素直になれなくて
ブルルルルルルル―――
ブルルルルルルル―――
一士がバスルームから髪をタオルでゴシゴシ拭きながら出てくると、テーブルの上に置いてあった携帯が震えだした。
―――誰だ?今頃。
そう思っても、相手は1人しかいない。
急いで携帯を開くと、ディスプレイに表示された文字にやっぱりという思いと嬉しさでつい顔がニヤケテしまう。
「もしもし、エリ?」
ガヤガヤガヤ―――
―――なんだ?妙にうるさいなぁ。
『もしも〜し、課長〜一士〜聞こえてるの〜?』
「あっ、あぁ。聞こえてるよ」
『一士〜一士ったら〜』
「だ・か・ら・聞こえてるって」
かろうじて一士にはエリの声が聞こえていたが、彼女には聞こえていないよう。
あれだけ周りが騒がしければ、聞こえなくて当然かもしれないが…。
―――しかし、エリはどこにいるんだ?
『課長〜聞こえてますか?俺ですよ、杵』
「は?なんで杵が」
―――なんで杵が、エリと一緒にいるんだよ。
せっかく、エリからの電話だと思ったのになんで杵が…。
一士の声は、一気に不機嫌になった。
『みんなで飲んでるんですよ。城崎さんが、課長のモノになる前に』
既にエリの通信事業部への異動と一士との結婚の話は、部内の人間に知らせてあった。
付き合い始めてからというもの、あれだけ一士はエリを特別扱いしていたのに不思議と気付いていた人間はほとんどいなくて、聞いた者はひどく落胆していたのが一士にとっては逆に快感だったりして。
それはいいとして、俺のモノになる前にというのはどういうことだ。
「お前ら、エリにどれだけ飲ませたんだ」
『うわぁ、課長。城崎さんのことをそう呼んでるんですか?』
「そんなことはどうでもいいだろ。俺の質問に答えろ」
―――ったく、どうでもいいところに食いついてきやがって。
エリの声の感じからいくと、相当量の酒を飲んでいるに違いない。
『だから、課長に電話したんじゃないですか』
「え?」
『迎えに来てくださいよ。俺達には、手に負えないですから』
―――なるほど、そういうことか。
酔っ払うと半端じゃないからな。
「わかった、場所はどこだ?すぐ迎えに行くよ」
『頼みますよ』
電話を切ると、一士は急いで着替えて車に乗り込んだ。
ハンドルを握りながら、ふと思う。
―――エリのやつ、まさか異動先でもあんなふうに飲むんじゃないだろうな。
今はこうやって迎えに行くことはできるが、転勤してしまったらそういうわけにはいかなくなる。
もしかして、酔っ払っていることをいいことに変な輩に連れて行かれるかもしれないじゃないか。
急に一士の中に不安が過ぎる。
「課長、早かったですね」
「エリは?」
「こっちです」と杵に連れて行かれた先で、エリはベロベロに酔っていながらも一士の顔を見てニッコリと微笑みながら手なんか振っている。
「一士、どうしたの?」
「どうしたのじゃないだろうが、こんなに飲んで」
「え〜そんなに飲んでないもん」
「誰が信じる」
一士は有無も言わずにエリを抱き上げると、ではなくて担ぎ上げると早々に店を出る。
「いやぁ〜ん、一士ったら〜」
「お前なぁ、そんなエロい声出すな」
「エロいなんて、ひど〜い」
「うるさい。静かにしろ」
助手席に押し込むと同時に、自分の唇で彼女の唇を塞ぐ。
酒臭かったが、そんなことは言ってられない。
「…っ…っん…っ…」
―――こんなことなら、異動なんてOKするんじゃなかった…。
そう思っても、もう遅い。
とにかく、酒だけは飲ませないようにしないと…。
心に誓う一士だったが、そんな二人を羨ましそうにみんなが見ていたとは…。
後で散々からかわれることになるのだが、覚えていないエリは飲酒禁止になった理由も、からかわれた理由もさっぱりわからなかった。
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