「もえ」
「なんですか?和也さん」
週末のある日、もえは和也のマンションのキッチンでコーヒーを入れていた。
「なぁ、いつになったらその敬語は直るんだ?もうペナルティが、かなりたまってるんだけど」
「え…」
あの日、同じ部の片桐に無理に誘われ飲まされたところをちょうどその場に訪れた和也に助けられて付き合 うようになったもえだったが、付き合う上で名前を呼ぶことと敬語はナシ、それができなかった時はキス一回というペナルティを課せられる。
というより、大声では言えないが、させられたともえは思っているけれど。
だが、まだ会社に入社したばかりのもえが、直属の上司である和也を呼び捨てに、ましてやタメロなどきけ るはずもなく…。
取り敢えず名前はさん付けで許してもらえたにしても、敬語だけはどうにもならず、既にペナルティはたま る一方。
あれからだいぶ経つし、その話はなかったものと思っていたのに…。
「まさか、チャラにしようとか思ってないよなぁ。も〜え」
「うぅっ…」
いつの間にか、テーブル越しにもえの正面に立って不適な笑みを浮かべる和也。
会社では、仕事ができて優しくてかっこよくて、日の打ち所のない人だったハズなのに実際はちょっと、い や、結構イジワルなところもあったりして…。
「いつ、してくれるのかなキスは」
「えっ、だってっ…」
「もえは、俺にキスするの嫌?」
「そっ、そんなこと…」
「だったら、して。俺、もえにキスしてもらいたい」
かがむようにして、ぐーっともえの方に顔を近づけて来る和也。
そんなに近付かれたら、それこそもえはどうしていいかわからない。
いつものように真っ赤に染まるもえを、じっと見つめる和也。
ついイジワルしてしまうが、こんなもえも可愛くて仕方がない。
和也はもう少し見ていたかったけれど、名残惜しむようにそっと目を瞑る。
そうすればもえが、観念してキスするのをこの短い間だったが、ちゃんと知っていたから。
少しして、小さな吐息が聞こえると柔らかいものが和也の唇に触れる。
すぐに離れてしまうこともわかっていたから、和也は素早くもえの後頭部に手を添えると今度は自分から彼 女の唇に触れる。
何度も何度も啄ばむようにもえの唇を堪能すると、一瞬だけ離してもえの表情を見てみる。
不意打ちされたという顔で、自分を見つめるもえに向かって囁く言葉。
「愛してる、もえ」
「…私も…和也さんを愛しています」
ハニカミながらも、そう答えてくれるもえ。
でも『あっ、また言った』と心の中で和也は思うが、これを口実にまたもえからキスしてもらえる。
そう思ったら、なんだか嬉しさが込み上げてくる。
まだまだ、ペナルティは減らないな。
そしていつまでも、初心なもえでいて欲しい。
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