河合 千春(かわい ちはる)17歳、成翔学園高等部に通う2年生。
ここだけの話、元兄のカテキョで数学教諭の根津 晃一郎(ねづ こういちろう)先生と付き合ってる。
そんなある日のこと、親友の永井 遙(ながい はるか)があたしのところへやって来た。
「ねぇ、千春。今度の土曜日なんだけど、空いてる?」
「土曜日?」
いつもなら土日は先生のアパートに行くのが日課なんだけど、今週に限っては空いていた。
と言うのも先生の知り合いが東京に出て来るそうで、その相手をしないとならないらしい。
「うん、空いてるよ」
「ほんと?先生はいいの?」
遙は、周りを見回しながら顔を近づけるようにして小さな声で話す。
「先生の知り合いが東京に出て来るから、今週は会えないの」
「そっか」
「それより、土曜日に何かあるの?」
「そうそう。お父さんにケーキバイキングの無料招待券をもらったの。それが今度の土曜日なんだけど、千春どうかなって思って。☆☆☆ホテルのだよ?」
「え?☆☆☆ホテル?」
☆☆☆ホテルというのは超高級ホテルなんだけど、その中でもデザートバイキングは美味しいと評判で、何ケ月先まで予約でいっぱいだという話。
それも無料?
こんな美味しい話、行かない方が間違ってるわ。
「行く行くぅ」
即、オッケーした千春だった。
+++
そして待ちに待った土曜日の午後、遙と千春は☆☆☆ホテルに来ていた。
「今日は、お昼抜いてきちゃった」
「あたしもだよ。いっぱい食べてもいいようにウエストの緩いワンピースにしたし」
彼女の言うように今日の服装は、ハイウエストのワンピース。
確かにいっぱい食べても苦しくないし、お腹もぽっこりして見えない。
さすが、遙だわ。
そういうあたしは遙と同じワンピースだけど、流行のレースがいっぱい付いたもの。
先生が可愛いって言ってくれた、一番のお気に入りなの。
「遙、さすが」
「でしょ?」
既にたくさんの人が来ていたけど、予約してあるから待つこともない。
高級ホテルだけに高校生のあたし達がここにいるのは、なんとなく場違いという気もするが…。
周りに目を向けながら、制服姿のお姉さんに案内されて窓際の席に着く。
窓からは、綺麗に手入れされた庭がよく見えた。
「ねぇねぇ、何から食べよう」
そんな庭など、遙の目には全く入っていないもよう。
綺麗に並ベられたデザートは、景色よりも魅力的だということだ。
「何が、いいかな?」
あたしはイチゴののったショートケーキが好きだけど、ここにはもっと手の込んだものがいっぱいで目移りしてしまう。
結局のところ、悩んでいても全部食ベてしまうだろうけど。
早速、トレーを持って食べたいデザートをお皿にチョイスする。
どれにしようかなとあれこれ迷って、お互い端っこから選んで順番に制覇することにした。
「すっごい、美味しそう。いっただきま〜す」
もう待っていられなかった遙は、席に戻って来るとすぐに食べ始める。
「どう?」
「美味し〜い」
聞かなくてもわかるが、ついつい聞いてしまう。
でも返ってくる言葉は、予想通り。
あたしも遙を見ていたら我慢できなくて、やっぱり大好きなイチゴのショートケーキを一番先に口に入れた。
生クリームとふわふわのスポンジに甘酸っぱいイチゴが、絶妙なコンビネーションをかもし出している。
「美味しい〜」
他に言葉はないの?と思っても、グルメレポーターのようにまどろっこしいことを言ってる場合じゃないのよ。
美味しいものは、美味しいんだもの。
会話もそこそこにやっと落ち着いた頃には結局、全種類を食べた後だった。
「すっごい、食べたかも」
「千春って、食べてもちっとも太らない気がする」
「そんなことないよ?これでも、陰の努力が…」
先生に『太った?』とか言われるのなんだか嫌だし、これでも気をつけてるのよ?
なんて考えていたその時、遙が視線を窓の外に向けたままあたしの肩をポンポンと叩く。
さっきまで、庭を見る余裕さえなかったのに…。
「ねぇねぇ。あれ、根津先生じゃない?」
「え?」
遙の指差す方を急いで見ると、そこにいたのは紛れもなく根津先生。
それに隣には、着物姿のとっても綺麗な女性が…。
知り合いが東京に出て来るからって言ってたけど、あの女の人なの?
でも…。
「あれって、もしかして…お見合い?」
遙もここで言っていいものかどうか迷ったが、あれはどう見てもお見合いにしか見えないわけで…。
それにあたしも遙と同じことを思っていたので、なんと言えばいいのかわからなかった。
しかし、先生がお見合いなんて…。
「千春、聞いてなかったの?」
「うん。ただ、週末は知り合いが東京に出て来るとしか…」
「じゃあ、確かめよう?」
「え?」
考える間もなくいきなり遙に腕を捕まれて、慌ててあたしはバックを掴むと引っ張られるようにして庭に出て行った。
「ちょっ、遙。待ってったらっ」
「千春、いいの?先生がお見合いなんて」
「いいのって、言われても…」
先生が、自分に内緒でお見合いなんて…本当は、いいはずがない。
けど、先生には先生の事情があるのかもしれないし…。
「だから、確かめようって言ってるんじゃない」
「でも…」
「迷ってないで、ほら行くわよ」
遙のこの行動力は見習いたいところだけど、会って先生になんと声を掛ければいいのだろうか?
「先生、こんにちは」
「えっ、永井さんに…ち、河合さん…どうして、ここに…」
思わずあたしのことを名前で呼びそうになったのを聞いてものすごく動揺している先生に、やはり何か隠していることがあったのだと思う。
短い付き合いだけど、先生の表情が読み取れるようになっていたから。
「はい。千春と二人で、デザートバイキングに来たんですよ。先生は?」
「そうなんだ。僕は―――」
「あら、晃一郎さん。こちらの可愛いお嬢さんを私に紹介してくださらない?」
先生と一緒にいた女性が、会話に割って入る。
遠目には着物姿だったからおしとやかで清楚な女性に見えたが、近くで見ると全く違う。
結構化粧も濃いし、香水の匂いもきつい。
それに何?晃一郎さんって…。
「あっ、すみません。二人は、僕の勤める学校の生徒達なんですよ」
「晃一郎さんの生徒さん?高校生よね、可愛いわねぇ」
何が『高校生よね、可愛いわねえ』よっ、人を子供扱いして!
実際、子供なんだけど…。
彼女は先生と同じくらいの年齢に見えるから、すっかり大人の女性の色気を放っているのに対して、あたしはというといくら先生が可愛いって言ってくれてもこの姿じゃあ。
先生の隣には、子供の自分なんかよりきっとこんな大人の女性が似合うんだわ…。
「今日ね、私達お見合いなのよ」
「梨花子さん、ここでそんなことを言わなくてもっ」
「あら、近い将来晃一郎さんのお嫁さんになるかもしれないんです。私も他人ではなくなるんですから、生徒さんにきちんと挨拶しておかないと」
「僕は、まだ…」
嘘…先生のお嫁さん?この人が…。
あたしは、驚きのあまり声が出ない。
それをわかっているのかいないのか、遙が思っていることを代わりに質問してくれた。
「先生、結婚するんですか?」
「いや、そんなことは…」
「もう。晃一郎さんったら、照れちゃって」
「ふふふ」とか鼻で笑いながら、梨花子という女性は先生の腕に自分の腕を絡ませる。
それをなんとか外そうと頑張っている先生だったが、相手もかなりしつこいようで、なかなか思うように解くことができない。
「先生、結婚するんですね。おめでとうございます」
今まで黙っていたあたしの口から出た言葉は、心の中とは裏腹に二人を祝福するものだった。
そんなあたしの気持ちなど知らない彼女は、素直に「ありがとう」と嬉しそうに礼を述べる。
それを見た遙が、あたしの耳元で囁くように言う。
「千春、何言ってるの?先生が結婚なんて、するわけないじゃない」
「これは、先生が決めることだから」
「千春…」
「先生、お幸せに」
あたしは、それだけ言って微笑むのが精一杯だった。
これ以上ここにいたら泣いてしまいそうだったから、「遙、行こう」と今度はさっきとは逆にあたしは遙の腕を引っ張って、その場から逃げるようにして立ち去る。
後ろから先生の呼ぶ声がしたが、気のせいか『千春ちゃん』と聞こえたような気がした。
「千春、いいの?」
「いいも何も…」
「先生にちゃんと話を聞こうよ。ほら、親戚とかに無理矢理お見合いさせられたのかもしれないし」
あながち、遙の言うことは否定できないこともない。
先生のことだから、断りきれなくてお見合いしたのかもしれない。
だったら、どうしてあたしの前ではっきり断ってくれなかったの?
今は、あんな曖昧な返事を返す先生が、信じられない…。
何度か携帯電話に先生から着信とメールが届いたが、あたしは一度も見ないで電源を切った。
そんなあたしを心配した遙が、『今日は家に泊まっていけば?』と言ってくれて、ありがたくそれを受けることにした。
先生のことはすごく気になったけど、今は話を聞く気にもなれなくて…。
なのにしっかり遙の家で夕ご飯までご馳走になって2階の部屋でくつろいでいた頃、遙のお母さんが部屋にやって来て何やら彼女に耳打ちをしている。
何かあったのかしら?
「遙、何かあったの?」
「うん、あのね。今、下に根津先生が来てるって」
「え?」
誰に聞いたのか、恐らく兄貴にでも聞いたのだろうけど…もうっ喧嘩したって、バレちゃうじゃない。
それにしてもここまで来るなんて、遙のお母さんびっくりしたでしょうに…。
「千春、先生とちゃんと話した方がいいよ?」
「話すことなんて、ないもん」
「もうっ、そうやって意地張っててもしょうがないでしょ?先生、わざわざ来てくれたんじゃない」
「そうだけど…」
「ほらっ」
今日は、腕を引っ張られたり引っ張ったりすることがヤケに多い日だなぁなんて思いながら、仕方なく階段を下りてリビングに入るとあたし達に気付いた先生がソファーから立ち上がる。
「千春ちゃん」
「先生…」
「じゃあ先生、後は任せましたから」と遙に背中を押されて先生の前に行かされたけど、なんとなく目を合わせることができなかった。
◇
それから先生の車に乗って、アパートまで向かう。
遙が気を利かせてくれたのかどうか、『今夜は先生の家にお泊りしてきなさいって…』。
でも、車内は気まずい空気が流れていて、お互い無言のままだった。
先生の部屋は相変わらず汚くて、とても爽やかなイメージとは程遠い。
本当なら今日ここへ来て掃除をするはずだったのに…あのお見合い相手の梨花子さんは、これを見てどう思うのかしら?
なんて、どうでもいいことを考えたりして…。
「取り敢えず座って」と先生に言われて、ソファーに腰掛ける。
「ごめんね、永井さんの家まで行っちゃって。千春ちゃんの携帯も繋がらないし、メールも送ったんだけど」
無言のままのあたしに先生は、入れてくれたミルクティーのカップを渡す。
あたしはなんだか先生と視線を合わせられなくて、じっとカップを見つめていた。
「お見合いのことは、きちんと断ってきたから」
「え?」
「当たり前でしょ?僕には千春ちゃんというこんなに可愛い彼女がいるのにお見合いして結婚なんてするわけがないよ」
「でも…あの人、梨花子さんはその気だった」
あの様子では梨花子さん、すっかりその気だったじゃない。
「今週末、親戚が東京に出て来るから千春ちゃんに会えないって言ったのは本当なんだ。でも、まんまと騙されちゃった」
「騙された?」
黙って領く先生だったが、騙されたとはどういうことなの?
「お見合いなんて話、全然聞いていなくて。親戚の伯父さんを迎えに行ったら、☆☆☆ホテルに用があるとかで連れて行くとそこに彼女がいたんだ。挨拶もそこそこに後は若い二人でなんて勝手に二人っきりにされて、その時初めてお見合いだってわかったんだよ」
先生は東京に出て来る親戚を迎えに行ったのだが、☆☆☆ホテルに用があるというので連れて行くとそこに梨花子さんがいて、初めてお見合いだと知ったのだった。
『ほら、親戚とかに無理矢理お見合いさせられたのかもしれないし』という、遙の言葉通りだった。
「そうなんですか?」
「信じてくれる?」
「はい」
「よかった。まさか、あの場所で千春ちゃんに会うとは思わなくて、正直ものすごくびっくりしたよ」
先生は、あたしの肩に手を掛けて自分の方へ抱き寄せると額と額をくっつける。
至近距離に先生の顔があって、心なしか目がウルウルしてるような気がした。
「あの場で、はっきり言えなくてごめんね。千春ちゃんのこと、僕の彼女って紹介できなくて」
「いいんです。でも、先生結婚しちゃうのかなって思ったら、すっごく悲しくて…やっぱり、あたしなんかじゃダメなのかなって」
先生の立場を思えば、この関係は胸を張って言えるものではない。
それを承知の上で付き合っているのだから。
「そんなことないよ。僕が好きなのは、千春ちゃんだけなんだからね。絶対、結婚なんかしない。不安にさせて、本当にごめんね」
「先生、さっきから『ごめんね』って謝ってばっかり」
「だって、他に言葉がないからね」
「だったら、先生?」
「なんだい?」
「謝罪の気持ちを別の形で表してください」
「別の形?」
別の形と言われても先生には、具体的にどうすればいいのか思い浮かばない。
「僕には、わからないな。千春ちゃん、ちゃんと言ってくれないと」
「キス…してください」
はにかむように言うあたしに先生は、その意味がやっとわかったようだ。
いつも自分からは『キスして』なんて、絶対言わない千春。
それがこんなふうに言われて、先生の理性など利くはずもなく…。
「千春ちゃんが望むなら、それで許してもらえるなら、いくらでもキスするよ」
あたしの返事を待てなかった先生は、初めは唇に触れる程度のキスをその後段々と深いものになっていって。
「…っんっ…せっ…せん…せ…」
こんなはずじゃなかったと思っても、もう遅い。
すっかりソファーに押し倒されて、何も考えられなくなるくらいの甘いくちづけが注がれる。
頬に触れる大きな手。
先生の何もかもが、好き…。
「先生…好きって、言って…」
「千春ちゃん、好きだよ」
「もっと…」
「今日の千春ちゃんは、ちょっと大胆だね?でも、そういう千春ちゃんも好きだよ」
先生はあたしをぎゅっと強く抱きしめると何度も何度も『好きだよ』って言ってくれて、キスもしてくれた。
「千春ちゃん。僕をこんなにしちゃって、責任取ってね?」
「え?」
なにやら、すっかり主張している先生のモノがあたしに触れる。
う…そ…先生…。
「こんな可愛いこと言われて…僕がどれだけ嬉しいか、千春ちゃんわかってないでしょ?それに今日は、僕が可愛いって言ったワンピース姿なんて」
「で…も…やぁ…っ…せっ…ん…せい…」
いつの間にか先生の手はしっかり千春のワンピースの裾を巻くって、大腿部から大事なところに触れていた。
今日の服装が、より先生を暴走させていたなんて…。
「嫌って、こんなになっちゃってるのに?」
「そういうこと言わないでっ…」
ううっ…こういう時の先生は、イジワルだぁ…。
「僕が千春ちゃんのこと、気持ちよくしてあげるからね」
「いいっ…です…」
「遠慮しないで。僕が勝手に見合いをして、千春ちゃんに嫌な思いをさせたお詫びだから」
―――ご丁寧に遠慮させていただきます。
それにお詫びって…。
「…やぁっ…っん…っ…せ…んせ…えっちぃ…」
「あれ?知らなかったの?僕は、千春ちゃんの前だとえっちなんだよ」
「こんな僕は、嫌い?」なんて…でも、なんであたしの前だとえっちぃのよぉ〜。
ふと遙の言葉を思い出す。
『今夜は先生の家にお泊りしてきなさい…』
そうだった…ということは…。
ここで抵抗しても無駄だということ…。
先生の家に初めてのお泊りがこれって…と思ったけど、
やっぱり先生が…ううん、晃一郎が大好きだから。
おしまい
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