もう一度、Merry Christmas


クリスマスかぁ…。
竹居 花梨(たけい かりん)は25歳になって初めて、一人のクリスマスを過ごすことになった。
だからと言って彼氏が途切れなかったからではなく、小さい時は家族で過ごしたし、学生時代は友達と過ごしたり、もちろん彼氏と二人っきりということも多少はあった。
でも社会人になってすぐに彼と別れてからは彼氏のいない友達と過ごしていたが、その子は直前になって彼氏ができたらしく、きっと今頃は楽しい夜を過ごしているのだろう。

「あ〜ぁ、何であたしだけ一人なのよ〜」

などと愚痴ってみてもどうにもならず、会社帰りに買ってきたケーキの箱を開けた。

ピンポーン―――

とその時、玄関のブザーが鳴った。
―――誰?こんな時間に。
時刻は夜の10時を少し回ったところ、こんな時間に人が来ることは滅多にない。
花梨は少し怖くなって、そのまま居留守を使うことにした。

それでも、呼び鈴は一向に鳴り止む気配がない。
―――もう、うるさいわねっ!一体、誰よ。
恐る恐る玄関に行き、ドアスコープを覗くも人影は見えるのだが、外が暗くて顔までははっきりわからない。
これじゃあ、ドアを開けるわけにもいかないじゃない。

「おい竹居っ、いるんだろ!寒いんだから早く開けろよ」

思いっきり、怒鳴る声が聞こえた。
―――はぁ?どうして、あたしの名前を知ってるの?ほんと誰なのよ。
花梨は意を決してチェーンを付けたまま、ゆっくりとドアを開けた。
すると、そこにいたのは同期の松平 健勝(まつだいら けんしょう)だった。
どうして、松平がここにいるの?って言うか、何であたしの家を知ってるわけ?!
相手が健勝だとわかっても、目を丸くしたままの花梨に健勝は急かせるように言う。

「やっと出て来たかよ。っていうか、何でチェーンしたままなんだ」
「あっごめん、今開けるからちょっと待って」

一度ドアを閉めて、チェーンを外してからもう一度ドアを開ける。
今夜はホワイトクリスマスになるかもしれないという予報だったくらいだから、余程寒かったのだろう。
まるで、赤鼻のトナカイのように鼻の頭を赤くした松平が勢いよく中に入って来た。

「ったく、もう少しで凍死するところだったぞ」

健勝は勝手に靴を脱いで、部屋の中に入ってしまった。
―――どうして、あたしが怒られなきゃなんないの?
花梨は首を傾げながら、慌てて健勝の後を追って部屋の中に入った。

「う〜暖っけぇ」

すっかりコートを脱いでこたつに入って首元まで布団に埋まってる健勝を見ていたら、喉元まで出かかっていた言葉もスっと奥に引っ込んでしまった。

「何か、暖かいものでも飲む?」
「あぁ?いや、これ買って来たから一緒に飲もうぜ」

左手に持っていたのは、ピンク色のラベルのモエ・エ・シャンドンのロゼ。
花梨はこれが大好きで、嬉しいことや頑張ったなって思った時に買って帰って自分へのご褒美にするシャンパンだった。

「どうしたのよ。それ」
「どうしたって、お前と飲もうと思って買って来たに決まってるだろう?」

―――そんなの言われなくても、わかるわよっ!
健勝が早くグラスを持って来いとばかりに目で訴えてくるから、あたしはそれ以上突っ込むのを止めてキッチンにグラスを取りに行った。
バカラとか持ってないから安物のシャンパングラスしかないけど、しょうがないわよね。

「ごめんね、こんなものしかないけど」

きっと残業してそのままここへ来たであろう健勝は何も食べていないだろうから、ケーキと一緒に買って来たなぜか一人で食べるには多過ぎるフライドチキンをレンジで温めて、確か冷蔵庫にあったはずのカマンベールチーズとサラミも一緒に用意した。

「おっ、美味そう。腹、減ってたんだよ」

ボンッ!!

健勝が、豪快にシャンパンの栓を開けるとグラスに注ぐ。
淡いサーモンピンクの液体の中に、無数の泡がいくつも上がっては消えて行く。

「綺麗」

花梨はライトにグラスをかざしてそれを眺めていたが、その様子を暫くの間、健勝は微笑ましく見ていた。

「そろそろ、飲もうぜ」
「うん」

『メリー・クリスマス』

お互い声には出さないけれど、どちらからともなくグラスをカチンと合わせるとシャンパンをそっと口に含む。

「美味い」「美味しいっ」

二人同時に同じ言葉を発したのが、何だか可笑しかった。
よっぽどお腹が空いていたのか、健勝はシャンパンを堪能する間もなくフライドチキンにパクリと食らいついた。

「ねぇ、どうして家がわかったの?」

健勝とは軽口を叩き合う仲ではあったが、お互いの家がどこにあるのか詳しいことは話していない。

「あぁ?島村に聞いた」
「えっ、たまきに?」
「正確には俺が聞いたんじゃなくて、島村が俺に教えてくれたんだよ」

島村 たまき(しまむら たまき)と花梨は松平と同じ同期で大の仲良しだったけど、そのたまきがなぜ、健勝にあたしの家を教えたのだろうか?

「お前が、一人で寂しいだろうからってさ」
「はぁ?」

―――それって、どーゆーことよ。
何であたしが一人で寂しいからって、たまきったら松平に家の場所を教えなきゃなんないわけ?
もしかして、シャンパンのことも…。

「それで、わざわざ松平はここへ来たの?」
「そう。クリスマスだってのに一人寂しく家にいるかわいそうな竹居の相手をする為に、忙しい俺がワザワザ来てやったんだ。感謝しろよ」

いたずらっぽく言う健勝に無性に腹が立った。
―――たまきもたまきだけど、どうして松平にそこまでしてもらわなきゃならないのよ!

「ちょっとっ何それ、馬鹿にしないでよ!誰がかわいそうなの?どうして、あたしがあんたに感謝しなきゃなんないわけ?誰もそんなこと頼んでないじゃない」

―――ふざけるのも、いい加減にしてよ。
この男は、いつもそうだ。
あたしの神経を逆なでするようなことばかり言ってくる。
だいたい、何でこんな日にこんなところに来るのよ。
付き合ってる子、いるんじゃなかったの?

「うわっ、ごめんって。泣くなよ」
「泣いてなんてないっ」

―――悔しいっ!こんな男の前で涙を見せるなんて…。
でも、溢れる涙はどうにも止めることができなかった。

すると、ふっと身体が引き寄せられたと思ったら、あっという間に健勝の腕の中に抱きしめられていた。

「嫌っ、離してっ」

―――もうっ、なんなのよ。
わけわかんない…。

「ごめん、泣かすつもりなんてなかったんだよ。俺、ずっとお前には男がいるんだと思ってた。だから諦めてたんだ。でも、島村にお前が一人だって聞いて―――」

―――え…松平、何言ってるの?
諦めてたって、どういうこと?意味わかんない…。

「好きなんだ、竹居のことが―――」

こんな失礼なヤツって思ったけれど、花梨の身体を抱きしめている力強い腕も、優しく髪を梳く指も、そして耳元で囁く声も本当はみんなみんな好きだった。

「嘘…だって、付き合ってる子いるじゃない」
「それ、いつの話だよ。少なくとも竹居と出会ってから、俺は誰とも付き合ってなんかいないぞ?」
「え?」

―――会ってからって…入社してからってことよね。
その間、誰とも付き合ってなかったの?
じゃあ、みんなが話していた彼女というのは何だったのよ。
去年のクリスマスだって、プレゼント何がいいかとか選んでたくせにぃ。

「まぁ、噂では色々言われてたけどな」
「去年のクリスマスにプレゼントを選んでたのは?」
「それ、お前と同じだよ。竹居だって去年も男がいなかったんだよな?だから、友達とパーティーしてたんだろう?なのに俺はお前が楽しそうに話してるのを聞いて、てっきり男がいると思ってたんだ」

―――じゃあ、松平もみんなでパーティーしていたの?

「そういうことだから、俺には付き合ってる子なんていない。ずっと、竹居のことだけ想ってたよ」

ズルイ。

―――何で、ここでそんなこと言うのよ。

健勝はポケットの中から何かを取り出すと、胸に置かれていた花梨の右手の薬指にそっと何かをはめる。
無機質な硬いものが指にはめられて花梨が反射的にそれを見ると、さっきのシャンパンよりも綺麗に輝いているピンクダイヤが散りばめられたゴールドのリングだった。

「どう…して?」
「俺は、本気だから。言っとくけど、返品は一切受け付けないからな」
「何それ」

花梨は健勝らしいなと思いつつクスっと笑いを浮かべたが、あまりにも彼がはっきり言い切るから驚きよりも呆れてしまったくらいだった。
でも、ここまで健勝が本気だとは…。

「返事は?」
「もう、意地悪しない?優しくしてくれる?」
「俺がいつ、意地悪なんてした?いつだって優しいだろう?」
「よく言うわよ。いっつも意地悪なことばっかり言ってるじゃない」

花梨が口を尖らせて言い返す。
そんな彼女も、今の健勝には愛しくてしょうがないのだが。

「そうか?それは、お前が可愛いからだろう?」

可愛いなどと言われて、みるみるうちに花梨の顔が赤くなった。

「これからは、もっと優しくするよ」
「ほんと?」
「あぁ」
「あたしのことフラないって、約束してくれる?」
「お前が嫌って言っても、離す気ないから」
「好きだったの、ずっと…」
「竹居…」

今まで聞いたことがないくらい優しい声だったと思う、健勝の花梨を抱きしめる腕の力が更に強まった。
花梨はゆっくりと瞼を閉じると、確かめるように言う。

「ねぇ、もう一度好きって言って」
「何度でも言ってやる。俺は竹居が好きだよ、愛してる―――」

せっかく泣き止んだと思ったのに、また涙が溢れてきた。
しかし、これはさっきの悔し涙とは違う。

「竹居は、泣き虫だなぁ。せっかくの可愛い顔が、台無しじゃないか」

健勝が花梨の身体を起こすと頬に手をあてて、いまだ流れている涙をそっと拭う。

「俺は笑ってる竹居が好きなんだから、もう泣き止んでくれよ。なっ」
「だってぇ…」
「ほら、笑って」

花梨は今できる精一杯の笑顔を健勝に向かって返した。
泣き笑いの顔ですごく変だったと思うのだが、それでも健勝は満足したようでやはり彼なりに精一杯の笑顔を返してくれた。
そして最初は羽根が触れるくらいに軽いキスを落とすと、何度も何度も啄ばむようにキスを繰り返す。
花梨はこんなに優しいキスをされたのは初めてで、心地よくてそのまま溶けてしまうのではないかと思うくらいだった。
実は健勝も花梨から唇を離すのが名残惜しいほど心地良かったのだが、それを抑えて離すと額をコツンとくっ付けた。



もう一度、Merry Christmas。

そして、愛してる。





END


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