** Sweet Dentist 【6月15日】 **
俺の名前は安原 響(やすはらひびき)。30才と6ヶ月ちょうどの歯科医だ。
顔はなかなかイイオトコの部類で、自分が望んだ訳でもねぇのにやたらとモテる。
この金髪にグレーの瞳が無意識にフェロモンを全開にしている傾向があるらしい。
俺にその気はまったく無いにもかかわらず、次々と女の患者が口説いてくるもんだから、ついに男と子供しか治療しなくなったという苦労人でもある。
そんな俺もこの4月にようやく身を固めた。
相手は俺の患者だった神崎 千茉莉(かんざきちまり)。
え?女は診ないって言うんじゃなかったかって?
うん、まあそうなんだが…千茉莉はちょっと事情があって、俺も治療を引き受けたんだ。
1つは親友の暁(さとる)の愛妻、杏(あんず)ちゃんからの依頼だったと言う理由。
杏ちゃんと千茉莉は家庭教師と生徒という間柄で、杏ちゃんには何かと今でもお世話になっている。
そしてもう1つの理由は…。千茉莉と初めて逢ったときの思い出が関係している。これは俺の胸の中にだけ仕舞っておきたい大切な思い出だからちょっと教えてやれねぇな。
千茉莉は俺より12才年下の18才と6ヶ月と5日。
この春高校を卒業して実家のケーキ屋『SWEET』を継ぐ為パティシェへの道を一歩踏み出した。
勉強をしながら慣れない主婦の仕事もがんばっている姿がいじらしくて、思わず抱きしめたりキスをしたりと邪魔ばかりして千茉莉に叱られている。
あぁ?ヘタレだって?否定できねぇところが悔しいよな。
でもさぁ〜マジでかわいいんだぜ?
エプロンをしてキッチンに立つ姿なんて初々しいのなんのって。
でもって、帰ってきた俺に駆け寄ってきて『おかえりなさ〜いっ…チュッ』…なぁんて頬を染めながらしてくれる姿なんてもう、ぜってー誰にも見せられねぇぞ?
あぁ?犯罪じゃないかって?
誰だよ。んな事言うヤツ。ちょっとツラ貸せっつーの。
俺は高校時代『ビケトリ』と呼ばれる三人の一人だったんだぜ?腕っ節はちょっとしたもんだ。
聞いた事あるか?『ビケトリ』っつーのはだなぁ…。
一体誰が言ったんだか美形トリオを略して『ビケトリ』
俺達のいた有名進学校でもその長い歴史の中で最も優秀と称される生徒会長、佐々木龍也率いる執行部。
その中でも生徒会長、佐々木龍也を筆頭に、副会長、高端暁、風紀委員長、安原響の三人は、学力は全国模試で常に10位以内。運動能力の高さは助っ人に出た試合は全て優勝に導き、その統率力と行動力においては歴代の生徒会の群を抜き、先生方にも一目置かれている存在だった。
まあ、その頃俺はこの容姿のせいで他校の不良グループから目を付けられていて結構呼び出しなんかを受けて忙しかったりした。
元来、気は長いほうではなく、どちらかと言うと血の気の多かった俺は…まあ、そのなんだ。売りに来たもんをそのまま突っ返すような性格じゃなかった訳だ。
ついでになかなか正義感も強かったりして、カツアゲや万引きなんかをやっている不良グループを見ると虫唾が走って片っ端からノシてやった記憶がある。
たぶんこの近郊の不良グループやチンピラとは一通りお知り合いになったと思う。
だけど俺たち三人に喧嘩を売って勝てた奴等なんていない。
龍也の知力と暁の運動神経、そして俺の喧嘩っぱや…あ、いや。行動力があればビケトリ向かう所敵無しって所だ。
今思えば本当にすげぇ高校生活を送っていたもんだと思う。
おまけにアイドル的存在だったが故に起こった珍事の数々は、数々の偉業と共にビケトリ伝説と言われ今でも高校の伝説となっているらしい。
え?珍事ってなんだって?
あ〜〜。まあ、バレンタインに三人宛のチョコレートが入ったダンボールで生徒会室が埋め尽くされたり、隠し撮りされた写真が学内オークションで一枚数万円の高値がついたり…と、他にも色々あるが、もう忘れたなぁ。
千茉莉のほうが良く知っているかもしれないな。あいつは俺の母校をこの春卒業したばかりだからいろいろと記憶に残っているだろう。
あ、千茉莉に色々聞こうなんて思うなよ?俺の千茉莉にちょっかい出したり、話し掛けたり…だあぁっ!見つめるだけでもダメだ。
ぜってー見るな?話し掛けんなよ?わかったな?
どんなに喧嘩が強かろうが可愛い奥さんの前では俺はマジで腑抜けになってしまう。
いつだって俺を優位に見せるために、大人の余裕と見せかけて俺様な態度を取ってしまうが、実際の俺の溺れっぷりを千茉莉に知られるわけには行かないんだ。
だって、それこそ男の威厳っつー奴がクラッシュされて粗大ごみ化されちまうじゃん?
悔しい事に彼女がニッコリと笑って『響さん♪』なんて呼んだりしたら、自分でも情けないくらい鼻の下が伸びてくるのがわかる。
だけど、それに必死に抵抗している俺自身の葛藤って言う奴は実はかなり辛いもんがあったりするんだ。
最近ではその反動か、俺様化に拍車がかかって、自分でももしかしてSか?と思うときがある。
あ、もちろんこれは千茉莉限定だぞ?…でも、これってかなりヤバイ傾向なんじゃねぇか?
そのせいか、千茉莉は最近ますます俺をヘンタイ扱いするようになってしまった。この辺りも俺の悩みだったりするんだよなぁ。
千茉莉が本気でヘンタイとは離婚するなんて言い出したら…俺死ぬな。
そんな俺の可愛い奥さんが昨日からなにやらチョコレートケーキのようなものを作っている。
しかもブランデーをたっぷり使った大人テイストのケーキのようだ。
友達の誕生日のプレゼントだとか言っているけれど、なんだか妙に俺にコソコソしているのが気になる。
千茉莉の友達にあんな大人テイストのケーキってイメージじゃねぇんだよな。どっちかっつーとフルーツとかクリームとかどっぷりとかかった俺の天敵みたいなケーキがイメージ的にはピッタリと来る。
俺の知らない友達がいてもおかしくは無いが…相手は同級生とかじゃなくかなり大人じゃないだろうか…。
まさか…ケーキをやる相手が男だなんて言わないよな?
もしそうだったら…たとえただの友達であっても今日は家から出してやれない気がする。
一度考え出すと、嫌な予感や思考と言うものはどんどん暴走を始めるものだ。
千茉莉が俺以外の男にケーキを持って誕生パーティに呼ばれて行くところを想像してどんどん苛立ちが募ってくる。
バカだとは思う。
12才も年上のクセして何を子どもみたいな嫉妬をしているんだと言われても仕方がないとは思う。
だけど…俺は千茉莉の事となるとどうしても感情を上手くコントロールできなくなる。
千茉莉に出逢うまでの俺とは大違いだ。
それだけ千茉莉に惚れているって言う事なんだろうけど、なんだか悔しいと思ってしまうのはやっぱり大人気が無いだろうか?
「…千茉莉?それ誰にやるんだっけ?」
どうしても気になった俺は誕生パーティへ出かけようとしていた千茉莉を呼びとめ問い詰めにかかった。
「え?あ…あのっ…友達の友達。」
「友達の友達?千茉莉の友達じゃないのかよ?」
「あ…うん。一度だけ会ったことがあるよ。響さんも空は知っているでしょ?彼女の友達なの。」
「空はわかるけどさ。その相手は一度しか会った事がないのに千茉莉をパーティになんか誘ったのか?」
「あ…う…うん。あっ!あたしっ…もう行かなくちゃ。時間に遅れちゃう。じゃあね響さん行ってきます。」
バタバタと慌しく出て行ってしまった千茉莉の様子に更に不安が募って来る。
なんだぁ?あの挙動不審な態度は?
すっげー怪しいじゃねぇか?
まさか男か?浮気って事は絶対に無いと思うが、相手が本気で千茉莉に手を出そうとか考えているって事はある。
じょおっだんじゃねぇ!
俺は急いで目立たない(。。。。。)格好に着替えると千茉莉の後を追って部屋を飛び出した。
「千茉莉のやつどういうつもりだ?こんな所に一人で来るなんて。」
千茉莉は空と出かけると思っていた俺は、千茉莉がひとりで、しかも人待ち顔でウロウロしている姿を見てギョッとした。
千茉莉が空と待ち合わせをしているらしい店はどう見たって千茉莉が一人で来るにはそぐわない店だったからだ。
【THE JUNE】と看板のあがったその店はどう見たってバーの雰囲気だ。しかも千茉莉とか空のような高校を卒業したばかりの女の子が行くようなキャピキャピした場所じゃなく、もっと大人向けの落ち着いた店のようだ。
どう考えても千茉莉が自分から足を運ぶような店ではない。外観の雰囲気からしても、カラオケなんかなくて、じっくりとカウンターで酒を楽しむような俺好みの店のように見受けられる。
……一体どう言う事だ?千茉莉が空と来るにしても、入るにはかなり勇気がいりそうな店のはずだぞ?
その時店の中から仕立てのいいブランド物のスーツを来たスラリとした男が出てきた。
長めの髪を後ろでまとめた妙な色気のあるイケメンの男だ。
瞬時に嫌な予感がした…と、その時、千茉莉は嬉しそうに頬を染めて手にしたケーキの箱をそいつに差し出した。
男はニッコリ笑って、千茉莉をエスコートするように腰に手を当てるとそのまま店の中へと入っていった。
マジかよ?信じらんねぇ。千茉莉が俺以外の男と?
空と一緒とかって話じゃなかったのかよ?
あの親しそうな雰囲気はなんだよ?店へ誘われて躊躇する事も無く入っていきやがって!
まてよ?もしかして千茉莉の奴、何度もこの店に来た事があるって言う事だろうか?
それとも相手の男とよほど親しい間柄って事か?
どんどん暴走を始める感情は悪い方向へとばかり考えを運んでいく。
いつまでも店の前を不審者のようにウロウロしているわけにも行かず俺は近くの建物の影から様子を伺うことにした。
誕生パーティって言ったよな?って事は他にも招待客がいるハズだ。
例え相手が男だって二人っきりじゃないんだから…。
必死に自分に言い聞かせてみるが、招待客らしい人物の出入りはまったく無く、1時間経っても千茉莉以外に店に入った奴なんていない。
イライラと下がってくるサングラスを押し上げ再び顔を上げると、視線の先に千茉莉の友達の空がいた。
空も【THEJUNE】へ向かっているようだ。
千茉莉が空と行くと言ったのは嘘じゃないとホッとするのと同時に、空が無類の美形好きだと千茉莉が言っていたのを思い出す。
あの店の男も美形だったよな。まさか…パーティに超美形の男友達とか他にも来るんじゃないだろうな?
新たな不安が俺を包み込むのと同時に、バッチリと空と視線があった。
「あ…響先生?何でそんな格好でここにいるんですか?」
「あ…えっ…空……?何で俺だってわかった?目立たない格好してきたのに」
俺の言葉を聞いて空は呆れたと言わんばかりに口をポカンとあけて、それからおかしくてたまらないといった風に噴き出した。
「キャハハハッ…アハハ…センセッ…あははははっ。その格好で目立たないと思っているの?」
何がおかしいんだろう?
Tシャツにジーンズというラフな格好にキャップを被ってサングラスとマスクをしているだけじゃないか。
どこかおかしいんだろうか?
「先生、普段から仕事でマスクをしている姿を見られている人が変装にマスクしたってすぐにわかるって。」
……変装になっていないってか?
「それに思いっきり怪しいよ。物陰に隠れて顔を隠してさ、どう見ても不審者だよ?通報されたらどうするのよ。あたしは親友の旦那には逮捕者になってほしくないわよ。」
「変質者って…。」
「先生は何でこんな所にいるの?店に入れば良いのに。」
「え?店にって…誕生パーティなんだろう?」
「うん、だから千茉莉と一緒に招待したのに、先生は忙しいからって、千茉莉に断られたんだよ。」
空の言葉に唖然とする。
千茉莉と一緒に招待した?
そんなこと一言も聞いてないぞ?
何で俺に隠し事なんかするんだ?
まさか……。
「なあ、空。この【THE JUNE】ってのは結構大人向けの落ち着いた雰囲気の店だろう?」
「あ、うん。そうよ。先生はこんな雰囲気好きだと思う。だから千茉莉に誘うように言ったのに。」
「ここのオーナーが空の友達なのか?」
「うん、まあ友達と言うか憧れの人ね。スラリと身長が高くて目鼻立ちも整っていてね、仕草も優雅で本当にに素敵なのよ。ジュンさんがそこにいるだけで、店内が華やかになって、カクテルを作ってくれるときのその流れるような動きなんて、まるでダンスを踊っているみたいで誰もがうっとりと見入ってしまうのよ。凄くカッコイイいんだから。」
……それってさっきの男だろうか。カッコイイって千茉莉もそう思っているのか?
まさかとは思うが、そのカッコイイジュンとやらに会うために俺が邪魔で誘われた事を内緒にして一人で出かけたなんて事無いよな?
なんだかどんどん腹が立ってきた。
千茉莉がジュンとやらに惚れているとは思っていない。だが、俺に秘密を作ったのは事実だ。
やましい気持ちがなかったとは言い切れないんじゃないだろうか。
嫉妬で胸を焼かれるようだった。
「空。行くぞ、千茉莉を連れて帰る。」
「ええ?連れて帰るって…先生?」
空の腕を掴んでまるで連行するように無理やり引きずって店へと向かう。
驚いた空が何か喚いていたが、今すぐに千茉莉を奪還して連れて帰りたいと、怒りに突き動かされた俺の耳にはその声は届いていなかった。
アンティーク調の凝ったデザインの取っ手を握ると怒りとともにドアを勢い良く開く。
ギイッ…
鈍い音とともにドアが開き、ジャズの響く薄暗い【THE JUNE】の店内を見渡した。数人のパーティに招待されていたらしい客が俺達を一瞬見てざわめいたのを視界の端で捕らえながら俺は千茉莉を探して鋭い視線を店内に彷徨わせた。
カウンターには先ほどの男がカクテルを作っているのかシェイカーを振っている。確かに空が言ったように流れるような動きはまるでダンスを踊っているみたいだ。
千茉莉はカウンターに座り楽しそうにそいつと話していた。
一瞬で頭が真っ白になった。
ジュンとかいう奴は入って来た俺に気付き、意味ありげな流し目で千茉莉を見てニヤッと笑った。その視線にカッと嫉妬の炎が煽られる。
俺に宣戦布告って訳か?上等じゃねぇか。
ツカツカと千茉莉に近寄ると無言でその腕を強く掴んで引き寄せる。千茉莉の驚いた顔に、苛立ちは益々募った。
「千茉莉、帰るぞ。」
「え?ちょっ…ヤダ、響さん?」
無理やり腕を引き寄せるとヒョイとお姫様抱っこの要領で抱き上げた。
「きゃあっ!!やめてよこんな所でっ。ちょっと…響さんったらぁ!」
千茉莉が暴れるのを無視して、俺は男と向き合った。
「こいつは連れて帰る。二度とちょっかいを出すな。今度その面を見せたら、その顔は原型がなくなるぞ。」
世間一般では美形と称される俺の顔は、整っている分だけ本気で怒るとかなり怖いらしい。
それを最大の武器に俺は怒りのオーラの全てを叩きつけるようにあいつを睨み付けた。
「ちょ…ちょっと待って下さい。響先輩!」
へ?響先輩?
「あはははっ、そんなにイライラした先輩を見たのは初めてですね。いつだって余裕のあの(。。)安原響とは思えませんよ。クスッ…それにしても相変わらず行動力は『ビケトリ』ダントツと言われただけあるなぁ。さすがと言うか何と言うか。」
俺をそんな風に呼ぶって事は…
「誰だよおまえ。先輩って呼ぶって事は俺の後輩って事か?」
「覚えてないか。まあ、この格好じゃわからないとは思うんですが…。」
「カケラも記憶にないね。」
イライラしながら記憶の中にこの男の顔を探ってみるが、どうしても思い出せない。
「そうでしょうね。まあ、覚えているとは思わなかったけど、ずっと前に不良グループにカツアゲされているときに助けてもらった事があるんですよ。」
「へぇ…まあ、しょっちゅうそんなことやってたからな。いつの事かもわかんねぇし、あんたの事は全然覚えていねぇな。」
「そうですか。響先輩に助けられてから、ずっとあなたが好きだったんですよ。ビケトリファンクラブなんかにも密かに入っていたんですけどねぇ。」
ファンクラブに入ってただぁ?
瞬時に背中を冷たい汗が伝っていった。
マジか?もしかしてこいつホ○か?いや、千茉莉にも気のある素振りなんだろ?もしかしてどっちでもOKって事か?
顔に斜線が入る思いで考え込んでいると千茉莉が俺の顔を覗き込んで来てポソポソと小さく囁いた。
「響さんどうしてここがわかったの?まさかあとをつけて来たんじゃ…。」
「ああ、そうだよ。悪かったな。」
「何で来たのよ?響さんには来て欲しくなかったから…。」
「だから俺も招待されたのに教えなかったって言うんだろ?ひでぇよな。新婚ホヤホヤの旦那に嘘をついて他の男と浮気か?」
「なっ!何処が浮気よ?あのねぇ何をバカな勘違いしてるの?」
「やましい事が無いなら何で嘘までついてあんな男とイチャイチャしているんだよ。」
「はあ?誰がイチャイチャよ。それにジュンさんは…。ああもう、なんてバカなの?」
「バカって何だよ。バカって…――っ!」
突然俺の首に腕を巻きつけた千茉莉に引き寄せられたかと思うと、そのまま柔らかなものが唇を塞いだ。
それが千茉莉の唇だと気付くまでかかった時間は約3秒。
店のざわめきも招待客のはやし立てる声もどこか遠くの出来事に聞こえる。
千茉莉の柔らかな唇から生み出される極上のSweetKiss
この甘さも柔らかさも彼女だけが持つもので、いつだって触れたその瞬間から酔いしれてしまう。
千茉莉の媚薬のようなキスの前には何も目に入らなくなる。
甘くて、柔らかくて、愛しくて、彼女を誰の目にも触れさせたくなくなってしまう。
千茉莉は甘いものが苦手な俺が唯一欲しいと望み独占したいと願ったSpecialSweetだ。
まるで麻薬のように触れたら触れただけ欲しくなってしまう。
余韻を残すように名残惜しげに唇を離した千茉莉は少し潤んだ瞳で怒った様に俺を見つめて来た。
そんな表情さえも情欲的で、まだ熱を帯びた唇は、もっと触れていたいと求めていた。
「響さんのバカ…あたしを疑ったの?あたしは響さんだけを愛しているのに。」
涙で潤んだ千茉莉の瞳に自分の嫉妬から彼女を傷つけた事を悟りズキッと胸の奥が痛んだ。
「ごめん…大人気なかったな俺、千茉莉が俺に隠し事して男に会いに行ったりするからちょっと嫉妬して…。」
「だから、根本的なところから間違っているのよ。響さんはあたしが誰と浮気しているなんて思ったのよ?」
「いや、浮気って言うか、出かけるのを凄く楽しみにしている雰囲気だっただろ?で、ちょっと嫌な予感がしてついて来たら、ここは千茉莉の友達が集まるような雰囲気の店じゃないし、じゃあ、誰と会うんだって事になるだろ?」
「で、浮気だって思ったの?」
「俺以外の男と話すのは浮気だ。」
「何それ?すごい俺様なんだけど?」
「俺様じゃない。ご主人様だ。」
「あたしはペットですか?」
「…鎖で繋いでおこうか?」
「……っ!まさかそんな趣味があるとか言わないでよね?」
「千茉莉がお望みなら何だってしてやるよ。鎖でもロウ○クでもム○でも…。」
「何でそうなるわけ?そう言う趣味はありません。って!まさか響さん本当にそんな趣味があるとか?」
「ねぇよ。」
「はぁ…よかった。」
「でも千茉莉が男とさっきみたいにイチャイチャしたら考える。」
「だからっ!誤解だって言っているでしょ?ジュンさんは女!何処に目をつけてんのよ?」
……はぁ?女だぁ?
マジかよ?どう見たって色男じゃねぇか。声だって男にしちゃ少し高めだけど、ハスキーで男だといえば充分通る。おまけに男物のスーツをすげぇカッコよく着こなして、身長は175cmは絶対にある。歩き方だってどう見たってあれは男性モデルみたいなカッコよさだぜ?
マジマジとジュンとかいう奴の顔をジロジロ見ていると、そう言えば肌のキメが細かくひげの跡なども無い。
本当に…女?
「響先輩は、ほんっとに千茉莉ちゃんにベタ惚れなんですね。空からこのパーティのケーキを依頼するのに千茉莉ちゃんを紹介された時に、たまたま卒業した学校が同じって話で盛り上がったんですよ。それで…。」
「…俺の話しになったって事か?」
「まあ、そう言う事です。でも千茉莉ちゃんから聞く先輩の話が余りにも『ビケトリ』の安原響とはかけ離れたいたから、今日は是非つれてきて欲しいって言っていたんですよ。
残念な事に響先輩は仕事が忙しくて来れないと言う話だったんで、千茉莉ちゃんだけでもと無理にお願いして来てもらったんですけどね。」
ジュンの話には納得できたが、千茉莉の行動には今ひとつ納得がいかなかった俺は、今度は千茉莉を問い詰める事にした。
「千茉莉!」
ジロッと流し目を送り睨むと、ピクンと硬直して視線を彷徨わせている。
「何で俺に隠したりしたんだよ。」
「……ごめんなさい。でも…響さんには来て欲しくなかったんだもん。」
「だから何でだよ?」
「だって…。」
「もういいじゃない。千茉莉は先生を、ここにいる元ビケトリファンクラブの女の人たちと接触させたくなかったのよ。」
言いよどんでいる千茉莉の横から空が助け舟を出すようにしゃしゃり出てきた。
元ビケトリファンクラブの女?ここにいるパーティの招待客全員がか?
ざっと見渡しても50人は絶対にいると思う。
ちょっと待て?男も混ざっているじゃねぇか。しかもどっかで見たような…。
あ、そうだ。俺が昔ノシた奴だ。あの後暫くはこいつに組に入れと五月蝿く勧められて、組の親分までが俺をスカウトに来たんだっけ?
何でこいつがここにいるんだ?もしかしてこいつも…。
「あ、彼は鍋島さんです。通称鍋さん。彼も響先輩の大ファンで…。」
俺の表情を読んでジュンがニコニコと鍋島とか言ういかにもヤクザと言った人相の男を紹介してきた。
「それ以上言うな。言ったら殺す。」
背中がゾクゾクするのは絶対にこいつから出ている、憧れてますオーラのせいだろう。
冗談じゃないぜ?勘弁してくれよ。結婚してやっとこう言うのから逃げられると思ったのに…。
あぁ…頭が痛くなってきた。俺、今日は一体何をやっていたんだろう。
要するに俺は千茉莉がわざわざ身を呈して俺をビケトリファンクラブの魔の手から救ってくれたにも関わらず、ノコノコと自ら生贄になりに出向いてしまったって事か?
道理でこの店に入った瞬間からいやにネットリと視線が纏わりつくと思っていたんだ。
この独特の視線は俺が最も苦手としているものだ。仕事中でも患者からこの手の視線が注がれたとたん、治療を止めてしまうくらいだからな。
「あの…響さん。ごめんなさい。あたし、嫌だったの。あたしより綺麗で大人の女の人が響さんに話し掛けたり、色っぽい視線があなたに注がれたりするのが…。隠し事したりしてごめんなさい。」
「いや。俺もごめん。千茉莉を疑ったりして。」
チュッと触れるだけのキスをすると、頬を桜色に染めて甘えるように身を任せてくる千茉莉。
こうなると外野がうるさい事もまったく気にならなかった。
込み上げてくる愛しさと、熱くなる身体にすぐにでも二人きりになりたくて、挨拶もそこそこに店を出ようとすると、ジュンがそっとやってきてリボンのかかった小さな包みをくれた。
「千茉莉ちゃんに素敵なケーキを貰って、更に響先輩に会えたんですから、最高の誕生日プレゼントでしたよ。これはお返しです。帰ってから開けてみて下さいね。きっと気に入ってもらえますよ。」
クスッと笑ったその微笑にはとても中性的な妖しさがあって、ジュンが例え男でも見惚れてしまっただろうと思うほど綺麗だった。
その夜…
「きゃあ〜〜っ!!何よぉコレ?」
ジュンから貰った包みを開けるなり千茉莉は大声で叫んでユデダコみたいに真っ赤になった。
包みの中には千茉莉が絶対に着そうに無いセクシーなレースのスケスケ下着だった。しかも真っ赤だし。ジュンの奴俺に欲情しろって事か?
「へぇ…ジュンの奴、なかなかイイ奴じゃないか。」
「なっ…何をバカな事言ってんのよ?こんなの着れるわけ無いでしょ?」
「なんでだよ?せっかくだから着てくれよ。たまにはこんなセクシーな下着で色っぽく悶えている千茉莉を抱きたいよなー♪」
「……ヘンタイ」
「ヘンタイじゃない。男のロマンだ。」
「何がロマンよ。ヘンタイエロオヤジ。」
「ほぉ〜。千茉莉はまだわからねぇみたいだな。そう言う生意気な口は塞ぐっていつも言ってんだろうが。」
「生意気じゃないもん。響さんがヘンタイみたいな事を言ったりしたりするからじゃない。空から聞いたわよ?変質者以外の何物でも無い怪しい人物と化して、ジュンさんのお店の前をウロウロしていたんですって?」
「誰が変質者だ。大体千茉莉が挙動不審な態度を取るからだろう?誤解させやがって。」
「…勝手に誤解したくせに。」
その答えにピクッと右の眉が上がるのを感じる。千茉莉はそれが俺のムッとした時のクセだと知っているから、瞬時にしまったという表情をする。…が、時既に遅し。
今の一言で俺のスイッチがイジメモードに入ってしまった。
今日は特にたっぷり可愛がってやろうじゃねぇか。散々振り回されたんだからな。
「そのヘンタイで変質者でエロオヤジの俺に惚れたのは何処の誰だよ。」
「だって、そんな変な趣味があると思わなかったもん。」
「変なってどんな趣味だよ。」
「えっ…ほら、あの…鎖がどうのロウ○クがどうのって…。凄く怖いこと言ってたでしょ?」
「ああ、あれは冗談だって。」
「ウソ…絶対あの目は本気だった。」
「違うって!おまえ自分の夫を信じられないのかよ?」
「何よあたしの事を疑ったくせに。」
「それはおまえが下手なウソついてコソコソやってたからだろうが?」
「何よ。自分だってヘンタイみたいにコソコソ不審者してたくせに。」
「不審者じゃねぇっ!」
「ヘンタイヘンタイ!へ〜ン〜タ〜イ!!」
「だ〜〜!!このヤロウ。なかすぞ?」
「ふ〜んだ。泣きません〜!響さんの意地悪で泣くほどヤワじゃないもんね。」
「ばあか。啼かすの意味が違うんだよ。」
「ばっ…何を言い出すのよイキナリ。」
「俺を不安にさせたバツだ。大体すげぇ心配したんだぞ?千茉莉にその気が無くても相手の男が千茉莉に本気だったらどんな事があるかわからねぇだろう?」
「考えすぎよ。そんなにモテないわ。」
「バカ。俺の奥さんがどんなに可愛いかわかってないのは本人だけなんだよ。おまえがどんなに人目を惹くか全然わかってねぇよ。」
「惚れた欲目ってヤツね。」
そう言ってクスクス笑う千茉莉を大きな溜息とともに抱き寄せる。
本当に俺の奥さんはわかっちゃいない。おまえがどんなに人目を惹くと思っているんだよ?
変な虫がつかないように毎日おまえの身体に花を咲かせて自分のものだと主張しないと不安でしょうがないんだぞ?
まったく男心ってヤツをわかっちゃいないんだから。
「悪かったな惚れてて。しょうがねぇだろう?こんなに奥さんを愛している旦那を不安にさせた罪は大きいぞ?それなりに覚悟はできているんだろうな?」
俺の声が僅かに艶を含むのを敏感に感じ取った千茉莉はすぐにピクンと反応を見せた。
「いいな?俺が満足するまで謝ってもらうからな?」
「ええ〜そんなぁ。」
千茉莉の不満を吸い取るように重ねたキスが引き金になり今日一日の色んな感情が一気に爆発したように強く千茉莉を抱きしめた。
俺の性急なキスにもちゃんと応えてくれるその仕草が愛しくて、もっと欲しいと心が暴走を始める。こうなったらもう俺自身にも止める事なんて出来やしない。
さあ、覚悟を決めて啼いてもらおうか、千茉莉。
俺が今日嫉妬の炎で胸を焦がしたのを帳消しにするくらいその身を焦がしてもらうからな。
頭の芯が痺れるようなSweetKissに酔いしれながら、徐々に俺の腕に納まっていく千茉莉にほくそ笑む。
とりあえず最初のお詫びはさっきのランジェリーを着けてセクシーポーズをしてもらうかな。
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朝比奈じゅん様
お誕生日おめでとうございます。○才のお誕生日に寄せて、じゅん様のために『Sweet Dentist』より【6月15日】を書き下ろしました。時刻は22:30になろうとしています。ぎりぎりで本当にごめんなさい。
どんどん暴走する二人に(特に響は完全にエロオヤジ)話が長くなってしまって…オバカップル丸出しの二人の会話でどっと疲れてしまいそうなのですが…。
本当にこんな微妙にエロイ駄文を送りつけてしまってすみません。
『Sweet Dentist』の二人にお誕生日のお祝いを〜というリクエストにこんなんでお応えできましたでしょうか?…不安だ(^^;
勝手にお店の名前と謎のライバルにお名前をお借りしてすみません(滝汗)ご気分を害されたらごめんなさい。
最後に改めて…じゅんさんお誕生日おめでとうございます。これからの一年があなたにとって益々素敵な出会いと実りの多い一年になりますようお祈りいたします。
朝美音柊花
22:34 2006/06/15
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誕生日にとっても素敵なお話をありがとうございます。
リクエスト以上に響先生の俺様ぶりがタマリマセン。
でもジュン、カッコ良過ぎじゃないですか?響先生も嫉妬するようないい男?!なんて…。
柊花さんのお言葉を胸にまた、一年頑張っていきたいと思います。
ありがとうございました。
朝比奈じゅん
2006/06/17
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