を若菜は愛おしむように擦りながら、再びビクともしない祐樹に視線を戻す。
「祐樹ったら、起きて。課長が遅刻なんて、みっともないわ」
ようやく意識がはっきりしてきたのか、若菜の言っていることを理解した祐樹が勢いよく飛び起きた。
「あぁ、若菜。おはよう」
「おはよう。あなた、もう7時よ?ご飯用意できてるから、早く着替えて下に降りて来てね」
若菜が目覚めのキスと共にそう言うと「え?もうそんな時間?」と祐樹は慌ててベッドから抜け出る。
先に下に降りた若菜が味噌汁とご飯をよそっていると、少しして祐樹がワイシャツ姿にネクタイを首にぶら下げた状態で急いで降りてきた。
「変?」
寝癖のついた髪を押さえているからか、そんな祐樹を見て若菜がクスクスと笑っている。
「ううん。初めて一緒に住むようになった時も、こんなふうだったなって思い出してたの」
あの日からもう、7年の月日が過ぎていたなんて信じられないくらい。
一年間だけの単なる同居だったはずが、今では同じ姓を名乗っているなんて…。
「あぁ、俺も30に手が届くっていうのにな。子供が生まれるまでには、何とか」
「ほんと?」
「えっ、あぁ。やっぱり、無理だな」
バツが悪いのか、「顔を洗ってくる」と洗面所に行ってしまった祐樹。
そんな旦那様を見て、若菜はフッと微笑むのだった。
+++
「なぁ。急なんだけど、今夜同期のやつらで飲みに行こうってさ。さっき、たまたま会ってそういう話になったんだよ」
「俺達の昇進祝いをやってくれるらしいけど、託(かこつ)けてがっぽり会費を取られるのは覚悟の上での話しだが」と、隣の大きなデスクの主である貴史が祐樹の元へ椅子ごとゴロゴロとやって来て部長にチラッと視線を向けつつ小さな声でそう言った。
彼とは同期入社で同じ部に配属され、つい最近二人同時に課長に昇進したのだった。
そして、若菜の中学からの親友でもある幸とは今もいい関係が続いているが、貴史としては祐樹の影響もあって結婚したい気持ちが強いように感じられる。
ただ、弁護士を目指している彼女は現在法科大学院に通っているところ、まだまだ道のりは長そうだ。
「行きたいのは、山山なんだけど」
「若菜ちゃんか?」
「まぁ」
お腹もだいぶ目立つようになってきていたが、生まれるまでにはもう少し期間もある。
体調も安定しているから、心配することもないんだけど…。
「そんなに遅くならない程度でさ、ちょっと付き合えよ」
「わかったよ」
せっかく同期がそう言ってくれているのならちょっとだけ、祐樹はこっそり席を立つと携帯で若菜にメールを送ることにした。
◇
会社近くの居酒屋に集まった面々はあの頃とそう変わらないはずだったが、1/3は結婚していて幸せ太り?なのか、随分とふっくらしてきた者も中にはいたりもする。
それでも、なんだろうホッとするのは、同じ時を過ごしてきた仲間だったからかもしれない。
「それじゃあ、加山と小豆沢の課長昇進を祝って乾杯〜」
みんなはテーブルの中央に身を乗り出し、思い思いのグラスをカチンとぶつける。
貴史などはよほど喉が渇いていたのか、ビールのジョッキを半分ぐらい一気に飲み干した。
段々、仕事での付き合いばかりになって、こんなふうに同期で飲む機会も少なくなるのだろうなぁと少し寂しい気もしたり。
「小豆沢君の奥さんは、今何ヶ月なの?」
隣に座っていた彼女はビールは苦手だからとウーロンハイを気持ちよさそうに喉に流していたが、同期の中でも数少なくなってしまった女性の一人で、入社したばかりの頃に『子供は欲しいけど、旦那さんはいらないわ』と大胆発言をして周りを驚かせたのを今も覚えている。
あれから、考えは変わったのだろうか?
「えっと、8ヶ月に入ったところかな」
「じゃあ。どっちかもう、わかってるんでしょ?」
「そうなんだろうけど、俺達は聞いていないんだ」
「え?そうなの。でも、準備とか大変じゃない?男の子か女の子か、わからないと」
今は生まれる前に男の子なのか、女の子なのか聞いてしまう方が多いのかもしれないが、祐樹と若菜はそれをしないつもり。
元気に生まれてきてさえくれれば、どちらでもいいと思っているから。
若菜曰く、女の子が生まれたら大変らしいけど。
「確かになぁ。名前もどうしようとかあるけど、やっぱり生まれてきてからの楽しみもあるかなって。彼女がそうしたいって言うんだよ」
「そう言えばさぁ、小豆沢。お前、奥さんが高校生の時から同棲してたんだって?」
彼女との会話を聞いていた、幸せ太りになりつつあるやつが、いきなり爆弾発言をするものだから、みんなは一斉に振り向くし、ちょうどビールを飲んでいた祐樹は危うく噴出すところだった。
「ちょっと待て。誰がそんなことを」
「あ?誰って、加山」
…ちょっと待てよ。
一番その辺の詳しい事情を知っているやつが、何で同棲なんか言うかなぁ。
祐樹はギロっと貴史を睨みつけたが、彼は全く知らんふり。
「貴史、何てことを。俺がいつ、同棲なんかしたんだよ。あれは同棲じゃなくて、同居だ」
ここにいるみんなは結婚式にももちろん出席していたが、若菜が高校3年生の時に同居していた話は実のところしていなかった。
話せばこんなふうに突っ込まれることが目に見えていたから、なのに…。
「祐樹がかわいそうだから、弁解しておくか」
「何が弁解だ、いらんこと言って」
こういう話には、みんな飢えた魚のように喰い付いてくる。
昇進祝いだったはずなのにいつの間にか、祐樹と若菜の馴れ初め話に摩り替わってしまっていた。
もちろん、悔しいから貴史のストーカーまがい事件など、尾ひれをつけて大げさに言ってやったけど。
「っつうことは、何?毎日弁当持ってきてたのって、あれは奥さんが作ってくれてたのかよ」
「そうだよ。今もだけどさ」
「あ?ったく、あんな可愛い奥さんのことだから、女子高生の時は―――カァーっ。羨ましいぞ」
自分から聞いておきながら、聞かなければよかったと後悔してしまう。
あの頃、祐樹はそういう素振りすら見せなかったし、いい男だったからモテたにも関わらず浮いた噂もなかったのはそのせいだったのかと。
想いを抱えながら同居していた一年間は彼女に手も出さず、そこは真面目な祐樹らしい。
こうなったら根堀り葉堀りきいてやろうと、散々な目に遭った祐樹が家路に着いたのは日付が変わった後のことだった。
外からリビングの電気が点いているのは見えたが、この時間になれば若菜は寝ている頃かなと祐樹は鍵を取り出して静かにドアを開けた。
「お帰りなさい」
靴を脱いでいると、若菜は今朝と同じマタニティのワンピース姿で出迎えてくれた。
「ただいま。寝ててもよかったのに」
アルコール臭いから、ただいまのキスは彼女の頬にする。
さっきこれでもかというくらい若菜とのことを聞かれたせいか、無性に彼女に会いたかった。
結婚してもうじき一年になろうとしている世間ではまだ新婚さんであっても付き合いは長い、それでも未だに新鮮な気持ちでいられるのは本当に惚れているから。
「今、お茶入れるわね」と言いながら、祐樹の脱いだスーツの上着をハンガーに掛ける若菜のお腹を労わるように祐樹は背後からそっと抱きしめた。
「祐樹?」
「同期のやつらに散々、若菜とのことを聞かれたんだ」
「何て?」
「ん、色々」
「色々じゃ、わからないわよ」という若菜と向かい合わせになると、祐樹はおでこをコツンとぶつける。
―――どんなことを聞かれたの?気になるじゃない。
同期の人だったら結婚式にも出席してもらったし、一応顔見知りだけど、あんまり覚えてないもの…。
「可愛い奥さんだって」
「嘘」
「嘘じゃない。若菜は、可愛い奥さんだよ」
「もうっ、酔ってるんだからぁ」と恥ずかしそうに顔を赤らめた若菜を包み込むように抱きしめると、耳元で囁くように言う。
「愛してる」
To be continued...
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